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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第一章 セシリーと魔法騎士たち

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リルルとラケル①

「リルルー、ご飯だよ」

「ワウ!」


 ある日、食堂で騎士たちの食事の世話を終えた後、魔法騎士団本部に併設された立派な犬小屋にセシリーは柔らかく煮込んだ骨付き肉を持っていった。いや、犬ではなく狼小屋だ……ここに住んでいるのは立派な白狼のリルルなのだから。


 ちなみに彼もれっきとした魔法騎士団の団員らしく、「探し物をさせれば正騎士の平団員よりかはいい仕事をする」というのは、キースの言。セシリーも匂いを覚えられているのか、よく勝手に首輪を抜けて来たリルルに飛びつかれたりしてびっくりさせられるが、そういうやんちゃなところも含めて可愛いやつなのだ、こいつは。


 そんなリルルは、大皿に山盛りの肉を見て真ん丸の黄色い目を輝かせると、セシリーの周りを嬉しそうに飛び跳ねた。


「ほら、がっつかないの! お座り、待て!」

「……ウゥ」


 こうして犬扱いをしていいものかやや疑問に思いつつも足元に皿を置くと、セシリーは行儀よくぴしっと固まったリルルとしばし睨み合った。忍耐力の訓練だ。白狼はよだれを垂らさんばかりの顔で皿の上の肉に鼻をひくつかせていたが、こちらの言うことには逆らわずじっと耐える。


「……よし!」

「ガウッ!」


 セシリーがにっこり笑って合図をすると、彼は勢いよく肉にかぶりつく。


「それでこそ魔法騎士団の一員よ、偉い!」

「――こんにちは。リルル、ご飯中だったんだ?」

(……ありゃ?)


 本日も誘惑に負けず自らの誇りを守り通したリルルを褒めてやりながら、真っ白な毛並みをかき回していたセシリーのところに、ひょっこりと顔を出す者がいる。


 赤髪の新米騎士ラケルだ。彼は元気そうな笑顔を浮かべ、セシリーの隣にしゃがみ込んだ。


「うん! ラケルは任務帰り?」

「昨日からの討伐任務がちょっと長引いちゃってさ。セシリーのご飯楽しみにしてたのに、食べ損ねちゃったな……」

「だったら……」


 食事に夢中のリルルを羨ましそうに眺めつつ、少し残念そうにした彼にセシリーは提案する。


「なんか作ろっか?」

「いや、僕のためだけに作ってもらうのも手間でしょ。悪いよ……」

「気にしなくていいよ、実は私もまだだもの。それじゃ食堂行きましょ!」

「……ありがとう、それじゃお言葉に甘えようかな! リルル、また後でね!」

「ガウ!」


 元気そうに返事するリルルを残し、セシリーはラケルと連れ立って食堂に戻っていった。


 


 ――そして、数十分後。


 ふたりの前には、お皿に大きく盛りつけられた、たっぷりチーズのミートドリアが乗せられている。リルルを見て、なんだか肉っ気があるものが食べたくなったのだ。湯気が立つそれを眺めた後ふたりは、ほくほくの笑顔を見合わせて同時にそれを匙ですくった。


「……美味しい! さすがセシリー!」

「ん~、本当! 我ながらなかなかの出来栄えだわ……」


 ふうふうとすくっては冷ましを繰り返しながら、熱々のドリアを頬張り、その後簡単なレタスサラダで口をさっぱりさせる。お手軽メニューだがこのくらいでも十分に満足することができるのは、元が庶民ならではの幸せかもしれない。


「ふう、ごちそうさまでした」

「どういたしまして」


 お腹をさすり、ぼんやりと幸せに浸りながら、セシリーは隣のラケルを見る。


 色々な場所を旅してきたセシリーでも、中々ここまで綺麗な赤毛は見なかった。瞳もまるで林檎みたいに綺麗な赤で……セシリーはこの間抱き上げられた時、景色ばかりに目が行っていたのを後悔する。きっと彼が魔法を使う時は、宝石みたいな輝きを発してさぞ綺麗だっただろうに。


「少し、話してもいいかな」

「……え? ああうん、なあに?」


 改まった感じでラケルが突然こちらを向いたのに動揺しつつ、セシリーは背筋を伸ばし……それがおかしかったのか、彼は口元を緩め、話を切り出す。


「セシリーにはすごく懐いてるから、リルルの話を聞いてもらおうかなと思って」

「ああ、そういうことね。うん! どこで会ったのかとか聞かせて!」

「ありがとう。といっても大した話じゃないんだけど。僕とあいつが出会ったのは、もう十年くらい前なんだ……」

 

 彼は顔にかかる赤毛を払いながらテーブルに頬杖を突くと、目線をそっと俯けて物思いに(ふけ)るように話し出した……。




 ――ラケルは王都近郊の農村で、農家を営んでいたルース家の長男として生まれたという。父にも母にも魔法の才は無かったが、両親や家族とは異なった容姿からも、三人の兄弟の内彼だけが魔力を授かったのは明らかだった。


 しかし両親は彼を他の兄弟とは区別せず、あくまで農家の息子として育てようとした。ラケル自身も家の仕事を継ぐことに不満を抱いていなかったし、近縁にも魔法を使うものの存在はなく、彼に眠る魔力もどうせたいしたものではないと思ったからだ。それに、貧乏農家に魔法を学ばせるのにかかる大金を支払う当てなどない。


 よって彼は自分の内に存在する魔力を一切感じることなく、普通の少年として幼少期を過ごすことになった。


 しかし……ラケルが九つくらいの時、事件は起きる。


 近くの森に散策に出かけた彼は、黒ずんだ毛皮に長い爪を持つ熊のような魔物に襲われた。そこら中を逃げ回ったあげく力尽き、ついに鋭い爪が体に振り下ろされようとした時……恐怖のあまりラケルは、身を守ろうと無意識に魔力を解放する。


 その強い火の魔力は魔物の体を消し炭に変えただけでは収まらず、同時に周囲の木々までその手を拡げてしまった。すぐに業火が周りを取り囲み、逃げ場のない火勢に追い詰められる。


(……死ぬのかな、僕は)


 移動しようとしたものの、煙で頭が朦朧(もうろう)とし、地面に倒れ込むラケル。彼は仰向けになると、青い空へ火の粉が立ち昇っていく様を見上げた。


(綺麗だな……)


 死の間際なのに、不思議と穏やかな気持ちで、彼はぐっと上へと手を伸ばす。


(これが、魔法の力なんだ。こんなのが自分にあるってわかってたら、もっと色んなこと、できたはずなのに。悔しいな……今から死んでしまうのに、こんなにわくわくしてる)


 目の前の恐怖から気を紛らわせるため、ある種の逃避的思考。徐々に視界が狭まってゆくのを感じていた彼の耳に届いたのは、ひとつの遠吠えだった。


「オォォォォォ――ン……」


 力強い咆哮が三度ほど続いて、回を重ねる度に少しずつ火の勢いが弱まり、そして空から雨が注ぎ始める。

 

(あれは……)


 煙が薄まり、徐々に息苦しさから解放されたラケルの目に映ったのは、一匹の大きな狼の姿だった。やや煤で汚れていたが、雲のような純白の毛並みに、月のような黄色く丸い瞳をしていて、その存在はひどく神秘的だった。

 

 見渡す限り焦げた木々の間からのそりと現れた狼は、幼いラケルの数倍はあろうという巨躯を近づけてきて、思わず彼は本能的な恐怖から後ずさる。


 だが、狼はどうもこちらを襲ったりという雰囲気ではなく、よく見れば立ち姿もひどく弱々しい。

 

「ゥゥ……」

「うわっ……」


 くぐもった呻き声と共に、狼はどっと横倒しになった。驚いたことにその身体はラケルの目の前でみるみる縮まってゆき、腕の中に収まるほどになってしまう。


(もしかして、君が助けてくれたの?)


 ラケルはおそるおそる狼を濡れないように抱えた後、小降りになった雨の中、家に向かってその場を駆け出した。

 

 


 その後両親に白狼を見せ、何が起こったのかを語ったものの、当然信じてはもらえず……渋る彼らをなんとか引っ張り、ラケルは再びその場所へと訪れる。


 彼の言う通り炭になった巨大な魔物の姿も見つかり、両親はそれでも半信半疑ではあったが、村長にその件を相談した。


 すると村長はいくばくか思案し、「今回は魔物相手でよかったが、なにかのはずみで人前でこんなことが起きれば危ない。一度専門家に見せるべきだ」と両親を説き伏せてラケルを王都に連れてゆくと……知り合いの伝手を辿って見つけた高名な魔法使いに引き合わせてくれた。


 ちなみに、その時白狼も一緒だった。ラケルは彼にリルルと名付け、人に見咎められないように背負い袋の中に入れると、初めて華々しい王都を訪れたのだ。


 目に映るすべてが真新しい煌びやかな都を、きょろきょろ注意散漫な視線で見渡すラケルは、村長に手を引かれ魔法使いの屋敷を尋ねる。


 やがて使用人に応接間へと案内され、ラケルと村長はひとりの男と対面した。

 厳めしい顔つきに、後ろに撫でつけた白髪交じりの長い髪。いかにも魔法使い然としたその男は短い挨拶を告げた後、ラケルを見るなりこう口にする。


「逸材ですな。これほど鮮やかな火の色をした目は珍しい……! 然るべき師に着けるか、教育機関に入れて早く学ばせるのがよろしいでしょう」


 予定外の評価に村長は難しい顔で額に皺を刻むと、彼をここに連れてきた経緯と、両親の意向を話した。


「しかし、この子の親も私もしがない農民で、魔法を学ばせるような蓄えなどありませぬ。もしそのせいで次は人に危害を加えるようなことでもあれば、悲惨なことになってしまう。彼の魔力を封ずることはできないのですか?」

 

 まるで危険物扱いをされたラケルはむっと頬を膨らまし彼を睨んだが、魔法使いは大きく首を振る。


「彼のような貴重な才能を無駄にするなどとんでもない! ……なれば、私にお預けしてみてはいかがですか? なに、金を払えなどとは言いません。この子自身が一人前の魔法使いになった時に返して貰えば済むことですからな――」


 彼から示されたのは思ってもみない提案で、ふたりの一存では結論が出せそうにない。結局、話はそこで一旦家族の元に持ち帰られることとなった……。




 ルース一家の話し合いは大きく紛糾した。なにせ両親からすれば貴重な働き手が一人減ってしまうし、兄弟たちだって王都で暮らせるラケルが羨ましくてたまらない。皆から強い反対を受けたものの、村長が両親を強く諭す。


「ルース家の者たちよ、これはお前たちにとってもチャンスでもあるのだ。もしラケルが魔法使いとして大きく名を上げることになれば、貴族から養子に迎えたいという話が来てもおかしくない。それほど強い魔力を持つ者は希少で必要とされておるのだ。立派な魔法使いになった暁には、きっとラケルはお前たちにも何不自由ない暮らしを約束するだろう、そうだな?」


 魔法を学んでみたいラケルは一も二も無く頷く。そしてそう言われると、両親としては大きく気持ちが揺らいだようだ。子供自身の望みでもあり、もしうまく行けば自分たちのこの先の生活も保障され……ついでにまあ、ひとり分の食い扶持も減る。


 結果ラケルは、ずるいずるいと泣き喚く下の兄弟たちを残して両親達に見送られ、晴れて魔法使いの屋敷の門を叩くことになった。


 師となった魔法使いの名はジョン・オーランドといった。彼は魔法使いとして魔法薬の調合や古い魔法使いの残した文献の解読などを生業としているらしい。彼は屋敷の一室にラケルを連れてくるとにかっと笑い、赤い頭に手を乗せてくる。


「では今日からここがお前の部屋だ。よろしくな、我が弟子よ」


 そんなこんなでこの日から、憧れの魔法使いとなるべくラケルの奮闘が始まった。

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