遠足⑪
「大丈夫か……? スズ」
スズをさらった正体不明の者たちがどこかへ行き、一人残されたスズに背後から聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。スズは思い振り返ると、やはりゼエルがいた。
いきなり襲われた状況から、つい最近知り合ったばかりのゼエルももしかしたら『敵』である可能性を否定することはできない。が、声音から違うだろうと推測するスズ。
それに、仮にゼエルが敵だった場合に、スズ自身にはどうこうできる力はない。
スズたちを襲った正体不明の敵たちをたおしたのははゼエルだろうし、場合によっては術者がいないと崩壊してしまうこの巨大な洞窟を作った土魔法に対してなんらかな作用を起こしているのはゼエルになるのだろう。
そうなってくると、ゼエルの力は底知れないほど巨大なものだと考えられる。
三人の術者がいなければ扱うことができなかった魔法をたった一人でやっているのだ。普通じゃない。
さらに、馬車を破壊した水魔法も、アリカとイリカが気を失ってしまったのを確認しているのだ。おそらく、アリカとイリカがスズを逃がすのがやっとだった水魔法もゼエル一人でしりぞけてきたに違いない。
そこからも、ゼエルが9大魔王ルキフグ城にいたら、将軍以上の力を持っているに違いないとわかる。アリカとイリカはスズの護衛をやっていなければ、将軍候補として今頃訓練を受けているはずだったのだ。
(そうやって、考えていくと、ゼエルに対して警戒して接したほうがいいのかも……)
助けにきたセリフを言ったゼエルに対し内心警戒心を増すスズ。
確かにゼエルは、父であり、9大魔王ルキフグから紹介を受けた相手である。
だから、完全に『敵』であると考えるのは言い過ぎであるのかもしれない。
だが、仮に『敵』でなくたって、自分に災いをもたらさない『相手』であるとは言い切れないはずだ。
そもそも、ゼエルはまったく戦闘力を持たないって言っていたはずなのだ。
それなのに、こんなところにいるなんて、絶対におかしい。
(今まではおもしろ半分で、ゼエルの正体を明かそうとしていたけれども、本腰をいれて調べる必要がありそうね……。
場合によっては、お父様に直接聞き出す必要があるかもしれない……)
ゼエルの姿を確認してから、瞬時にいろいろとスズは考えたあと、心を見抜かれないように、ゼエルの労をねぎらうようにスズは笑顔でゼエルに対応し、
「ありがとう。
ここに来たのは、ゼエル一人なの?」
「そうだ」
「そう、けど、どうやってですか?」
「…………」
瞬時に答えず、無言になるゼエル。
ゼエルはスズを助けなければいけないと思って、とりあえずスズを助けにきた。
だが、今まで、魔法を一切使えず、戦闘力を持たない、と話していたにも関わらず、『スズを助けにこれた』という不自然な行動をどう説明するか悩みながら、スズのところへ向かっていたのだ。
そして、結論としては、誰にも教えることはできない、ということは確定なのだ。
だから、スズの質問に対して、少し時間を空けた後から、
「言えない」
とスズから視線を外して、短く言うゼエル。
スズは、一瞬不満そうな表情をするが、状況からしてゼエルに助けてもらしかないので、仕方がなく、
「そうですか……、そのことについては、またあとでお話しすることにしましょう。
もしよろしければ、私をここから助けていただけますか?」
と、ゼエルが自分より下の身分であると思いつつも下手に、お願いするように言う。
ゼエルは、スズに自分の正体を話すことはないだろうと思いつつも、
「わかった。
自分で歩けるか……?」
「あるけ……」
と、少し言い出したあと、言うのをやめるスズ。
スズは別にどこか怪我しているわけではないので、自分自身の足で歩くことはできる。
だが、今のままでは、ゼエルのペースに乗せられたままで、なんだかしゃくにさわると考え、
「歩けません」
と、ぷいっと顔をそむけながら、かわいらしく言う。
ゼエルは不審に思い、
「いや、服がしわになっているところは確かにあるが、どこも怪我してなさそうだが……。
どうして歩けないんだ?」
「歩けないものは歩けないのです」
「歩けないって……、それじゃあ、どうしろと……?」
「おんぶしてください」
「おんぶ……?!」
「おんぶです。なんら不思議なことはないでしょう?
ゼエルは私の彼氏なのですから」
「いや、彼氏とどう関係するのだかわからないのだが……」
「彼氏であれば、こういうときはおんぶするものなのです」
「…………、」
嘘をついている子供に対して本当のことを話すようにと促すようにまっすぐスズを見るゼエル。
(せっかく助けに来てやったのに、何を言っているんだ、スズは?)という気持ちでいっぱいである。
が、それに対してスズとしてもゼエルの視線に必死に耐える。スズは昔から、一国の王であり、9大魔王の一人である父から、いたずらをしたときに何度も浴びせられてきた視線である。耐えるだけの訓練はしてきている。
(けれども、ゼエルの視線は、なかなかなものね……。
もしかしたら、お父様以上かもしれない。
もう少しゼエルから視線を浴びせられたら、本当のことを話してしまうかもしれない)
内心冷や汗をかきながら、ゼエルの視線に耐えるスズ。
そして、ゼエルの視線によるプレッシャーから逃れようとゼエルに背中を見せる。
(やれやれ、本当にこのお嬢様は……。
もう少し時間がたてば、スズは『歩ける』と本当のことを話すだろう。
けれども、歩いているときに、スズがだだをこねだし、いろいろ面倒なことを話し出すのは目に見えている。
おそらく、『のどが渇いた』とか、『ゼエルの歩きが早すぎる』とか、『疲れて、もう歩けない。だっこして、ゼエル』とか言い出すのだろう。
もしかしたら、この場合は、スズの言うとおりにしてしまったほうが、俺のペースで歩けるから楽なのかもしれない)
そうしようとゼエルは思い、
「わかった」
と、短く言った後、スズの前に行ってしゃがみ、スズをおんぶしたあと、洞窟からの出口に向けて歩き出した。