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第7章 ヒロインの正体

 それは、穏やかな午後のはずだった。


 サロンの窓から差し込む光はやわらかく、三人の時間はすっかり日常になっている。


「ねえリリア」


 コニーが紅茶をくるくる回しながら言った。


「そろそろ“ちゃんと調べる”?」


 その一言で、空気が少しだけ引き締まる。


「……はい」


 リリアは、静かに頷いた。


「わたしも……知りたいです」


 胸に手を当てる。


「この記憶が、何なのか」


 マリアンヌもまた、ゆっくりと頷いた。


「……手がかりは……ございます」


 二人の視線が集まる。


「……殿下が……仰っていた“繰り返し”……」


「うん」


「……その記録が……王宮に残っている可能性が……」


「さすが公爵令嬢、情報源がガチ」


 コニーが感心したように言う。


 こうして三人は、王宮の禁書庫へ向かうことになった。


 夜。


 人気のない回廊を進む。


「ほんとに入って大丈夫?」


「……許可は……いただいております」


「王子、そこまで許したのね……」


 重厚な扉が、静かに開く。


 禁書庫。


 そこには、“記録されなかった歴史”が眠っていた。


「……これ……」


 リリアが一冊の古い書を手に取る。


 表紙には、かすれた文字。


 ——《観測記録・反復世界について》


(……これだ)


 コニーの直感が告げる。


 ページを開く。


 そこに記されていたのは——


 “世界のやり直し”の記録だった。


「……嘘……」


 リリアの声が震える。


 記録は、こう語っていた。


 この世界は、何度も繰り返されている。


 原因は不明。


 だが一定の条件で“巻き戻り”が発生し、人物の一部が記憶を保持する。


「……殿下は……」


「うん、たぶん“保持者”」


 コニーが頷く。


「でもそれだけじゃない」


 さらにページをめくる。


 そこには、異質な記述があった。


 ——《記憶の残滓について》


「……残滓……?」


 リリアが呟く。


「前の周回で強く残った感情・意思は、次の世界に“断片”として残ることがある」


 静かな声で読み上げる。


「それは特定の人物に宿る場合がある」


 ページの端に、走り書きのような一文。


 ——《特に“中心人物”に顕著》


 その意味を、理解するのに時間はかからなかった。


「……リリア」


 コニーがゆっくり言う。


「それ、あんたのことだよ」


「……」


 リリアは、動けなかった。


「……わたしが……?」


「前の周回の“ヒロイン”の記憶が、断片になって残ってる」


 静かに、しかしはっきりと。


「それが今のあんたに混ざってる」


 世界が、ぐらりと揺れるような感覚。


「……じゃあ……」


 リリアの声が、かすれる。


「この記憶は……わたしのものじゃ……」


 否定したい。


 けれど——


「……半分は、違う」


 コニーは正直に言う。


「でもさ」


 一歩近づく。


「半分は、あんたのだよ」


「……え……」


「今悩んでるのも、選んでるのも、“今のリリア”」


 まっすぐな言葉。


「記憶は材料でしかない」


 少しだけ笑う。


「料理してるのは、あんた自身でしょ?」


 その例えに、リリアは一瞬きょとんとして——


 ふっと、力が抜けたように笑った。


「……コニー様らしいです」


 けれど、涙がにじむ。


「……怖かったんです」


 本音がこぼれる。


「わたしが、誰かわからなくなりそうで」


 その時。


「……リリア様」


 マリアンヌが、そっと手を取った。


「……わたくしには……わかります」


 静かな声。


「……“知らない感情”が……心にある感覚」


 リリアが顔を上げる。


「……でも……」


 ほんの少し、微笑む。


「……それでも……“選んだもの”は……自分のものです」


 ゆっくりと、言葉を重ねる。


「……あなたが……わたくしに話しかけてくださったことも……」


「……」


「……一緒にいてくださることも……」


 手を、少しだけ強く握る。


「……わたくしにとっては……すべて、あなたです」


 リリアの視界が滲む。


 記憶ではない。


 役割でもない。


 “今ここにある関係”が、確かに存在している。


「……はい」


 小さく、でもはっきりと頷く。


「……わたしは、わたしです」


 それは宣言だった。


 過去の残滓を抱えながらも、今を選ぶという。


 その時。


「……なるほど」


 低い声が響いた。


 三人が振り向く。


 そこにいたのは——王太子レオンハルト。


「……殿下」


「話は聞かせてもらった」


 静かに歩み寄る。


「記憶の残滓……か」


 目を伏せる。


「だから、毎回“少しずつ違っていた”のだな」


 独白のような言葉。


「……殿下は……」


 マリアンヌが問う。


「……何を……望まれるのですか」


 その問いに、王子は少しだけ考え——


「今回は」


 はっきりと言った。


「“結果”ではなく、“過程”を選ぶ」


 三人を見る。


「君たちがどう選ぶのか、それを見届けたい」


 それは、かつての彼とは違う答えだった。


 “結末を知る者”から、“共に進む者”へ。


 禁書庫を出る頃には、夜は深くなっていた。


 けれど三人の足取りは、軽い。


「なんかさ」


 コニーが伸びをする。


「思ったよりスッキリしたね」


「……はい」


 リリアが笑う。


「怖さはありますが……」


「……でも……前よりは……」


 マリアンヌも、小さく続ける。


「……進める気がします」


 三人で顔を見合わせて、少しだけ笑った。


 ヒロインは、ただの役割ではなかった。


 それは——


 何度も繰り返されてもなお、誰かを想い、選び続けた“意思”の残り火。


 そして今、その火は——


 一人の少女の中で、新しい形に灯っている。

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