外伝:リリア ― 届かない距離で、それでも
日間のランクインしました。
ありがとうございます。
そこで急遽外伝を追加します。
リリアは、人の気持ちを“分かったつもり”になるのが得意だった。
そして、その“つもり”が外れたときの音も、よく知っている。
静かで、取り返しがつかない音だ。
マリアンヌを初めて見たとき、思った。
——この子は、助けを求めない。
だから、踏み込まないほうがいい。
その判断は、いつも通りで、間違っていないはずだった。
「ひとりで大丈夫?」
一度だけ、声をかけた。
返ってきたのは、整いすぎた答え。
「はい、大丈夫です」
その一言で、距離はきれいに保たれた。
——それ以上近づかない理由としては、十分すぎるほどに。
コニーとは、何度か同じ場にいた。
けれどマリアンヌのことを話した記憶はない。
話題にしなかったのか、できなかったのか。
今となっては、もう分からない。
ただ一度、関係のない雑談の中で、コニーがぽつりと漏らしたことがある。
「距離ってさ、置いとくとそのまま固定されるよね」
誰に向けた言葉でもなかった。
軽い調子で、すぐに別の話に流れた。
そのときは、何も引っかからなかった。
ある午後。
マリアンヌは、いつもの場所で本を開いていた。
ページは開かれたまま、長く動いていない。
読んでいないことくらい、分かる。
分かってしまう。
——今、行けばいい。
そんな単純な答えが、頭に浮かぶ。
同時に、いつもの思考が追いかけてくる。
迷惑かもしれない。
拒まれるかもしれない。
今の距離を壊すかもしれない。
そのとき、不意に思い出す。
あの、取るに足らない一言。
——距離ってさ、置いとくとそのまま固定されるよね。
意味なんて、深くなかったはずだ。
でも、その言葉だけが、妙に残っている。
リリアは立ち止まったまま、しばらく動けなかった。
考える。
考えて、考えて——
結局、いつもと同じ結論にたどり着きそうになる。
その瞬間、自分で気づいた。
——また、“何もしない理由”を選ぼうとしている。
小さく息を吐く。
正しいかどうかは、分からない。
でも。
「……隣、いいですか?」
声をかけた。
遅すぎる一歩だった。
マリアンヌは顔を上げる。
その目には、はっきりとした驚きがあった。
そして——ほんのわずかに、警戒も。
「……どうかしましたか」
柔らかい声。
でも、距離は崩れない。
あの日と同じ、“完璧な対応”。
リリアは、一瞬だけ言葉に詰まる。
何を言えばいいのか、用意していなかった。
「少しだけ、一緒にいようと思って」
ようやく出てきた言葉は、曖昧で、弱かった。
短い沈黙。
そのあとで、マリアンヌは微笑む。
「……お気遣いは不要でございます」
丁寧で、きれいな拒絶だった。
それ以上、踏み込めなかった。
踏み込む理由も、資格も、今さら持てなかった。
「そうですか」
リリアは頷いて、その場を離れる。
足取りは軽くない。
でも、止まることもできない。
——遅かった。
その事実だけが、静かに残る。
コニーの言葉が、遅れて意味を持つ。
距離は、放っておけば固定される。
本当に、その通りだった。
それでも。
あのとき、声をかけたことだけは、消えない。
たとえ届かなくても、
拒まれても、
遅すぎても。
“何もしなかった自分”とは、違う。
ほんのわずかな違いでも、それは確かに残る。
リリアは振り返らない。
振り返っても、もう同じ距離には戻れないから。
それでも、思う。
もし、次があるなら。
今度は、もっと早く気づけるように。
記憶の中で、マリアンヌは今日も静かに本を開いている。
もうこちらを見ることはない。
リリアの後悔は重りとなり心に記憶される。
もし、次があるなら。
その言葉が深く刻み込まれていく。
このお話のコニーは元々のモブコニーです。
転生者のギャルコニーではないけど、モブコニーもちゃんとマリアンヌやリリアの近くにはいたんだよ。
ということで。




