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序章 椅子に咲く花

「なろう」らしい小説第2弾として悪役令嬢物を。

GW中に全話、投稿します!

よろしくお願いします。

 王立学園のサロンに、その日も一輪の花が咲いていた。


 ——いや、正確には「咲いているように見える」だけだ。


 窓際の椅子に背筋を伸ばし、静かに腰掛ける少女。金糸のような髪は丁寧に編まれ、淡いドレスは一分の隙もなく整えられている。


 公爵家令嬢、マリアンヌ・フォン・ルーヴェン。


 誰もが認める完璧令嬢。


 そして——


「……今日もご機嫌、悪そうね」

「ええ、あの方の前だと息が詰まりそう……」


 ひそひそと囁かれる、もう一つの名。


 ——フキハラ令嬢。


(……どうして……)


 マリアンヌは内心でそっと肩を落とした。


(わたくし、何かしてしまったのでしょうか……)


 しかし顔には一切出さない。出せない。


 なぜなら、緊張すると——余計に表情が固まるからだ。


 結果、ただ静かに座っているだけで「不機嫌」「威圧的」「怖い」と誤解される。


(話しかけたい……けれど……)


 視線だけが、そっと周囲を彷徨う。


 誰かと笑ってみたい。

 普通に会話をしてみたい。


 でも、声が出ない。


 そんな彼女の世界に、ある日——


「ねえねえ!」


 突如、明るい声が割り込んだ。


 びくり、とマリアンヌの肩が揺れる。


「マリアンヌ様でしょ? 合ってるよね!」


 目の前に立っていたのは、小柄な少女だった。栗色の髪を揺らし、にこにこと笑っている。


 男爵令嬢、コリエッタ・バルシュミーデ。


 通称、コニー。


(だ、誰……!?)


「うわ、本物めっちゃ綺麗じゃん……あ、やば、声出てた?」


 さらっとした口調。距離の近さ。遠慮のなさ。


 マリアンヌの思考は軽く停止した。


「えっとね、あたしコニー! よろしく!」


 にこっ、と満面の笑み。


(こ、こんなに……気軽に……!?)


 貴族社会ではあり得ない距離感だ。


 普通なら、まず礼儀。次に格式。最後に許可。


 だが彼女は全部飛ばしてきた。


「あの……わたくしは……」


 声を出そうとする。


 けれど、喉がきゅっと締まる。


「マリアンヌ様、だよね? 知ってる知ってる、有名人!」


 先回りされてしまった。


(うぅ……)


「でさ、隣いい?」


 答えを待たず、コニーは隣に腰かけた。


 サロンが一瞬、静まり返る。


(……えっ、えっ、えっ)


 マリアンヌの心拍数が急上昇する。


(どうしよう……どうしたら……)


「ね、いつもここ座ってるよね。好きなの?」


「……っ」


 聞かれた。


 簡単な質問。


 答えるだけでいい。


 なのに——


「…………」


 沈黙。


 コニーは一瞬だけきょとんとしたが、すぐに笑った。


「あー、なるほどね!」


(えっ)


「静かなの好きなタイプか〜。わかるわかる、あたしもたまにぼーっとしたくなるし」


(ち、違います……!)


 言いたい。でも言えない。


「でもさ、せっかくならちょっと喋ろうよ。退屈じゃない?」


(……退屈では……ありませんけれど……少し、寂しいです)


 その言葉は、結局口には出ない。


 けれど——


「ま、いっか!」


 コニーは気にした様子もなく続けた。


「じゃああたしが勝手に喋るね!」


(勝手に……!?)


「今日の授業さ、先生めっちゃ眠そうじゃなかった? あれ絶対昨夜遅くまで起きてたでしょ」


 くすくす、と楽しそうに笑う。


 その明るさに、マリアンヌは少しだけ目を瞬かせた。


(……楽しそう)


 それが、最初だった。


 それからというもの、コニーは毎日のようにやってきた。


「マリアンヌ様おはよー!」

「今日のお菓子美味しいよ! 一緒に食べよ!」


 一方的に話し、笑い、隣に座る。


 マリアンヌは相変わらず、ほとんど話せない。


 けれど——


「……こくり」


 小さく頷くようになった。


「お、今うなずいた! ナイスリアクション!」


(な、ナイス……?)


 その言葉が少し嬉しくて、また頷く。


「いいねいいね、ちゃんと通じてるじゃん!」


 コニーは満足そうに笑った。


 周囲の視線は相変わらずだ。


「……あの男爵令嬢、大丈夫なのかしら」

「よくあんな方に話しかけられるわね」


 だがコニーは気にしない。


 まったく気にしない。


「ねえマリアンヌ様」


 ある日、コニーがふと真面目な顔をした。


「本当は、話したいでしょ?」


 どきり、と心臓が跳ねる。


 見透かされた。


「無理に喋れとは言わないよ。でもさ」


 コニーはにっと笑う。


「一言だけでいいじゃん。『うん』とか、『ありがとう』とか」


「……っ」


「それだけでも、ちゃんと会話だよ?」


 優しくて、軽くて、でも逃げ場のない言葉。


 マリアンヌはぎゅっと手を握る。


(……言えるでしょうか)


 怖い。


 けれど——


(このままでは、嫌です)


 意を決して、口を開いた。


「……あ……」


 声が震える。


「……あり……」


 喉が詰まる。


 それでも、もう一度。


「……ありがとう……ございます……」


 かすれるような、小さな声。


 けれど確かに、言葉だった。


 一瞬の沈黙。


 そして——


「うわ、今のめっちゃいい!!」


 コニーがぱっと顔を輝かせた。


「ちゃんと伝わったじゃん! 最高!」


(……え)


「いやー、なんか感動したんだけどあたし」


 大げさに胸を押さえるコニー。


 その様子が可笑しくて——


「……ふふ」


 ほんの少しだけ、マリアンヌの口元が緩んだ。


「え、今笑った!? レアすぎ!!」


 騒ぐコニー。


 その隣で、マリアンヌはそっと思う。


(……この方となら)


 少しずつでも。


 言葉を交わせるかもしれない。


 サロンの窓辺。


 今日も一輪の花は、静かに咲いている。


 けれどその隣には、もう一輪。


 太陽のように明るい花が、当たり前のように寄り添っていた。


 その日以降。


 「フキハラ令嬢」と呼ばれることは、少しずつ減っていった。


 代わりに囁かれる新しい噂。


「……最近、あの方、少し優しく見えない?」


「隣の子といる時、雰囲気違うのよ」


 マリアンヌは今日も椅子に座る。


 背筋を伸ばし、優雅に。


 けれど——


「マリアンヌ様! 今日も来たよ!」


 駆け寄る声に、ほんの少しだけ。


「……コニー」


 名前を呼ぶ。


 それだけで、世界が少し明るくなる。


「お、名前呼びきた! 進歩してる!」


 コニーは満面の笑みで隣に座った。


 花は、まだ椅子に咲いている。


 けれどもう——ただの飾りではない。


 風に揺れ、光を受け、誰かと共に咲く花だ。

友人との会話で

「色々ハラスメントがあるけど、なんでフキハラだけ日本語?」

との言葉からフキハラの令嬢面白いかもと思い書いてみました。

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