14 求愛の真実
建国記念式典から数日が経過した。
祭りの余韻もひと段落し、人々の生活も元に戻りつつあった。
執務室で書類をめくるレオニスは、ノックの音に顔を上げる。
「陛下、セリーネ様がいらしています」
「やっと来たか」
ダリオンに通されたセリーネは、あきらかに怒っている。
白い頬を上気させてこちらをきっとにらむ様子はまるで毛を逆立てている猫のようで、どうしても構いたくなる。
「珍しいね。セリーネが約束もなしにここを訪れるなんて」
「何のことかわかってらっしゃいますよね」
「さあ? はっきり言ってもらわないとわからないな」
セリーネは臨戦態勢だ。
なのに自分では自分のことを冷静だと思っているのだろう。そのあたりも可愛らしい。
このかわいい生き物に、手を差し出していつものように恭しくキスをさせたいと思ったけれど、今の状態でそれをするのはさすがにあきらめた。
「〝暁の涙〟は、歴代の王妃が婚約披露パーティで身に着けるものだと聞きました」
「そうだよ」
「そうだよって、私はそんなこと受け入れた覚えはありません」
「まあまあ、そのうち受け入れたくなるかもしれないし、多少順番が違っても構わないんじゃないかな?」
「受け入れません! それに〝暁の涙〟盗難事件は、陛下の自作自演だと言ううわさまでたっているそうじゃないですか⁉ 早くうわさを消さないと」
「ああ、それ? ダリオンがいい仕事をしただろう?」
「え? まさか」
「盗まれました、より、その方が外聞がいいだろう?」
「……陛下が恋に狂った馬鹿だと思われます」
「痛いところをつくねえ。でも、王が馬鹿でも、補うに余りある才覚を持った王妃が相手なら、トータルでそんなにマイナスにならないだろう?」
「理解できません……」
彼女はそばでずっと見ていたいぐらいには面白い。
おそろしく有能だし、さらには善良だ。結婚して権力を与えるのも悪くない。
なかなか懐かないのもまた楽しい。
狩りは難しいほど燃えるものだ。
「もう結構です!」
執務室を飛び出していく瞬間に、セリーネはキッと部屋に入ってきたダリオンをにらんだ。
「勘弁してください。私がにらまれたじゃないですか」
「だってかわいくて」
「ご自重ください」
ダリオンのしらけた瞳に苦笑する。
レオニス自身も予想外だった。
最初はここまで惹かれるとは思っていなかったのだから。
三か月前。
セリーネは先代国王の第九側室として王宮入りした。もちろん側室とは名ばかりで、実態は人質だ。
先代国王崩御の時期と重なっての王宮入り。エルディナ公国の姫が持つ〝力〟についてのうわさは聞いていたので、試すために王宮に留め置いた。
正直期待していなかった。期待できるほどの能力ならば、公女を人質として召し上げられる前に国として手を打てたはずだ。
忙しい時期でもあったので、力を試すのは時期を待った。
そして二か月前絶好の機会が訪れた。
〝暁の涙〟の盗難事件が起きたのだ。
彼女の力は圧巻だった。先見の力は疑いようがない。
エルディナ公国がこの力を使いこなせなかったのは、使う側の人間が愚鈍だったとしか思えない。
『飼い馴らしたら、あの力、意のままに使えるのかな?』
『それにはやっぱり、私に惚れてもらうのが一番だよね。自分から私のためにあの力を使ってくれるといいんだけど』
レオニスは、彼女を惚れさせるべく立ち回った。
けれど、彼女は善良だった。惚れさせるまでもなく、レオニスの依頼には全て応えていく。その力を証明していく。
彼女は、惚れる惚れないなどに関わらずレオニスのために力を尽くしてくれる、すぐにその事実に気づいた。
彼女の力を試すためではなく、彼女に会いに行くために、依頼を探しているのだと気づくのに、レオニスも時間がかからなかった。
「陛下、もうそろそろからかうのはおやめになったらいかがです?」
「だって、懐かない猫ほど飼い馴らすのが楽しいだろう?」
「そこまでなさらなくても、彼女は力を提供するのでは?」
「なんで、ダリオン。夫婦になるなら仲良くなった方がいいだろう?」
「まさか本気なのですか?」
「彼女は有能だし、胆力もある。何よりも善良だろう。彼女のような人間に、王妃という権力を与えてみたらおもしろいと思わないか」
「そこまで、彼女の先見の力が有用だとお考えですか?」
「はは、そうだね。あれは使い方次第で、世界を変える力だよね?」
ダリオンはわかっていない。
レオニスが欲しいのは、すでに彼女の力ではない。
「ダリオン、私は、彼女が欲しいんだよ」
◇◇◇◇◇
セリーネは憤慨しながら、レオニスの執務室から戻る。
すれ違う使用人たちは、セリーネに道を譲り、丁寧に頭を下げていく。
頭を下げる角度が数日前より、より深く丁寧になったのは、きっと気のせいではない。
脇を歩くメイドのミナは、なんだか楽しげだ。
「ふふ。セリーネ様はこんなに素敵なんだから、陛下がほれちゃうのも当然です!」
「ミナ、やめてちょうだい。もう、人の気も知らないで……」
どんどん逃げ場がなくなっていくこの状況に頭が痛い。
レオニスがセリーネに好意を持っているのは確かだろう。
(でも、先見の力を知ったら?)
好意は欲に置き換えられ、違うものに支配されるだろう。
そんな不確かなものに、弟アルセインの命やエルディナ公国の未来を託せない。
(それに、本当に私を好きならば……)
今まで悪意なく命じてきた先見の代償が好きな女の命だった──さすがにそんなバカげた事実は、背負うには重すぎる。
(私が拒絶しているのは、陛下のためでもあるのに、どうしてわかってくれないのかしら)
今やセリーネがレオニスの婚約者候補筆頭に躍り出てしまった。
(それから一番問題なのは、陛下の想いを拒否したいと、私が心の底から思っていないこと。……気づくと甘えてしまいたくなる)
セリーネが王女としていかに強くあろうとも、異国の地で一人暮らす心細さは、何かにすがりたくなる心を育ててしまう。
セリーネはぎゅっと手を握りしめて、はっと気づく。
「あら? 手袋を忘れてきてしまったわ」
出された紅茶を飲んだときに、手袋を外したのを思い出した。
「ミナが取ってきます」
「お願いしたいけれど、さすがに陛下の執務室にメイドだけをやるのは失礼だわ。一緒に取りに戻りましょう」
セリーネは、レオニスの執務室をノックしようとして手を止める。
いつもはきっちりとしまっている扉が、なぜかわずかに空いている。
礼儀に反すると思いながらも聞いてしまったのは、それが自分に関することだったからだ。
『まさか本気なのですか?』
『彼女は有能だし、胆力もある。何よりも善良だろう。彼女のような人間に、王妃という権力を与えてみたらおもしろいと思わないか』
『そこまで、彼女の先見の力が有用だとお考えですか?』
『はは、そうだね。あれは使い方次第で、世界を変える力だよね?』
『ダリオン、私は、彼女が欲しいんだよ』
全ての想いが、ガラガラと根底から覆される。
──レオニスは、セリーネの先見の力を知っていたのだ。




