13 舞踏会
ナディアとミナ、ルゥは、ダリオンと共に舞踏会場近くの一室を借り受けて、会場への出入りを監視していた。
もちろん三人だけでなく、レオニスから預かった近衛の騎士たちも協力している。
舞踏会場への出入り口は何か所かあり、それらすべての情報がダリオンの元に入ることになっていた。
「まだ子どもたちは会場に現れないの? もうすぐ舞踏会が始まるのに」
ナディアの声は不安げだ。
本当はこの三日間、子どもたちを探し回りたくて仕方なかった。
セリーネから聞いて、犯人の目的と子どもたちの安全については納得したつもりだったが、ただ待つだけというのは、かなり厳しい。焦る気持ちは抑えられない。
「ミナが前に使った地下通路は?」
「前の事件の後、地下通路はふさがれたって、セリーネ様が言ってました」
「そっか」
ミナとルゥは二人で寄り添っている。
ルゥはくやしげに顔を歪ませる。
「酒と食べ物の匂いがすごくて、子どもたちの匂いも、よくかぎ取れない」
「さっきも食べ物を積んだ大きなワゴンが通ったよね」
「うん」
ナディアは、二人に問いかける。
「その中にいたってことはなかったの?」
「うん。ワゴンの下半分は、向こうが見えてたよ? 子どもが入るスペースなんて……」
「待って! 昔一座にいた時、手品師が使っていた鏡を使ったトリックが……」
ナディアたちは、会場へと急いだ。
◇◇◇◇◇
揺れるシャンデリアに、会場中からは悲鳴があがる。
何が起こるか知っていたセリーネですら、喉から上がりそうになる声を押し殺した。
ばっと突然視界が覆われる。
一周遅れて、セリーネは、自分がレオニスのマントに包まれているのだと気づく。
「大丈夫だ。手は打ってある。昨夜、シャンデリアに細工した者がいたが、修理は住んでいる。犯人は泳がせた後、捕らえる手はずだ」
(どういうこと? シャンデリアの件は、私は陛下に伝えていない)
シャンデリアは揺れただけで、その後、舞の七色の光で会場が覆われたのは、比喩だと思っていたから、セリーネは動かなかった。
(第三の映像では、陛下が未然に防いでいたから、シャンデリアの落下事件は起きなかったのね)
自分が読み違えていたことがくやしい。
「始まるぞ」
ざわめく人々の気を引くように、どこからともなく、楽の音が響いてきた。
独特のリズムを刻む打楽器の音と、ウードの弦をはじく音がする。
エキゾチックな美しい旋律が会場に響く。
人々は、音の出所である舞台に視線をやった。
金糸の幕が左右に引かれ、舞台が明らかになる。
舞台には、後ろ姿の一人の女性がいた。
大ぶりの美しい七色のグラデーションが施された布を大きく広げた後ろ姿。
布の向こうに透ける、体の線の見える衣装が煽情的だ。
シャン、という鈴の音と共に、布が翻り、こちらを振り向いたのは──。
(ナディア!)
サリマーン王国の舞は、大ぶりの布を使って優雅に舞うベールダンスが有名だ。
七色の光を発するベールを体にまとわりつかせながら舞うその姿に、人々は視線を釘づけにされる。
(この曲が、七色の光ね)
「あれは……」
「ほら、前王お気に入りの舞姫、ナディア夫人よ」
「ほう、あれが」
ナディアの舞に、人々は感嘆のため息をもらす。
そしてその奥の舞台に、地下から人影がせりあがってきた。
人影は明らかに小さい──子どもの姿だ。
ベールで体を隠した子どもたちが、舞台に上がるとすぐに、ベールを広げて、楽しげに舞う。
「まあ」
「可愛らしい」
四人の子どもたちの舞は見事だ。
子どもたちは、ナディアの後について、舞台上から会場へと降り、そのままレオニスのいるひな壇下までやってきた。
『ナディア、子どもたちが見つかったら、一緒に舞台に出て、舞を披露してほしいの。その準備をしておいてほしいの』
『わかった。何事も起こらず、全て演出だったと思わせてみせる。サリマーンの舞姫の名にかけて』
ナディアは、レオニスの前で優雅にひざまずく。
四人の子どもたちもそれに倣う。
「面を上げよ。サリマーンらしい、見事な舞であった。ナディア夫人、そして子どもたちよ」
「グランディオス帝国の栄えある建国を讃え、この場で舞を捧げられたこと、子どもたちともども、心より感謝申し上げます」
「感謝申し上げます」
ナディアの声に続いて、子どもたちの声が揃う。
会場からは、ほほえましげな声があがった。
「後ほど、ナディア夫人と子どもたちには褒美を取らせよう」
「それにつきまして、陛下にお願いがございます」
「申してみよ」
「この舞を秘するあまり、一部の子どもたちの親御様に連絡が行き届かず、過剰なご心配をおかけしてしまったようです。どうか、親御様方への寛大なご配慮を賜れますよう、お願い申し上げます」
「うむ。シャンデリアの演出も含め、少々やりすぎたかもしれぬな。会場の皆を怯えさせてしまった。今後は気をつけるとしよう」
演出か、なるほど、と人々から納得の声が上がる。
レオニスは、立ち上がり、人々を見渡す。
「皆も知るとおり、今年、先王陛下が身罷られ、帝国は幾つかの不祥事に揺れた。
その混乱を引き継ぎ、今私がこの王冠を戴くこととなったのは、数多の偶然と必然が重なった末に過ぎぬ。
レオニス・ヴァルターン・グランディオスの治世は、いまだ始まったばかり。
未熟なる我が歩みは、悠久なる帝国の歴史から見れば、ほんの一片にすぎぬであろう。
しかし、グランディオスは歩みを止めぬ。
この国は幾度の試練を越え、繁栄を重ねてきた。これからもその歩みは続き、さらなる栄光を築いてゆくはずだ。
私もまた、この歴史を繋ぐ歯車の一つとして、力を尽くし、誠をもって務めを果たすことを、ここに誓う。
──グランディオスの未来に、乾杯を!」
わっと歓声が上がる。
「余興はまだ続く。引き続き、宴を楽しまれよ」
(間に合ったわ)
レオニスの乾杯の挨拶を聞き、セリーネはほうっとため息をつくのだった。
◇◇◇◇◇
子どもが行方不明だと訴えた男は、ナディアたちの踊りの間に近衛兵により会場の外に連れ出された。
男は、通路の角を折れて人目がないことを確認すると、兵にあて身を食らわせて昏倒させ、その場から逃げようとする。
「逃がさない」
その時、黒い影が角から飛び出し、すぐに男の足元を払う。
男は、床に顔を押し付けられ、身動きを封じられた。
「全く、使用人の動きではないな。近衛も黙らせるとは。ルゥ、よくやりました。陛下に伝えておきますね」
「へへ」
獣人の少年は男を取り押さえたまま、得意げにほほ笑む。
「さて、あなたにはいろいろ話してもらいましょうか」
「あのような王、認めぬ! ……ぐっ」
男の顔が苦痛に歪んだ。
「毒かっ」
すぐに男は体を痙攣させ動かなくなった。
◇◇◇◇◇
乾杯の挨拶を終えたレオニスとセリーネは、控えの間に戻った。
「子どもたちは見つかった。セリーネ、君に任せて正解だった」
「いいえ。陛下の治世を乱す者の企みを防げたことを、うれしく思います」
事件は、何も起きていない。
セリーネはほっとする。
「さて、今日の事件は起きなかった。だが、三か月前におきた事件の決着はつけないといけないね──こちらは君がばらしてしまったからね」
「──陛下が強引なことをなさらなければ、あんな風には」
王家の権威の失墜を防ぐというならば、三か月前の国宝〝暁の涙〟盗難事件もまた公にすべき事件ではなかった。
レオニスが強引にセリーネを舞踏会のパートナーにしようとするから、それが恋愛感情ではなくただの褒賞であると印象付けるために話してしまったのだ。
レオニスがセリーネに好意があるのだろうと言うことはわかる。けれどセリーネはそれを受け取るつもりはない。
「ばらしたことは怒っていないよ? ダリオンが、うまく話を作ってくれたからね」
(怒ってるじゃない……でも、正直、あれは少しやりすぎだったわ)
セリーネも少し申し訳ないことをしたと思っている。
「でも、決着はつけないといけないよね」
「決着……ですか?」
レオニスが手を上げると、侍従が、美しく装飾された箱を持って入ってくる。
嫌な予感がして、思わずレオニスの方を見ると、彼は、人の悪い笑みを浮かべて、箱の中から〝それ〟を取り出した。
「褒賞というならば、これぐらいしなくてはね? セリーネ?」
会場に戻ったレオニスとセリーネの姿に、会場がざわめく。
皆の視線が、セリーネの姿にくぎ付けだ。
正確に言うと、セリーネの首と耳に。
照明を受けて、赤く輝く宝石──〝暁の涙〟が、セリーネの首と耳を彩っている。
セリーネのウエストに巻かれた朱色の長いサッシュは、見事にアクセサリーと調和している。
(そう言えば、ナディアがしきりにこの色を勧めたんだったわ)
裏でいろいろとつながっていそうな二人にため息をつくが、もう、今日ぐらいは譲ってあげよう。
子どもたちは無事戻ってきたし、美しい衣装を着るのは嫌いじゃない。
ナディアと子どもたちの舞も素晴らしかった。
(それに)
セリーネはレオニスの顔を見上げる。
(誰かから好意を持たれるのも、本当は心地いい)
レオニスの手が、セリーネをダンスに誘う。
セリーネは、にこりとほほ笑んで、今日だけは、とその手をとったのだった。
ちなみに。
〝暁の涙〟は、歴代の王妃が婚約披露パーティで身に着けるものだという慣習を知ったのは、数日後のことだった。
さらには、〝暁の涙〟盗難事件ですら、レオニスがセリーネを手に入れたい一心で仕組んだ自作自演だという噂まで、いつの間にか広まっていたのだった。




