12 消えた子どもたち2
(どうして? なぜ子供たちがここにいないの?)
先見が外れるという予想外の事態に面食らうが、セリーネはすぐにゆっくりと息を吐いて落ち着きを取り戻す。
「すごいわね。こんな仕組みになっているのね。中を見られるかしら?」
「もちろん構わないのですが、急な階段と狭い場所に装置が置いてありまして、お怪我をされないか心配です」
トーラスは、本心からそう思っているようだった。
貴族令嬢にけがをされたらまずい、というのは自然な発想だ。
「わかったわ。うちのメイドが地下から上がってくるところを会場から見たいの。それならいいでしょ? ミナ、地下へ行って、舞台に上がってくるところを見せて」
「はい、セリーネ様!」
ミナは、地下に軽やかに飛び込んでいき、トーラスが慌てて後を追いかける。
その後、ミナが舞台上で地下から飛び出すのを見学したあと、セリーネは丁寧にお礼を言って会場を去った。
セリーネが部屋に戻ると同時に姿を消していたルゥが、部屋に現れる。
「ルゥ、会場を見て回ったでしょう? ジェーンの匂いのついたものは何か見つかった?」
セリーネがレオニスからルゥを借り受けた理由はこれだった。
獣人であるミナとルゥは五感が秀でている。ミナの言葉を借りると、ルゥは、生まれ育った里で一番この能力が高い子どもだったと言う。
特にオオカミの獣人である彼らは匂いに対しての感度が高い。
ルゥには、ナディアを経由して借りた、ジェーンの私物を渡していたのだ。
「はい、セリーネ様。ジェーンの匂いはしませんでした」
「ジェーンはどこに言ったの⁉」
「落ち着いて、ナディア」
セリーネがそっとナディアに声をかける。
子どもは見つからなかったけれど、二つ目の未来視の映像の場所はあそこで間違いなかった。
(きっと、子どもがあの場所に監禁されるのは、もっと未来なんだわ)
場所の特定はできたのが、大きな成果だ。
未来視で見た第二の映像に映った子どもは四人いた。傷ついている風ではなかった。
(会場に連れてこられる前に取り押さえられれば、未然に防げる)
これで第一の映像、第二の映像は、おそらく回避できる。
(でも、第三の映像が何を示しているかわからない)
──舞踏会の大広間だ。
──シャンデリアの光が揺れ、ざわめきが広がる。
──七色の光がシャンデリアを覆い、そして──。
「七色の光ってなにかしら?」
「子どもたちに教えていた舞の演目の名前だけど、それがどうかした?」
「それだわ!」
最後の鍵が見つかった。
◇◇◇◇◇
建国記念式典は、滞りなく進んだ。
セリーネは、これから舞踏会の会場へと入場するところだ。
(まだ、ナディアたちから子どもたちが見つかったと言う連絡はない)
眉を顰めるセリーネの腰が、不意にぐっと惹かれた。
「もっと明るい表情をして、セリーネ。君が言うところの犯人に気取られてしまう」
顔を上げたセリーネの瞳を覗き込んだのは、レオニスだった。
(そうだわ。私のすべきことは、幸せそうにふるまうこと。事件になどまるで気づいていないかのように)
セリーネは、口の端をあげて、ふっとほほ笑む。
「ええ、褒賞で得た陛下のパートナーの座ですから」
「それは不本意だから、このあと挽回させてほしいな」
舞踏会場への扉が空けられ、侍従が高らかに宣言する。
「グランディオス帝国国王レオニス・ヴァルターン・グランディオス陛下、並びに、エルディナ公国第一公女セリーネ・アルヴェリナ・エルディナ殿下、ご入場」
わっと歓声に包まれる。開かれた扉の奥に、拍手で迎える人々の姿がある。
セリーネは、レオニスの腕に添えたまま、にこやかにほほ笑んだ。
公女であるセリーネを殿下と呼ぶのは多少大げさだが、政略的な褒賞の一貫だというセリーネの主張の裏付けとしては悪くない。
セリーネの衣装は、エルディナ風のものだ。体にそった立ち襟と広く空いた胸元が淡いピンク色のドレスは、先日のお茶会で着たものと基本は似ているが、今回の方がより華やかだ。光沢のある布がたっぷり使われたスカートは、裾に入れられた繊細な刺しゅうが美しい。ウエストに巻かれた朱色の長いサッシュがセリーネの動きに合わせて翻る。
人々のため息が、セリーネの耳にも届いた。
「さすが陛下ですね」
「いや、どう考えても君だろう? 私も鼻が高い」
「まあ。ではきっと明日からはエルディナのドレスが飛ぶように売れますね」
「わざとか?」
「?……きゃあっ」
レオニスは、急にセリーネの腰を引き寄せた。
エルディナのドレスの長い袖が翻る。
「何をっ」
「君がドレスを気にしているようだったから、ドレスが美しく見えるような演出をしただけだ。君のために」
驚いて見上げるセリーネに、レオニスは人をくったような笑みでにこりと笑う。
「それより、ナディア夫人と二人が今、舞台裏に回った」
「それは……」
レオニスはこのやりとりの合間にも周囲に気を配っていたらしい。
(ナディアたちは会場入りせずに子どもたちを確保する予定だったのに)
「不測の事態だな」
今回、セリーネは、子どもたちを舞踏会当日まであえて探さない、という選択をした。
手がかりもなくこのまま探し、それが犯人への刺激となって、未来を変えられてしまうことを危惧したのだ。
舞踏会場の舞台下に子どもたちが監禁されることはわかっている。そして、第二の映像で見た限り、彼らは無事だった。
セリーネは、子どもたちの安全を最優先する選択をした。
犯人の目的は、子どもをさらうことによって得る対価ではない。さらって売ることが目的ならば、わざわざ人目が多い舞踏会場に監禁するはずがない。身代金が目的ならば、平民の子どもだけをさらうはずはない。
だから。
◇◇◇◇◇
セリーネは二日前の夜遅く、秘密裏に会ったレオニスに自分の考えを話した。
『犯人の目的はおそらく……』
『王家の権威の失墜だろうな』
セリーネが口にするよりも早く、レオニスはそう口にした。
『はい。おそらく、舞踏会当日までに風評をばらまき、当日にさらわれた子どもたちが見つかるよう仕向けるのではないかと』
『王家のおひざ元で事件を起こし、グランディオス王家の無能ぶりを印象付けることが目的か』
『計画がうまくいっている限り、犯人は子どもたちに危害を加えることはないでしょう』
だから、セリーネたちが子どもたちを確保する直前まで、セリーネたちが犯人の目論見をくじこうとしていることを悟らせてはならないのだ。
◇◇◇◇◇
そして、子どもたちを確保する重要な役目を担っているのが、ナディアとルゥとミナだ。
レオニスは、不測の事態と言った。
(会場の外で子どもたちを確保することができなかったのね。子どもたちはもう、会場にいるということ?)
その時だった。
会場の使用人用の出入り口から、一人の男が飛び込んでくる。
すぐさま近衛兵に取り押さえられ、床に頭を押さえつけられた。
「陛下、どうかお助け下さい。子供が行方不明なのです!」
ざわざわとざわめきが周囲に走る。
セリーネはぎゅっと唇をかむ。
(このような事態になる前に、ことを収束させるつもりだったのに)
恐れていた風評はすでにあちこちに広まっていたのだろう。
やっぱり、というように、人々の口から次々に王家に対する疑問の言葉が上がる。
「平民だからと黙殺されたらしい」
「王宮内でこんな事件が起きるなんて、王家は何をしているのかしら」
「いや、王家が子どもが生贄にしていると聞いた」
「グランディオスの王族だ。やりかねない」
その時、ぐらりと頭上のシャンデリアが揺らいだ。




