声を失った王女
読み聞かせを初めて3か月が経った。
私が王城で借りた部屋で着替えていると、
どんどんどんどん……
「マリー殿、マリー殿」
と男の声がする。
「はい」
と扉を開けると、真っ青な顔をした、
騎士団長が立っていた。
「どうされたんですか?」
と聞くと
「王女様が声を奪われました」
と言った。
声を奪われた……
また?
あわてて王女のもとに向かう。
すると王女の声が、か細くなっていた。
昨日まで、あんなに自信にあふれた声だった王女が……。
これはどういうことですか?
と私は聞く。
すると白衣を着た男性が
「これはかの悪魔、アネモイ=ヘジテイトの仕業です」
アネモイ=ヘジテイト……。
聞いたことがある。
「それは創作を滅ぼす悪魔なのでは?」
そう聞くと
「あー。たしかに創作を滅ぼす悪魔とも言えるかもしれませんね。
ただ今回出ているのは、アネモイ=ヘジテイトの別の部分。
発信する力を奪う能力です」
「発信する能力……
だから声が出なくなったということですか?」
「そうですね。アネモイ=ヘジテイトが、王女のように声で民衆を動かす方。
俳優などの表現者から発信する力を奪う場合は、声を奪うようですね」
声を奪う悪魔
なんて恐ろしい。
「なにか、声を取り戻す方法はないのですか?」
「特に有効な手段はありません。ただ時間が経過すれば、戻ることも多いです」
戻るのなら、まだマシか……。
いや、それでも……。
騎士団長が口を開く、
「それが……
実は王女は1週間後に、スピーチをする予定だったのですよ。
国の威信をかけた行事ゆえ欠席はできない。
そこでマリー殿にお願いが……」
と言いかけると
「やめよ。
私の責任じゃ。
マリーに背負わせるな」
とか細い声で王女が言った。
どうしよう。
私は困った。
しかし王女をほってはおけない。
「騎士団長。スピーチの原稿はありますか?」
「はっ、こちらに」
読んでみると、外交的で繊細なニュアンスを含んだスピーチだった。
「ローズ様。まずローズ様の声に似せて、スピーチを読んでみます。
すこし聞いておいてくださいね」
「我が王国と、帝国の関係は、300年前に遡ります―――――。」
どうですか?
「そうじゃの。私の声はこんなのか」
と王女は、騎士団長のほうを見る。
「はっ。声のニュアンスはかなり良い様子ですが……」
と騎士団長
「たぶんですが、王女様のような自信や威厳がでていない、という事ではないですか?」
と私
「そうですね」
と言いにくそうに騎士団長は言った。
「あのローズ様。これからスピーチの日までに、このスピーチが読まれた歴史的な背景や、王国と帝国との立場、また王族の方々の、王国や帝国などへの想いなどをご教授頂けませんか?
それと王女様のお立場などが理解できれば、もう少し、王女様の声に寄せることができるかも
しれません」
と提案をしてみた。
「すまぬな。頼む。教育係をつける。スピーチが終わるまで、読み聞かせは、お預けじゃな」
と寂しいそうに笑った。
まっててローズ様。
私の声で、あなたをきっと笑顔にしてみせる。
―――――
そこから一週間に渡って、歴史的な背景などの教育が始まった。
状況を聞いた番頭さんは、しばらくは有給にするから、そちらでがんばれと言ってくれた。
教育係には国のお偉いさんたち3人がついた。
なかなか複雑な歴史があったが、お陰で、王国と帝国の状況はよくわかった。
勉強の後は、毎晩遅くまで、騎士団長にスピーチを聞いてもらった。
幼なじみの彼も、
文句を言わず、いろいろ付き合ってくれたっけ。
「本当に……
マリー殿はがんばられる」
そう騎士団長は言っていた。
スピーチ前日、王女に面会した。
声を奪われたショックで浮かない顔をされていたが、
スピーチを披露し終えた時
王女は涙をながされた。
「お姉さまの雰囲気にとてもよく似ていた」
王女はそう語った。
「ありがとう。これなら任せられる」
そういい、王女は私を抱きしめた。
――――
当日
無事にスピーチは成功した。
その日、誰もが“王女が語った”と信じていた。
スピーチは10分
たったの10分だったが
その圧で
何十時間にも感じられた。
ここまで過酷な現場は今までになかった。




