声を失った女優との出会い
異世界に転生して、もう半年になった。
私は相変わらず、忙しくしていた。
いつものように仕事の帰りに、パン屋に行った。
棚の隅っこに、パンの耳が売っていた。
異世界では初めて見た。
転生する前、よくパンの耳を食べていた。
アルバイトをしているから、お金がないわけではない。
シンプルにおいしいから。
実はパンの耳と言っても、細いものや、大きなものなどいろいろある。
今日売っていたのは、大きなものだ。
サンドイッチを作るときに、耳のない食パンからサンドイッチを作るパン屋と、
食パンでサンドイッチを作ってから、あとで耳を切り落とすパン屋がある。
たぶんその違いなのだろうと、私は思っている。
私は、知り合いの社長から、パンの耳を使った美味しいレシピ
を教わった。
まずフライパンに油をひき、攪拌した卵を一つ割り入れる。
その後少し固まるのを見て、卵の上にスライスチーズをのせる。
そしてパンの耳の白い方を下にして入れる。
そして上から押さえる。
卵の液が横からはみ出るが、しばらくするとストップする。
そうなると、
もう卵は固まっている。
ひっくり返し、今度は茶色い面を焼く。
そして卵のほうに塩コショウをふってできあがり。
塩は普通の塩でもいいが、岩塩がベストだと思う。
パンは割とカリッとして、パンの耳なのに、それほど固くはない。
これはふつうの食パンでもできるが、パンの耳ほどのウマさはない。
「貧乏レシピでしょw」
とバカにしていた友達は
「パンの耳を甘く見てたわ」
と絶賛してくれた。
教えてくれた社長は言っていた。
「商売をしているものにとって耳は重要。その耳を捨てるなんて……」
と、
その言葉に私は感動した。
声優にとっても
耳はとても大事なもの。
それが固い食パンの耳だったとしても…
私は耳を食べる。
そして多くの人の耳に私の声を届ける。
――――
いつものように職場に向かうと
番頭さんが、あわてた様子でやってきた。
「あの~。とつぜんなのですが、
役者の演技に合わせて、声をあてる事はできますか?」
「それは、例えば役者さんが、のどを痛めていて、声が出ない。
でも演技はできるから。演技はする。
声だけは私が、
ということですか?」
「そうです。難しいですよね」
「以前に、それと似たような事をしていたので、だいじょうぶだと思います。
話を聞かせてもらえますか?」
「それは助かります。ぜひお願いしたいのです。
実は私が贔屓にしている劇団の女優が
どうやら“悪魔”に声を奪われたそうで、
前売りはすでに完売、そのお金をすでに使って
しまっているものですから、返金も無理。
人気女優のため代役も無理。
劇団の存続の危機なのですよ」
悪魔に声を奪われるって、どんな状況?
いやそれより。
「わかりました。ではどうすればいいですか?」
そう聞くと、私は劇場まで案内された。
入り口には美しい女性のポスターが貼ってあった。
「この方が話の女優さんです。ちょっとショックでやつれておられますが、その点はご配慮を」
と番頭さん。
実際女優は、声を奪われたショックで、やつれていた。
声はかろうじて出せるが、とてもか細く、自信を感じさせない声だった。
私が来るなり
「私は、
悪魔に声を奪われたの。
演技はできる。
でも声が、
あなた……
このセリフを読んでくれる」
と言った。
私は台本に目を通し、
何度か声に出し練習をした。
そして女優にセリフを聞かせた。
私は意識を集中した。
「あら。
あなたは……
たしか、
騎士団の詰め所にいた方ね。
なぜこちらに?」
女優の顔はぱっと明るくなり、
そして再び少し曇った。
「あなたの声って優しい、
どこか透明感があると言うか……
いや違うかな。
なにか人っぽさがないというか、
お人形さんみたいな、
魂のこもっていない感じがする。
あなたの言葉には、
命がこもってないわ。
ただ美しい楽器のような……」
そう言われた。
私はショックだった。
いくら順風満帆に見えても、
やはり、
プロの世界には通用しなかった。
「君は声はいいけど、それだけなのよ。薄っぺらなのよ」
これは、オーディションでも、学校でも、よく言われたことだった。
私は、どうすればいいのか、必死で聞いた。
でも、誰も教えてはくれなかった。
学校の先生はこう言った。
「こればっかりは教えることが、
できないんだよ。
もしそれを教えれるものが現れたなら、それは伝説…いやバイブルともなるだろう」
あるアニメの監督はこう言っていた。
「ないても笑っても…1発のオーディションですべてが決まる
君の努力なんて…
誰も見やしない。
ただ、
その場にいるもの達を、
その言葉一つで納得させないといけない。
これは努力だけで、できるものじゃない。
でも、
努力もしないものに、できるものでもない。
努力を越えた凄み……。
そんな感じのものが、必要なのかもしれないな」
そう言っていた。
私は異世界に来ても
同じ壁にぶち当たったのだった。




