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 お昼を食べ終えると、午後二時であった。

「後三十分で、木下副社長が戻って来るそうだな……」

 ちらりと腕時計を見ながら片桐が言う。

「そ、そ、そうだね」

「それまで暇だな……コーヒーでも飲まないかい?」と、片桐が白石に提案する。

「あ、う、うん」と、白石が返事をする。「こ、こ、コーヒーなんてあ、あ、あったかな? じ、じ、自販機かい?」

 白石がそう訊くと、「コーヒーといったら、カフェでしょ?」と、片桐は言って向かいのカフェを指す。

「ああ」

「よし! 行こう」

 片桐が立ち上がろうとした時、「あれ?」と、何かを見つけたようだった。

「あれって、水田さんと秘書の清水さんじゃない?」と、片桐は言った。

 白石は片桐が向く方を見る。確かにその二人が一緒に食事をしていた。

「ほ、ほ、本当だ!」と、白石は言う。

「あれ? もしやあの二人……付き合ってるのかな?」

 片桐がニヤニヤしながら言う。

「え?」と、白石が驚いた声を出す。

「ちょっと二人の所へ行ってみよう!」

 片桐はそう言うと、すぐに二人の所へ歩いた。

「ああ、ちょ、ちょ、ちょっとお盆!」

 白石は自分のお盆を持って大声で言う。すぐに片桐はお盆を片付けるのを忘れていたことに気付き、一度テーブルへ戻って自分のお盆を持つ。二人はそれを返却口へ返した後、水田たちの所へ向かう。

「あ、どうも」

 片桐は水田たちの前に着くと、歯を見せながら挨拶した。

「あ!」

「あ!?」

 水田と秘書の清水は驚き、気まずそうに片桐たちを見た。それから、「どうも」と、水田が言った。

「お二人でお昼ご飯を?」と、片桐がにやりと笑って二人に訊く。

「え、ええ……」と、清水が照れ臭そうに答える。

「お二人は仲良しなんですね。ほら、昨日も一緒に飲んでいたみたいじゃないですか、社長が帰った後も」と、片桐が続けて話す。

「ええ、そうね」と、清水が認めるように言った。

「お二人はお友達の関係ですか? それとも、お付き合いされているとか?」

 それから、片桐がそう訊いた。

 片桐にそう訊かれて、二人は顔を合わせる。そして、観念したかのように水田が口を開いた。

「はい、僕たち……実は付き合っていまして……」

 水田は顔を真っ赤にさせて言う。

「そうでしたか……」

 片桐は笑顔で言う。

「し、し、失礼ですけど、い、い、いつからですか?」

 それから、白石がそう訊いた。

「二か月前です」と、水田ははっきりと答えた。

「二か月前ですか」と、片桐は言う。「じゃあ、付き合ってまだ日が浅い……」

「そうとも言えます」と、清水が笑う。

「ち、ち、因みに、しゃ、しゃ、社長さんはふ、ふ、二人のか、か、関係につ、つ、ついてはご、ご、ご存知だったんです?」

 それから、白石がそう訊いた。

「どうでしょう……?」と清水は言って、彼女は水田を見る。水田は首を傾げる。

「でも、私たちの口から言ったことありません」

 それから、清水がそう主張する。

「そうですか」と、片桐が頷く。「もう一つ、因みになんですが」と、彼は前置きして質問する。

「石原社長と清水さんがお付き合いしていた、なんてことは?」

「よくドラマとかであるアレですよね?」と清水は言い、「残念ながら、そういうことは一切ありません」と答えた。

「そうですか。分かりました」

 片桐はそう言った後、「あ、お二人ともお楽しみ中にゴメンナサイね……。さあ、白石くん、僕たちはcoffeeでも飲みに行こう!」と、彼は白石の耳を引っ張った。

「痛たたたたたあ!!」


 カフェに着いてようやく片桐は白石の耳から手を離した。

「大丈夫?」と、片桐が真顔で訊く。

「だ、だ、大丈夫じゃないさ!」

 白石は耳を引っ張られて、そこがヒリヒリしていた。

「強く引っ張り過ぎたな。ゴメン」と片桐が一度謝った後、「白石くん、君、何飲む? 今なら奢るよ」と、彼は飲みたい物を聞いた。

 白石は今、コーヒーを飲みたい気分ではなかった。

「い、い、今はい、い、要らないや」

「え? なんで?」と、片桐が訊き返す。

「み、み、耳が痛いから……」

 白石がそう言うと、片桐は「あ、そう。じゃあ、俺は……」と、メニューを見て考える。それから、「すみません。ブレンドコーヒーを一つ」と、彼は店員の女性に言った。

「お待たせしました。ブレンドコーヒーです」と、女性の店員がカップを差し出した。

「どうも」と言って、片桐はそれを受け取る。それから、二人は空いているテーブルに座る。

「いたたた……」

 白石はまだ痛みがあるらしく耳を押さえている。

「そんなに痛かったか?」と、片桐がコーヒーを啜りながら訊く。

「め、め、めちゃくちゃ、い、い、痛かった」と、白石は訴える。

「そっか」

 そう言いながら片桐はもう一口コーヒーを啜る。それから、片桐はちらりと腕時計を見た。

「二時半だ。そろそろ時間だよな」と、片桐は言う。

「うん」

 それから少しして、入り口から一人の男性が入って来た。木下副社長であった。

 彼に気付いた片桐はすぐに立ち上がり、「木下さん!」と大声を出す。

「あ、刑事さん!」

 その声に気付いた木下副社長がこちらへやって来た。「お待たせさせてどうもすみません……」と、木下副社長はペコリと頭を下げる。

「いえいえ、お忙しいところすみません」と片桐は言って、早速、口を開く。

「あのですね……お聞きしたいのは、昨日の夜十時以降から翌朝の八時半頃、木下さんが何をされていたかです」

「……要は、犯行時刻のアリバイですね」と、木下副社長は言う。

「ええ」

 それから、木下副社長が話をする。

「前にもお話しした通り、昨日、私は仕事をしていたんです。で、トラブルを見つけた私はすぐに社長を呼んだんです。すぐに社長は駆けつけてくれて、それから一時間程、社長と二人でそのトラブルを対処しておりました。やっと終わったのが、十時を過ぎた頃です。終わってホッとして、私はすぐに帰りました。帰宅したのは、十一時前だったかと。それから、帰って妻の作った夕飯を食べて、シャワーだけ浴びてすぐ寝ました。翌朝は、七時に起きて、妻や子どもたちと朝食を食べて、七時半に家を出ました。今朝は工場へ行かなくてはならなかったので、こちらではなく工場へ出勤しました。八時過ぎにはそこへ着きましたよ」

「なるほど。それで、今朝八時半過ぎに秘書の清水さんから電話があったと……」

 片桐がそう言うと、「ええ、その通りです」と、木下副社長は頷いた。

「分かりました。ありがとうございます」と、片桐がお礼を言う。

「お話って、それだけですか?」

 それから、木下副社長がそう訊く。

「はい」と、片桐は答える。

「そうですか、分かりました。では、私はここで……」

 木下副社長はそう言って、そこを離れようとする。

「あ、ちょっと待って下さい!」

 それから、片桐が思い出したように言う。

「なんです?」

「あの……石原社長って、ご家族に嫌われたりしていたなんって話、聞いたことあります?」

「家族に?」

「ええ」

「いや……訊いたことはないですね」と、木下副社長は言う。

「そうですか。分かりました。すみません、変なことを聞いて……」

「いえ……」

「あ、後もう一つだけお聞きしたいんですが……あの……」と言って、片桐は小声で話す。秘書の清水と水田の関係性についてだ。

「あー、そのことか……。ふーん。私は薄々気付いていましたけど、実際に本人たちの口から聞いたことはなかったなぁ……」と、木下副社長は言った。

「そうでしたか」

「ええ。……やっぱりそうだったか」

 木下副社長は残念そうに言う。

「でも、あの二人って意外とお似合いに見えますけどね」

 それから、片桐が勝手にものを言う。

「私もそう思いますね」と、木下副社長も頷いた。白石も頷く。

「おっといけない!」

 それから、木下副社長が腕時計をちらっと見て言う。白石も腕時計を見た。気づけば、午後二時五十分だった。

「三時から上で会議があるんだった!」と、木下副社長は思い出して言う。「すみませんけど、私はこの辺で」

 彼はそう言って立ち上がる。

「あ、分かりました。こちらこそ貴重なお時間を頂き、どうもありがとうございます」

 片桐がそう言って立ち上がり、頭を下げる。白石も立ち上がり、彼にお辞儀をする。

 木下副社長も二人に会釈した後、エレベーターの方へ向かって行った。

「さあ、俺らは一旦、署に戻るぞ」と、片桐は言う。

 白石は頷いた。それから、片桐が白石に言う。

「ところで、耳の痛みはどうだい?」

 気が付けば、白石は耳の痛みを感じなくなっていた。

「あ、へ、へ、平気!」

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