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【小話8】その一歩が難しい 養成学校時代/ディア


「あっ、ラシュラムーっ!」


 授業が終わり。

 いつものように校舎裏へと向かう途中、俺の名前を呼ぶ声に呆れとも感心ともつかないため息をつく。

 ……またか。


 声のする方をチラと視線をやれば、まばらな人影の向こうにミルクティー色の髪がひょこひょこ見え隠れしていた。


 オズワルト・クローセム。

 俺と同期の騎士候補生。

 加えて、手合わせのペアになって以降俺に対して飽きもせずに挨拶してくる奇特な奴だ。


 今まで俺からまともに返事をした事はない。

 あいつからすれば理不尽に無視されている事になるのだが、未だ馬鹿みたいに笑顔で駆け寄ってくるから理解できなかった。

 俺があいつだったら早々に見切りをつけて距離を置くだろう。


 タッタと軽快な足音がだんだんと近づいてきて、やがて隣に収束した。


「こんにちはラシュラム!」


 まるで飼い主を前にした犬だ。

 今日も楽しげに俺を見上げるクローセムの背後にはブンブンと元気に振られる犬の尻尾の幻が見える。


——そろそろ挨拶くらい返してもいいのではないか


 ふと脳裏に浮かんだ言葉に、足が止まる。


 誰も気を許さず、近寄らせない。自分を守る為にそう決めたはずなのに。

 いつの間にかクローセムに少し気を許している己の心境の変化に驚いた。


「どうかした?」


 曇り空のような灰色の瞳が俺を覗き込んでくる。初めてちゃんと見たそれは純粋に心配だけを宿していて、心が震えた。


 このまま無視し続ければ、いくらこいつでも離れていくだろう。そうすれば今まで通り自分を守り続けられる。自分を乱される事もない。


——でも、本当にこのままでいいのだろうか


 まるで岐路に立たされているような、そんな緊張感にごくりと喉が鳴った。


「おーい……ラシュラム?」


 心の奥で燻っていた期待が顔をもたげてくる。

 もう一度くらい、期待してみたっていいじゃないか。

 もしこれが無理ならもう期待はしないから。

 無駄な期待なんてやめろと囁く臆病な自分に蓋をして――無意識に俯いていた顔をあげる。

 そうして口を開きかけ……はたと考える。


 一体何を話せばいいのだろう、と。

 挨拶はすでに時期を逃しているので無しだ。

 となると他に何がある。

 その前に問いかけに答えるのが先か。

 それでいい……のだろうか。


 ぐるぐると思考が回る。

 ドクンドクンと心臓の音がやけにうるさい。


「あもしかして体調悪い?」

「別に」


 一瞬、時間が止まった。


 ぐちゃぐちゃな頭が答えを導き出すより先に口から滑っていった言葉は無愛想極まりないもので。


 ……いくらなんでもこれはない。


 致命的な失敗に凍りつく俺をよそに、クローセムは数回瞬きを繰り返すとほっとした様子で笑った。


「元気なら良かった」


 この時ほど、安堵を覚えた事はない。

 同時に自分の不甲斐なさを目の当たりにした日だった。


 余談だが、この後まともに挨拶を返せるようになるまで3日かかった事は俺の黒歴史だ。






[おまけ]挨拶ダイジェスト


take1

オ「ラシュラムーおはよう!」

デ「……お」

オ「?」

デ「お……まえ、か」

オ「うん? 俺」

デ「(違う!おはようだろう俺の馬鹿!)」


take2

オ「ラシュラムみっけ!」

デ「……、……?」

オ「そういえばさっきの授業なんだけど——」

デ「(みっけとは挨拶だったのか⁉︎)」


take3

オ「ラシュラムこんばんは。昨日ぶりこれから夕飯? 実は俺もなんだよな」

デ「(返す間が無い……だと⁉︎)」


take4

オ「ラシュラムおはよー。そういえば——」

デ「……っお!」

オ「⁉︎」

デ「……、……お」

オ「(「お」?)」

デ「お、おは」

オ「(——もしかして)」

デ「おは………………ょ、ぅ」

オ「うん、おはよう」





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