エピローグ 『やっぱり【世界樹】なんか倒せるかぁぁぁぁぁっ!!』
「……むぐ」
「むにゃ……むにゃ……」
「歌音……起きて……っていうか、重い!!」
あたしは歌音を突き飛ばして起き上がろうとした。しかし、歌音は「……可愛い子………むぎぅ……」と寝ぼけてあたしを抱き枕よろしく抱きしめた。ぐふっ、力強すぎ!
「か……歌音、潰れちゃうよ」
「むぅ……分かった……」
歌音は素直に放してくれた。げほっと咳払いすると、目の前に歌音のすまなさそうな表情が見えて、つい笑ってしまう。
エルミニとニボシが消えてから一日が経った。
今まで表情に乏しかった歌音だったが、昨日の騒動があってからは表情が豊かになった。ただ、その変化はほとんど変わらない。彼女のすぐそばにいる人物でなければその変化に気づかないだろう。それを分かってあげられるのも、たぶんあたしだけ。
昨日、火災騒ぎがあったものの城は無事に残っていた。ただ、街は跡形もなく焼けてしまった。国民たちは鎮火した街に戻ってくると「またか」といった表情で笑っていた。彼らは八年前の火災のことを覚えているらしかった。
そこで戦った英雄たちのことも、彼らは覚えている。
この国の兵士たちはすでに全滅していて、エルミニとニボシと一緒に消えていた。昨日の光の奔流も、大半は兵士たちのものだった。
国民は八年前のことを覚えていてもなお……ガスタウィルが死んだことを知っていてもなお、ガスタウィル皇国のために働いていたそうだ。もちろん、あのガスタウィルが偽物だということも気づいていた。ただ、彼が死んでしまってやる気をなくした人がいたことも事実で……セピアやヒナの両親もその一人だった。彼らは毎日働かず、ただ亡霊のように生きていた。
「……でも、歌音は本当によかったの?」
あたしは城の廊下を進みながら隣を歩く歌音に聞いた。歌音は頭に疑問符を浮かべると、首を傾げた。
「……何が……?」
「エルミニのこと。エルミニは、歌音を騙してたんだよ?」
「……いい……それが……エルミニ様……の……考え、だから……」
「……そう」
歌音は――両親に会いたかったはずだ。
彼女が偽ガスタウィルに従っていたのは、両親に会いたかったからなのだから。それでもエルミニを許せるのは、やはりそれ以上に助けてもらったことに対しての感謝なのかもしれない。
「……エルミニ様……助けてくれた……この命……大切に……してくれた……だから……私は……生きる……」
歌音が懐かしむように目を細めて言った。
そんな歌音に安心して、あたしは笑顔を向けた。
「そっか。なら、エルミニの思いを継がなきゃね」
「……もちろん……」
廊下の先にあった、食堂の扉を開きつつ、歌音は薄く笑みを浮かべた。
食堂の中を囲んでいた鏡は全て無くなっていた。おそらく、ここにあったこの部屋自体が巨大な魔法だったのだろう。ガスタウィルの動きを制御し、自分たちの姿を保つような……そんな魔法がかけられていたに違いない。まあ、証拠がないから何も言えないけど。
ニボシは魔法を作るのが遅かったらしいが、魔法技術士の世界では有名人だった。奇抜で上等な魔法を作るのだが、その力を一人の妙な男のために使っていた変人として。
食堂にはすでに座っている人物の姿もあった。
セピアである。
「おはよう」
「んー? ……あぁ、ぼさぼさか。今日も一段とぼさぼさだな」
「うっさい。くせ毛なんだから仕方ないでしょ?」
ぶつくさ言いながらセピアの正面に座ると、机の上に食器が置かれた。それを置いたのはアスタだった。
メイドさん (エルミニ)がいなくなったことで、料理が運ばれてこなくなった。今までの料理は、全てこの城の使用人が作っていたわけではない。
……そもそも、最初からこの城に人なんていないし。
「こんな城に一人で過ごすって……偽ガスタウィルはどんだけ贅沢してたんだか」
「いや、そうでもないでしょ。使用人なんていない城だから掃除とかご飯とか、いろいろと大変なことがあるでしょ」
「ていうか、もっと早くに気付くべきだったね。なんでメイドが一人しかいないのか、って。どう考えても浮いてたでしょ、エルミニ」
「……実は……天然……」
「確かに」
あはは、と笑いあう。故人に対して失礼とは思わなかった。
天を仰ぐと、今もそこにエルミニが、ニボシが、ガスタウィルが、いるような気がしたから。
この国を作った王や家来たちはみんな消えていった。それでもこの国は残り続けるだろう。この国の民が幸せを望む限り――この国は滅ぶことはない。たとえどんな化け物に襲われたとしても。
ガスタウィルの下に集まった人々は、みんな幸せを望んでいた。他国から追われ、蔑まれ、疎まれ、嘲られ、バカにされ……そんな人たちが、自由を求めて作った国――それが『ガスタウィル皇国』なのだろう。まあ、国名が自分の名前っていうのがちょっとバカっぽいけど……。
「あはは……じゃあ、そろそろいただきますか」
「うん。久しぶりだね、アスタの料理!」
あたしがテンションを上げた理由は、久々のアスタの料理だったからだけではない。最近はどこへ行ってもパンばかりだったのだ。だからしばらくパンは見たくもない。
机に置かれた料理は色とりどりだった。野菜を詰めた鶏肉をボイルしたもの、クリーム色のポタージュスープ、海藻サラダ、分厚い肉のステーキ、果物の盛り合わせなどなど。とてもアスタが一人で作ったとは思えないほどの量の料理が、部屋を二分するほど大きい机に置かれていた。もちろんパンはない。
みんなが座ったところを見て、「いただいます」と手を合わせて言うと、みんなも一緒に手を合わせた。手元に置かれていたフォークやナイフを手に、かちゃかちゃ音を鳴らせながら食べ始めた。久々のまともな料理のせいか、いつも以上に美味しく感じられた。
そして――
談笑を交えながらの朝食は終わり、食器が片付けられた机にコーヒーや紅茶が置かれていく。あたしの前ではヒマラヤンシェルパティーが湯気を立ててブドウの甘い香りを漂わせていた。
「……なあ、ぼさぼさはこれからどうするんだ?」
「うーん……そうだなぁ……」
「もう【世界樹】は倒したし、本来の目的は達成できたんだろ? なら、何もすることねぇんじゃねえか?」
「あはは。実はそうでもないんだよね」
正面に座るセピアに、微笑みかけた。
本当はこれ以上働きたくはないんだけど……あたしには居場所がない。何も目的なしに生きていくことが出来ない。それは【鳥籠】にいたせいなのかもしれないけれど……もう目的を見つけたあたしには関係のないことだ。【鳥籠】も過去のことだし、今更うじうじ言ってても仕方ない。
「あたしはね、これから世界を回るの」
「旅をするっていうのか?」
セピアは驚いたように目を見開いた。あたしが頷くと、ふぅんと興味を失ったかのように気の抜けた返事をして手元のコーヒー (激甘、ミルクたっぷり)を一口含んだ。
「……ま、目的があるならそれでいいんじゃねぇの」
「ちょっと怒ってる? ……あ、もしかして寂しいの?」
「は、はぁ!? ふざけんなっ! 誰がてめぇみたいなぼさぼさに会いたいかよ!?」
「うん。だれもあたしのことなんて言ってないけどね」
「ぐぬぬ……」
身を乗り出して怒鳴ったが、あまり怖くなかった。というより可愛い弟の鳴き声といったところだろうか。
セピアは乗り出した身体を引っ込めると、顔を赤くしたまま席に深く座った。ぷっと吹き出したアスタにセピアの視線が突き刺さる。
「……まあ、あたしのことはいいの。それよりもあんたは?」
「ん? 俺か?」
「だって、あんただって帰るところはないし、それにヒナは……」
「死んだよ。ていうか、他人の妹の死を偽装すんじゃねぇ」
「……分かってたんだ」
ヒナは――
ヒナは死んだまま、あたしのかけた魔法によって死を偽装された。それはセピアを悲しませたくなかったからだったけど……彼はすでに気づいていたのだ。でも彼自身も気づいただろう。ヒナは、こんな妹思いな兄に見守られて逝けて幸せだと――。
セピアもどこかふっきれたように笑っている。ヒナのことが大切で大切でしかたなかったくせに、涙の一つも見せやしない。
「でもいいんだよ、これで」
「……そうね」
死んでもまだ生き続ける……そうして失敗した人に、つい昨日会ったのだ。彼女はきっと後悔していたに違いない。まあ、彼女のおかげでこの国もできたのだけど。
「だからといって、悲しくないわけじゃねぇ。辛いし、苦しい……でも、ヒナのおかげで俺にも生きるべき道が決まったんだ」
「へぇ」
セピアはふっと微笑んだ。
「俺も魔法を作るよ。今度は、ヒナを守るためじゃねぇ。大切なものだけ守っても、本当に大切なものなんて守れねぇからな。だから、俺はみんなを守るための魔法を作りたい。みんなの思いを、願いを紡いでいけるような魔法技術士になってやる!」
「あはは。ま、せいぜいがんばりなよ。あたしはもう教えてやれないけど……あたしだって独学だったんだしね。大丈夫だよ」
当たり前だ、とセピアは胸を張って笑った。
彼は小さくとも、思いだけは誰にも負けないほどに大きい――
――その小さな英雄が、いつの日かその名を世界に轟かさせるのは別の話だ。
あたしたちは城から外へ出た。遠くに見える街では復興のために人がせわしなく動きつづけていた。
初日に街まで行った時やエルミニの家に行った時、時間が妙にかかったように感じたのは全てニボシの魔法のせいだった。彼が時間稼ぎのために魔法をかけていたらしく、彼がいなくなった今ではほんの数分でたどり着く。光を屈折して距離感すらも捻じ曲げているらしかった。すごいな、ニボシ。
実際は数十メートルの距離にある街は、今も煙くさい。あちこちで細い煙が天に上り、風に巻かれて消えていった。街に入ると怒号が交わされていたり、楽しげな笑い声が聞こえたり、人が協力し合う声が聞こえて……なんだか初めて来た時よりずっと生き生きしていた。
そんな人々を横目に、あたしとアスタは並び立って歩いていく。街を突き抜けた先にこの国の門があるからである。
思えば、この国に来て一カ月ほどしか経ってないんだ……。
その一カ月は、あたしにとって何より変えがたいものになるだろう。楽しかった日々も、辛かった日々も……あたしが経験したことのないことを、この国は教えてくれた。そのおかげで、友だちが出来た。
歌音とじゃれあい、
エルミニと駄弁り、
ニボシとアスタを非難したり、
ガスタウィルと駆け引きしたり、
セピアと魔法を作ったり、
そして――
アスタの隣で歩いたたり……
ああ、本当にこの国は素晴らしかった!
建国したガスタウィルは、こんな素晴らしい国を作ったのか!
でも彼がそれを見ることは叶わなかった。それでも、彼の意志を後を継いで、この先もこの国は幸せになっていくだろう。発展していくだろう。
その意志を継いだのは国民全員だ。
みんな、彼のことが好きだったんだ。
だから偽ガスタウィルのことを誰も相手にしなかった。彼を作りだしたのはエルミニだったが、彼女はしばらく行方を晦ましていたせいでいないものとして扱われていた。国民がそれを知っていたのなら、きっと彼女に付いていっただろう。
エルミニもそれを分かっていて……だからこそ姿を消した。
彼女はすでに死んでいたから。
「エルミニ……それでも、あんたたちの国は幸せそうだよ」
誰にも邪魔されない幸せ……それをガスタウィルは死にながらも実現していたのだった――
門にたどり着くと、一頭の馬と荷馬車が用意されていた。その馬と荷馬車は城にあったものだったが、宿主のいなくなったいま、これらは無用の長物と化していた。それをあたしたちは頂戴するわけだ。その馬と荷馬車を運んできたのは歌音だった。
セピアはいなかった。彼は城の古書庫に閉じこもって魔法の勉強をするらしい。だから邪魔をしないようにこっそり抜け出してきた。
「……いいの……?」
「いいの。セピアだって、そんなじめじめしたことしたくないんでしょ」
馬の手綱を持ったまま、困惑顔を浮かべた歌音。あたしは彼女に突き放すように言うと、目元をぬぐった。
もう、後ろは振り返らない。絶対に。
アスタは歌音から手綱を渡されていた。彼の顔はいつも通りにやにや笑っている。
「……可愛い子……」
「何?」
荷馬車に乗り込もうとするあたしを引きとめるように、歌音は袖を引っ張った。彼女は顔を俯かせて何か言おうとしているが、全く聞こえない。
あたしはアスタと視線を交わすと、肩をすくませた。
俯く歌音の肩に手を置くと、顔を上げさせる。目から涙があふれていた。
「……別れたくない……一緒に……いたい……」
「うん。あたしもだよ、歌音。だって、初めての友だちだもん」
歌音は子どものように泣いていた。ぐちゃぐちゃになった顔に、よだれや鼻水がついて汚い。あはは、と笑うと、歌音も弱弱しく笑って、涙を拭った。
そしてあたしもこみあげてくる感情を手の甲で拭った。
「あたしも、やっぱり……別れたくないよ……ぐすっ……」
「……でも……お城……守らないと……私の……うぐっ……役目だから……」
「うん。じゃあ、お別れだね……」
「……仕方ない……よね……」
それでも――
それでも――……
「「うわぁぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁああぁあぁぁん!!」」
涙は止まらなかった。
歌音と別れたくない!!
まだ一緒にいたい……でも、それじゃあ、ガスタウィルとエルミニの思いを果たせなくなる。
彼らがいた証拠の城を、守る人がいなくなってしまう。
でも今生の別れというわけではない。
縁とは不思議なもので、いつかめぐりめぐって、また会えるのだから……。
「じゃあね……ぐすっ……歌音……」
「うぅぅ……バイバイ……可愛い子……ミーちゃん……」
「あはは……やめてよ、その呼び方……」
「えへへ……やめない……ミーちゃん……また……会えるよね……」
「当たり前でしょ、歌音……」
そしてあたしたちは、幸せの国を後にする。城の先はしばらく草原やら森やらが続いていた。そこを馬車がガタゴトと激しく揺れながら走っていく――その時。
「っ! 何あれ!!」
「え? ……うわっ……」
あたしたちの去った国が、急激に輝いた。光の柱が天に昇り、美しく国を照らしだした。翡翠の光が雨のように降り注ぎ、ダイヤモンドダストのように煌めいた。
そして、ダイヤの軌跡を描いて消えていった。
「……あのダイヤの軌跡って……!」
国中にあったダイヤの軌跡……それの本当の使い方は兵器だった。敵が来た時、化け物と化して戦う自立型魔法。ただ、昨日は炎のせいで効果がなかったらしい。炎は敵とみなされなかったらしい。
でもあれは違う。まるで、人に幸せを分け与えてくれるような幸せの魔法だった。
そして、遠く離れた城の窓から小さな影が複数見えた。
エルミニの下へと集まっていた、テラルト、シラルト、ピポル、イズ、カルタ……そして彼らを先導する巻物を持った影は、セピアの6人だ。
彼らは何やら手メガホンで叫んでいたが、全く聞き取れなかった。それでもあたしはうれしくて、うれしくて……。
「ありがと――っ!! 絶対……絶対また会いに来るから――――っ!!」
と、泣き叫んだ。
馬車の軌跡をたどるように、優しい風が吹いた。その風で光が舞う――。
国を出て、しばらく経った頃。
地面は次第に草を失って荒れ地と化していた。【世界樹】の影響で不毛の地となったらしい。
辺りは何もない。砂埃を上げて進む馬車が揺れ続けているだけだった。
「……アスタ、退屈だね」
「そう? 俺は手綱握っておかないといけないから大変だけど」
「アスタだけずるい」
ぷくっとむくれたあたしに、アスタはあははと笑った。
「あはは。……まあ、よかったよ。二人とも何ともなくて」
「そうね。最初はどうなるか分かんなかったけど」
あたしはアスタの隣に座って思い出す。
【世界樹】なんて倒せない、そう思っていたけど、結果的には倒せた。ニーズヘグが出てきたものの、2人とも生きた。ニーズヘグはどこかに行ってしまったけれど、これで世界も安泰だ。
あの状況なら誰が命を落としてもおかしくなかった。しかし誰も死なず、すでに死んでいた彼らが消えたにとどまった。ニーズヘグとの争いで傷ついたアスタも、エルミニの魔法のおかげで怪我がほとんど治っていた。あそこにエルミニがいなかったらと思うとぞっとする。
「よかった……これも、ナルちゃんの魔法のおかげかな」
「魔法って……あ!」
あたしはアスタの言う魔法を思い出して……顔を赤くした。
だってあの魔法は……
「――『ずっと一緒にいる魔法』……ナルちゃんが【鳥籠】で最後に作った魔法、今も持ってるよ?」
「むわぁぁぁぁ!! 今すぐ捨てて! そんな黒歴史っ!!」
「やだよ」
その魔法は、あたしがアスタに依頼されて作った魔法だ。
効果は、あたしとアスタがお互いにずっといられる……すなわち、お互い死ぬことなくいられるように作った魔法だ。
しかし、自分が作った魔法とはいえ、恥ずかしすぎる!!
アスタはそれを胸ポケットに入れたまま、過ごしていたのだろう。そのおかげで……今もこうしていられる。
この普通の日常が。
すっと幸せな時間が……この先もずっと。
あたしはうれしくて、赤くなりながらもアスタを見上げた。彼は優しく微笑んでいる。
「ねぇ、アスタ……あんたはあたしといて幸せ?」
「当たり前じゃん。幸せだよ」
アスタはそう言って、笑顔になった。
「ナルちゃんといられる日々が不幸せなわけがない。ナルちゃんといる時間は楽しいし、それに……うれしいよ」
「……そ。あ、あたしも――」
あたしも、アスタといられて幸せだよ。そう言おうとした直後。
「ちょっとよろしいですか、ミーちゃん?」
「だからその名前で呼ばないで――って、誰!?」
「わたくしです」
「なんだエルミニか…………………え?」
あたしの後ろには金髪の少女――
死んだはずのエルミニがいた。
いや、実際に死んでいる。彼女はどこか半透明で、足もない。それに動かないはずの腕を動かして、通り抜ける人体という怪奇現象を楽しんでいる。うわっ、胸から手が生えた!
……って、冷静に観察してる場合じゃない。
「……なんでここにいるの!?」
「うれしいでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「ふふっ。素直なミーちゃんは可愛いです!」
そう言って、エルミニは抱きつこうとした。しかし、透明な腕は通り抜けてしまって掴むことはできなかった。哀しそうに口をとがらせたエルミニは、どこか子どものような雰囲気がした。
「うぅ……この身体じゃ、ミーちゃんの身体を堪能できないのです……」
「そんなことよりも、何でここにいるのよ!?」
「ああ、それはね……」
エルミニ (幽体)は、足のない足で正座をした。
真剣そうな顔を作りあたしを見ると、小さな唇が歪められた。
「……あ、の甲斐性なしヤロー……」
「………………え?」
その時、エルミニの瞳が怒気を孕んだ。
「わたくしがいない間に愛人作ってやがったのですっ!! しかも1人じゃなく3人!! 3人ですよっ!? あの世でも権力振るってわたくしより下劣な女たちを手駒にしてやがったのです!! だから、出てきたのですよ、ミーちゃん……ミー、ちゃん……ふぇ……ふえぇぇぇぇぇん」
「え、ちょっ……泣かないで!」
「酷いですぅ、酷いです……わたくしが国を作ったのにあの甲斐性なし……うぐっ……わたくしがちょっと目を離したすきにぃいぃ……うえええぇぇぇぇぇん!!」
ふむ。つまりこれは……
結局、偽も真も、根はクズヤロ―じゃねぇかっ!!
「エルミニ、辛かったよね、うん。あたしには分かんないけど……」
「うぐっ……分かってます……ぅぅ……ミーちゃんは……えぐっ……まだ恋愛なんて……ふぇ……早いですもんね……うえぇぇぇぇぇん」
「なっ!? し、失礼な!!」
「……でも……可愛い子……恋愛……してなさそう……」
「歌音にだけは言われたくないわっ!! ……って、いつの間に!?」
いえい、と指を二本立ててピースする歌音は、どこか嬉しそうだった。
「でも、あの城は? あれはエルミニとガス――」
「うええええええぇぇぇぇぇん!!」
「……あの甲斐性ないクズヤローがいた証だから守らないとって。言ったのは歌音だよ?」
「……うん……セピア……やってくれる……言ってくれた……」
ふぅん。あのセピアが。
まあ、そういうことならこれ以上乗員が増えることはないだろう。セピアはガスタウィル皇国を継いだことになったはずだからそうそう外には出られないだろうし。
あたしははぁ、と息を吐くとアスタに視線を向けた。なんだか疲れたよ、アスタ。
「……ナルちゃんがちゃんと世話するんだよ?」
「え……この猫と幽霊の飼い主はあたしなの?」
「うん」
笑顔で言ったアスタに殺意が湧きました。
ああ、何でこんなことに……でも、人は多いほうがきっといい。
ここにいるみんなは捨てられたようなものだ。ならあたしたちは家族にでもなれる。たとえ、血がつながっていなくとも、みんなが互いを愛し合って、支えあっていれば、きっと家族になれる――そんな気がした。まあ、大変そうだけど。
かつて、あたしはリールという謎の少女に『あなたは愛されている』と言われたことがあった。それは、今の状況を形容しているのかもしれない。確かに、あたしは愛されているのかもしれないね、リール。
「……ま、【世界樹】倒してやること少なくなったし。人が多くなればその分休めるかぁ」
「何言ってるの、ナルちゃん」
「……え? 何が?」
今の話に、どこかおかしいところがあっただろうか。
疑問に首を傾げるあたしに、アスタは言い放った。
「誰が【世界樹】が一つだけだって言ったの?」
「……………………はぁ?」
おかしい。
アスタの今の発言だとまるで……
「【世界樹】って……一つじゃないの!?」
「うん。6つあるはずだよ」
6!?
あんな化け物が、あと6つ!?
無理だよ、そんなの絶対に倒せない!!
おまけにこちら側に付いているのが――
甲斐性なし王に浮気された人間貯金箱……エルミニ
最近感情が復活したがやっぱり変態猫……歌音
手綱を握っている間も万年笑顔奇人男……アスタ
ぜ、絶望的だっ!!
「ぐぅぅ……や、やっぱり……」
「うええええぇぇぇん!」
「……よしよし……」
「あはははは」
みんなを見渡して、あたしは声を張り上げた。
「【世界樹】なんか、倒せるかぁぁぁぁぁぁ!!」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
現在連載中の『竜窟の街』の方もよろしくお願いいたします。




