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世界樹なんか倒せるかぁぁぁぁぁぁ!!  作者: 蒼露 ミレン
第四章 【世界樹】と魔法とドラゴン
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第四章:15 『最終戦』

 途中まで描いていた魔法は、巻物が焼かれてしまったので無くなった。新しい巻物を地面に広げたあたしは、セピアと一緒にもう一度魔法を描き始めた。


 遠くでは歌音、ニボシがニーズヘグを抑えていてくれる。そこへ傷だらけのアスタも加戦していくのが見えた。


 人が増えたことによって、ニーズヘグを抑えることが楽になった。ただ、やはりドラゴンと銘するだけあって、その攻撃力は高い。アスタ一人で抑えていたことがおかしいとさえ思うほどにだ。


 剣を折られたアスタはどうしても徒手空拳でやるしかないし、ニボシは魔法のかかった非殺傷の剣しか使えない。なので、実質的には歌音しかダメージを与えられていない。


 早く魔法を完成させなければ――しかし、焦るほど失敗する確率は高くなる。


 ゆっくりでもこの魔法だけは失敗してはいけないのだ。

 だからあたしは、向かいから魔法陣を描いているセピアに目配せし、慎重に魔法を描きながら魔法を発動していく。


 描いた魔法の字が浮かび上がり、空中で球体になっていく。そこへ辺りで燃えていた火が吸い込まれるように集まってきた。火は文字を焼くように空中で燃えあがった。


 巨大な球体となった文字は、その形を保つだけでも難しい。


 形を保てなくなってしまった瞬間、火が辺りに飛び散り、ニーズヘグに当たることなくあたしたちに被害が及ぶ。そうならないためにも、集中して魔法を描き続けなければならない。


 一文字一文字……ゆっくり浮かび上がっては火球の燃料となっていく。激しく燃える火球の熱が、地上を焼いて汗を流させる。


 だんだんと意識が朦朧としてきた。

 さっきやられたニーズヘグの傷口から血が流れているのが肌越しに分かっている。それに加え、この熱さだ。体中から汗が流れ蒸発し、脱水症状を引き起こしたらしい。


 それでも手を休めない。


 手にはさっきニーズヘグのせいで切られて血が流れている。そこへ汗が流れていくものだから染みてしょうがないが……それでも描き続ける。


 視界の外で慟哭が聞こえ、木々が燃える音が聞こえ、血が飛び散り、空が焼かれ、地が穿たれ、空気を打ち、咆哮を叫び、悲鳴が上がり、轟音が聞こえ……そして――


――何も聞こえなくなった。


 ……意識が……途絶える……


 そう思ったのと倒れたのは同時だった。





「ミーちゃん!!」


 エルミニは、燃える炎の群れの外からナルティスが倒れるのを見ていた。

 セピアはそれに気付いたが、悔しそうに唸っただけで手を休めない。


 今彼女を助けられる人間がいない!


 セピアはナルティスが倒れたとしても魔法を完成しなければならないのだし、ニーズヘグを抑えている歌音やニボシ、アスタの役割ももちろん必要だ。


 その中で、自分が無力なのは目に見えて明らか――ああ、なんでこんな足になってしまったのだろう。


「動いてください……いま、彼女を……この国の希望を助けられるのは、わたくしだけなのです。だから……今だけでいいですから……動いてください、わたくしの足!!」


 しかし、足は期待に応えてくれなかった。


 エルミニは考えた。

 自分がこうしてベッドにいることしかできない役立たずでも、なにかできるのではないか……そう思って考え続けた。そして、あることを思いつき、歯噛みした。


 自分にはできないと、エルミニは思っていたのだ。


「だって……ニボシやミーちゃんは得意でしたけど……わたくしはそれを以前やって後悔してます……」


 なら、友だちを見捨てるか……けれど、


 そんなことが出来るほど、わたくしはは落ちぶれてはいない!!


 エルミニはそう思い、決心した。




 あたしは動けないままだった。

 けれどなんとか意識だけは取り戻せた。


 倒れた衝撃で、意識だけは戻ったのだ。

 視線だけを動かすと、向かいではセピアが心配そうにこちらを見ながら魔法を作り続けている。あたしは力のない笑みを浮かべ「大丈夫だよ」と口を動かした。けれど声は出ない。


 セピアは一つ頷くと、作業に戻った。そう。それでいいんだよ。


 魔法は終盤に入ろうとしていた。

 空中に浮かぶ火球がその大きさを増していき、今やニーズヘグほどの大きさになっている。これをぶつければ、さすがのニーズヘグも参るだろう。


 浮かび上がる文字も少し変わっていた。文字が金色に輝いているのだ。


 金色の文字は火球の周りを土星のように回っている。その様はまるで火を抑えているようにも見えた。


 そしてついに――


 ――セピアが倒れた。


「ぁぐ……」


 絶望に襲われた。

 もう魔法を作られる人間がいないのだ。


 セピアの瞼が重そうに落ちていく。魔法が完成していないことを悔やんでいるようだったが、体が言うことを効かないらしい。あたしだって同じだ。


 あと少しで、あのニーズヘグを倒せる魔法が完成できたのに……これじゃあこの国が壊滅してしまう!


 ニーズヘグと格闘を繰り広げているアスタ、ニボシ、歌音の体力にも限界がある。しかも、こちらはニーズヘグを殺してはいけない。


 それに対してニーズヘグは殺す気であたしたちを襲っているのだ。体力のある限り、そして怒りの限り、破壊を続けるだろう。なぜなら、『ニーズヘグ』の名前の由来は『怒り』だから――。


 もう終わりだ――そう思った瞬間、 


「「……ッ!?」」


 あたしたちの周りに薄蒼の光が輝き始めた。


「……何……これ……」


 さっきまで言うことを効かなかった手足が動く。意識もしっかりある……セピアも同じように上体を起こした。


 地面の白蒼の光……否、魔法を見て、ふと嫌な予感がしてエルミニを見た。


 ベッドの上で、エルミニは目を瞑っている。祈るように腕を胸の前に据えた彼女の周りでは、文字が浮かんでいるのが見えた。


 文字はエルミニを中心にゆっくりと回り、彼女の口が動くたびに一文字ずつ消えていった。それと同時に何か大切なものが消えていっているような気がした。


「エルミニ……何してるの……?」


 やっと口から出た言葉だったが、その答えを聞くのがどうしても恐ろしかった。


 エルミニは目を薄く開けて、小さく微笑んだ。


「これがわたくしの正体ですよ。いや、現ガスタウィル卿の正体と言ったほうが適当でしょうか」

「なんの話よ」

「答え合わせは後にするのでしょう? なら、そのヒントを与えなければなりません」

「ヒント……」


 でも、そんなことはどうでもよかった。


 それよりも、エルミニがあたしが思っていたよりももっと何か複雑なものなんじゃないか、と感じることが怖かった。


 エルミニの正体が分からない。


 それに、()ガスタウィルって……?


「……ミーちゃん、わたくしは何者なのでしょうね。自分でもよく分からなくなってしまいました。ガスタウィル卿に言われるがままにここへ住み、彼のために己が人生を賭けると誓いました。けれど彼は変わってしまったのです。『吊るされた男』は変わってしまったのですよ」

「吊るされた男……タロットの?」


 エルミニの答えは、ただ首を振るだけだった。


「いいえ。その答えは違いますよ。でも見逃してあげます。なぜなら、答え合わせは後ですから。今ではありませんから。今はヒントだけです」


 エルミニは悲しそうに笑った。

 それがどうも気がかりで、口に出そうとした、が。


「――さぁ、ミーちゃん、早くあのドラゴンを倒して答え合わせをいたしましょう。大丈夫です。わたくしは、今はあなたの味方です。そしてこれからも味方です。なので、安心して魔法を作ってください。いつか、誰をも幸せにできる魔法を……」


 それは、まるで遺言のようだった。


 あたしは訝しげにエルミニを見つめ続けた。しかし、彼女はもう答えないと言いたげに首を振った。


 そして祈るように絡めた指を解き、両手の親指を歯で噛み切った。血が流れると周りを回転していた文字がそれに反応した。文字は血の流れた親指に集まってきた。まるで血を吸うように。その文字が赤くなると、今度は腕にまとわりついた。そして、


「うっ」


 エルミニが辛そうに唸ると同時、腕が紫に変色した。腕はそれきり動かなくなってしまう。

 エルミニは最後に笑うと、どさりとベッドに倒れた。そのまま眠りに落ちたかのように動かなくなってしまった。


「エルミニ……エルミニ!!」

「ぼさぼさ! 早く……描くんだっ!!」

「……う、うん」


 エルミニに駆け寄ろうとしたあたしの手首をセピアが捕えていた。


 そうだ……早く魔法を完成しないと、国が救われない。

 

 願いが届かない。

 思いが届かない。


 頭上を仰ぐと、そこには火球があった。少しの間があいてしまって形が球体からやや楕円になってしまったが、修正は効くはずだ。


 あたしは地面に落したペンを、無傷になった(・・・・・・)手で拾った。


 ここで休むわけにはいかないのだ。それに、エルミニの思いを無駄にしてはいけない。


 あたしは身を震わせた。


 寒いよ、エルミニ……正直、やりすぎ。


 周りでキラキラと輝く氷雪(・・)にふっと微笑みかけ、あたしたちは魔法づくりを再開した。


 遠くでは未だに争う音が聞こえてくる。

 ニーズヘグの悲鳴じみた咆哮が五月蠅い。


 それでも描く。


 描き続けて、描き続けて、描き続けて……


 ふいに聞こえたゴオォォォンッ!! という轟音に顔を上げた。




 私は迷わない――


 ニーズへッグの頭蓋骨を思いっきりかかとで叩きつけながら、歌音は思う。


 迷っていたのは、自分のあり方。

 自分が正しいと思った道が、違うと気づかされた時、その先の人生をどうやって生きていけばいいのかを見失っていただけなんだ。

 そんな簡単なことにも気付かなかった。

 そして、その答えも簡単だった。

 だって、間違ったのならば正せばいいだけだし、騙されたのならば、それを気にしないで歩み始めればいいだけなんだから。


 歌音は下ろした足で横蹴りした。ニーズヘグの顎が外れた感触が足先から伝わってきた。


 でも殺さない。

 それは、彼女との約束だから――


 誰も殺さず、誰もを守り、そして誰もを幸せにする……きっと、それは夢物語なのだろう。

 その夢物語を叶えようとしている少女を、歌音は知っている。

 ナルティス・ミリン……歌音は彼女に変えられた。

 ガスタウィルという悪代官に埋め込まれた常識を、彼女が違うと明言してくれた。


 地面に片足で降り立つと、ニーズヘグが振るった尻尾を横に跳んで避けた。


――怪物は殺してもいい、殺されて当然だ。


 歌音にとって、それは当然のこと。でも、彼女は違った。

 彼女は全ての生物を守るのだという……偽善だ。

 でも、それが彼女の本心からの願いだった。

 だから歌音は変えられたのかもしれない。


 出した足を縮めて、ニーズヘグの頭上まで跳びあがった。


――『知らなくてもいいことを知ってしまった。だから、記憶を失くさせろ』


 ……そんなの嫌だ!!

 変えられた歌音は、そしてガスタウィルの命令に逆らう。

 誰もを守る彼女の思いを無碍にしたくない!!

 でも、ガスタウィルに逆らった瞬間、歌音は誰にしたがって生きればいいか分からなくなった。

 歌音がまだ小さいころ、孤独で飢えていたところを救ってくれたのはガスタウィルだ。

 だからいつも彼に付き従っていた歌音は、誰の命令もなしに生きてはいけなかった。


 ニーズヘグがその口を大きく開けて頭上を仰いだ。


 ガスタウィルを裏切ったことで、歌音は分からなくなった。

 自分の在り方が……でも、そんなのがなくてもいい。

 ナルティスは言ってくれた……『歌音を傷つける奴はあたしが成敗する』と……。

 紅茶酔いの勢いで言ったのかもしれない。

 あのあとナルティスはそれをすっかり忘れていたようだった、でも……


 ニーズヘグの歯を目がけて、歌音は足を突きだした。


 うれしかったんだ!!

 ナルティスの言葉はきっと本当だ!

 ナルティスは、嘘を吐かない……少なくとも、人を傷つける嘘だけは!

 だから……彼女はきっと覚えていなくてもやってくれる。

 だから……だから!! 


「……私は……可愛い子、の……ために……みんなを……守るんだっ!!」


 折れたニーズヘグの牙を、目に突き刺しながら、歌音は叫んだ!




 ゆっくりと巨体が倒れるのが見えた。その目には鋭くとがった太い牙が生えていた。


 あたしはそれを見上げて、笑み、最後の一文字を描き上げた。


「思いは力だよ、歌音」


 ゆっくりと立ち上がったあたしの左手を、小さな手が握った。


「思いは届く」

「そう。あたしたちは思いを届け、願いをかなえる魔法技術士(ウィザードリィ)!」


 お互いに握った手を前につきだした。


「守るんだ。世界を。思いを、願いを……」

「夢を、希望を、大切を、そして……」


「「生命のために散れ! ニーズヘグゥゥゥゥッッ!!!」」


 その瞬間、火球が弾け、


 グルアアアアアァァアアアァァァッアアアァアァアアッッ!!


 ニーズヘグが燃え盛った。


======================

「はぁ……はぁ……」

「ぐはぁ……えらすぎるぜ……」

「何言ってんのよ。世界救った英雄ちゃん」

「嫌みたっぷりだな、おい!!」


 笑いあうあたしたちの周りに、ニーズヘグの姿はもうない。


 ニーズヘグは背中が燃えているというのに、どこか遠くへ飛んで逃げて行った。

 でもそれでいいんだ。

 あたしはあいつを殺そうとしたわけではないので……成功だ。

 

 生き残ったあたしとセピア、ニボシ、アスタ、歌音、エルミニは、地面に倒れ込んでいた。みんな相当疲れたらしい。


 けれど、あたしにはもう一つやらないといけないことがあって、それにうんざりしていた。このまま寝てしまおうかな。


 しかし周りはそれを許してくれないらしい。


「……じゃあ、そろそろ、かな」

「……はい」


 上体を起こすと、エルミニが笑った。


 そして彼女の両腕はもう動かない。


 先に立ちあがっていたアスタの肩を借りつつ、ゆっくり立ち上がったとき。


「大丈夫ですか!? みなさん!!」

「……はぁ、また面倒な」


 空気を読まず、現国王ガスタウィルがノコノコやってきた。空気読めよ、国王!

 ガスタウィルは辺りの惨状を見渡し、眉間にしわを寄せた。


 辺りは鎮火したものの、焼け焦げた臭いが漂っていた。ここでどれだけ激戦が繰り広げられたのか、それをガスタウィルは理解したらしい。


 そしてガスタウィルはベッドの上の少女――ルルーベント・エルミニに目を向け、


「……誰です(・・・)?」


 と言った。

 それと同時にニボシがガスタウィルの頭を掴んだ。そして――


「もういいんですよ、ガスタウィル様……いえ、木偶(・・)

「はぁ!? な、なにをしているニボシ!! 私は――」

「あなたには、ガスタウィル様の名をかたる資格はないのですよ。いい加減理解しろ」

「な、何を言っているニボシ!! それに私は――……」


 その言葉が最後まで続かないまま、ニボシはガスタウィルの頭を握りつぶした。血は出ない。代わりにガスタウィルの姿が灰に変わって崩れ落ちた。


 ……そうか。

 分かったよ、エルミニ。

 あんたが言っていた、あたしにしていた酷いこと。


「――さぁ、ミーちゃん、答え合わせです。うるさいやつもいなくなったし」

「……」

「……私は何者でしょうか?」


 その言葉に、あたしは顔をゆがめて……答えた。


「……犯人よ」

「……え?」


 アスタの疑問符に答えるように、声を出す。


「――エルミニは、あたしを騙した犯人よっ!」


 エルミニはその時、


「ふふっ」


 笑っていた。



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