第四章:14 『追撃』
迷い続けて……
結論は出たのかな?
私は一体、誰の味方をすればいいのかな――
私は、化け物を倒すことだけが生きがいだった。
それがいけないことだなんて知らなかった。
だって……そうすることでしか、私は生きていけないから。
騙されたのかもしれない。
けれど、私は助けられた。王様に。
だから自分の仕える主がどれほど嫌だと思われているとしても、私は嫌じゃなかった。
彼は優しいはずなんだ。
でも、彼は変わってしまった。昔よりも、ずっと冷たくなったような気がする。
誰にも理解されないけれど、彼はもともと優しかったのだ。
彼に何かあって……だから彼は変わってしまった。その何かは分からないけれど、私は彼が心奥では優しい人間だと信じている。
なのに――
自分が信じられなくなってしまった。
彼のためならば、何でもできると思っていたのに、両親を人質にされたとしても、彼のために生きようって思ったのに……。
私は、彼の命令を一つ破った。
ある日、国にやってきた少女……彼女が路地裏で子どもたちに会った後のことである。
私は、そのことを知ってしまった彼女から子どもたちの記憶をなくすように言われたのだ。そしてそれは簡単なことで、頭蓋骨に強い衝撃を与えるだけで済む話だったのだが……当たり所が悪ければ死んでしまうことを知っていた私は。
どうしてもそれが出来なかった。
そこで初めて彼の命令を無視したことになる。
罪の意識がから回って……ぐるぐるして、気持ち悪くて……。
誰にも助けを求められなくて、だから彼女に中途半端に助けを求めたけれど、結局全部話せなくて……でも、彼女と一緒にいたくてたまらない……。
あぁ、私は一体、誰のために生きていけばいいのかな――?
その時――
ゴオォォォォォオオンッという轟音が国中に響いた。
「……可愛い子……」
彼女……ナルティスが心配になった私は――
――歌音は、走り始めた。
======================
ドラゴンは火を噴く。
けれど、それが必ずしも火に耐性があるというわけではない。
火を操る生物は人間だけなのかもしれないが、実はドラゴンも火を操る生物なのだ。
人間が火打石や木などの道具を使って火を熾すのと同じで、ドラゴンはガスを使って火を熾す。
口からガスを吐き出し、それを前歯を噛むことによって発生した火花で着火させるのだ。しかもその威力が強いため、ドラゴン自身はその火の影響は受けない。
だから今上空を飛びまわるニーズヘグが火を吐き出すのもそれと同じ原理であり、そしてそれが弱点でもある。
「……でも、本当に効くのかよ。あの鱗だぜ?」
「やってみなきゃ分かんないけど……どちらにしろ時間もないしね」
と言いつつ、暴れまわるニーズヘグを見てみると――
グルァァァァァァアアッッ!!
あぁ、今も元気に飛び回ってること……。
対して、あたしに魔法を作る時間を稼いでいるアスタはというと。
「あはは……はは……」
顔は笑ってはいるが、元気はない。今もぎりぎりニーズヘグの猛攻を耐えているところだ。
アスタが使っているニボシの両手剣も、耐久力が持たない。刃が綻んでしまって、あと数撃も入れられてしまえば折れるだろう。
アスタの剣術は以前ニボシとの戦いで見せてもらったが、受け流すことを主流にした剣術だ。だから攻撃力の高いニーズヘグの猛攻を剣でいなさなければならないのだが、それに剣が耐えられていない。アスタの剣術は見事なものだが、それでもニーズヘグの威力を完全に抑えることが出来ないとは……本当に恐ろしいよ、ニーズヘグ。
だから弱点があるなら、すぐにでもアスタに加勢すべきだ。
アスタはあと少し、耐えてくれるだろうけれど、それも時間の問題。早く魔法を完成させなければ……!!
「エルミニ、何か描くものない?」
「は、はい! そこに鉛筆が落ちています。使ってください!!」
見ると、エルミニのベッドの下に鉛筆――エルミニと出会った日に魔法を作った時に使ったものと同じものだろう――が落ちていた。
「ありがと」
お礼を言ってそれを拾い、エルミニに背を向けると「待ってください」という声が聞こえた。
振り返ると、エルミニが半身を起した状態で、不安顔で胸に手を当てていた。
「ミーちゃん……わたくしはあなたに酷いことをしてきました。真実を話せば、きっとミーちゃんは悲しむでしょう。それでも……」
「いいよ、エルミニ。答え合わせはあとにしましょ?」
「ミーちゃん……」
眦に涙を浮かべたエルミニは、安心したような面持ちで、柔らかな笑顔になった。その表情のまま、体を折って礼をしてくる。
「ミーちゃん。どうか……どうか、わたくしの大好きな、この国を救ってください。ただ一つの国を……わたくしが守りたかったこの国を、どうか救ってください」
「――当たり前よっ!!」
そして――
エルミニに背を向けたあたしは、肩掛けバックから白紙の巻物を空中で広げた。
「セピア、やるよ!!」
「お、おう!!」
セピアにエルミニから借りた鉛筆を渡し、あたしは自分の羽つきペンを手に、魔法陣を描き始めた。
白紙の巻物に、円状に文字を描いているあたしたちの隣では、轟音が響き続けている。地面が揺れるので、描きにくいが、文句は言えない。視界には入らないが、きっとアスタが頑張って喰いとめてくれているはずだから。
巻物は破壊された壁の破片の上に置いて描いている。
「セピア、そここう!」
「あ、ああ」
あたしは魔法づくりに慣れていないセピアに魔法を教えながら作っている。
とはいっても、あたし自身もこの『連立式』について完全に理解しているわけではない。あたしがいなかった間、セピアは『連立式』を調べていてくれたらしいが、それも完全ではない。
この魔法は、作りながら研究する必要がある。しかも、失敗は許されないというおまけつき。
額に汗を流しながら、円状に文字を描き、それと同時に魔法を発動させる。
浮かび上がった文字が空中を漂い、次第に赤みを帯びてくる。
――触媒は、火。
あたしたちの周りで燃えている火を使った魔法。
無定形のものを使うので、ただでさえ難易度は少し高い。それを未知の『連立式』に使うのだから、そうとう技術が必要だ。セピアには酷かもしれない。
空中で赤みを増した文字が、周囲の炎を吸い込み始め、火柱が立ち始めた。ゴオォォォという轟音に耳をふさぎたい気持ちをこらえつつ、一文字一文字を描いていく。
「……はぁ……はぁ……」
「……はぁ……んぐっ……んはぁ……」
暑い。
おびただしい量の汗が流れ、巻物を濡らしてしまう。手がぬめぬめしてきて、その不快感にペンを持つのさえ嫌になってくる。でも――
――描け!
――それでも描け!
あたしたちの手に、願いを、思いを託した人がいるんだ!
あたしたちはまだ未熟な子どもだけど、助けたいっていう思いは変わらない。願われたのならば、それを完遂することこそがあたしの仕事だ。
願いを叶えろ!
この国で生きた人たちは……みんな笑っていた。
その裏で大人に怯えていた子どもたちも、彼らなりに楽しく過ごしていた。
それを壊すことなんてできない。
あたしは大人が嫌いだけど、彼らには彼らなりの考えがある。あたしはそれを否定すると同時に、尊重しないといけない。我儘で傲慢な彼らを許すことなんてできない、子どもたちを傷つけた彼らを許すことなんてできない……けれどだからといって、みんなの笑顔を壊したいわけじゃないんだ!!
あたしが守りたいのはみんなの笑顔だ。それがエゴだったとしても……誰をも守ってこその魔法技術士なんだ!
魔法は思い――
願われた限り、思われた限り、あたしは世界中の笑顔を守るためにこの世界で戦わなきゃいけない。
全生物を殺さないように、みんなの願いを受け入れ、世界を守る――
それがあたしの思いだ!!
「描け……描け! あたしは世界を守りたいんだ! 目の前にいるのが世界の脅威なら、排除する。でも殺さない……。それは、この国の人たちが教えてくれたことなんだ。あたしは大人が嫌いだった……でも、みんなを殺したいっていうわけじゃない。みんなに考えがあって、思いがあって、過去があって、生き方があって、そして……笑顔があったから――あたしは誰をも守る!!」
「俺は……今でも大人が大っ嫌いだ! 俺は大人を殺したい……でも、仲間を、妹を、俺以外の誰かが傷つけることを看過できるほど、俺はなまくらじゃないんだよっ!! だから、俺はみんなを守る! あのドラゴンが脅威なら、俺はそれを殺してでも排除するのみ!!」
考えは違っても、あたしとセピアの目的は同じ。
――守る
今まで自分が関わってきた人たちを守って、これからも楽しく過ごすんだ!!
そうしてあたしとセピアの思いがこもった魔法は――
――突然飛び込んできたニーズへグに邪魔をされた。
「きゃぁっ!?」
「うわあぁっ!?」
グルォォォォオォォォオオッ!!
咆哮とともに、アスタが吹き飛ばされ、ニーズヘグの尻尾が魔法を斬り裂いた!!
「アスタ!!」
「ナルちゃん……逃げて……」
さすがのアスタでも抑えきれなくなったか……見ると、アスタの持つ剣から剣先が消えている。ついに折られてしまったか。
それは同時に、ここに戦える人間がいないことを証明した。
兵士たちはどこかに行ってしまった。
ニボシはまだ【世界樹】から帰ってきていないだろう。
それは歌音も同じで、帰ってきていないだろう。
アスタに剣はないし、魔法だってできていない。空中に出来ていた文字が、今は斬り裂かれて消えてしまっているので短時間で魔法を完成させることもできない。
周囲は相変わらず炎が立ち込め、それを嫌がるようにニーズヘグは上空高くを飛んでいる。
そこへ、不自然な風を感じた。
「くそ……ここでブレスか……!」
ニーズヘグが息を吸い、それと同時に木々がざわめき始めた。まるで、ニーズヘグに恐怖しているように……。
「どうすんだよ……あれ!!」
「どうすることもできないよ。こうなったら、逃げるしか――」
でも――
それじゃあエルミニが……
エルミニが歩けないんだ!
どうすることもできないもどかしさに、歯噛みして考え続ける。
ニーズヘグがブレスを吐き出すまでには少し時間がかかる。それを邪魔したあたしの魔法は……いまニーズヘグが飛んでいるところまでは届かないだろう。即席の魔法は威力が弱いし、あの黒紫の鱗を前にはなにも意味をなさない。
ニーズヘグが下りてくるのを待つ……いや、その前にブレスを吐かれる。
そうなれば終わりだ。なんとか、いま抗わなければ……。
そんなことを考えている間に――
ゴオォォォォォォォッッ!!
ブレスが吐かれた!!
「ぼさぼさ!!」
「きゃっ!」
セピアがあたしを押し倒した。
次の瞬間、あたしのいたところへ炎が穿たれる。
「くそ……あいつ、あたしを狙ってるのか!!」
なら、あたしだけが逃げれば――
……なんて、ここにいる奴らが許してくれるわけないじゃん?
「うおぉぉぉぉ!!」
アスタが柄だけ残った剣を手に、ニーズヘグに跳びかかっていった。
「ナルちゃんを、傷つけてんじゃねぇぞ! トカゲヤローッ!!」
ニーズヘグはそう叫んだアスタを尻尾で弾くと、もう一度息を吸い込み始めた。ブレスだけになったのは、辺りが火に包まれてきたからだろう。
そしてもう一度あれが放たれてしまえば、あとがない。
周囲で燃え盛る火が、どんどん迫ってくる。退路もなく、立てる場所だってほとんどない。燃える火が空気中の酸素を奪って息がし辛くなって……意識が朦朧としてきた。
「……はぁ……はぁ……アスタ……」
呼んでみるが、返事はない。炎に囲まれてしまって、その姿さえ見えなくなってしまった。
「ぼさぼさ……魔法、作るぞ……」
「セピア……」
そんな危機的状況でも、セピアは諦めない。あたしたちが諦めれば、最愛の妹が殺されてしまうかもしれないと分かっているからだ。
「……そうね……」
少しでも抗うんだ。
たとえ、今まさにブレスを吐き出そうとしているニーズヘグが、血色の瞳でこちらを睨みつけてきていたとしても――
あたしたちが諦めるわけにはいかない!
しかし、思いはむなしく、
ゴオォォォォッと吐き出された炎に霧散された。
「ぐあっ!?」
「ぎゃあっ!?」
地面を穿った炎に、あたしたちはエルミニの下へ吹き飛ばされてしまった。
「ミーちゃん!」
「ぐっ……あいつ……あたしたちを嬲るつもりだ……」
ニーズヘグを見上げると、大きな口の端がニィと吊りあげられた。笑ってるのか……。
そしてもう一度、今度は小さな炎を吐き出した。それがあたしの足元に着弾し、再び吹き飛ばされてしまった。
それが何度も何度も何度もぶつかり――――やがて立ち上がれなくなった。
口の端から血が噴き出し、全身が火傷や擦過傷で痛い。胃からこみあげてくる酸っぱいものを何とか飲み下したが、頭がぐらぐらして気持ち悪い。
万事休すか……。
視線を動かすと、セピアが何かを叫んでいる。鼓膜が破れたのか……?
何も聞こえない世界で、ゴォと不自然な風で木々が揺れているのが見えた。
涙を浮かべたセピアを突き飛ばし、視線をさらに上――ニーズヘグに向けた瞬間。
ニィと歪んだ口から、炎が放たれた。
「――……ふざけんな、ドラゴン」
呟いたと同時に――
あたしは炎に灼かれた……
……と、感じるほど熱い中。
ドオォォォンッ!!
と、砂埃を上げながらニーズヘグが落ちてきた。炎に包まれたニーズヘグは苦しそうにもがいていて……やはりそれが弱点なのだと思い知らせた。
だが、ニーズヘグがただで落ちてくるわけがない。
そう考え、落ちてきたニーズヘグの背中を見ると、トンっと落ちてきたもう一つの影が見えた。
それは、猫耳をはやした猫少女――
「――歌音!」
歌音がこちらに向かって歩いてきた。晴れた砂埃の中、もがくニーズヘグの背中を見ると、少しくぼんでいるのが見えた。さすが猫人族。半端ない力を持っているだけある。
「でも、なんでよ……まだ【世界樹】にいたんじゃないの?」
徐々に戻ってきた聴力――鼓膜は破れていたのではなく、単にマヒしていただけらしい――で歌音に聞くと。
「……魔法……」
と一言で返してきた。ニボシがあたしだけじゃなく、歌音も送ってきたようだ。
どうりで情報が早かったわけだ。
兵士も住民も、その姿を見ることが出来ない。それは、歌音が情報を流したからだろう。多分ニボシの差し金で。
「ぼさぼさ! 再会の喜びに浸っている場合じゃねぇみたいだぞ!」
そう言ったセピアの向こうでは、ニーズヘグが飛びあがろうと羽を羽ばたいた。一回羽ばたいただけで地面から少し浮かび、二回目でもうはるか上空へと飛んでしまった。
「歌音、あれくい止めておいて!」
「……うん……」
歌音は、頷いて――
「……可愛い子の……頼み……私……うれしい……だから……」
そして、
「……任せて」
初めて笑った。
「歌音……」
歌音は、今までの悩みをふっ切ったように、花のように綺麗で、愛らしい笑顔を浮かべた。
それは、初めて見た歌音の笑顔。
大人のせいで表情が無くなってしまった彼女の、万円の笑み。まだ少し硬くて、笑顔とはいえないかもしれないけど……これが彼女の精いっぱいの笑みだ。
それを見て、なんだか安心した。
歌音に何があったのかは知らない。
何を悩んでいたのかさえも分からない。
けれど、歌音は自分でそれを乗り越えたのだろう。
歌音が笑顔になったこの日は、少し忙しいけれど、
「……じゃあ、反撃、開始だね」
さて。もうちょっと頑張ってみますか!




