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第三章:2 『マイ・エンジェル・ヒナたん』

「セピア!」


 生意気な少年が自己紹介する。そんなに大きな声じゃなくても聞こえてるって。


「んで、こっちの可愛い可愛い俺の妹が」


「ヒナ」


「ヒナたんは天使でいらっしゃいますか?」

「は?」


 違った。


なんだかぽわぽわした雰囲気がすごく可愛くて、ついそんなこと言っちゃった❤ てへっ。いや、これをあたしが やっても可愛くない。ヒナたんのてへっ、が見たいな!

 と、そんなくだらなくて、別段可愛くないあたしの会話を脳内で済ませると、違う質問にとっかえる。この台詞、自分で言ってて悲しくなるからやめよ。


「ほかのは「ヒナは天使だ」」


 …………。


 あたしの言葉に被らせてセピアが高らかに宣言する。堂々とした出で立ちには腹が立ったが、言わないでおこう。だってあたしだってそう思うもん!(共犯者)


「お兄ぃちゃん……天使って何?」

「ああ、そりゃお前みたいな可愛い可愛い妹のことだよ!!」


 違うのに否定できない自分がいる。ついにあたしも毒されてきたか……。


「ぐっ……これが運命というものか!?」

「うん。違うと思うよ?」


 少なくとも俺はね、とアスタ。そっか、アスタにはヒナが可愛く映らないのか。うん……そっちのほうが健全で正しいのだと思う。少なくとも、アスタはロリコンでない限りは正論を言っているはずなんだ。

 間違っているのはあたしか……なるほど、そう考えたら、少し反省――。


「可愛いのはナルちゃんだよ!!」


「…………」


 うん。この台詞、もちろん想定してたよ? でもね、こいつがにこにこ変な笑顔をしていつもデリカシーの欠片もなく口癖のように何回も何回も小馬鹿にしてロリコン臭漂わせて期待すれば突き落とす発言を堂々とする様にイラついているのに何度も何度も何度も飽きても飽き足らないくらいに同じ台詞吐いていると……すごくハ・ラ・タ・ツ☆


 肘で思いっきりアスタの横腹を殴ると、少年少女たちを眺めた。

 右から自己紹介の始まり始まり。


「テラルト!」

「シラルト!」

 この少年たちは兄弟のようで、とても似た顔立ちをしている。ぐるぐる回ってどーっちだ! てやったらきっと分からないほどに似ている。


 次は少女たち。


「ピポル!」

 元気に答えたのは耳に細いピアスをつけた少女だ。この中で誰よりも元気よさそうで、よく笑っている。


「カルタ!」

 あはは、みんな元気だなぁ。今度の少女はあたしに急に抱きついてきた。とても人懐っこそうな無邪気な笑みに、あたしは抱きしめたくなった。って、あたしは歌音か!?


「………イズ」

 おっと、次の子はほかの子たちと打って変わって静かな印象を受けた。大人しそうな印象を与えるのは、彼女が前髪をまっすぐに切っているからだろうか。


 そんなこんなで自己紹介が終わったところで、あたしはセピアに視線を戻す。

 セピアはさっきまでヒナに説教していたらしいが、今はヒナのあまりの可愛さに悶えていた。なんだ、ただのシスコンか。大問題だよ、それ。

 兄妹間の愛もほどほどに。いくら大好きでも、お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないってわけにもいかないよ。現実見て現実。


 あたしが夢も希望もないことを考えていると、セピアがヒナを後ろから抱き締めてこちら見視線を向けてきた。まって、それ犯罪……でもないか。行きすぎた兄妹愛だよ。だから問題だって。


「……んで、このねーちゃん……くるくる連れてきたのって誰?」

「あははー、くるくるってもしかしてあたしのことかなぁ?」


 脅すように言っても、セピアは動じず、ただ、そうだよと言うだけだった。こいつには大人を恐れるという選択肢はないようだね。あたしも子どもだけど。だとしたら年長者、と言ったほうが正解だね。

 呑気にそう考えるが、しかし少年少女幼女たちは違った。セピアの台詞に、まるで恐怖しているかのように視線を宙空を彷徨わせている。あたしたちがここに来ることが、そんなにまずいことか……とか、そんなこと考える以前に、答えはもう出ている。


 こんな風景、あたしが許すわけがない。

 だから、国としてはあたしたちにこれを見せたくなかったはずだ。だとしたら、ダメなんだ。あたしのせいで、この子たちに何かあるかもしれない。今さっきまでこの子たちが浮かべていた笑顔が奪われるような悲劇が……あたしの知らないところで行われるかもしれない。そんなの許せないけれど、知ってしまった以上、何もする余地はない。ああ、記憶を忘却出来るようなものがあればいいのに。いや、それ以前だ。覚える前に、見る前に、エルミニと会う前に、戻らないといけないんだ。きっと、あそこから間違えたに違いない。この子たちに会う運命が、あそこから決まっていたかもしれない。


 あたしが唇を噛んでいる間にも、セピアの詰問は続いていた。


「……このことが、大人達に知られたら、俺たちどうなるか分かっていないのか?」

「……」


 セピアの声は潜んでいたが、逆にそれが怖かった。子どもたちはうっと唸って言い訳を述べる。


「だ……だって、もさりんが勝手に着いてきたんだもん……」

「そうだよ! 俺たちは悪くない!」

「そうだ! 俺たちは悪くない!」



五月蠅い黙れ(、、、、、、)



「「「………………」」」


 セピアの視線が鋭くなる。子どもたちはそれに当てられて、何も言えなくなる。全員が俯き、汚くくすんだ地面を見つめていた。


 あたしのせいだ。


 あたしが興味本心でこんなところまでこの子たちを付けてしまった。そのせいで、この子たちがどうかなる。何かよからぬことが起きる。きっと。あたしの予想は外れていないはずだ。

 そうじゃないと、セピアがこんなにも攻め立てるわけがないのだ。

 セピアの顔は真剣で、どこか恐怖に満ちていたから、あたしには分かった。


「……はぁ、まあいいや。今更どうにもできねーし。それに、くるくるのせいってのは本当だしな」

「ぐっ、悪かったわね!」

「ああ、本当に悪い」


 あたしを睨み。


「本当に、悪い」


 と言った。

 返す言葉も見つからないでいると、セピアが目を伏せた。


「すまねぇ、お前のせいにして……でも全部お前のせいなんだよ。お前のせいで、俺たちの状況がさらに悪くなる」

「……あたしに出来ることは」


 しかしそれを遮り、


「なんだよ。それ……俺たちが可哀想だとか思ってんのかてめぇ」


 あたしはどうやら衝いてはいけないものを衝いてしまったようだ。


「ふざけんなよ。そう言って俺たちをどうにかしようとする大人なんて、何人もいたよ。でもな、そいつらが欲しいのは子どもたちを助けるっていう『自己満足』なんだよ。『子どもを助ける俺たちかっこいい』ってことなんだよ。身勝手だよな。お前も同じ口か? そんなにもして優しいって思われたいのか?」

「違う……あたしは」

「罪滅ぼしなら違うとこでやれ!」 


 潜めた声に、怒気が混ざった。あたしには何もできない。何もする手だてがない。

 拒絶された身に、倦怠感が訪れた。あたしは罪滅ぼしがしたかっただけじゃないのに……。でも、セピアの言った通り、あたしは彼らを可哀想とか思っていたのかもしれない。

 それがどれだけ無責任な台詞だったのかも知らずに、口をついて出るのはそんな偽善な言葉ばかり。本心で言っても、それを信じてもらえないことなんて、このあたしが一番知っている。

 あたしは拳を握った。何もない空気は感触なんてなかった。


「俺たちがこうしてここで生きていることが、そんなにも可哀想な事かよ。お前らみたいな裕福な奴らがどうして暮しているかなんて知らねぇけど、俺たちにとってはこれが普通なんだよ」


 普通を否定されることは、その人間自体を否定しているも同義だ。あたしは無意識に彼らを否定していたのか。


 そうだ。

 無意識に。

 それがどれだけ彼らを傷つけるかも考えもせずに。

 自分の価値観を押し付けて、みんな救うとか妄言吐いてただけだ。


「……俺たちは可哀想なんかじゃねぇよ」


 セピアの瞳からは、確かな意思が窺えた。そうじゃないと、こんなにもあたしを責めたりしないから、当然だろう。

 泣きそうにうるんだ瞳からは、一滴の滴も垂れなかった。


 あたしなら分かる。

 大人に絶望したのは、あたしも同じだから。

 境遇は違えど。

 それでも、あたしは大人が嫌いだから。

 彼らの気持ちが分かるはずなんだ。

 あたしだって、【鳥籠】に閉じ込められらこと自体が、自分自身が可哀想だと思ったことはない。ただ、そうやって自由を奪われたことに恨みを持っていただけなんだ。

 自由に空を羽ばたける子どもなんていない。


 誰もが大人に縛られてしまって、自由の鳥にはなれないんだ。

 あたしには羽ばたく翼が無くなってしまった。全て、大人共に()がれてしまった。大人に恐怖するというのは、きっとそういうことなんだろう。自由になれないでもどかしい……いい子にすれば何でもいいわけじゃないのに、大人は自分に出来なかった『いい子像』を子どもに期待して、そうならなければ、簡単に捨ててしまう。


 その最たるものが、目の前の少年少女たちなんだろう。

 彼ら彼女らが悪かったわけじゃないのに、それを全て押し付けられてしまって。

 夢でしかない幻想を押しつけて、いつか裏切る。

 彼らが可哀想でないのは、本当のことだ。可哀想なのは彼らの親の頭であり、彼らに罪なんてものはない。

 だから醜いんだよ、大人共。


「……あたしだって、君たちが可哀想だなんて思ってない」

「……」


 セピアはこちらの様子を窺っているようだった。大人に裏切られた子どもは、自然と人を見る目に長けているようだった。あたしも同じかもしれない。

 あたしは微笑んで、正面からセピアの視線に応える。彼は何も言わない。


「そんな睨まないで。あたしは、罪滅ぼしだとか、そんなで君たちを救いたいんじゃない」

「それをどう信じろって言うんだよ」

「あはは。確かに。大人に裏切られちゃったら、そんなもんだよね」

「? なんか経験があるみたいな言い方だな」


 さすが、と言いたいが、あたしの境遇を教えても仕方ないので、まあ色々とね とごまかしておいた。


「まあ、それはとにかく。あたしは…………あれ? ……どうしたいんだろ?」

「は?」


 本当に分からなくなってきた。

 結局あたしはこの子たちをどうしたいんだろうか。

 いや、答えは決まってるけど、どう言葉にすればいいんだろうか。


「むぅ……結局あたしは君たちを助けたいんだろうね」

「……だから、それをどう信用しろって言うんだよ」

「しーらない。君たちがどう思うかなんて、君たちの価値観だし、あたしは自分の考えを他人に押し付けようだなんて思っていないよ。でも、君たちを助けたいのは事実」


 あたしがどうしたいかなんて、全部決まっていることだ。

 あたしの基準は、『子どもを助ける』だ。それ以外ないから、選択肢が絞られてくる。だから、あたしの行動はいつも単純なんだ。それを示せばいい。


 偽善ではなく  ただの本心として  あたしは動く。


 故にこう決断する。


「あたしがそうしたいの。だから、あたしは生意気ながきんちょにいちいち看過してらんないの。あたしがしたいことをしたいだけ……それって偽善かな?」


「……ただの業だよ」


 あぁ、確かにぃ……。


 セピアの言葉は正しい。あたしよりもね。もー、業でも何でもいいのよ。やりたいことをやるだけ。きっとそれは偽善なんかじゃないと思うから。


 偽善は、だれかを救いたいっていう曖昧な考えから来るものだろ思う。明確な目的があっても、それが偽善でしかないことだってある。ようは相手の受け取り次第だ。偽善なんて曖昧なものは、結局は曖昧で形がつく。それでいいのだろう。

 それに対して、やりたいことなんてただの欲望にすぎない。これを誰が偽善と唱えるだろうか。

 あたしが脳内で自己成立をしていると、セピアが笑った。


「はは。これだから人間は嫌いだ。全部、お前のせいだっての。お前のせい俺たちがこうなってんだよ。分かってんのかよ」

「うん。分かってるつもり」

「つもりじゃダメだろ。ちゃんと責任とってくれなきゃ困る」

「ん? 結婚でもする?」

「ほざけ」


 あはは、とあたしは笑う。

 さっきまでのうつ向き気味だった雰囲気はどこかに行ったようだった。子どもたちも垂れた(こうべ)を上げて一緒になって笑っていた。

 みんなが笑うとセピアも笑った。セピアが笑うと、その場が落ち着いたように感じた。きっと、セピアがこの中でリーダーの役割を担っているのだろう。だからみんなセピアの言うことを第一に動く。彼らの基準はどうやらセピアのようだった。

 って、そんな落ち着いて人間観察にふけっているとか、あたしどんだけ根暗な奴なのよ。バカみたい。


 あたしが考えるべきは、どうやって彼らを助けるか。それとも、これ以上関わるわけにはいかない?


 何をバカな。もう関わってしまったのだから、責任をとるべきなんだ。あたしが関わったのだから、あたし自らがするべきなんだ。

 やることなんて決まっている。彼らを救うのだ。

 だれに頼まれたわけじゃないけれど、あたしがやりたいからやるんだ。それだけでいい。

 理由はいつも明快にしなければいけないわけじゃない。だからそれでいい。ただの曖昧を『偽善』と呼ぶのなら、明快にしない答えは『やりたいこと』でいい。


「っと言うわけで、あたしは君たちを救うから」

「……おれはどうなってもしらねぇからな」

「お、ツンデレ? でも大丈夫。あたしは君たちに迷惑をかけるつもりなんてないから」


 すると、セピアは怒ったように顔を真っ赤にした。いや、恥ずかしがっているのかもしれない。可愛いとこあるじゃんこいつ。とか思っていると、セピアがあたしに指をさした。それダメって教えてもらわなかったのかしら。ま、どうせ教えてもらっていないのだろう。

 セピアが言った言葉はたった一言だった。


「当たり前だ」


 セピアはそれだけ言って身を翻した。そのままヒナたんを連れてゴミ山の向こうへと去って行った。リーダーのいなくなった子どもたちは安堵の息をつきつつ、胸をなでおろしていた。大体同じ意味ね、これ。


 あたしは暗がりの路地裏で空を見上げた。真っ暗な空には、星が瞬いていた。

 あたしの考えは彼らに伝わったのだろうか。それはよく分かんないけれど、少なくとも彼らを救う許可は得たのだと思う。彼らの表情から見ても、許可は取れたのだと思う。ま、自己責任の上でだけどね。


 それでも、あたしにしか気づかないことだってあるはずなんだ。同じ境遇に立たされた人間だけが気づくことが出来ることがあるんだ。成績がいい奴が社会の闇をいち早く見つけるのと同じように、また運動のできる人間が、運動音痴の気持ちが分からないように、同じような人間でなければ、気付かないことは多々あるのだ。そこに関しては、あたしも鋭いのだと思う。

 だから彼らの気持ちを汲むのはあたしの仕事だ。


 しかしただ一つ、あたしが気づかなかったことがあった。


「………………」



 歌音が、一言も話さなかった。




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