第三章:3 『路地裏の出来事』
まあ、そんなこんなわけですよ。
それが昨日あった出来事の一抹であり、あたしは今もう一度路地裏にいるわけだ。昨日は、誰にも見つからないように城へと戻り、宿主のいない晩餐の後ベッドに倒れ込んだ。そのまま朝までぐっすり眠っていた。と言っても、話を整理しなければ眠れそうにもなかったので、ぐっすりというほどぐっすろとは寝ていない。
昨日は子どもたちを助けるとか言ったけれど、具体的な策があるわけではないので、さてどうしたものか……。ま、今日ここに来たのも、その一環でもあるが。
あたしたちは少年少女たちに助けを乞われたわけではない。彼らが本当に救って欲しいのか……それを度外視して、あたしは過去の自分と彼らを重ねて見てしまっているのかもしれない。彼らにとっては、今の平安のほうがとても大切なのかもしれないので、あたしたちが少年少女らを救うことに義務はない。
けれど、あたしは決めたんだ。
彼らを救う。
過去のあたしと同じような想いを、彼らにもしてほしくない。だからあたしは救うんだ。たとえそれがエゴでしかなくても、業でしかないとしても、あたしはこの子たちを救いたいんだ。
あたしは抱きついてくる子どもたちの頭を撫でた。くぅ、こいつら可愛すぎ❤ これが子どもの謎の魔法――ザ・チルドレン。幸せオーラが辺りを幸せに包み込む!!
しかし、そんな魔法が使えるわけがない異分子だっている。
「おい! 何でまた来てんだよ!?」
「ん? 君も撫でてほしい?」
「ざけんな!」
セピアが叫ぶように言った。おや、今日はヒナたんの姿が見えない。これは一大事だな。
「おいくるくる、一体どういうつもりだ?」
「どういうつもりもなにも、君たちを救いに来た勇者なんだよ!!」
「どこの世界に少年少女に囲まれて涎垂らす勇者がいるか」
おっと失敬。あまりの可愛さに食べちゃいそうになってた。ヒナたんならきっと速効お持ち帰りだなぁ。きっとこんな兄じゃ苦労も絶えないだろう。あたしが養ってあげるよ、ヒナたん!!
「うちの妹に手出す気か?」
「くっ、何でばれた……エスパーか!?」
「顔に出てんだよ」
あと妹に危機が迫っている気がした、と付け加えてあたしを睨んだ。何そのシスコンスキル。マジいらない……。
しかしそんなことをバカ正直に話しても仕方ないので、あたしは質問した。
「で、ヒナたんはどこ?」
「誰が変態になんかに教えるか」
断られた。
ふむ……あたしはどうやら変態認定試験に合格してしまったようだ。わーい、全然うれしくなーい!! それなんの意味があるのよ。
歌音と同列に並べられてしまうのは些か納得しがたいものだが、しかし、今のあたしなら言える。そう、あたしは変態だとぉぉぉぉおおッ!!
幼女お持ち帰りしたいとか考えている時点でもうロリコン決定の変態さんなのだ。あらら。これで変態が三人に増えたぞ?
別にヒナに用事があったわけではないので、あたしのすることに支障はきたさないが、やはりモチベーションが……って、これテストの言い訳……。もしくは仕事の言い訳。
と、あたしは辺りが静かになったことに気付いた。
さっきまではしゃいでいた子どもたちが、セピアの姿を見るやすぐさまその口を閉ざしたのだ。ううん……やっぱり、セピアはこの子たちのリーダー的存在なのだろう。みんな罰の悪そうに下を向いている。さっきまでの明るい雰囲気が一転、暗い者へすり替わった。
セピアの言葉にはどこか威厳がある。
きっと、彼はこんな貧困な状況にいるからこその強さがあるのだろう。こんな状況からどうやれば生き延びることが出来るか……それを幼いながらにちゃんと考えて行動している。きっと、あたしがここにいることも、セピアにとっては面白くない話なのだろう。こんなところにあたしみたいな部外者がいると、その侵入を許した尻拭いを誰がするかなんて分かり切っている。
セピアはみんなを守ろうと、あたしを排除しにかかる。
あたしはみんなを救おうと、セピアと対峙するまでだ。
あたしとセピアは睨みあうように視線を交わしている。それを阻むものは、何もない。
暫くして、セピアがあたしから視線をそらして後ろのゴミ山を見た。
「ヒナは、そうそう外にでられねぇんだよ」
「え? なんか言った?」
セピアは何でもない、と言うと、あたしを睨みつけた。そのうちニボシ並みになってしまいそうで怖い。ニボシもかつてはこんな子どもだったのだろうか。
「……で、なんかようか?」
「うん。じゃなきゃここにいないでしょ?」
そのぐらい分かんないかなぁ、と言おうとしたが、ここで喧嘩しても仕方ないので何も言わないでおく。
あたしはセピアと同じようにゴミ山を見越してから瞑目した。
これからやることを心の中で整理して。
さあ、子どもを救うのだ。
「みんないるなら……ここで作ろっか」
「「「?」」」
その方法は分からないけれど。
救うのではなく、助ける、
本格的な救済は後回しとしておいて、今はやれることを精いっぱいやろうと思う。
だから――。
「……始めよう」
―――マジックショーの始まり、始まり。
「ふぅ……」
あたしは息を吐いて集中力を高める。
子どもたちは何が起こるんだ、という好奇心の目を向けてきているが、何も言えない。ここからは集中するのだ。
あたしの前に並べられたのは巻物だ。それも3つ。これは複数の魔法を作る……ということではなく、複雑な魔法を作るときに使う方法だ。それぞれの巻物に役割を決め、その分散したものをあとで結合する。これは上級手段で、規律にも違反しない。
その3つの巻物を睨むように見て、あたしは手前の一枚に魔法陣を描き始めた。
――温かな、そして冷たい雰囲気が立ち込めた。
魔法は人を包み込んで、温かな優しさで迎えられる。この魔法を作ることで、子どもたちが笑ってくれるのなら、この魔法を作る価値もあるってことだろう。
しかし、魔法は神の奇跡の模倣。それは罪深い者にもなりうるし、それに頼るしかないような弱者だって認めているようなものだ。
己を弱者だと認めることは、己の向上を望むものである。
彼らはどうだろうか。彼らは立派に弱者だということが分かっているのだろうか。いや、分かっているからこそのこの路地裏ライフなんだ。
でも、弱いことを認めることは強いことだと思う。
自分という一個を持った強者なのだと思う。
弱いことを認めて諦めてしまう大人と違って。
弱いことを認めてもなお、くらいところでも必死に生きようとする子どもたちは、きっと強いのだろう。
大人共はそれが分かっていない。
外面上のことばかりを気にして、内容面を見ようとしない、大人の悪いところだ。たぶん、この国ではそれが顕著なのだろう。だから街に子どもの姿がなかった。
この路地裏で暮らすことが出来たのなら、きっと社会に出てもうまくいく。この国はそんな国だ。子どもたちは今現在も試されている。
ここで決まる。
強い子どもと弱い子ども。
弱い大人と強い大人。
その違いは、決して年齢だけではないはずだ。社会に順応さえできればこの国で生きていけるのだ。
しかし、そうでないとしたら……この国でどう生きていけばいいのだ?
そんな曖昧な定義を掲げ続けて国が保たれるとは思えない。だから救う必要がある。取り返しのつかないことになる前に、子どもたちを解放するのだ。
魔法はそのためにある。
だからあたしはこの手を休めるわけにはいかないのだ。
ただただひたすら魔法を描き続けるだけなんだ。
魔法はやがて完成し、子どもたちを救うことが出来るだろう。
あたしは完成した魔法を一瞥し、一つうなずくとそれを閉じた。そしてセピアに投げ渡す。
「わわっ!」
いきなり投げられたセピアはすこし驚いて取りこぼしそうになったが、なんとか持ちこたえたようで不満げな顔をこちらに向けてきた。そりゃそうだろう。意味不明なものを見せられた上に、正体の分からないものを投げられたのだ。あたしなら取らない。そのまま通過して床にボトリ
、だ。
だからセピアがそれを取ってくれたのは意外だった。
こんな大人に不信感をたくさん持ちそうな子どもなら、きっとあたしのことすらも信用してくれないと思っていたけれど、まだどこかで、セピアは信じているのかもしれなかった。
もしくは、妹を守るための自己犠牲か。
「なんだよ、これ」
セピアが睨みつけてくるので、あたしは開いてみて、と言って見せる。
「開いたら分かるかもしれない」
「……怪しいな。害はないのか?」
まあ、疑われることは当たり前だ。だからあたしは丁寧に笑いながら大丈夫、と答えた。
セピアはまだ納得していない様子で、しかし開けるしかないと覚悟を決めてしずしずと着物を開いた。
――――すると
「………」
―――何も起きなかった。
「何だこれ……意味わかんねぇ」
「ま、そのうち分かるから。今は分からなくても、それでもいいよ」
この魔法は作ったあたし以外にはどんなものなのかが分からないように出来ている。だからセピアが……一同が首を傾げたことが、この魔法の成功を意味していた。
彼らは怪しいものを怪しいまでにしておくことしかできず、どこかもどかしさが残るだろうが、あたしはそれでいいと思っている。大体、この魔法自体もあまり他人に見られていいものではない。
それはもちろん、魔法技術士のことを意味している。
だから、この魔法はこれでいい―――
『さっきからうっさいわね!!』
「「「―――――っ!」」」
ドスの利いた大人の女性の声。それに子どもたちは一気に委縮した。あたしもその怖さに当てられかけた。しかし、相手が大人だと分かると、そうでもなくなる。あたしは大人を見下すから、そんな脅迫じみたことに影響を受けない。
しかし子どもたちはもちろん違う。
彼らはさっきまではしゃいでいた声をひそめ、びくびくと身体を震わせている。そしてその視線の先には、さらに奥に続いた路地裏があった。そこから一人の女性が現れた。
泥や埃で汚れた肌。手入れのされていない髪。ボロボロに敗れ落ちた服。とても清潔とは言えない格好だった。手には酒瓶を持ち、足取りは千鳥足だ。酔ってる。
『もと静かに出来ないのか、このガキ共!! ……ん?』
その視線があたしに止まった。あたしはその視線をにらみ返した。
女は機嫌悪そうに舌打ちをして、こんどは子どもを睨んだ。そしてそのうちの一人――セピアに近づいて、髪を引っ張って持ち上げた。
「ぁ……ぐっ……」
「誰が部外者を連れ込んだんだ、アァッ!? テメェがしっかりしねえから、ここのことばれてんじゃねえか!!」
「止めろ。その汚い手を離せ」
言葉は自然と出ていた。
こんなクズに、手加減する必要などない。
「ここにはあたしが勝手に来た。その子たちは関係ないし、第一、あたしはあんたみたいなクズと話したいんじゃない」
「はあ? 何言ってんの? ぶっ殺すよ?」
女の眼光は、人を殺したことがあるかのように鋭くなった。これで怖気づいてはいけない。ここで引いてしまえば、この子たちをつけることなんてできなくなる。
「その子を離せ。お前の汚い手がその子に伝染ったらどうするつもり?」
「部外者は黙ってなさいよ。子どもの教育には暴力が一番なんだからさ」
「ぐぁ……」
セピアの頭が壁にめり込まれる。何度も何度も何度も何度も何度も何度も……女はセピアの顔面を壁にぶつけた。
「止めろ!!」
「あはは。子どもはおもちゃだ。子どもは労働力だ。こいつらがいれば私たちは楽を出来るんだ。それを今更止めろなんて言われたくないね!!」
「……違う……」
どこからか、消え入りそうな声。
それと同時に彼女は現れた。
風に舞う木の葉のように、優雅に地面に降り立つ白い雪。
「……制裁……する……」
歌音が女の正面に立った。
歌音はこれでも王の近衛。さすがの女も身が引けたようで、セピアを離した。セピアはバランスを崩して顔面から着地してしまい、そのまま意識を失ってしまった。
あたしはセピアに高よると、歌音を見た。
歌音は無表情だが、どこか怒っているように見えた。
「……これ以上……子どもたち……苦しませる……なら……あなたを……殺す……」
「ぐっ」
女は、歌音から逃げるように来た道を走り去って行った。
後には泣きそうな子どもと、気を失ったセピア。そして、彼らを救おうとしたあたしと悲しそうに俯いた歌音がいた。あたしは泣きそうな子どもたちを見ると、微笑んだ。
「大丈夫。魔法が守ってくれるよ」
そう言って、セピアの頭を撫でた。




