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世界樹なんか倒せるかぁぁぁぁぁぁ!!  作者: 蒼露 ミレン
第二章 ガスタウィル皇国という国
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第二章:13 『街の中』

「……むぅ……」


「ああ、こうしている時だけは可愛いのに……」


 あたしは諦め混じりのため息をついて正面を見据えた。正面に広がるのは街だ。


 ガスタウィルが言っていた通り、国はまだ新しいらしく、建物のどれもがまだ新しいらしい。汚れの少ない壁は赤レンガで統一され、地面にはタイルが敷き詰められていた。その外観は古代ヨーロッパを思わせ、今まで森の中にいたあたしには新鮮だった。というか、森以外は全部新鮮なのだが……それでも、何か魔性めいた魅力を感じさせる建物がいくつも建っていた。


 上を見ると、紅蓮の空に規則的に伸びた青い筋が見えた。それの正体は水。街の上を水が走り、噴水や生活用水として運ばれていた。そこにはもちろん魔法がかけられている。その構造は見たことがなく、おそらく数年前まではいたらしい魔法技術士(ウィザードリィ)が作ったものなんだろう。しかし、それが死後までも続く魔法となると、相当の技術の持ち主に違いない。そんな重要な人物を、この国は失ってしまっていたのか……。


 今度は下を見てみる。そこには幾つもの白い球体が、ダイヤの軌跡を描き消えていた。これは、王城からこの街へ来る道のりでも見かけたものだった。これには魔法がかけられているという痕跡はなく、ただそこにあるだけだった。しかし、それならばこれはどうやって存在しているのか、という疑問が浮かぶけれど、やっぱり考えるのめんどい……。まあ、生物じゃないのは確かだから、危険性はないと思う……多分ね。


 そしてあたしの隣にはアスタ、ニボシ、歌音が立っている。

 あたしたち一行はまさしく今、この街に到着した。


 あたしがアスタに城から突き落とされ(暴れたのはあたしだけど……)、歌音に助けられてからしばらくの間、あたしは玩弄物と化していた。しかし、さすがに時間がかかると見たのか、ニボシが歌音を説得して……


「……ぶぅ……可愛い子……物足りない……」


 歌音は頬を膨らませて文句を言っていた。本当に、こういう姿は可愛い。けれど、寝起きや見返りに顔中を舐められたり、身体を弄られるのはいい気分でないことは確かだ。可愛くない、とまでは言わないまでも、さすがにその習慣はどうかと思う。あと、相手するのがめんどい……。


 歌音のふくれっ面に苦笑を浮かべたのはニボシだった。


「歌音、今夜でいいじゃないか?」


「……今……可愛い成分……補充……したい……」


 歌音が淡々と答えると、ニボシはそうか、と言葉を零した。って、ニボシはあたしに寝るな、と言ったのか?


「にしても、お腹空いたね~」


 アスタの唐突な言葉に一同は賛成するように頷いた。


「うんうん。さっきから長い時間歩き続けたからね。お腹空くのも無理ないよね!」


 あたしたちが街に来るまでに、一時間はかかった。

 想像以上に城の敷地が広く、庭から出るだけでもかなりの時間を要した。ただ、街への道は一直線に伸びた黒曜石のタイルの上を歩くだけだったので、とても分かりやすかった。記憶力のないバカにはうってつけの道案内……あたしはバカじゃないけどね!


 後ろを振り向くと、城の尖塔の一端すらも見えない。それほど、城と街は別次元にあるかのように離れていた。これで本当に統治が行き届いているのか、少し心配になるけど……


「ま、あたしには関係ないしねぇ」


 あたしに課せられたのは【世界樹】を倒すことだけであり、いちいち統治に口出しする権利なんてないのだ。それにあったとしても、『あたしにだけ紅茶無料支給』とかいう法令を定めるだけ。なにそれ、なんて夢の国?


 大紅茶帝国――そんな国があるなら、是非行ってみたい!


 紅茶三昧の夢の日々に思いを馳せていると、ニボシの低い声が邪魔をした。本当に、邪魔ばっかするね、君。


「では、食事をいたしましょう。長く歩いたせいで、疲れがありそうですし……それに、お腹が空いて倒られても困りますから。そのあとで私が会って欲しい方にお会いしていただければ、十分ですので」


 遠慮がちに言ったが、やはり、ニボシは早く会って欲しいんだろうなぁ。でも、そこがニボシの真面目なとこかな? あたしたちの疲れをきちんと分かってくれて、その……だけか分からないけれど、その人と会うことを後回しにしてくれている。何でその人にあたしが会って欲しいのか、それはまだ分からないけれど、この真面目なニボシのことだ。きっと深い理由があるはず。


 ま、ガスタウィルに忠誠している時点で、ほとんど信頼なんてないのだけれど。


 アスタも少しだけだけど、怪我をさせられた。謝ったり、様子を見に来てもくれたが、それでも完全に信頼するには程遠い。ニボシの意思だと思っていたことが、実はガスタウィルの手のひらの上、ということもあるのだ。


 そんなことを思いめぐらせながら、あたしは頷いた。


「そうね。んじゃ、先にご飯食べましょ? ……というか、万年ニートだったあたしに、一時間以上の運動が出来るっていう期待を持っているなら、早く捨てたほうがいいわよ? あたし、今立ってるだけでも限界感じちゃってるから」


 実際、足ががくがくして……生まれたての小鹿のほうがまだマシなんじゃないかな……って思ってるから。パンパンになって乳酸を溜めてしまった足をほぐすためにも、一刻も早く座りたい。そして一生寝ころびたい……。


「……紅茶のある飲食店、いこーよ!」


「あはは。真昼間から酔っ払うなんて……失業したサラリーマンじゃないんだから」


「あたしはニートよ? 失業したどころか仕事もないんだよ!」


「その自信が、一体どこから出てくるのかを知りたいなぁ」


 アスタの鬱陶しい声を無視して歌音を見ると、まだ風船の如く膨れていた。そのまま空を飛んでばいばーいってなるかもしれない。

 歌音はこの街に来てから、一言もしゃべってない。どんだけあたしをモフりたかったんだ……。ここまでくれば、いや、そうでなくてもドン引きものだよ。


「あの……歌音……?」


「……(ぷいっ)」


 視線を逸らされた。あぁ、なんだこの可愛い子猫……じゃなくて猫人族(ケットシー)。その尻尾と耳をもふもふしたくなってく――って、これじゃあ歌音と考えてること変わんないじゃん!?


 ついにあたしも毒されてきたかな……それは本当に嫌だなぁ……。


 拗ねて無視を決め込む歌音に、あたしは声をかけ続ける。


「えと……後でなら……ちょっとだけなら、モフるの許してあげるから、機嫌なおしてくれない?」


「……裸……で、抱き合って……寝る……」


「あー、完全に変態さんだぁ……」


 呆れまじりに笑うと、歌音が無表情のまま空を見上げた。


「……至高の……可愛い子……もふもふ……(ブフッ)」


「鼻血出てるよ?」


 歌音の変態度に完全に気圧されて、あたしは一歩身を引いた。

 先日、ニボシが言っていたことも分かるような気もする。


 歌音は理解されず、ずっと独りぼっち。

 それは、口下手な歌音には真っ当なコミュニケーションは存在しない。代わりに、人並み以上のボディタッチによるコミュニケーションを持っているのみだ。そのせいで、変態扱いされ、蔑視され、歌音は独りなのだという。こんな異常とも採れる行動を看過できない人はみんな、離れていくのだという。


 あたし以上に、歌音は辛い思いをしたはずで。

 だからいつも無表情に……感情をひたすら隠し続けていて。


 それ、スゴく辛いことなんだろうなぁ……。


「……ま、いっか」


「……え……」


「だーかーらー……裸で寝てあげるって、言ってんの」


 あたしは羞恥に顔を染めながら言った。だいたい、こんな要求されるなんて思ってもいなかったし。あたしが歌音(へんたい)の相手をするとも思っていなかったし……べ、別にそういうことに興味を持ったわけじゃないんだからね!? ただの奉仕活動だかんね!?

 すると、歌音の頬が少しだけ赤くなったような気がした。いや、無表情だから分かんないけど……。

 でも――


「……布団で……もふもふ……」


 さっきとは違って、声に生気が戻ったので、あたしは顔を綻ばせた。


「あはは。さりげなく俺の寝床が奪われたね」


「当り前でしょ? それとも、アスタはあたしたちの裸を見たいってわけ?」


「いや、ナルちゃんの貧相な裸体を見てもなぁ……」


「ッ! まだこれから大きくなるのぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「貧乳はみんなそう言う」


「ぐっ……」


 神は……あたしを見離したというのか……。

 と、そこで歌音が助言。


「……貧乳……万歳……」


「歪んでる! 変態性がさらに高まっちゃったよ!?」


 まさかの貧乳好き……それなりの大きさのメロン二つを持っている歌音にそれ言われたあたしの立場は何処!?

 絶望に打ちひしがれながら、しかし、あたしは胸に手を添えながらこう続ける。


「ふ、ふふ……歌音みたいな大きさなっても邪魔になるだけだし……肩凝るっていうしね……それなら今のあたしみたいにないほうがいいよね。楽だし、こっちのほうが寝やすそうだし……絶対に巨乳は邪魔だし。だいたい、何であんな胸が大きいのか分かんないし、辛い生活を押しつけられそうだから、今のあたしの状態のほうがずっと健全だし。別に、男にもてたいってわけじゃないから、このままでも十分平気だし、うん。それに男は獣だから、あたしと歌音がいても、絶対にあたしが狙われることなんてないし。あれ? それってあたし超安全じゃない? 健全な上に安全なら、あたしのほうが価値があるよね。それならやっぱりこのままの状態のほうがいいし、こんな不健全なものを自慢しても人間としての価値が下がるだけだからね。だから……ぶつぶつ」


「あはは。なんか語りだしたナルちゃん可愛い」


「あの……もう、行きましょうよ」


 これ以上話しても面白くとも何ともないでしょうし、とニボシは言って進行方向を指さす。

 あたしたちは街のことを知らないので、ニボシに先導を任せることにした。そうして歩くなかで、あたしはきょろきょろとあたりを見渡していた。


 人は思った以上にいるようだった。

 職人や商人がせわしなく、自分の仕事へ向かい、八百屋が道行く人に声をかけ、鍛冶屋が振り下ろすハンマーが高い音を奏でる。雑踏の道には声が行き交い、時折、井戸端会議に花を咲かせるご婦人の姿も見て取れた。これだけの人が……大人がいるところに来たことがないあたしは、少し驚いてしまった。といっても、この街に来た時にはすでにその人の多さにあわわ、となっていたが、アスタが宥めてくれた。だから今は大丈夫。


―――でも。


「……やっぱりおかしいよね、この街」


 あたしは眉根を寄せ、困ったようにアスタを煽り見た。アスタも同じ考えだったのだろう。一つ頷くと、


「うん……分かってる。で、ナルちゃんはどうしたいわけ?」


「……そう、だね……」


 あたしは考えるように顎に手をやり、歩きながら街ゆく人を見ていた。その顔に、ちゃんと笑顔があることを確認すると、


「今は放っておこ? それに、この違和感が本当なら、きっと落としどころがあるから」


「うん、分かった。俺はナルちゃんの行く道を信じるよ」


 それに照れたように笑いながら、


「ありがと。それにしても、生まれて初めてアスタにうれしいこと言われたような気がする~」


「えぇ~、酷いなぁ」


 お互いに笑い、ニボシの後をついていった。


 空には相変わらず魔法でできた水路が浮かんでいる。

 街には笑顔があふれており、あたしの心は次第にそれらに惹かれていったのだと思う。


 だって、そんな笑顔でいられることは、争いがない証拠なんだ。あたしは兵器を作っていたけれど……この国にある魔法は、どれも温かみを感じる魔法ばかりだった。兵器みたいに冷たくない。だから、あたしもそんな魔法を作ってみたかったのだと、うらやましい気持ちがこみ上げてくるのだ。そして、魔法を作りたくなってくる。


 その感情は初めてのことだった。

 兵器を作るだけの、強制された毎日では到底感じることができなかった思い……それが、【鳥籠】から自由になると同時に解き離れたかのように、機敏に感じられるようになった。

 どれだけ自分は人に支えられていたのかと、感じることが出来た。

 集落の大人共は確かにクズだったけれど、アスタがいた。アスタだけは違ってくれた。

 だから今の自分がある。だからこうして、『魔法を作りたい』という思いが芽生えた。


 この国にある魔法は平和で、みんなを幸せにする魔法。

 今まであたしが作ってきた魔法は、誰かを傷つける魔法。


 そして、あたしの思い、願いは一つに決まった。


「あたしは……『幸せの魔法』が作りたい――」


 もう、兵器なんて作りたくはない。

 もう、誰も傷つけたくなんてない。

 もう、誰かに縛られたくない―――。


 と、そこでリールに言われたことを思い出す。


 それは、あたしがリールに【世界樹】を倒すことで人を救うつもりだ、と言った時のこと。


『――うん。確かに【世界樹】を倒すことは、世界を救うことになる。しかし、まだナルティス・ミリンには早い。早すぎる。だから、その予行演習だと思って、誰かを救う魔法を、人を幸せにする魔法を作ってみなさい。もちろん、そこに年齢は関係ない』


 リールは、確かにそんなことを言っていた。

 そしてそれは、あたしがこんな感情を持つことを予想していたから言ったのではないか――と。

 真意は分からない。けれど、彼女が何かを知っていることは確実だった。彼女は、本当にあたしの未来について知っているかのように話していたし……本当に何者だったのだろうか。


 あれがガスタウィルからの刺客というのなら、相当巧妙である。そしてそんな難しそうなことを、あのガスタウィルが出来るとは思えなかった。だから、リールはガスタウィルの刺客ではない。


(でもリールは知っていた。それは事実よね……)


 気味は悪いが、リールは決して敵ではないはずだ。だから、彼女の言っていた言葉も、今なら少しは信じられる……かもしれない。

 これからさきのことなんて分からないが、それでも、あたしは一生兵器を作ることはないだろう。

 そのかわり、リールに言われた通り、誰かを『幸せ』にする魔法を作るのだ。

 今はその予定はないけどね。あっはは。


 と、そこで。


「……着きましたよ」


 ニボシが立ち止まった。自然とみんなの足も止まり、目の前の建物を見上げた。

 そして、あたしは絶句した。


「……廃墟?」


 ほとんど潰れかけの店が、目の前に立ちはだかった。




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