第二章:12 『そこの国の王様(笑)』
「……あのさ」
「……?」
あたしは目を覚まし、目の前の少女を見た。
白い髪に白い肌、白い猫耳としっぽ……全身が初雪のように白い美しい少女。
そんな美少女が、今どこにいるか……はい、そうです。お察しの通り――
「いい加減、舐めるの止めてくれない?」
あたしの上にいた。
少女――歌音のべろべろ攻撃によって、あたしはその不快感から目を覚ましたのだが、もちろん、その気分は決していいものではない。せっかくの睡眠が台無し。この代償は如何ほどか……。
そして、そんなあたしたちを見て、ひたすら笑う影一つ。
「あはは。朝から楽しそ……ぷー、くすくす」
「笑うなら笑いなさいよ!? さあ、無様に舐め続けられるしかないあたしを盛大に笑うといい!!」
「いや、いいよ。飽きたし」
「……助けて」
「うん。嫌だ!」
見捨てられました……。
そんなアスタのことなんてどうでもいいわけで。早くあたしは朝食を食べたいのだが、この変態相手にあたしが敵うはずがない。だから人形のままにされるがまま……もういいよ。どうにでもなれ。
涙が一筋、頬を伝って枕を濡らす。ああ、こんなことで枕を濡らすとは思わなかった。まして、少女に襲われるなど、想像できるものではなかった。ま、だれも同性愛に目覚めるなんて思わないだろう。あれは突発的に起こる症状っぽいし。
それにしても、アスタに見捨てられては、ほんとにあたしは無力だなぁ、と痛感する今日この頃である。
(昨日も……あんな恥ずかしいことを延々と語っちゃったし……)
穴があれば入りたい気分。もういっそのこと、モン〇ターボールとかでもいいや。あそこ、結構リッチな生活できそうだし。要するに、トレーナーのヒモになるのだ。あなぬけではないので、役立たず。でも、あたし的にはトレーナーは役に立つからいいじゃんそれで!! ああ、本当にトレーナーのひもになりたくなってきた。
こんなモンスターがいても、多分後攻にしか攻撃できず、技が『ねむる』だけなんだろうなぁ……。
役立たずのモンスターを思い浮かべて現実逃避をしていると、やっと歌音が離れてくれた。よかった。本当に脳内でなってるとこだった。
「……満、足……うへへ……」
「ふぅん……そりゃよかったよかったー」
棒読みで言いながら、布団で顔を拭く。この布団も、メイドが毎日変えてくれるので、その苦労が計り知れない。
きっと働き者だから、ボールと外とを行きかう生活なのだろうなぁ、とかどうでもいいことを考えつつ、あたしは立ちあがった。歌音は今後は自分の尻尾の毛づくろいをしている。ああ、ここだけ切り取ってみるとスゴく可愛いのに……。
そして、時は少し経ち。
――食堂。
朝食が用意された食卓に座ると、上座のほうに息が臭いことが特徴の王様……ガス……ガス……ガスコンロ王が鎮座していることが確認できた。昨日はいなかったので、久々感が半端ない。
朝食――またパンだったが、文句も言わず黙々と食べ始める。ああ、この食事をする間だけがあたしの休息のと・き❤
「おはよう。昨日は眠れたかな」
「「「………………」」」
その声に返事はなく、どこからか笑いを堪えたようなぷすっぷすっという音がした。あ、絶対ガッシェルダー王の後ろにいるメイドからだ。肩まで髪を生やした……初めてこの部屋に来た時にガスライター王のそばにいたメイドさんだ。いっそのことガスタウィル王を冥土に連れて行ってくれないかなぁ……あと、口臭い。
あ、正解はガスタウィルね。ここ、別にテストにでないから特に重要ではないよ?
まぁ、ガスタウィルいじりもほどほどにして。
「……口臭いからその口を閉じて」
と、言おうと思ったが、ニボシの視線がめっちゃ怖かった。あれは、絶対に一人は殺したことのある目だ。
さて、話題話題……と、探してみるが、特には思いつかなかったので静かにすることにする。
「あ、そういえば……ガッテンダー王」
「はい――って、え!? ガスタウィルですよ!?」
「ブフッ……」
驚愕をあらわにするガスタウィルに、またメイドが笑いを堪える。って、笑いすぎでしょ。
「あはは。いやぁ、ちょっとこの国の国民に興味があるわけですよ」
「ふむ……つまりは、街に出てみたいと言っておられるのですかな?」
「はい」
アスタの言葉に、ガスタウィルは考えるように顎に手をやる。
それは、アスタが提案した『街を見てみたい』ということに起用するらしい。
(さて、ガスタウィルはこの提案を呑むのかな?)
それは昨日、アスタと話したことだった。
――昨日の夜
「……ガスタウィルに街に出ることを提案する?」
あたしは訝しげな視線をアスタに送った。
まだ二つの月が出ている。晩御飯はガスタウィル不在で頂いた。
なので、あたしたちはガスタウィルに一日会っていないことになる。そして、それはおかしなことだ。
あたしたちはこの国に来て日が浅い。それなのに、一方的にこの国に連れてこられたのに、王様は客人は放置。よっぽどのルーズな国でなければ、そんなことはしないはずだ。しかし、ガスタウィルには、あたしたちをここに連れてきた理由がある。
――【世界樹】を倒す。
それはいつか世界を滅ぼしかねない最悪災厄の樹。
その不可能な依頼を、あたしにしたからには、それなりの待遇が許されてもいいはず……なのに。
「まあ、確かに、あたしたちには護衛という肩書きを持たせた監視人が付けられたし、怪しいよね……」
あまりにも、待遇が雑すぎる。
これでは、あからさまに『この国には裏がありますよー! それは、客人に見られたら都合の悪いものなので、絶対に見られないように護衛……もとい、監視人をつけます』と言っているも同然。
それなら、たとえ相手の手中であっても、それに従うほかあるまい。あたしは子どもたちを助けたいのだ。もし、助けるべき対象がそうならば……あたしたちはそれに従うべきである。
「あはは。まぁ、明らかな罠に身を滑らすのも危険な気がするけど、一応見ておいたほうがいいでしょ?」
それに、あたしは首肯し、
「……わかった。じゃあ、交渉はアスタに任せるね」
面倒だし……という言葉は口には出さない。
――そして現在に至る。
「まあ、無理にとは言わないけど、すっごく気になるなー」
アスタのわざとらしい演技につい笑いそうになるが、それを堪えてガスタウィルの様子を窺う。ガスタウィルは暫し黙考し、顔を上げた。
「ま、いいでしょう。ただし、護衛は付けさせてもらいます。いざとなった時に役にも立つでしょうし。それに、今他国の襲撃に遭えば、被害は免れないでしょう」
その言葉に、やっぱり、と思う。
これで、この国に闇がある可能性が高くなった。というか、そもそもガスタウィルを信頼していないので、今更感はある。護衛といっても、そんなすぐに他国からの進軍があるわけもないし、もしそれが起こってしまっても、国外のことだって常時監視しているはずなのだ。急に、ということはないだろう。
一応、ハッタリでも噛ましてみるか――その思考を読んだのだろう。アスタが静かに首を振った。
正直、国交とか政治とか……そんな難しいことはよく分からないのである。だから、ここはアスタに任せたほうがいいだろう。アスタのほうが知識も知恵もある。この場で有利なのは圧倒的にこちら側だし、だったら変に口を出すよりも、アスタに一任させよう……という仕事回避。
あたしは小さくふぅと息を吐き、アスタに視線を送る。
「……じゃあ、そういうことにするよ。俺たちが街に出る代わりに護衛を付ける……そんな条件なら、もちろん受けるよ、ガスシェルター王」
「はい、助かります。あとガスタウィ――」
朝食は、美味しかったです。朝食はね。
――暫し時は進み。
朝食後、ガスタウィルはすぐにどこかへと行ってしまった。あいつ、王室でエロ本とか読んでんじゃないの? と思わせるほど素早い動きに、ついていったのはあのよく笑うメイドさんだけだった。
そして、後に残された4人。
あたしとアスタの護衛役に就いたのは、例の如く、ニボシと歌音であった。
二人とも知っているし、まあ妥当なところだろう。むしろこの二人以外は嫌だ。この国、国民の性格キツそうで、もうこの二人だけでも手いっぱいだしね。
朝食が終わると、あたしたちは朝までいた部屋に戻り、メイドさんが持ってきてくれたお茶を――って、だから何で紅茶じゃないの!?
紅茶を飲んでないイライラから、あたしは机に突っ伏している。すると、ニボシに声をかけられた。
「ナルティス様。出来ればなのですが……」
「あ~……めんどいからアスタに言って」
「……分かりました」
その間に何の意味があったかは分からないが……怖いことは確か。
ちなみに、あたしの後ろに歌音が、アスタの後ろにニボシが立っている。だから、話しかけるならアスタのほうが格段に速いのだ。それに、色々と働いてくれるのもアスタ。なら、全てのことをアスタがするべき……。
「そうやって、サボりたいだけでしょ?」
「え? 何? 心読むって、エスパー?」
アスタの相変わらずの特技には舌を巻くが、今はその特技を発揮するべきではない。ほら、話がなかなか進められないから、ニボシ君、ご立腹だよ? アスタめっちゃ睨まれてるよ!?
そんな心配をよそに、アスタは笑顔でニボシに振り返る。ニボシは不快感を表情にするが、咳払いをして調子を取り戻したようだ。
「……ええと、あのですね。少し言いにくいのですが……出来れば今日、会ってもらいたい人がいるのです」
「会ってもらいたい人? 誰?」
あたしが問うと、ニボシは少し躊躇しながら、
「が……ガスタウィル様の……まあ、会ったほうが早いでしょう」
「あはは。ま、論より証拠、百聞は一見にしかずってね。そっちのほうが分かりやすいし、いいかもね」
うぅ、難しい言葉のオンパレードに、あたしの脳みそはショート寸前だじぇ……。
「……んじゃ、そういうことなら、あたしは休んでもいいよね? アスタもいることだしっていてててててててて! 止めて! わ、分かった! 分かったから手で顔を握りつぶそうとしないで!」
アスタが笑顔であたしの顔面を潰しにかかる。その笑顔がとっても怖いことが分からないのかな?
まあ、街を見ることが、これからの【世界樹】を倒すことにもつながるかもしれない。
もともと、あたしたちは大人を助けるつもりなんてないのだ。あたしたちが助けるのは子どもたち……すなわち、大人共の醜いものに影響される前の原石を救うのだ。大人なんて滅びてしまえ、とも思っているあたしである。
それに、子どもたちが救われることは、大人にとってもいいことだろう。
自分たちが諦めた世界存亡に抗う……その先の世界に、そんな大人なんていらないのだ。子どものことを本気で思うのなら、こんな世の中になっても抗い続けているはずだし、自分を犠牲にしてでも子どもを救うことを優先するだろう。
でも、みんながみんなそうでないことは明白。
そんな仲よしこよしの世界なら、そもそも世界は争わない。
だから、街を見ることで、【世界樹】に挑むか挑まないかを決めるのも手だ。
挑まないとなれば。すぐさまこの国から出ていく必要がある。
故に、あたしはアスタにこう告げる。
「あたしはここにいるからアスタが見てき……ってごめんなさいごめんなさい! 謝るから離して! 顔が……顔が潰れちゃうよぉ!」
「ナルちゃん、俺たちはふざけてる場合じゃないの、よく分かってるでしょ? 俺たちは早く子どもを大人の毒牙から救うんだ。ナルちゃんの勝手な都合に、いちいち合わせていられないの」
「むぅ、心外だなぁ……」
あたしはアスタの手を引き剥がしながら口をとがらせた。
「じゃあ何? ナルちゃんには考えがあるっていうの?」
その言葉に、あたしは待ってました! といわんばかりに目が輝いた。
「あるよ! 誰にも責められない、完璧なまでの作戦がッ!」
「あはは。そんな頭よさそうに見えなーい」
くっ……バカにしやがって。
これでも、あたしは魔法技術士なんだぞ!? 頭の回転数なら、アスタに匹敵するものを持っているという自負があるんだよ! 魔法技術士舐めんな!
あたしは、指をアスタに向けると、万円の笑みではっきりと言ってやった!
「アスタがやったほうが、あたしの仕事が減――ごめんなさいごめんなさい! あたしが休みたいだけです、はい! だから担いで窓から落とそうとしないで!」
「それはフリ?」
「ちっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああう!」
あたしは叫びながら暴れ、アスタの拘束から逃れようとする……が――
「あ、ちょ……そんなに暴れたら、ほんとに落ちちゃ……あはは、本当に落ちちゃった、てへっ」
「え……?」
わー。
地平線が上にあるよぉ~、あはははははははははは
「あはははははははぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああッッ!?」
ああ、特にいいことのない人生でしたね、はい。
あたしは走馬灯を見るように、ゆっくりと流れる時間の中で、思いにふける。
近くに高いビル……というか、建物自体がないので、比べようがないが、とにかくあたしが落ちたところはとても高い。つまり、落ちたら即死☆確定。
覚悟を決め、目を瞑った――その時。
「――……ッ!?」
柔らかな感触に包まれ、あたしは目を開けた。
そして、その鼻孔をくすぶる甘い香りには、覚えがあった。
猫耳と、しっぽを生やした少女は、相変わらずの無表情ながらも。
「……可愛い子……私……が、守…る……」
「え……?」
歌音があたしを抱きかかえ、もとい、抱きしめながら落ちていく。
――そう。結局落ちているのだ。
「ひゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
女の子だとは思えないほどに大きな絶叫を上げながら、二人は仲良く落ちていく。しかし、こんな危機的状況だというのに、歌音は無表情だった。まるで、こんなことにさえ慣れているかのように。
と。
「……っ!」
歌音が空中でバランスを取り、足から着地する体勢に入った。しかし、このスピードからすると、最低でも怪我は免れない……はずなのに、無表情。ただでは済まないだろうなぁ、と覚悟を決めたあたしに、歌音は耳元で囁いた。
「……可愛い、子……私が……守る……!」
「歌音……」
歌音が全身の力を入れたことが分かった。着地が近い――。
「……可愛い子……モフるために……!」
「……」
雰囲気ぶち壊し発言をしたと同時、ドンっ! という爆発音とともに着地した。もちろん、無傷。
「……これで……心行くまで……もふ……も・ふ……っ!」
「あ、後にしてくれないかなぁ……」
しかし、そんな講義を歌音が聞くわけもなく。
ふいに伸ばされた手が、あたしの髪を梳いた。ぼさぼさに撥ねたくせ毛を手櫛で梳く。しかし、そんなものであたしの強力なくせ毛が治るわけもなく、むしろそれが歌音の闘志 (?)に火を点けたようだ。
「うへぇ……もふ……へへ……えはふへへへへへへへへへへっへへへへへへへへへ!」
「やーめーてー!」
悲痛の慟哭を上げるも、歌音は気にせずそのまま……
――服の中に手を入れようと
「嫌っ! ここ外だから! それだけはやめてぇぇぇ!」
しかし、結局は服の中に手を入れられて、あたしの恥部が触られて……。
―――なんだかもう、どうでもいっかぁってなりました!




