第87話 地下十五階の聖域と、迷宮のひとときを彩る絶品魔物料理
地下十階のフロアボス『ダブルホーン・ベヒモス』を鮮やかな連携で打ち破り、『ベヒモスの巨双角』をはじめとした最高級の戦利品を手に入れた私たち〈アストライア・ドーン〉の面々は、さらなる階層へと足を進めていた。
地下11階から14階にかけてのエリアも、一筋縄ではいかない特殊なトラップや、環境に適応した手強い魔獣たちが次々と立ち塞がった。
しかし、二つのパーティに分かれたレイド体制はもはや完璧な阿吽の呼吸を誇っており、ハルマの的確な索敵とセリアのマジックナイトとしての堅実な前衛維持、ミナミのビショップによる手厚い後方支援、スズカのソーサラー魔法による範囲殲滅、そしてシズクの豪快なファイター剣撃が噛み合い、危なげなく突破していった。
第一パーティ側でも、リネアの闇魔法とシオンの鋭い風の刃、ニベアの重装格闘による圧倒的な破壊力が唸りを上げ、セラとティアナ、シュリの絶妙な援護と回復によって、パーティの総合力は天井知らずに高まっていた。
そして、ついに俺たちは目的地の一つである『地下十五階』へと到達したのだった。
「うわぁ……見てください、ユウさん! あそこの岩壁、ものすごい光を放ってますよ!」
ティアナが地下十五階の広大な採掘エリアの一角を指さして声を弾ませた。
俺たちが視線を向けると、そこには仄かに青銀色の神々しい輝きを放つ、美しい鉱脈が壁面一面に露出していた。
「これは……間違いない。最高品質の『ミスリル鉱石』だ」
俺が感嘆の声を漏らすと、ライムがすかさずタブレットを構えてデータをスキャンし始めた。
「本当ですね! 純度も不純物が一切混じっていない最高ランクのミスリルです。これだけの量があれば、マスターの新しい装備だけでなく、ギルドメンバー全員の武装をワンランクどころかツーランクも引き上げられますよ!」
「よっし! それじゃあさっそく、私が一塊残らず綺麗に掘り出してあげようじゃない!」
ニベアが専用の鉱夫ハンマーを取り出し、気合十分に腕をまくる。
私たち全員で手分けをし、壁面に埋め込まれたミスリル鉱石を丁寧かつスピーディーに採取していく。硬質な岩盤から削り出されたミスリルの塊は、インベントリの中で眩いばかりの光を放ち、ズシリとした確かな手応えを伝えてくれた。
【安倍ノ家:ほう……地下十五階で純度の高いミスリルの鉱脈か。ミルダリア迷宮の構造上、中層域のこの階層は地殻の魔力溜まりと直結しているため、良質な金属資源が凝縮されやすい。ユウたちの装備強化計画において、ここは最大のヤマ場であり、見事に最高級の素材を確保したな。この後の展開にも大きく影響するだろう。実に興味深い】
【灰かぶりうさぎ:ミスリル採掘現場でのニベアちゃんの職人魂めちゃくちゃカッコいい!! ていうか、こんな過酷なダンジョンの中でも、ユウパパが「シオン、ここの輝き綺麗だな」ってさりげなくシオンママに鉱石を差し出す幻覚が見えて私の心臓がいくつあっても足りないんだけど!? あぁぁぁ、もう今すぐ二人でペアアクセでも何でも作っちゃいなさいよ!!(大絶叫の床ローリング)】
ミスリルの採取を無事に終え、十分な成果を手にした私たちは、地下十五階の奥まった場所にある広大な『セーフティエリア』へと移動した。
そこは、天井から神秘的な蛍光苔の光が柔らかく降り注ぎ、冷徹な迷宮の空気とは打って変わって、まるで地上の一角にある美しい森のような穏やかな空間が広がっていた。
モンスターが侵入してこない安全な結界に守られているため、長旅の疲れを癒やすには絶好の場所である。ふう、と息を吐き出し、俺たちはその場に腰を下ろした。
「ふぅ〜、ここまで結構歩いたし、重いミスリルもたくさん採掘したから、なんだか急にお腹が空いてきちゃったなぁ……」
スズカがお腹を軽く押さえながら、トボトボとした足取りでストレージの確認パネルを眺める。
その瞬間、待ち構えていたかのように、誰よりも素早く反応した人物がいた。
「待ってましたぁ――っ!!」
パァァッと顔を輝かせたシグレさんが、両手を突き上げて歓声を上げる。
「待ってましたって、シグレさん、まだ何も言ってないけど?」
俺が苦笑いを浮かべながらツッコミを入れると、シグレさんはフンフンと鼻を鳴らして胸を張った。
「決まってるじゃない! ここまで道中で私たちが倒してきた、あの『ストーム・ファング』の上質な魔獣肉や、これまでのダンジョンでゲットした極上の食材たちがストレージに眠ってるんだから! こういうセーフティエリアでのご飯といえば、もう野営パーティーの定番オブ定番だよ!」
「まったく、シグレさんは相変わらず食べる時のフットワークだけは宇宙一だな」
セリアさんがクスリと上品に微笑みながら、愛用の魔剣を専用ケースに収める。
「ふふっ、ですけどシグレさんの言う通りですね。せっかくこれだけ上質な魔獣肉や新鮮な地下水、野菜の素材が揃っているんですから、ここでしっかり美味しいご飯を食べてエネルギーを充填しないといけません」
ティアナが両手を合わせて嬉しそうに頷き、エプロンを取り出す。
「よし、それじゃあ今回の野営ディナーの調理は、俺とティアナ、それにシュリやミナミたちで腕を振るうとするか!」
「いいね! 野菜のカットなら任せて。お肉に合う特製のスパイスソースも調合しちゃうよ!」
ミナミが張り切って手を挙げ、シュリも優しい笑みで魔導書をインベントリにしまい、調理器具の準備に取りかかる。
「じゃあ、私は火おこしと熱源の魔導調整を担当するね。最高の焼き加減にしてあげるんだから!」
とスズカがキャンプ用の安全な魔法コンロにきれいな炎を灯す。
それからあっという間に、セーフティエリアの一角が特設の野外キッチンへと早変わりした。
ストレージから取り出された『ストーム・ファングの上質な魔獣肉』は、適度な霜降りと引き締まった赤身が美しく、見るからにジューシーで食欲をそそる代物だ。それを厚切りのステーキ状にし、香草や特製スパイスとともに鉄板の上でジュージューと香ばしい音を立てて焼き上げていく。
周囲に立ち込める、肉の旨味とハーブの爽やかな香りに、メンバーの視線が一斉に鉄板へと釘付けになった。
「うわぁ……すごい良い匂い……! お肉の脂がパチパチ跳ねて、もう我慢の限界なんだけど!」
シグレさんが両手をほっぺたに当て、ヨダレを拭うような仕草でステップを踏む。
「シグレさん、落ち着きなさいよ。行儀悪いわよ」
シオンがやれやれといった表情で呆れつつも、その口元はわずかに緩んでおり、視線はしっかりと焼き上がっていくステーキに向けられている。
「ふふ、シオンだって本当はすごく食べたそうじゃないか」
「べ、別にそんなことないわよ! ……ただ、料理の匂いが美味しそうだから気になってるだけよ!」
図星を突かれたのか、シオンが慌ててそっぽを向く。そのツンとした横顔を、俺は微笑ましく眺めながら隣に座った。
「はい、お待たせしました! 『ストーム・ファング特製ジューシー肉ステーキ、ハーブ香る大地のスープ添え』の完成でーす!」
ティアナとシュリ、ミナミが息を合わせて、大きな木製のプレートに山盛りにされた料理を次々とテーブルへ並べていく。
鉄板で香ばしく焼き上げられた魔獣肉のステーキは、噛むたびに旨味の肉汁が口いっぱいに広がりそうなほどの絶品だ。さらに、地下水と迷宮のハーブで煮込んだ温かいスープが、冷えた身体をじんわりと温めてくれる。
「わぁ……とっても美味しそう! いただきます!」
ライムがフォークとナイフを手に取り、真っ先にステーキを一口サイズに切って口に運ぶ。
「んんっ――!? なんですかこれ……めちゃくちゃ美味しいです! お肉が柔らかくて、口の中でジューシーな肉汁がとろけるように広がりますぅ……!」
ライムが両手で頬を押さえ、幸せのあまり身悶えする。
「本当だ! このスパイスのピリッとしたアクセントと、お肉の旨味が絶妙にマッチしてるよ! さすがティアナたちの料理の腕前だね!」
ニベアも豪快にステーキを頬張り、満面の笑みを浮かべる。
「ふふ、みんながそんなに美味しそうに食べてくれるなら、腕を振るった甲斐がありました。スープもたくさんあるからお代わりしてくださいね」
ティアナが嬉しそうに微笑み、セリアさんやシズクさんたちにスープを配っていく。
「美味しい……! このスープ、地下の冷えた空気を一気に吹き飛ばしてくれるような優しさと深みがあるよ。ハルマ君もちゃんと味わって食べてよ?」
「分かってるって、シズクさん! うぉ、マジでうめぇ……! この肉の歯ごたえ、戦いの疲れが一気に吹っ飛ぶぜ!」
ハルマがガツガツと美味しそうに頬張り、シズクさんが呆れながらも楽しそうに笑う。
「私の魔力調整コンロの火加減も完璧だったでしょ? お肉の焼き目が最高に芸術的だもん」
スズカが胸を張って自画自賛すると、ミナミが頭をポンポンと優しく撫でた。
「はいはい、スズカちゃんの火加減もバッチリだったよ。お疲れ様」
第一パーティのメンバーも、それぞれの席でグラスを軽く合わせながら、賑やかに食事を楽しんでいる。
「ユウ、これ、すごく美味しいわよ。ほら、一口食べてみる?」
シオンが自分のプレートから小さく切ったお肉をフォークに刺し、ふっと少し照れくさそうに俺に差し出してきた。
「おっ、ありがとう、シオン。どれどれ……本当だ、めちゃくちゃ美味いな!」
「でしょ? ティアナたちの味付けも上手だけど、素材の良さも引き立ってるわよね」
シオンが嬉しそうに自分の分を口に運び、満足げに目を細める。
その様子を目の前で見たリネアが、ふっと悪戯っぽく笑った。
「あら、シオンとユウは相変わらず仲良しアピールが激しいね。負けじと私も、ユウに特製のお肉をあーんしちゃおうかな?」
「ちょっとリネア! な、なにを急に変なこと言ってるのよっ!」
シオンが顔を真っ赤にしてツッコミを入れ、リネアが楽しそうに笑う。
「ふふっ、青春ですね。あ、ルビーちゃんにもお肉の端っこをどうぞ」
シュリが綺麗に焼き上げたお肉を小皿に取り分け、足元に控えるルビーに差し出すと、ルビーは「キュイッ!」と嬉しそうに尻尾を振って美味しそうに平らげた。
そんな賑やかな様子を、セラは少し離れた席からグラスを傾けつつ、面白そうに眺めていた。
「相変わらず皆楽しそうだね。ボクもこういう賑やかな晩餐は大好きだよ」
みんなの笑い声と楽しげな話し声が、地下十五階のセーフティエリアに温かな空気を満たしていく。
【安倍ノ家:ふむ、過酷な迷宮探索の合間における完璧な休息と栄養補給だな。精神的な疲労のケアは、長期におよぶダンジョン攻略において何よりも重要なファクターだ。料理のクオリティも高く、パーティ全体の結束力がさらに強まったと言える。実に有意義な時間だ】
【灰かぶりうさぎ:キャーーッ! ユウパパに「あーん」しようとするリネアちゃんと、それに猛烈に顔を真っ赤にしてキレるシオンママの構図が尊すぎて、私の全ライフが回復したどころか限界突破してオーバーフローしてるんですけど!! しかも二人でお肉をシェアするとか、もうこれ事実上の新婚旅行でしょ!! 運営さん、今すぐこのセーフティエリアの住民権を私にくださいお願いします何でもしますから!!(大号泣の血涙スタンディングオベーション)】
美味しい料理とお腹いっぱいの満足感に包まれながら、俺たちはしばらくの間、和やかなティータイムを過ごした。
そして、心身ともに完全にリフレッシュされた後は、お互いに顔を見合わせ、再び気合を入れ直す。
「よし、みんな! 美味しいご飯でエネルギーも満タンになったことだし、ここからさらに階層を潜って、地下30階層の最深部を目指すぞ!」
「「おーーっ!!」」
全員の力強い歓声がセーフティエリアに響き渡り、俺たちは新たな決意を胸に、地下十五階の安全地帯を後にして、さらなる深層へと続く迷宮の階段へと歩みを進めた。




