第84話 迷宮都市ミルダリアの喧騒と、地下迷宮への第一歩
魔導戦艦の重厚なエンジン音が心地よい振動となって船体を包み込み、私たちは雲海を切り裂くようにしてウェリアタース王国の領空を離れ、隣国であるレギウス共和国の空域へと針路を取った。
神獣討伐の興奮が冷めやらぬ中、ギルド〈アストライア・ドーン〉のメンバーを乗せた魔導戦艦は、広大な平原の上空を滑らかに滑空していく。
甲板の柵に寄りかかりながら、私は眼下に広がる景色を眺めていた。
「すごいですね……あんなに遠くに見えていた共和国の国境が、魔導戦艦にかかればあっという間です」
ティアナが目を輝かせながら、感嘆の声を漏らす。
「ああ。これだけの機動力があれば、大陸のどこへだって数時間で駆けつけられる。まさに動く要塞だな」
俺がうなずくと、隣に立っていたシオンが腕を組み、ふっと余裕のある笑みを浮かべた。
「これだけの戦艦を乗りこなせるギルドなんて、今の〈アストライア・ドーン〉を置いて他にないわよ。誇りなさい、ユウ」
「ああ。我がギルドの誇り高き風霊剣姫様のおっしゃる通りだな」
俺が苦笑いを浮かべると、シオンは照れ隠しかのように顔を背けつつも、その頬は微かに朱色に染まっていた。
そんな俺たちのやり取りを、少し離れた場所からリネアがじっと見つめている。
「シオンとユウ、相変わらず仲がいいのね」
魔人の特徴である神秘的な耳をぴくりと動かしながら、リネアが暖かくもどこか羨ましげな目差しを向ける。
その様子に気づいたライムが、タブレットをパタパタと操作しながら割り込んできた。
「ふふっ、ギルド内の恋のフラグ管理は私の重要なオペレート業務ですからね、いつでも最新データにアップデートしておきます!」
「ちょっとライム、変なデータを勝手に収集しないでよ!」
シオンが頬を膨らませて抗議し、ブリッジ内は相変わらずの賑やかさに包まれる。
シュリは魔導書を抱きしめながら、穏やかな笑みでその光景を見守っていた。
「皆さん、もうすぐ目的地のレギウス共和国南西エリアに到着しますよ。おしゃべりはそれくらいにして、着陸の準備をしましょうね」
シュリの言葉通り、前方には豊かな緑と険しい山脈が入り交じるレギウス共和国の土地が広がってきた。
【安倍ノ家:ウェリアタース王国からレギウス共和国への越境か。両国は同盟関係にあるとはいえ、軍事的な緊張感や魔導技術の互換性には微妙な差異がある。特にミルダリア周辺は鉱脈資源が豊富なゆえに、他国のギルドや不穏分子の利権争いも絶えない地域だ。戦艦の秘匿と侵入経路の選択は非常に重要になるが……さて、どう動くか】
【灰かぶりうさぎ:キャーーッ! 戦艦の甲板でのイチャイチャタイム最高すぎる!! シオンちゃんのツンデレ破壊力が地球を滅ぼすレベルで尊いし、それを羨ましそうに見てるリネアちゃんも最高に萌える!! ていうかライムちゃん、その恋のフラグ管理データ、あとで私の全財産払うからプライベートセーブデータを共有してくださいお願いします何でもしますから!!(血涙を流しながら床を叩くオタク)】
それから配信を一時切断しつつ、魔導戦艦はミルダリアから少し離れた、見晴らしのいい広大な平原のど真ん中に静かに着陸した。
着陸と同時に、俺はブリッジのコンソールを叩き、システムの起動コードを入力する。
「よし、周辺の目をくらませるために『ミラージュ・システム』を最大出力で稼働させる。これで外部からは完全に光学迷彩され、ただの岩山か何かにしか見えなくなるはずだ」
フッと艦体が微かに揺れ、周囲の景色を鏡のように反射するホログラムのベールが戦艦全体をすっぽりと覆い隠した。
「完璧だな。これなら誰にも見つからずに拠点を確保できる」
セリアさんが満足そうにうなずき、愛用の魔剣の調整を終える。第二パーティのリーダー格として、彼女はすでに気合十分のようだ。
「さて、ここからは徒歩で迷宮都市ミルダリアに向かうぞ。レギウス共和国はウェリアタース王国と堅い同盟を結んでいる友好国だ。俺たちにはこの前授与された『名誉騎士の証』もある。都市のゲートでの身分証提示もスムーズにいくはずだ」
俺の言葉に、ニベアがガントレットを鳴らしながら気合を入れる。
「よしっ! 名誉騎士の威光を見せつけて、華麗に門をくぐってやろうじゃない!」
「ニベアさん、元気がありあまってますね」
ミナミがクスリと笑いながら指摘する。
俺たちは戦艦を後にし、草原を抜けて、活気あふれる迷宮都市ミルダリアへと歩みを進めた。
レギウス共和国の南西に位置するミルダリアは、文字通りその直下に広がる巨大な地下迷宮──通称『素材ダンジョン』の恩恵を受けて発展した、世界屈指の鉱業と商業の都市である。
都市の門をくぐると、衛兵たちが俺たちの姿を見てハッと目を見開いた。
「止まれ! ……おや、その紋章は……ウェリアタース王国の『名誉騎士の証』……!? 失礼しました! 同盟国の英雄殿方ですね、どうぞお通りください!」
手続きは驚くほどあっさりと完了した。
名誉騎士の効力は国境を越えて絶大であり、俺たちは一切の足止めを食らうことなく、堂々と都市の中心部へと足を踏み入れた。
「わあ……すごい活気だね! 街のあちこちから金属を打つ音が聞こえる」
スズカがキョロキョロと周囲を見回しながら、目を輝かせる。
ミルダリアの街並みは、通常のファンタジー都市とは一線を画していた。街のあちこちに巨大な高炉が立ち並び、ドワーフやヒューマンの職人たちが汗を流しながら、ダンジョンから持ち帰られたばかりの鉱石を精錬している。
石畳の路面は頑丈な岩盤を削り出して作られており、道行く人々も重厚な鎧や武具を身にまとった冒険者や傭兵風の姿が多い。
武器屋や防具屋の店先には、見たこともないような輝きを放つミスリル鉱石の原石や、魔獣の素材が山積みにされていた。
「ここが素材ダンジョンを擁するミルダリアなんだ。空気がどこか鉄と火薬の匂いがして、冒険者の血が騒ぐね」
シズクが愛用の大剣を肩に担ぎ直し、ワクワクした表情で周囲を観察する。
「シズクさん、はしゃぎすぎて迷子にならないようにな。今回はあくまで素材集めが目的なんだから」
ハルマが呆れたように笑いながらも、その目はしっかりと街の構造をサーチしている。ローグとしての職業病か、死角になりそうな路地裏や警備の配置を無意識に確認しているようだ。
「もう、私を子供扱いしないでよハルマ君! 私はおしとやかなレディだよ!」
「はいはい、そうですね、レディ様」
二人の軽妙な掛け合いに、ルビーが「クゥン」と小さく鳴いて同意するように首をかしげた。
【安倍ノ家:ミルダリアの都市構造は、地下迷宮の経済システムと完全に直結している。ダンジョンで採掘された素材がそのまま地上の工房で加工され、武器や防具として流通する。まさに冒険者にとっての経済の心臓部だ。しかし、これだけの富が集中する場所には、必ずそれを狙う影の組織や悪徳ギルドも存在する。ユウたちも浮かれすぎず、警戒を怠らないことだな】
【灰かぶりうさぎ:街のモブ職人になりきってユウ君たちの装備を裏から支えたい人生だった……!! ていうか、ハルマくんとシズクちゃんのコンビ、これ絶対いつの間にかフラグ立ってるやつでしょ!? 「お前を守るよ」的なシチュエーションがいつ来るか全通しで見張ってるからね運営!! そしてルビーちゃんが相変わらずマスコット枠として世界一尊い癒やし……モフりたい!!】
街を通り抜け、俺たちはついに都市の中央広場にそびえ立つ、巨大な迷宮の入口へと到着した。
そこは、黒光りする巨大な石門が地中深くへと口を開けている、圧倒的な存在感を放つ建造物だった。
「ここが……ミルダリアの地下迷宮の入口」
シュリが息を呑みながら魔導書を胸に当て、その威圧感に気圧されるように呟く。
入口の脇には冒険者ギルドの受付窓口が設置されており、多くのパーティが慌ただしく出入りしていた。
「まずはあそこの受付で正式な探索登録と、パーティの免責手続きを済ませよう」
俺が先頭に立って受付のカウンターへ歩み寄ると、制服に身を包んだ女性スタッフが手際よく書類を差し出した。
「いらっしゃいませ。ミルダリア地下迷宮の探索ですね。本日のパーティ編成と、潜入予定の階層を登録用紙にご記入ください。……おや?」
スタッフが私たちの提出したギルド証と名誉騎士の証に目を留め、驚愕の表情を浮かべた。
「こ、これは……ウェリアタース王国の英雄様方……!? しかも〈アストライア・ドーン〉の皆様ではありませんか! 神獣討伐のニュース、こちらまで届いております! まさか我がミルダリアの迷宮に足をお運びいただけるとは……!」
受付の大きな声に、周囲にいた他の冒険者たちが一斉にこちらを振り返った。
「おい、マジか……? あの〈アストライア・ドーン〉だぞ……!」
「神獣を倒した化け物みたいなギルドか……!」
「おいおい、俺たちと同じダンジョンに潜るのかよ……気合入れていかないと恥ずかしいぞ……!」
周囲が一気にざわめき立つ中、俺は落ち着いたトーンでうなずいた。
「騒がせてすまない。今回は装備強化のための素材集めだ。地下深くの階層まで潜る予定だが、手続きを進めてもらえるか?」
「は、はいっ! ただいま最優先で登録処理を完了させます!」
スタッフは慌てた様子でハンコを押し、専用の魔導パスを発行してくれた。
「お待たせいたしました! ミルダリア地下迷宮は、最深部である『地下50階層』まで確認されておりますが、本日は安全を考慮し、まずは高品質なミスリルやレア素材が採掘できる『地下30階層』までの広範囲探索許可を発行いたしました! どうぞお気をつけて、武運を祈ります!」
地下30階層にも渡る、広大で危険な迷宮への扉が、今まさに開かれた。
俺は発行された魔導パスをしっかりと握り締め、後ろに控える仲間たちを振り返る。
「よし、登録完了だ。これより二つのパーティでレイドを組み、地下30階層を目指して進む!」
「オッケー! 私のガントレットの切れ味を試すにはちょうどいい深さだね。さっそく行くよ!」
ニベアが両拳を鳴らし、闘志をみなぎらせる。
「皆、油断は禁物だよ。地下が深くなるほど、魔物の生態系もトラップも凶悪になるから、私のビショップとしての回復と結界を信じてしっかりついてきてね」
ミナミが優しく微笑みながら仲間たちを鼓舞し、スズカが杖を軽く一振りして魔力を練り上げる。
「私の魔法で、暗い地下迷宮なんて丸裸にしてあげるんだから。覚悟してよね、迷宮のモンスターたち!」
「ふふ、頼もしいな。それじゃあ、第一パーティ、第二パーティ、共に出発だ!」
セリアさんの号令のもと、俺たちは重い石門を押し開き、ひんやりとした冷気が漂う地下迷宮へと一歩を踏み出した。
暗い階段を下りていく俺の肩の上で、ルビーが激励するように、「キュイッ!」と一鳴きした。
こうして、最高峰の素材を求めた地下30階層に及ぶ迷宮探索の幕が切って落とされたのだった。




