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第55話 氷結の巨塊と、鮮烈なるカウンター


 正午を過ぎ、ウェリアタース王国大闘技場の熱気は最高潮に達していた。


 青空の広がるアリーナの中央、幾重もの魔導陣が刻まれた特殊ステージの周囲には、数万人を収容する客席からの熱狂的な歓声とざわめきが波のように押し寄せている。


 予選を突破した狭き門の精鋭八名が、厳正なる抽選によって四つの対戦枠に振り分けられていた。

 ホログラムで大きく表示された対戦カードは、いずれ劣らぬ強者たちの名前で埋め尽くされている。


 第一試合:ユウ VS ノクス

 第二試合:シュリ VS ニベア

 第三試合:ゲイル VS シオン

 第四試合:レオンハルト VS セラ


 試合直前の待機エリア。控室へと続く通路の一角で、俺たちの仲間たちが次々と声をかけてくれた。


「ユウ君、初戦から気をつけてね!  あのノクスって男の人、氷魔法の腕前は本物だからさ」


「お兄ちゃん、余裕の顔してるけど油断禁物だよ!  私の分まで圧倒して勝ってきてよね!」


 惜しくも予選敗退となった遥馬、南、涼花、そして芹亜先輩らが、それぞれの悔しさを飲み込みながら力強く俺の肩を叩き、激励の言葉を飛ばしてくれる。


「キュイ、キュイーーッ!」


 ルビーも頭の上で両手をパタパタと振って、一生懸命に勝利の応援をしてくれていた。


 そんな中、シグレさんが少し心配そうな顔で俺に歩み寄ってくる。


「ユウ君、聞いて!  私が予選で負けたレオンハルトって選手、この大会で優勝候補筆頭の『ナンバーワンプレイヤー』って言われてるフロントライナーなんだって。しかも、ユニークスキル『光』を発現させてるらしくて……本当に桁違いの強さだから、もし決勝で当たったら気をつけてね!」


「ああっ、ありがとう、シグレさん。情報助かるよ。レオンハルトか……強敵だな」


 俺がうなずくと、今度は芹亜先輩が少し表情を引き締めて声をかけてきた。


「ユウ君、もう一つ気をつけておくべき相手がいるよ。第三試合のシュリだ。彼女の魔法、私も予選の別グループで遠目から見たけれど、凄まじい威力だった。彼女もユニークスキル『星辰魔法』を発現させているらしい。ただの魔法使いだと思わない方がいいぞ」


「星辰魔法、か……。分かった、教えてくれてありがとう、セリアさん」


 強敵たちの不気味な情報が次々と飛び交う中、俺は仲間のほうへと向き直り、控室の空気を引き締めるように笑ってみせた。


「みんな、ありがとう。それじゃあ、まずは俺が最初の試合で勝って、最高の流れを作ってくるとするよ。それと、シオン」


「なあに、ユウ?」


「君の相手のゲイルは、予選でも見せた通り侮れない相手だ。油断しないでくれよ」


「ふふ、心配性ね。私の剣が彼の鋼糸よりも遅いとでも思っているの?  でも、忠告は素直に受け取っておくわ。お互い、圧倒的な勝利で次へ進みましょう」


 シオンが不敵で美しい笑みを浮かべ、愛用の複合剣の柄にそっと手を添えた。



   §



 午後になり、いよいよ決勝トーナメントの火蓋が切って落とされた。


 実力者たちが勢揃いした壮絶な顔ぶれの中、栄えある第一試合に割り当てられた俺は、静かにステージの中央へと足を踏み入れた。


 アリーナの広大な観客席から一斉に視線が集まる中、実況席のマイクを通したハイテンションなアナウンスが響き渡る。


「さぁぁぁ!  いよいよやって参りました、ウェリアタース王国大武闘大会決勝トーナメントの第一回戦目!  実況のアリーです!  解説のマヤさん、大注目のオープニングマッチですが、この試合はどのような展開になると予想されますか!?」


「ふむ……やはりユウ選手は予選で見せた圧倒的な防護能力と、錬金術杖による遠隔・範囲火力が驚異的ね。対するノクス選手は、王国屈指の氷魔法のスペシャリスト。ノクス選手の鋭利な氷結魔法が、ユウ選手の絶対的な障壁を破ることができるのかどうか……そこが最大の勝負の分かれ目になるんじゃないかしら」


【灰かぶりうさぎ:きたぁぁぁぁぁぁ!!!! ユウ君のお出ましだああああ!!!  シオンちゃんはベンチから愛を込めて見守っててね無理尊い一生推せる!!!】


【安倍ノ家:ノクスの使用する氷魔法、魔紋の構築速度からして王都魔法院の上級系統だな。初手から手札を惜しまない好カードだ】


 実況と解説の弾むようなやり取りを聞き流しながら、俺は対角線上の反対側へと視線を向けた。


 十数メートルほどの距離を置いて対峙するノクスは、すでに殺気を含んだ冷徹な瞳でこちらを睨みつけている。


 長い黒髪を後頭部で一括りに結び、痩せこけた頬と鋭い眼光を光らせるその男は、じっとりと冷たい声を漏らした。


「おい、ユウ」


「……何だ?」


「調子に乗るのも大概にしろよ。お前のような一介の錬金術師崩れが、ハーレムパーティーでいつまでも主役ぶってられるのもここまでだ。今日、ここで徹底的に叩き潰してやる」


 ノクスの声には、単なる試合の勝敗を超えた、歪んだ嫉妬と敵意が混じっていた。


 俺はため息をつく代わりに、ただ静かに愛用の『極光の錬金術杖』を構え直す。


 その瞬間、空中の中央モニターに巨大なカウントダウンの文字が浮かび上がった。


『10、9、8──』


【灰かぶりうさぎ:顔が良すぎる……!  余裕の表情のユウ君と嫉妬に狂ったモブの対比が最高に美味い。ごちそうさまです!!!!!】


【安倍ノ家:ノクスの魔力が急激に高まっている。詠唱破棄に近い高速展開だ、初動の迎撃に気をつけろ】


 観客席のボルテージが最高潮に達し、ざわめきが一瞬でピタリと静まり返る。


 俺はすべての雑音を遮断し、思考を戦闘モードへと切り替えた。


『3、2、1、スタート!』


 試合開始の電子音が響き渡ると同時に、ノクスは一歩も引かず、怒号のような詠唱を放った。


「大気を震わす氷の刃よ、集いて槍となりて我が敵を穿て! 〈アイス・ジャベリン〉!」


 開始の合図と同時に、ノクスは間髪入れずに超高速詠唱を完了させた。


 彼の周囲の空気が一瞬にして凍りつき、凄まじい冷気とともに鋭利な氷の結晶が幾重にも結ばれていく。


 直後、大気を残酷に切り裂く甲高い風切り音とともに、巨大な氷の槍が計六本、連続で宙を滑り、狂おしい速度で俺の全身を狙って飛来した。


「出たぁぁぁ!  ノクス選手、開幕からの容赦ない魔法のぶっぱなしいいぃぃ!」


「一瞬で六本もの高密度な氷槍を生み出して同時に放つなんて、素晴らしい精度と魔法構築力ね。初手から全開の全力投球よ」


 空間を切り裂いて猛烈な勢いで迫り来る氷の槍の群れ。


 俺は冷静にその弾道を見極めると、先頭の三本に対して、槍の軸線と交差するように体を僅かに捻り、まるで舞うかのような一回転で紙一重の回避を成し遂げた。

 続けて残りの三本に対しても、最小限の無駄のないステップで内側へ滑り込み、死角へと完璧に逃れる。


 ──シュパッ、シュパァン!  と、俺のいた空間を切り裂いた氷槍が後方のステージ壁面に激突し、爆発音とともに白い冷気の尾を残して粉々に砕け散った。


【灰かぶりうさぎ:ひゃあああ回避の身のこなし美しすぎ!!  華麗すぎて愛のステップに見えるの私だけ!?  シオンちゃん今の見た!?  惚れ直すよこんなの!!】


【安倍ノ家:見事な重心移動だ。飛来する弾道のベクトルを完璧に計算していなければあの避けた方はできない】


「くっ、かわしたか……だが、これならどうだ! 逃げ場など与えん!」


 ノクスは攻撃を外した焦りを見せるどころか、さらに冷酷な笑みを浮かべ、間髪入れずに

地面へと手を突いて次なる呪文を叩きつけた。


「静寂を統べる氷の鎖よ!  我が命によりて白銀の枷となり彼の者を縛れ! 〈ウィンクルム・グラキアーレ〉!」


 ──ミシ、ミシシシッ!


 不意に俺の足元の石畳が真っ白に凍りつき、まるで意思を持った生き物のように、蛇や蔦の形をとった凶悪な氷の枷が地面から勢いよく這い上がってきた。

 足首、膝、そして腰回りを一瞬にしてガチガチに固め、強固で分厚い氷塊となって俺の身体を容赦なく拘束する。


「あぁっと!  ユウ選手に絶体絶命のピンチ到来だぁぁ!  足元を完全に固定された!  これでは回避行動も取れないぞ!」


「拘束力の高い氷の中級魔法ね。一度絡みついたら物理的な筋力だけでこの分厚い氷の枷を砕いて逃れるのは至難の業よ。しかも、ここからの追撃が一番怖い」


【灰かぶりうさぎ:ちょ、待って!?  拘束プレイとか聞いてないんですけど!!  いやでもユウ君ならこの後めちゃくちゃクールに脱出してドヤ顔決めてくれるって信じてる!!】


【安倍ノ家:中級の拘束術式か。魔力の硬化密度が高い。物理的破壊は無理だが、ユウの錬金魔力制御なら内側から弾けるはず……】


「クハハハッ! 捉えたぞ! 逃げられると思うなよユウ!」


 俺の脚が完全に封じられたのを確認したノクスは、勝利を確信したようにさも愉快そうに高笑いを響かせた。

 そして、これにとどめを刺すとばかりに両手を天へと掲げ、さらに巨大な魔力を収束させるための長文詠唱を始める。


「大気を凍らせる蒼き氷精、我が魔力に応え、凍てつく世界の門を開き、天を突く氷塊と化せ! 〈グランド・グレイシャル・フォートレス〉!」


 ──ゴゴゴゴゴ……ッ!


 凄まじい地鳴りのような魔力振動とともに、闘技場の上空数百メートルの空間に、まるで小さな建造物ほどもある巨大な氷塊が突如として現れた。

 太陽の光が巨大な氷の質量によって完全に遮られ、一瞬にして俺の周囲が不気味な氷の影で暗黒に包まれる。氷塊の表面は滑らかに光を反射し、激しい魔力の余波で青白く不気味に発光していた。


 ──ヒュオォォォォォ!  という空気を引き裂く凶悪な風切り音と、周囲の空気が一瞬にして急激に凝縮されるバリバリという凍結音が空間を激しく揺さぶる。


「あれは……氷属性の上級攻撃魔法よ!  直撃したら外部防護フィールドの耐久値が一撃で削り切られる!」


「なんと!  逃げ場のない拘束状態からの上級魔法の直撃!  これは勝負決まったか――!?」


【灰かぶりうさぎ:上級魔法!?  待って無理危ない!!  ユウくぅうううううん!!! ……ってあ、あれ? この余裕の表情……もしや勝算アリですね???】


【安倍ノ家:上級の広域殲滅型か。だが詠唱の割に着弾までのタメが大きい。崩し方さえ分かっていれば──】


 実況席の叫び声と、観客たちの息を呑むどよめきが入り混じる中、天を覆い尽くすほどの超巨大な氷塊が、重力と魔力推進の加速度を伴って、俺の真上から凄まじい勢いで落下してくる。

 けれど──。


 俺の体表から放たれた目に見えない高密度の魔力衝撃波が、足元に絡みついていた頑丈な氷の枷を内側から一瞬にして微塵に打ち砕いた。

 弾け飛ぶ氷の破片を置き去りにし、俺は自由になった身体で地を蹴ると、真上から迫る巨大氷塊の落下軌道をギリギリで華麗に回避してみせる。


「な……ッ!?  なにっ、バカな……!  あの拘束状態から脱出しただと……!?」


 ノクスが目を見張り、信じられないものを見るような顔で絶叫した。


「あの程度の足止め魔法じゃ、俺の動きを完全に封じることなんてできないよ。──終わりだ」


 俺は冷ややかに言い放つと、手に携えた極光の錬金術杖を構え直し、その先端から渾身の魔力を込めた一撃を放った。


 ──ドカァァァン!


 眩い閃光を伴った魔力の弾丸がノクスの眼前を直撃し、さらに背後で巨大な氷塊が地面に激突して、凄まじい量の氷煙と土煙がアリーナ全体を包み込んだ。


 その視界不良の嵐の中、システム上のダメージ限界を超えたノクスの外部防護フィールドの耐久値が一瞬にしてゼロまで削り取られ、バリバリと派手な音を立てて砕け散った。


【勝者決定:ユウ選手、ノクス選手を下し、決勝トーナメント二回戦準決勝へ進出ーーっ!】


 審判である機械音声の朗々とした勝者宣言が、どよめく闘技場全体に高らかに響き渡る。


「決着ぅぅぅ!  決勝トーナメント開幕の第一試合、圧倒的な破壊力と神業の回避で見事に制したのはユウ選手です!」


「中々に目を見張る見応えのある試合だったわね。ノクス選手の上級魔法の精度も素晴らしかったけれど、ユウ選手の土壇場での判断力と、あの衝撃波の応用は流石という他ないわ」


【灰かぶりうさぎ:勝ったあああああああああ!!!!!  最高!  圧倒的! つよすぎ! 今の回避からの反撃の流れ、美しすぎて脳汁出たわ!!!】


【安倍ノ家:見事な魔力放出のコントロールだ。拘束の干渉波を逆手に取って自壊させるとは……相変わらず底が知れない男だな。実に興味深い】


 マヤの満足げな解説と、観客たちの割れんばかりの大歓声を背に受けながら、俺は静かに極光の錬金杖をホルスターへと収め、堂々たる足取りで勝者用の通路へと引き上げていったのだった。



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