第48話 眠る青き瞳
霧の塔の中層から最上層へと至る道のりは、想像を絶する死闘の連続だった。
中層の回廊を我が物顔で這い回っていたのは、青銅と歯車で構成された巨大な機械の海蛇型モンスター──『クロノ・ギア・サーペント』。
それは全身から高圧の蒸気ブレスを吹き上げながらうねりを上げ、尾部からの電磁ショックで俺たちの陣形を容赦なくかき乱してきた。
重力制御を奪われ、床に縫い止められそうになる絶体絶命の危機を、ティアナの神聖魔法とライムの精密なハッキング支援によってなんとか切り抜け、シオンの神速の剣閃でその装甲を叩き割った。
さらに、白亜の柱や天井に巧妙に擬態し、不意打ちを仕掛けてくる星屑の魔石を纏った石像型ガーディアン──『スターダスト・ガーゴイル』が俺たちの進路を塞いだ。
物理防御力が極めて高く、通常の攻撃ではかすり傷一つ負わせられない難敵だったが、ニベアの放つ高周波の雷撃パンチで装甲の結合部を痺れさせ、その隙に俺が両手のガントレットから放った高圧プラズマカッター弾で内部回路を焼き切って撃破した。
そして、最上層への最後の関門として立ち塞がったのは、古の騎士の残滓である『クロノ・ファントム・ナイト』だった。
半透明の青白い霊体をまとい、時空を歪ませる連続剣戟と、足元を縛る広範囲の呪いフィールドを展開するその強敵を前に、パーティー全体がかつてない消耗を強いられた。
だけど、仲間たちの信頼の絆を胸に、俺たちはそれぞれの持てる全力をぶつけ合い、ついにその怨念の騎士を消滅させたのだ。
その激しい死闘の果てに、俺たちの身体にはさらなる経験値が流れ込み、パーティー全体のレベルが一気に跳ね上がった。
そして、幾多の試練を乗り越え、心身ともに極限まで洗練された俺たちが足を踏み入れた場所──それが、この塔の最上層『星辰の間』だった。
周囲を包み込んでいた重苦しい空気がふと和らぐ。
シューッという心地よい気化音とともに、高純度の水晶と白亜の合金で造られた休眠カプセルの扉が、まるでおそるおそる歴史の扉を開くかのようにゆっくりと左右へとスライドしていった。
内部をみたしていた冷却用の濃密な霧がふわりと足元へ流れ出し、最上層の幻想的なプラネタリウムの光に照らし出されては消えていく。
その神秘的な光景の中で、俺は息を呑み、一歩前に踏み出した。
そこには、長い青色の髪を優雅に広げた一人の少女が、静かに横たわっていた。
「……開いた……!」
ニベアが思わず両手を胸の前で組み、祈るような眼差しで見守る。その瞳には、これから何が起きるのかという期待と、わずかな緊張の色が浮かんでいた。
カプセルの中で眠っていた少女は、神秘的なドレスのような形状の近未来的な戦闘服を身にまとっており、その端正な顔立ちはまるで長い時間を閉じ込めた美術品のようだった。額には、アストラ・ヒューマンの血統を示す微かに光る星型の紋様が、薄っすらと青い脈動を打っている。
──ピピッ、スゥ……ン……。
生命維持装置の稼働音が完全に停止し、代わりにカプセルの内部パネルに穏やかな緑色の起動シグナルが灯った。
その瞬間、少女の長い睫毛がわずかに震え、ゆっくりとその瞼が持ち上がった。
【シグレ:ついにカプセルオープンきたぁぁぁぁ!! 青髪美少女の目覚め、これはガチで伝説の幕開けの予感しかしないんだけど!!】
【灰かぶりうさぎ:待ってくれ、ビジュアルが天才的すぎて私の全細胞が歓喜で発狂してる。青髪のドレス戦闘服美少女とか属性の盛り合わせフルコースすぎて一生ついていく……!!!】
【安倍ノ家:コールドスリープからの目覚めか。旧時代のオーパーツや技術だけでなく、生き残りそのものが仲間になるのは物語として非常に熱い展開だな。実に興味深い】
視聴者たちの絶叫に近いコメントが滝のように流れる中、カプセルの中の少女は小さく息を吐き出した。
「……ん……っ……」
少女はかすかに小さく息を吐き出すと、ゆっくりと上半身を起こした。
彼女の鮮やかな青色の瞳が、目の前に立つ俺たち一人ひとりの顔を、まだぼんやりとした様子で見回していく。その視線が最後に俺の顔でピタリと止まったとき、彼女の瞳にわずかに驚きの光が宿った。
「……ここは……どこ……? ボクは……確か……」
少女は細い指で自分のこめかみを押さえ、何かを思い出そうとするように眉をひそめた。その仕草にはどこかあどけなさが残っているが、同時に戦士としての研ぎ澄まされた気配が微かに漂っている。
「大丈夫か? 急に起きたから、まだ頭がクラクラするかもしれないな」
俺私がそっと手を差し伸べると、少女はその青い瞳で俺の手を見つめ、それから安心したように小さく息をついてその手を取った。ひんやりとした、しかし確かな温もりのある手だった。
「……ありがとう。助かったよ」
彼女はカプセルの縁に腰掛け、一呼吸置いてから周囲の壮麗な星空ドームを見上げた。
「ここは……星辰の間……? ボク、どうしてこんなところで眠っていたんだろ……。自分の名前や、ここにいた理由……なんだか、頭のなかが真っ白で、うまく思い出せないや」
「記憶を……なくしているの?」
シオンが少し心配そうな表情を浮かべて尋ねると、少女は困ったように小さく首を横に振った。
その様子を横目に、ライムが手元のタブレット端末を軽快に操作し始めた。
「マスター、彼女の生体反応と記憶領域に微弱なノイズを確認しました。ですが、脳機能や身体データ自体に損傷はありません。長期のコールドスリープによる一時的な記憶喪失の可能性が高いです」
ライムが俺たち全員に解析データを共有すると、俺はうなずき、彼女を解析してみた。
「ちょっと失礼して、ステータスをスキャンさせてもらうぞ。害はないから安心してくれ」
俺の言葉に、少女は「うん、いいよ」と素直に頷いて見せた。
彼女の身体を包むように青いホログラムの光が走ると、瞬時に詳細なステータスウィンドウが俺の視界に展開された。
名前: セラ
種族: アストラ・ヒューマン
職業: 銃士
レベル: 48
主なスキル: 『スナイプ』、『トリプル・エッジ』、『エーテル・バレット』、『シャドウ・ステップ』
特性: 旧時代の超文明の銃火器を自在に操る遠距離狙撃・機動戦闘特化型クラス。魔導と物理を融合させた超長距離からの精密射撃を得意とする。
【シグレ:レベル48!? え、ちょっと待って、ユウ君たちと同レベル!? とんでもない強キャラが加入したよ――っ!!】
【灰かぶりうさぎ:銃士でレベル48の青髪ボクっ娘とか属性の暴力すぎて私の語彙が完全に溶けた。セラちゃん最高すぎる、愛す……!!!】
【安倍ノ家:初期レベルが48とはな。現在のダンジョンや今後のストーリーボスを見据えても、圧倒的な戦力補強になること間違いなしだ】
「レベル48……それに、職業は『銃士』か。遠距離火器を扱う戦闘特化クラスだな」
俺が感心したように呟くと、セラは自分の腰元や背中を探り、そこにマウントされていた美しい装飾の施された二丁の魔導拳銃を手にした。
「ふぅん……ボクの相棒は、この子たちみたいだね。なんだか、手に取ると自然と使い方が体にしみ込んでくる気がするよ」
セラは軽やかな手つきで二丁の銃をクルリと回し、慣れた動作でホルスターへと収めた。その一連の流れるような身のこなしは、彼女がただ者ではない百戦錬磨の戦士であることを雄弁に物語っていた。
カプセルから軽やかに飛び降りると、セラはトコトコと俺の目の前まで歩み寄ってきた。
彼女は少し首をかしげ、じっと俺の髪と瞳を覗き込むように見つめてから、ふっと嬉しそうに口元を緩めた。
「ねえ、君……。名前はなんていうの?」
「俺はユウだ。こっちは仲間たちのシオン、ライム、ティアナ、そしてニベアだ」
「ユウ、ね……。覚えたよ」
セラは小さく頷くと、まっすぐに俺の青い瞳を見つめ、不思議な確信に満ちた声でこう告げた。
「ねえ、ユウ。ボク、自分のことはほとんど思い出せないのにさ……君の顔を見たときから、すごく懐かしいような、不思議な安心感を覚えたんだ。……それにね、分かっちゃった」
「分かったって、何がだ?」
「ふふ、君はボクと同じ『同族』だろ? 髪の色も、その透き通るような青い瞳も……そして何より、魂の波長が、ボクと同じ色をしているんだ。……魂の波長で分かるよ。君も、アストラ・ヒューマンの血を引いているんだね、ユウ」
セラの言葉に、俺は少しだけ目を見開いた。
以前ガドさんに言われた言葉が、再び頭のなかで鮮明に蘇る。
旧き先導者の血統。
この広大なアストライア島で、自分と同じ血と魂の波長を持つ存在に、こんな最上層の遺跡で出会うとは思いもしなかった。
「ああ、そうだ。俺はアストラ・ヒューマンの血を引いている。君と同じ、旧き世界の末裔さ」
俺が微笑みながら答えると、セラはぱっと顔を輝かせ、まるで子供のように無邪気に笑った。
「そっか! じゃあ、ボクたちがこうしてこの場所で出会えたのは、偶然なんかじゃないんだね。なんだかすごく嬉しいな。記憶をなくしてちょっと不安だったけど……ユウがいてくれて本当によかった!」
【シグレ:「魂の波長で分かるよ」ってセリフ、ロマンチックすぎて全私がスタンディングオベーションしてるんだけど!?!?】
【灰かぶりうさぎ:ボクっ娘の「ユウがいてくれて本当によかった」の破壊力やばい。正妻レース急浮上どころか宇宙最速でトップに躍り出てないかこれ……尊い……!!】
【安倍ノ家:同じアストラ・ヒューマンとしての血の繋がりと精神的共鳴か。これは今後のメインストーリーに深く関わってくる重要なイベントだな。実に興味深い】
「ちょっと、出会っていきなりイチャイチャしないでよ、ユウ。……でも、セラが仲間になってくれるなら、私たちにとってもこれ以上ない心強い味方だわ」
シオンが腕を組んでフッと笑うと、ティアナも優しくうなずいた。
「そうですね! セラさん、これからよろしくお願いします。困ったことがあったら何でも言ってくださいね」
「キュイ!」
ルビーも歓迎するように右足を上げた。
「うん、よろしくね。みんな温かくて素敵な人たちだね。ボク、こういう仲間が欲しかった気がするんだ」
セラは嬉しそうに微笑むと、再び俺の方を向き、キュッと拳を握り締めて力強く宣言した。
「ねえ、ユウ。ボク、記憶はまだ戻ってないけど……この二丁の銃と、身体にしみ込んだ戦闘の勘はちゃんと残ってるんだ。だから、これからはユウたちの旅に一緒に行かせてよ! ボクも、この塔の謎や、これからの冒険の力になりたいんだ!」
セラのその真っ直ぐで力強い眼差しを見て、俺の中に迷いは一切なかった。
彼女のような心強い仲間が加われば、これから待ち受けるであろうどんな困難な試練も、きっと仲間たちと共に乗り越えていける。
「もちろん大歓迎だ、セラ。君のその銃の腕前、存分に見せてもらうよ。これからよろしく頼むぞ」
「うん! 任せてよ、ユウ! ボクの弾丸で、邪魔するやつは全員撃ち抜いてあげるからさ!」
セラの明るい声が、星屑の光に満ちた最上層のドームに響き渡る。
俺たちは新たな仲間であるセラを迎え入れ、より一層強い絆で結ばれながら、霧の塔をあとにし、さらなる冒険の舞台へと歩みを進めるのだった。




