第40話 木霊する悲鳴と、森の奥の聖女
今日は木曜だけど、明日は学校の創立記念日で休日となっているため夜更かしできる。
そのため、アストライア島での基礎素材の量産体制と『星屑の洞窟』での採掘を順調に終えた俺たちは、次なる高難度エリアである北部の霊峰、そして古龍種討伐に向けた実戦経験とさらなるステータス底上げのため、ライムが導き出した島内の隠し狩り場へと足を向けていた。
そこは、アストライア島の北西部に広がる、巨大な古代樹が鬱蒼と生い茂る薄暗い森林エリア──『深緑の幻影の森』だった。
「マスター、お疲れ様です! ライムの完全最適化されたデータによると、このエリアの奥地に生息する原生魔獣たちは、今のマスターたちのレベル上げに最高の効率を誇るんですよ!」
空中に展開したナビゲーションウィンドウを軽やかに弾きながら、ライムが嬉しそうに振り返る。その若草色の瞳は、これからの狩猟への期待感でキラキラと輝いていた。
「ああ、今のままじゃ北部の古龍には到底敵わないからな。挑む前に、ここでしっかりとレベルアップしておきたいところだ」
俺が作業用のレザージャケットのベルトを締め直すと、隣に立つシオンが鞘に収めた複合剣の柄に軽く手を添えて、周囲のうす暗い樹冠を見上げた。
「それに、この森はただの狩り場じゃないわ。古い記録によれば、神代の時代に精霊術の実験場として使われていた名残があって、魔力の密度が異常に高い。油断していると足元をすくわれるから、気を引き締めていきましょう」
「よし、それじゃあ、そろそろ本日のレベル上げ配信もパブリックモードで開始するか」
俺がメニュー画面から配信をオープンにすると、わずか数秒のラグを置いて、ホログラムモニターのコメントが一気に奔流のように流れ出し始めた。
【きたああああああああ! 配信待ってたぞ!!】
【星屑の洞窟の採掘、マジで見応えあったわ。戦艦建造計画着実に進んでて草】
【おっ、ロケーションがまた一段と雰囲気が違うな。鬱蒼とした森か……】
【ユウさん今日もイケメン! シオン様美しすぎんか? ライムちゃんは可愛い!】
【いつもの常連がきたぞ】
【キタキタキタ! 本日の有識者・安倍ノ家氏による深緑エリアの生態系解説待機列はこちらです】
お馴染みの常連リスナーたちの名前が、チャット欄に並ぶ。
【安倍ノ家:ふむ、ここは『深緑の幻影の森』か。神代の魔導実験場跡地であり、植物系や幻覚系の厄介な魔獣が跳梁跋扈する危険地帯だな。主たちの現在のレベルと装備なら適正だが、油断は禁物だぞ】
【灰かぶりうさぎ:待って、今日のシオン様の衣装の着こなし、エルフ特有の機動性が強調されてて最高に尊い……! 二人の背中合わせの戦闘シーン、今日も期待値MAXなんだが!?】
【シグレ:わーい! お疲れ様ですユウ君、シオンちゃん、ライムちゃん! 今日も美味しい素材いっぱいいっぱい狩っちゃってねー! お肉取れる魔獣いたらキープで!】
【食いしん坊シグレ草】
【肉の心配してて草生える】
【シグレちゃん相変わらずで安心するわ】
コメント欄の賑やかなやり取りに思-わず苦笑しながら、俺はカメラに向かって軽く手を振る。
「みんな、今日も見に来てくれてありがとう。今日はこれからレベルアップのために効率の良いこの森の狩り場で、モンスターを片っ端から倒しまくる。行くぞ!」
俺の号令を皮切りに、俺たちは深緑の森の奥へと足を踏み入れた。
周囲の木々はどれも数人がかりで抱えきれないほどの太さを誇り、その枝葉の隙間からは、まるで天界から差し込む神々しい光の筋のように、青みがかった木漏れ日が地面をまだらに照り出している。
──ガサッ、とすぐ近くの灌木が不自然に揺れた。
「来るよ!」
シオンが瞬時に反応し、腰から抜いた複合剣の刃が純白の光を放つ。
飛び出してきたのは、全身が硬質な苔と魔導回路の残骸で覆われた中型の狼型魔獣──『モス・ウルフ』の群れだった。全部で四匹。
「逃がさないわ!」
シオンの身体が風を切り裂くように跳んだ。彼女の放った魔法剣の一閃が、先頭を切って飛び込んできた一匹の胴体を鮮やかに両断する。
間髪入れずに、俺は左手に構えた錬成ガントレットから魔導弾を放ち、二匹目の足元を地面に縫い付ける。
【うおおおおシオン様つえええええ!!】
【連携美しすぎんだろマジで】
【瞬殺じゃん、昨日の今日でパーティの息が完全に仕上がってるな】
【灰かぶりうさぎ:今のシオン様の跳躍モーション、スリーブの揺れ具合が完璧すぎて語彙力が消失しました助けて】
コメント欄の熱狂を背中に受けながら、俺たち三人は息の合ったコンビネーションで次々と『モス・ウルフ』の群れを圧倒し、わずか数分で全滅させた。
【経験値を獲得し、パーティーメンバーのレベルが上昇しました!】
プレイヤー名:ユウ レベル:38(+2UP)
プレイヤー名:シオン レベル:38(+2UP)
プレイヤー名:ライム レベル:37(+2UP)
ポロポロと地面に零れ落ちた上質な獣皮や魔力の結晶を、ライムが手際よくインベントリへと回収していく。
「ふう、上々の滑り出しだな。この調子なら、今日のノルマの経験値はあっさり稼げそうだ」
俺が額の汗を拭いながらそう呟き、一息つこうと近くの苔むした巨岩に手をかけたその瞬間だった。
──キャアアアアッ!!
「……っ!?」
森のさらに奥深く、鬱蒼とした樹木の向こう側から、か細くも切実な女性の悲鳴が響き渡った。
【!? 待って、今の声……】
【え、NPCのイベント発生か?】
【ガチの悲鳴じゃん……!】
【安倍ノ家:ほう、この深い森の奥に人の気配か。神代の遺跡探索のクエストフラグの可能性が高いな。実に興味深い】
【シグレ:ユウ君! 女性の声がしたよ! 早く助けに行ってあげて!》
「おい、今の声は……!」
「ええ、間違いないわ。森の奥のこのエリアに一般人がいるなんておかしい。急ぎましょう、ユウ!」
俺とシオンは顔を見合わせると、同時に地面を蹴って悲鳴が聞こえた方角へと全速力で駆け出した。
ライムも「お待たせしちゃダメですね、私も続きます!」と背中のポッドを揺らしながら必死についてくる。
原生林の枝葉を掻き分け、視界が開けた小さな開けた空き地に飛び込んだ瞬間、俺たちの目に飛び込んできたのは、息を呑むような光景だった。
数本の禍々しい触手を持ち、人間の女性に酷似した妖艶な花弁を頭部に咲かせた巨大な植物系魔獣が、一人の少女をまさにその蔓でグルグル巻きにしようと絡め取っているところだった。
「離して……! いやぁっ!」
少女は黄金色の美しい髪を乱し、碧い瞳に恐怖と涙を浮かべながら必死に抵抗していた。彼女の纏っている衣服は上質なもので、どうやらただの旅人や冒険者ではなさそうな気配を漂わせている。
「ターゲット確認! 危険度高めの固有エネミーよ、ユウ!」
シオンが瞬時に距離を詰めながら複合剣を構える。
俺はすぐさま左手のガントレットの照準を合わせ、頭脳のなかで解析システムを起動させた。視界の端に、その魔獣の詳細なステータスデータが瞬時に浮かび上がる。
名称: 影縛りの植物系魔獣『アルラウネ・ヴェノム』(推奨Lv.37・中位エネミー)
属性: 木・毒(※甘い芳香による精神誘導と、物理拘束による継続ダメージが特徴)
特性: 森の深部に潜み、人間そっくりの花弁や誘引フェロモンで獲物を油断させる狡猾な魔獣。触手のような強靭な蔓と有毒の茨を操り、一度絡め取った相手の動きを完全に封じた上で、ジワジワと生命力を吸収して無力化する。
弱点: 火属性、および切断系の刃物による本体と蔓の同時両断。
ドロップ・剥ぎ取り素材:
『アルラウネの痺れ花弁』 (精神誘導フェロモンを放つ美しい花弁。毒や麻痺を付与する武器の素材や調合薬の触媒)
『毒茨の棘』 (常に神経毒を滲ませる鋭利な茨。武器の毒素付与や防具のスパイク加工に使える攻撃素材)
『魔獣の柔軟蔓』 (鋼鉄のように硬くしなやかな蔓。高品質なロープや革鎧の補強材として重宝される素材)
「弱点は火属性と切断系の刃物だ! シオン、一気に両断するぞ!」
「了解!」
俺の叫び声に合わせ、シオンの身体が白銀の軌跡を描いて跳躍した。彼女が放った剣閃は、ただの物理攻撃ではない。彼女自身の魔力障壁を極限まで高め、刀身に高熱のエネルギーをまとわせた一撃だ。
──ズパァンッ!!
「ギャアアアアッ……!?」
アルラウネ・ヴェノムの耳障りな悲鳴のような駆動音が森の空気を震わせる。シオンの鋭い剣撃が、少女を絡め取っていた無数の有毒の蔓を根元から見事に両断し、本体の花弁の中枢へと直撃した。
さらに、俺がすかさず放った錬金術の爆炎弾がその巨体を包み込み、木属性の弱点を完全に突き刺す。
──ドォンッ!! と盛大な爆発が起き、魔獣の身体はパキパキと音を立てながら美しい光の粒子となって四散していった。
【システム通知:影縛りの植物系魔獣『アルラウネ・ヴェノム』の討伐に成功しました】
【経験値を獲得し、パーティーメンバーのレベルが上昇しました!】
プレイヤー名:ユウ レベル:39(+1UP)
プレイヤー名:シオン レベル:39(+1UP)
プレイヤー名:ライム レベル:38(+1UP)
【キタあああああああ!! 余裕のノーダメージ討伐!!】
【シオン様の剣さばきマジで芸術的すぎて惚れる】
【ユウ君の絶妙なタイミングの火炎弾サポートも完璧すぎた】
【灰かぶりうさぎ:戦闘中の二人のアイコンタクトなしでの連携、これもう夫婦じゃん……尊
すぎて語彙が星の彼方へ飛んでいったわ……】
【シグレ:わーい! 討伐完了だね! お疲れ様!】
【安倍ノ家:見事な連携だ。アルラウネ・ヴェノムの弱点を瞬時に突く判断力、流石としか言いようがないな】
戦闘が終わるやいなや、チャット欄は視聴者たちの絶賛のコメントで埋め尽くされた。
俺は息を整えながら、魔獣が消えたあとにポロリと残されたドロップアイテムを回収しつつ、その場に崩れ落ちそうになっていた少女の元へと歩み寄った。
「おい、大丈夫か?」
俺が手を差し伸べると、少女はゆっくりと顔を上げた。
そこにあったのは、見事なまでの黄金色の髪と、吸い込まれそうなほど澄んだ碧い瞳を持つ、まるで絵画から抜け出してきたかのような気品あふれる美しい顔立ちだった。
少女は驚いたように目をパチクリとさせたあと、ふるふると震える小さな両手で俺の手を取って立ち上がった。
「あ……ありがとうございます……。助けていただいた恩は、一生忘れません……!」
「怪我はないか? あんな化け物に絡め取られて、相当怖かったろ」
「はい、お陰さまで……あ、あの!」
少女はスカートの裾を軽くつまんで、品よく優雅な一礼をした。その振る舞いには、どこか一般の人間とは違う、育ちの良さと神聖な雰囲気が漂っている。
「私は……ウェリアタース王国の国民の、ティアナといいます」
「ティアナか。俺はユウだ。こっちは相棒のシオンと、ナビゲーターのライムだ」
シオンが優しく微笑みながら「怪我がなくて本当によかったわね」と声をかけると、ティアナと呼ばれた金髪の少女はホッとしたように小さく息をついた。
「シオンさん、ライムさん、ありがとうございます……。あの、実は私……」
ティアナは周囲の鬱蒼とした森を不安げに見回しながら、切なげに眉をひそめた。
「神により、次代の聖女に選定されて目覚めたのです……。それで、本来であれば正式にサンクトゥス神聖国に迎えられることになっておりまして、専用の馬車で向かっていたところなのですが……」
「サンクトゥス神聖国へ馬車で移動してたってことか?」
「はい。ですが……」
ティアナの碧い瞳に、悔し涙のような微かな光が宿る。
「私が聖女として民の象徴となり、サンクトゥス教の求心力が増すのを恐れたのでしょう……。ノーヴァ・マグヌス帝国の差し向けた刺客に、突如として馬車が襲撃されてしまったのです」
【──ッ!? 帝国の刺客だと……!?】
【待って、急にストーリーのスケールデカくなって草】
【ノーヴァ・マグヌス帝国って、確かこの世界の大国の一つじゃなかったか?】
【安倍ノ家:ほう……ウェリアタースの次代の聖女と、サンクトゥス神聖国、そしてノーヴァ・マグヌス帝国の政治的対立か。これは完全に大型メインシナリオの伏線だな。実に興味深い】
【灰かぶりうさぎ:聖女様御一行が帝国に襲撃されるとか、ガチでハードモードの昼ドラ展開すぎて最高にワクワクしてきた……!】
【シグレ:聖女様襲撃事件って、急に穏やかじゃない展開になってない? 帝国とか神聖国とか、これ絶対巻き込まれるやつじゃん……!】
視聴者たちのコメント欄も、突然飛び込んできた重厚な世界情勢の話題に一気にざわめき立つ。
「それでどうなったんだ?」
俺が続きを促すと、ティアナは唇を噛み締めながら首を横に振った。
「いざという時のために、側近たちから持たされていた『緊急用転移結晶』でその場から逃走しようとしたのですが……逃げる最中、刺客の放った強力な空間干渉魔法の直撃を受けてしまい、転移場所の座標がめちゃくちゃに書き換えられてしまったのです……。気がついた時には、この誰もいない見知らぬ魔獣だらけの森の中に放り出されていて……」
そこまで言うと、ティアナはたまらなくなったように両手で顔を覆い、小さく震えた。
さっきまでアルラウネに命を狙われて恐怖に怯えていた緊張の糸が、ようやく切れたのだろう。
「そうか……それは災難だったな。一人でこんな魔獣の巣窟をさまよっていたら、さっきの化け物の餌食になるのも時間の問題だったわけだ」
俺が腕を組みながら難しい顔をしていると、シオンがふっと優しい笑みを浮かべ、ティアナの肩にそっと手を置いた。
「安心しなさい、ティアナ。もう大丈夫よ。私たちは今、このアストライア島を拠点に大きなプロジェクトを進めているところなの。もし行き場がないなら──」
シオンは俺の方をちらりと見やり、それから再びティアナにまっすぐな視線を向けた。
「そういうことなら、俺たちの仲間になるといい」
「え……?」
ティアナは驚いたように碧い瞳を大きく見開き、俺とシオンの顔を交互に凝視した。
「い、いいのですか……? 私は、帝国の者たちから狙われている身なのですよ? そんな危険な私を仲間になんて加えたら、あなたたちまで……」
「気にするな。俺たちはこれまでだってもっと面倒な連中やバケモノどもを相手にしてきたんだ。帝国の刺客だろうが何だろうが、来るなら返り討ちにしてやるさ」
俺が不敵に笑いながらそう言うと、シオンも力強くうなずいた。
「そうよ。困ったときは互いに助け合うのが私たちの流儀だわ。それに、ティアナ……あなたから発せられるその清らかな魔力と気配……ただの人間じゃないわね?」
シオンの鋭い指摘に、ティアナは少しだけ目を見張り、そして観念したように小さく息をついて微笑んだ。
「……さすがはシオンさん、ですね。隠すわけではありませんが、私は神に選ばれし聖女としての覚醒の途上にあります。私の持つ祈りの力や聖属性の加護は、これからあなたたちが挑むであろう過酷な戦いや、未知の領域の探索においても、必ずやお役に立てるはずです」
ティアナが両手を胸の前でそっと組み、祈るようなポーズをとると、彼女の身体の周囲にふわりと温かく神聖な金色の光の粒子が満ちていった。
その瞬間、周囲の鬱蒼とした薄暗い森の空気が一瞬で浄化され、肌を撫でる風が驚くほど心地よく爽やかなものへと変わる。
「す、すごいです……! ティアナ様の聖女としての力、周囲の魔力濃度を完全に書き換えてしまいましたよ!」
ライムが目を丸くしながら、数値化された聖属性のバフ効果のデータを次々と読み上げていく。
【聖女加入キタああああああああああ!!】
【マジかよ仲間が増えたぞ!!】
【聖女のバフ能力、エグい数値出てて草】
【灰かぶりうさぎ:金髪碧眼の聖女様……! シオン様とはまた違う王道のヒロイン属性が追加されて、私の推しカプの未来が無限に広がってしまったんだがどうしてくれる!?】
【シグレ:わーい! 仲間が増えたね! ティアナちゃん、よろしくお願い! お肉好き!?》
【シグレちゃん初対面で肉の勧誘すんなwww】
コメント欄の爆笑と歓声の渦をよそに、俺は手を差し出した。
「よろしく頼むよ、ティアナ。きっとすぐに馴染めるさ」
「はい……! ユウさん、シオンさん、ライムさん、本当にありがとうございます。私のこの命と聖女の力、これからは皆さんのために使わせてください!」
ティアナは嬉し涙を拭いながら、しっかりと俺の手を握り返した。
深緑の森の木漏れ日が、新しく仲間となった少女の金髪を優しく照らし出す。
アストライア島での戦艦建造計画、北部霊峰の古龍討伐、そして動き出した帝国の影と聖女を巡る巨大な運命の歯車──。
新たな仲間を迎え入れた俺たちのパーティは、さらなる高みと、まだ見ぬ外洋の果てへ向けて、確かな一歩を踏み出し始めたのだった。




