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第38話 始動、素材調達狂騒曲、空と海の開拓前夜


『同時接続者数、最終ピーク時15万5千人を突破しました! チャンネル登録者数も今回の配信だけで一気に一万五千人増えていまーす!  マスター、大成功ですよ!』


 ライムが両手をパッと広げ、興奮冷めやらぬといった様子でクルリと一回転した。

 配信用のマスターコントロールパネルの周囲には、未だに『すごすぎんだろこのスケール』『古龍討伐とかガチで命がけじゃん』といった弾幕の残滓が、名残惜しげにキラキラと光の粒子となってフワフワと漂っている。


 深夜の『星霜の神殿』に響いていた喧騒が、パブリックモードの切断とともにスッと引いていく。

 急激に静まり返った巨大な地下造船ドックの中には、青白いスタンバイランプの明滅と、未完成の魔導戦艦・アストライア級のキール(竜骨)が放つ重厚な金属音だけが低く響いていた。


「ああ、みんなのおかげで最高の形で『聖域の門』の解放とプロジェクトの第一歩を配信できたな。お疲れ様、ライム、シオン」


 俺はコントロールコンソールから手を離し、小さく息をつきながら振り返った。

 隣では、シオンが手にしていた銀光を放つ片手剣をゆっくりと鞘へと納め、ふっと柔らかく緊張を解くような笑みを浮かべていた。彼女の纏うアーク・エルフの衣装の裾が、ドックの冷たい微風に揺れてかすかな衣擦れの音を立てる。


「お疲れ様、ユウ。配信中のコメント欄の盛り上がり、すごかったわね。みんな私たちの挑戦に本気でワクワクしてくれてるのが、肌で伝わってきたわ」


 シオンは碧い瞳を輝かせながら、目の前にそびえ立つ巨大な骨組みを見上げる。その表情には、夕方のルキウス戦を乗り越えた者特有の、揺るぎない自信と強さが宿っていた。


「そうだな。だけど、感動に浸っていられるのはここまでだ。配信が終わった瞬間から、『エグい素材集め』のリアルな過酷さが始まるんだからな」


 俺が苦笑すると、ライムは「そうですよ!」とキリッと表情を引き締めて、空中に巨大な物資調達リストのウィンドウをズラリと展開した。


「マスター、私たちがこれから血と汗と涙の結晶として集めなければならない『魔導戦艦・アストライア級建造計画──必要素材リスト完全版』です!』


 ライムが指し示したウィンドウには、先ほどの配信でも話題騒然となった、あまりにも途方もない数字とアイテム名がずらりと並んでいた。


 ドックの中央に投影された半透明の巨大リスト。その光が、俺たちの真剣な顔立ちを青白く照らし出す。


「……こうして改めて文字で見ると、やっぱり頭が痛くなりそうな物資の量だな」


 俺は腕を組み、リストの一行目をじっと見つめた。



 外装・船体フレーム: 神代軽量チタン合金(五〇〇〇トン)、浮遊石の塊(三〇〇個)、高純度星晶石(一万個)

 推進・駆動機関メインエンジン: 古代竜の逆鱗(一二枚)、虚空の翼膜(二〇枚)、マナ導電超伝導ケーブル(五〇〇キロ分)

 防衛・武装システム: 粒子収束砲塔ユニット(四基)、自動迎撃魔法陣盤(五〇基)、水晶コア製対空シールドジェネレーター(八基)

 中枢動力コア(マナ・コア): 『古代竜級』の超巨大魔石(一基※必須)



「ねえ、ユウ。この中の『神代軽量チタン合金』と『マナ導電超伝導ケーブル』に関しては、アストライア島の地下プラントのオートマタ製造ラインを修復して、ユウが持っている錬金術のスキルと星晶石の粉末を掛け合わせれば、島内で自社生産の体制が作れるのよね?」


 シオンが理路整然と現状の分析を口にする。彼女は戦闘だけでなく、こうした戦術的なリソース管理やロジスティクスの把握も非常に早い。


「ああ、その通りだ。幸い、俺の固有スキル〈錬金創成〉と、このドックに残されていた旧時代のオートマタ制御端末をリンクさせれば、基礎素材の精製やケーブルの量産ラインは数日であらかた形にできる。問題は、やっぱり、自社生産じゃどうにもならない『現地調達&ボス討伐必須』のレア素材の数々だな」


 俺の言葉に、ライムが小さくうなずいて同意する。


「その通りです、マスター! b例えば『浮遊石の塊』を三〇〇個集めるには、島を囲む低空の雲海エリアや垂直懸崖に生息する飛行型魔獣『スカイ・ストーカー』の群れを根こそぎ狩り尽くさなければなりませんし、夜間の外海に出現する『虚空の翼膜』を狙うなら、次元の裂け目(ティアーズ)から飛び出してくるステルス型の夜行性魔獣を罠にハメて正確に仕留める高度な索敵が必要になります!』


「それに、北部の霊峰の山頂にいる古龍種から『古代竜の逆鱗』を十二枚も剥ぎ取ってその魔石を手に入れるだなんて、まさに一筋縄ではいかないわね。相手は伝説の巨獣よ。私とユウ、そしてライムの三人だけで挑むには、事前の装備の強化と綿密なハント計画が絶対に不可欠だわ」


 シオンの言葉に、俺は深くうなずき返す。


「決まりだな。まずはフェーズごとに役割を分担しよう。第一段階として、俺はドック内のプラント施設のハッキングと、『神代軽量チタン合金』の精製ライン、および『超伝導ケーブル』の量産体制の構築に集中する。シオンは、島の中央高山地帯での『浮遊石の塊』の回収と、周辺海域の魔獣の動向調査。ライムは、ドックのメインコンピュータの全システム修復と、次に解放すべき『星屑の洞窟』の採掘ポイントの正確なスキャンを担当してくれ」

 

 俺がそう言って手を差し出すと、シオンとライムは迷うことなくその手に自分たちの手を重ね合わせた。


「了解したわ。私の魔法戦士としての剣技とアーク・エルフとしての機動力、すべてこの素材集めに捧げるわね」


「ライムにお任せください! メインシステムの修復も、素材ドロップ率のデータ分析も、完璧にこなしてみせちゃいます!」


 三人の手がしっかりと組み合わさり、ドックの冷たい空気が確かな絆の熱気で満たされていく。


 方針が決まれば、行動は早かった。

 俺たちは一度アストライア島の地上部、かつてルキウスとの死闘を繰り広げた広場へと戻り、そこから地下に新しく拡張された『アルケミスト専用の地下工房』へと陣地を移した。


 石造りの壁に囲まれた広大な工房の中には、旧時代の神秘的な魔導炉(マナ・ファクトリー)が鎮座している。

 俺は作業用のレザージャケットの袖をまくり上げ、無数の魔導回路がむき出しになったコントロールパネルの前に陣取った。手には即席の錬成ナイフと、高精度の調整用レンチが握られている。


「よし……初期ブートシーケンス、開始。魔力回路、接続完了。固有スキル〈錬金創成〉、出力全開!」


 俺が念じながら両手をコンソールに叩き込むと、手のひらから眩い青白き光の粒子が滝のように噴き出し、炉の内部へと吸い込まれていった。

 ──ゴウン、と地響きのような低音が工房の床を揺らす。これまで完全に沈黙していた旧時代の製造アームが、一斉にカチリと硬質な音を立てて目を覚ました。


「す、すごい……!  マスター、炉の内部温度が一気に規定値まで上昇しました!  鉱石投入口のロックが解除され、自動精製プロセスが稼働し始めています!」


 ライムが次々と流れ込んでくるステータスデータの数々を読み上げていく。


 ベルトコンベアの上を、島内の地下鉱脈から採掘されたばかりの粗末な鉄鉱石とレアメタルが流れていき、極高熱の魔導炎に包まれてみるみるうちに純度を高められていく。

 そして、その端からは、光り輝く『神代軽量チタン合金』の分厚い装甲板が、規則正しいリズムで次々とプレス成型されてスタックされていった。


「まずは第一段階のフレーム素材の自社生産ラインが安定稼働したな……これなら、数週間で予定量の半分は確保できる」


 額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、俺はふうと大きく息をついた。

 隣の作業台では、シオンが自らの片手剣のメンテナンスを行っていた。彼女は油砥石を使って刃先を丹念に磨き上げながら、時折、窓の外に広がる夜明け前の水平線をじっと見つめている。


「ユウ、ちょっとこっちに来てみて。外の海の色が変わってきたわ」


 シオンに促されて工房の採光窓へと歩み寄ると、アストライア島を囲む深い夜の闇が、ゆっくりと群青色から淡い茜色のグラデーションへと移り変わろうとしていた。


 世界の境界線が夜から朝へと切り替わるその瞬間。空と海の狭間には、これから俺たちが挑むべき数々の試練──雲海エリアの浮遊島や、北部の霊峰のシルエットが、どこか神々しく、そして険しくそびえ立っているのが見えた。


 数時間後。ゲーム内の時間ですっかり明るくなった朝の光の中、俺たちはアストライア島の中央高山地帯へと足を踏み入れていた。


「うわあ……!  ここ、風がすごく強いです!  皆さん、足元に気をつけてくださいね!」


 強烈な山おろしの風が吹き抜ける垂直懸崖の足場で、ライムがスカートの裾を両手で押さえる。


 周囲に広がるのは、島をすっぽりと包み込むように漂う低空の雲海エリアだ。その雲の切れ間には、重力に逆らうようにふわりふわりと浮遊している奇妙な岩塊──『浮遊島のかけら』が無数に点在している。


 そして、その浮遊島の間を縫うようにして、鋭い翼を広げた飛行型の魔獣──『スカイ・ストーカー』の群れが、獲物を探して不気味な鳴き声を上げて旋回していた。


「ターゲット確認。あそこの一番大きな浮遊島の洞窟に、目的の『浮遊石の塊』の原石が露出しているわ。しかも、護衛の魔獣が五匹……ちょうどいい腕慣らしね」


 シオンはすでに戦闘態勢に入っていた。彼女の纏うエルフ衣装が風を受け、その引き締まった体躯としなやかな身のこなしが一段と映える。彼女が右手で握る片手剣は、朝の太陽光を反射して鋭い殺気を放っていた。


「頼むぜ、シオン。俺はこの高台から錬金術の支援魔法と拘束ネットでサポートする。ライムは周囲の索敵とドロップアイテムの回収を頼む!」


「了解です!  敵の飛行軌道を完全に予測して、マスターの足元を死守しちゃいます!」


 俺がインベントリから特製の『魔導拘束ネット・ランチャー』を構えると同時に、シオンが地面を蹴って跳んだ。

 彼女の身体はまるで蝶のように軽やかに宙を舞い、最初の一匹の『スカイ・ストーカー』の背中へと一気に肉薄する。


「逃がさないわ!」


 シオンが鋭く叫び、その剣が一閃。

 純白に輝く魔法剣の斬撃が魔獣の硬質な翼の付け根を正確無比に捉え、鮮やかなエフェクトとともに風を切り裂いた。魔獣が断末魔の鳴き声を上げながら雲海の彼方へと落下していく。


「すごい見事な連携……!  次はこっちの群れだ!」

 俺は狙いを定め、ランチャーのトリガーを引いた。

 放たれた魔導ネットが空中でパッと広がり、別の方向から襲いかかろうとしていた二匹の飛行型魔獣の動きをガッチリと捕縛して岩肌へと叩きつける。その隙を逃さず、シオンが流れるような連続突きを叩き込み、次々と無力化していった。


 次々と撃破される魔獣たち。その残骸から、ポロポロと眩い光を放つ『浮遊石の塊』の原石や上質な素材が零れ落ちる。それをライムが「回収完了です! いい質の石がゴロゴロ取れてますよ!」と嬉しそうにインベントリへ放り込んでいく。



【システム通知:飛行型魔獣『スカイ・ストーカー』の群れの討伐に成功しました】


【経験値を獲得し、パーティーメンバーのレベルが上昇しました!】


 プレイヤー名:ユウ レベル:36(+2UP)

 プレイヤー名:シオン レベル:36(+

2UP)

 プレイヤー名:ライム レベル:35(+2 UP)



 地上での生産ライン稼働と、高山地帯での第一の素材回収。

 その順調な滑り出しに、俺たちの胸のうちは確かな手応えと、これから始まる本格的な大航海への高揚感で満たされていくのだった。



   §



 数時間の激しい素材集めと狩猟を終え、夕暮れが再びアストライア島を包み込む頃。

 俺たちは無事に初期ノルマ分の『浮遊石の塊』と周辺素材を持ち帰り、地下造船ドックの作業テーブルの上にドサリと積み上げた。


「ふう……今日はここまでだな。いや、我ながら最高のペースで初動がクリアできたんじゃないか?」


 俺が汗を拭いながら椅子に腰掛け言うと、シオンも満足そうに剣を鞘に納め、隣で小さく微笑んだ。


「ええ、そうね。でも、これはまだ全体の序の口にすぎないわ。明日は北部の霊峰に生息する古龍種──『古代竜の逆鱗』を狙うための事前準備と、星屑の洞窟での高純度星晶石の採掘が待っているのよ?」


「もちろんだ。あいつらは一筋縄じゃいかない相手だからこそ、しっかり準備を整えてから挑まないと足元をすくわれる。だけど、俺たち三人のパーティなら、どんなエグい素材だろうと絶対に集めきってやるさ」


 俺が力強く宣言すると、ライムは両手を胸の前でギュッと握り締め、満面の笑みで大きくうなずいた。


「はいっ!  マスター、シオン様、私たちが力を合わせれば不可能なんてありません! この世界で一番すごい魔導戦艦を完成させて、絶対に誰も見たことのない外洋の果てへ漕ぎ出しましょう!」


 ドックの奥深くで、未完成の戦艦のフレームが青白い光を放ちながら静かに脈打つ。

 空と海を繋ぐ壮大な航海譚は、今、確実にその第一歩を刻み始めていた。


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