第19話 明かされる世界の裏側と、新たな朝の目覚め
『電脳遊戯部チャンネル』の記念すべき初日配信が、感動的なキャンプファイヤーの夜のエンディングとともに幕を閉じてから数時間。
現実世界における深夜の時刻。
多くの人々が深い眠りにつく中、ネットの海──特にSNSや大手動画プラットフォームの裏側では、たった今終わったばかりの配信の余波が、まるで巨大な津波のように猛威を振るい続けていた。
「……ちょっと待って、これ、本当にただの高校の部活の配信だったの……?」
現実世界の自室、ベッドの上で夜な夜なスマホの画面をスクロールしていた一人のゲーム系インフルエンサーが、信じられないものを見るような目をしながら絶句していた。
SNSのトレンドワード上位は、『#電脳遊戯部』、『#水底の神殿』、『#アストラクリスタルブレード』、『#オートマタのライムちゃん』といった関連ワードで完全に占拠されている。 同時接続数7万人という数字だけでもインディーや部活の枠を遥かに超えていたが、配信終了直後のアーカイブ再生回数は、わずか数時間で優に30万回を突破していた。
大手ゲームメディアの速報記事や、有名ストリーマーたちによる『あの神回の考察配信』が次々と立ち上がり、ネットニュースのトップ画面には『謎の未踏孤島と伝説のアルケミスト、VRMMOの歴史を変える新星現る!』という大見出しが躍っている。
学校側の反応も凄まじかった。
翌朝の職員室。
いつものようにコーヒーを飲みながら優雅に出勤してきた井ノ原先生は、職員室のパソコンでネットニュースを開いた瞬間、口に含んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。
「お、おい……! なんだこれ……! 朝日新聞のデジタル版にうちの部活がデカデカと載ってるぞ……!? しかも『日本VRMMO界の新たな至宝』とか書かれてるんだが……っ!?」
職員室の他の教師たちがどよめき、校長先生までが「ほう、我が校の電脳遊戯部がそんな快挙を……」と目を丸くして見物にやってくる始末だった。
昨日の今日で学校全体の風景が一変してしまうほどの社会的衝撃を、俺たちは知らず知らずのうちに引き起こしていたのである。
一方その頃、VRMMO〈LWO〉内の世界。
現実の夜が明け、ゲーム内の未踏孤島にも眩しい朝の光が差し込んでいていた。
「ん……あ……」
俺は、昨夜キャンプファイヤーを囲んでそのまま眠り込んだ『アストラ・ベース』の湖畔の特設ベッドの上で、心地よい鳥のさえずりとともにゆっくりとまぶたを開いた。
VRMMOの完全感覚同期機能のおかげで、ただのゲーム内睡眠とは思えないほどの深いリフレッシュ感と、朝の爽やかな冷気が全身の皮膚を心地よく撫でる感覚がリアルに伝わってくる。
昨日は学校から帰宅して夕食を済ませた後、再びログインしてラボにこもり、色々と試行錯誤しながら新しいアイテムの錬成に没頭していたのだった。
その作業の途中、シオンとライムもそばに寄り添い、温かく見守られながら手際よく素材を組み合わせていき、納得のいく成果物をいくつも生み出すことができた。
その充実した疲労感のまま、ラボの設備でひとしきり作業を終えたあと、そのままゲーム内の特設ベッドに潜り込んで睡眠をとっていたのだ。
「おはよう、マスター。よく眠れましたか?」
視線を向けると、そこにはすでに完璧なメンテナンスを終えた様子のライムが立っていた。 彼女のライムグリーンの髪が朝の陽光を浴びてキラキラと輝き、その黄緑色の瞳には、朝一番の起動直後からマスターである俺の健康状態を気遣う温かな光が宿っている。
「ああ、おはようライム。めちゃくちゃぐっすり眠れたよ。昨日の今日で、まだ頭が夢心地だけどな」
俺が苦笑いしながら上半身を起こすと、すぐ近くの焚き火跡の脇で、シオンが新調したばかりの『アストラ・クリスタル・ブレード』を丁寧に手入れしている姿が目に入った。
「あら、ユウ、やっと起きたのね。おはよう。……ふふ、見てちょうだいこの剣。朝の光を受けると、昨日の夜よりも一層マナの循環がスムーズになってるわ。これなら、今日の探索はどんな強敵が出てきても一撃で両断できそうよ」
シオンは満足げに微笑みながら、凛とした美しさをたたえた複合剣を鞘に納めた。
その生き生きとした表情からは、昨日の激闘の疲れなど微塵も感じられない。
むしろ、この新しい世界での冒険に対する期待と闘志が、彼女の内側からあふれ出ているのが手に取るようにわかる。
「おはよう、シオン。すっかり調子良さそうだな。……さて、昨日の初日配信であれだけの反響があったんだ。今日の二日目も、絶対にリスナーたちが待ち構えているはずだぞ」
俺がそう言って配信用のシステムパネルを起動させると、案の定、配信開始の待機画面を設定した瞬間から、まだかまだかと待ち構えていた数千人規模のリスナーたちが一斉に雪崩れ込んできた。
【キタ━━━(゜∀゜)━━━!! 待ってました朝活配信!!】
【昨日の今日で、ネット中が大騒ぎになってるぞ主! 自覚あるか!?】
【おはようシオンちゃん! おはようライムちゃん! 今日はどこを探索するんだ!?】
【昨日のバッファローの肉が忘れられなくて、朝からヨダレが止まらない助けてくれ】
画面の向こうのコメント欄は、朝からすでに全開のテンションで盛り上がっていた。
チャンネル登録者数を確認すると、なんと昨日の時点で10万人だったはずのカウンターが、一夜明けてさらに跳ね上がり、『15万人』を突破しようかという勢いになっている。
「みんな、おはよう! 『電脳遊戯部チャンネル』、二日目の生配信をこれより開始するぞ!」
俺がカメラに向かって元気よく手を振ると、コメント欄は瞬く間に「おはよう!」「待ってました!」の弾幕で埋め尽くされた。
「さて、昨日は水底の神殿と『星詠みのアルケミー・ラボ』を発見して最高の拠点を作ったわけだけど……今日はこの未踏孤島のさらに奥、地図の未踏領域へと踏み込んでいく。みんな、準備はいいか?」
俺のその言葉に、シオンとライムは力強く頷き返した。
アストラ・ベースを後にした俺たちは、島の中心部からさらに北東へと伸びる、古代の石畳の古道を歩いていた。
周囲の木々はますます深く鬱蒼とし、現実世界ではお目にかかれないような巨大な光るシダ植物や、空中にふんわりと浮遊する不思議な胞子を放つ植物群落が、幻想的な雰囲気を醸し出している。
「ねぇ、ユウ。この石畳……ただの道じゃないわね。人工的に綺麗に舗装されているし、ところどころに古代の魔法文明の刻印が残っているわ」
シオンが足元に刻まれた幾何学模様の紋様を指差しながら、警戒を怠らない足取りで周囲を見回す。
ライムも小型のホログラムスキャナーを展開し、前方の大気中の魔力濃度をリアルタイムで解析していた。
「前方約500メートルに、大規模な古代の構造物反応を検知……ただし、通常の石造建築物ではなく、高密度の防衛結界に守られた『未踏の遺跡エリア』の可能性が高いです、マスター」
ライムの報告を聞き、俺は足を止め、注意深く前方の茂みをかき分けた。
そこに広がっていたのは、緑豊かな森の中に突如として姿を現した、巨大な円形の闘技場──『古代王家の試練場』の廃墟だった。
崩れかけた観客席の石柱と、中央に鎮座する苔むした巨大な闘技ステージ。
そのステージの上には、何やら見覚えのある、けれどバッファローよりも遥かに禍々しいオーラを放つ影が、静かに佇んでいた。
名称: 守護魔獣『ガーディアン・キメラ』(推奨Lv.13・ボスエネミー)
属性: 炎・闇(※強力なブレス攻撃と高い物理防御力を誇る)
特性: 古代の試練場を守護するために造り出された生体魔獣の最高傑作。獅子の頭、山羊の胴体、そして蛇の尾を持つ複合型モンスター。圧倒的な手数と状態異常を伴う攻撃が脅威。
弱点: 氷・光属性(※弱点属性の攻撃を当てると一定時間のダウン状態を引き起こす)、および頭部中央の魔力コア。
主なドロップ・剥ぎ取り素材: 『キメラの業火獣皮』、『魔獣の双頭角』、『猛毒の蛇尾』、『古代王家の試練の証』
「まじか……いきなり本格的なボス級のエネミーのお出ましってわけか!」
俺が思わず声を漏らすと、コメント欄は一瞬にして歓喜の絶叫に染まった。
【キタキタキタキタ!! ボス戦キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!】
【推奨Lv.13とか書いてあるぞ!? 主たちのレベルで勝てるのかこれ……!?】
【シオンちゃんの新武器とライムちゃんのサポートが試される時が来たな……! がんばれ電脳遊戯部!!】
【安倍ノ家:……ふむ。二日目にして推奨Lv.13の固有ボスエネミーの配置か。しかも未実装エリアの動的開放に連動したフラグボス……。彼らがこの試練をどう攻略するか、実に興味深い観測対象だな】
【おい、今日もちゃっかり安倍ノ家が最前列で解説始めてて草】
【安倍ノ家が注目してるってことは、このキメラ戦絶対ヤバい隠しギミックがあるぞ……!】
キメラの巨体がゆっくりと動き出し、深紅の瞳をこちらに向けた。
喉の奥からゴロゴロと地響きのような唸り声が響き渡り、周囲の空気が一瞬で沸騰するように熱を帯びていく。
「ふふっ……いいじゃない! 昨日の今日で、ちょうど腕が鳴るところだったところよ!」
シオンは笑みを浮かべると、『アストラ・クリスタル・ブレード』の柄を固く握り締め、一歩前へと踏み出した。
刀身に宿ったマナ・クリスタルが眩い純白の光を放ち、戦闘態勢が完全に整ったことを告げる。
「マスター、シオンさん。敵の熱源および魔力パターンの分析完了しました。戦闘のサポート、および私の固有スキルによる結界展開を開始します!」
ライムの両手から無数の青い魔法回路が展開され、俺たちの足元に強力な強化バフの光輪が広がっていく。
「よし……! 総力を挙げてこのボスをぶっ倒すぞ!!」
俺が叫んだその瞬間、ガーディアン・キメラが凄まじい咆哮とともに、紅蓮の炎を纏いながらこちらへ向かって猛然と突進してきた。
伝説の幕を開けた電脳遊戯部の、二日目の激闘がいま、盛大に火蓋を切落されたのだった。




