第16話 伝説の始まりと、動き出すネット世界の波
『電脳遊戯部チャンネル』の同時接続数が『50,000人』を突破した瞬間、視界の隅に浮かぶ配信用のシステムモニターが、まるで祝福するかのように眩しい黄金色のエフェクトを弾けさせた。
「……ご、五万……?」
俺は思わず自分の目を疑い、数字の桁を二度見した。
インディーゲームの個人配信や、学校の部活が立ち上げたばかりのチャンネルで、同時接続数5万人という数字はもはや異常値だった。
VRMMOの歴史全体を見渡しても、正式リリース前のクローズド環境や、開拓初期の段階でこれほどの爆発的な同接を叩き出した前例はほとんどない。
しかも〈LWO〉は時間加速システムを搭載しているため、リアルタイム配信を見ようとしたら、〈マギア・リンカー〉が必須になるのだ。
そう考えると、この数字がいかに凄いかが分かるというものだろう。
【おいおいおいおい、マジで同接5万超えたぞ!!】
【これもう今日のネットニュースのトップ記事確定だろ……!】
【大手ギルドの公式配信より人集まってて草。伝説の瞬間を目撃してしまったかもしれん】
【主、もうただの一般高校生じゃなくて立派な『伝説の配信者』じゃねえか……!】
【安倍ノ家:……ふむ。初期配置の未実装エリアにおける動的セッションの連鎖、および高負荷な描画処理を伴うライブストリーミングの安定稼働。これだけのデータトラフィックを軽々と処理するバックエンドの挙動……まさか、この配信自体がシステム側の想定内だとでもいうのか。実に興味深い】
【おい、また安倍ノ家がとんでもねえ考察を落としていったぞ……!】
【システム側の想定内ってどういうことだよ、やっぱりこの島自体がデカい伏線なのか!?】
コメントビューアのスクロール速度は、もはや人間の動体視力では文字を追いきれないほどの光の滝と化していた。
飛び交うコメントの波が、水底の神殿の青白いクリスタル光と混ざり合い、幻想的な空間をより一層盛り上げている。
「ふふっ、すごいじゃないユウ。どうやら、画面の向こうの人間さんたちも、私たちの冒険にすっかり夢中みたいよ」
シオンは濡れた銀髪を軽く手で払いながら、満足げにふふっと鼻を鳴らした。
その姿には、先ほどまでの水着イベントで見せた可愛らしい照れくささは綺麗に消え去り、並み居る強敵を薙ぎ払ってきた『魔法戦士』としての誇らしい気品と自信が満ち溢れていた。
そして、そのシオンの隣で、新しく仲間になったオートマタの少女──ライムが、トコトコと軽い足音を立てながら俺の袖をそっと引っ張った。
「あの……マスター。この、空中に浮かんでいるたくさんの光の粒……あれは、すべて外の世界にいる『人間たち』の意思の表れ、なのですね?」
ライムの黄緑色の瞳が、驚きと好奇心に満ちた輝きを帯びながら、視界に広がるコメントの群れを見つめている。
長い間、誰も訪れないこの水底の神殿でただ静かに眠り、孤独にメンテナンスの周期を繰り返していた彼女にとって、世界中からリアルタイムで送られてくる無数の温かい声援は、何よりも眩しいものに映っているらしかった。
俺は優しく笑いながら、ライムのライムグリーンの小さな頭をそっと撫でた。
「ああ、そうだよ。みんな、俺たちの冒険を面白がって、こうして応援してくれているんだ。これからは、一人で寂しく待ち続ける必要なんてない。俺たちと一緒に、この広大な世界のあちこちを見て回ろうぜ」
「……はいっ! マスター、シオンさん……私、もう二度と孤独にはなりません。私のすべての演算能力と魔法回路を、あなたたちのために使います!」
ライムが満面の笑みを浮かべて小さくガッツポーズを作ると、コメント欄は一瞬にして「可愛すぎるだろ!」「ライムちゃん保護したい」「神回すぎて涙出てきた」という絶賛のコメントで埋め尽くされた。
だけど、感動の余韻に浸っている暇はなかった。
水底の神殿の最奥部、ライムが鎮座していた円形の広場のさらに背後──それまで青い障壁に閉ざされていた巨大な石造りの隠し扉が、ライムの正式な起動認証と同時に、ゴゴゴゴ……という重々しい機械音を響かせながら、ゆっくりと左右にスライドしてその姿を現したのだ。
【おっ!? 隠し扉が開いたぞ!!】
【ダンジョンの最奥エリア、あるいは次の階層への入口か……!?】
【主、武器の耐久値とポーションの在庫は大丈夫か? 気を引き締めていけよ!】
リスナーたちの興奮が再び最高潮に達する中、俺はインベントリを確認し、シオンとライムにアイコンタクトを送った。
「よし、みんな準備はいいな? ここから先は、さっきのバッファローとは比べ物にならない強敵や、未踏のギミックが待ち受けているかもしれない。気を引き締めていくぞ」
「任せてちょうだい。私の魔力刃が錆びないうちに、派手に暴れてあげるわ」
「解析と防御支援は私にお任せください。危険な罠があれば、事前にすべて解除してみせます」
二人の心強い返事を聞き、俺たちはゆっくりと、その開かれたばかりの闇へと足を踏み入れた。
隠し扉の向こうに広がっていたのは、驚くべきことに、かつてこの島が栄えていた時代の中央制御中枢──『星詠みのアルケミー・ラボ』と呼ばれる巨大な地下空間だった。
天井一面には、現実の夜空をそのまま切り取ったかのような精巧な天球儀のホログラムが回転しており、その中央には、見たこともない高純度のマナ・クリスタルが眩い光を放ちながら浮遊している。
そして、その周囲には、アルケミストである俺の知的好奇心を刺激してやまない、古代の超高度な錬成炉や、未知のレシピが刻まれた石板が無数に立ち並んでいた。
「すげえ……ここは……!」
俺は思わず足を止め、目の前に広がる光景に圧倒された。アルケミストというジョブの特性上、周囲の設備や魔力の流れが持つ意味が、他のどのジョブよりも直感的に理解できる。
ここにある設備を使えば、通常の街のショップでは絶対に手に入らないような、伝説級のアイテムや装備をクラフトできるかもしれない。
【おいおい、なんだこのサイバーパンクとファンタジーが融合したような空間は……!】
【主の目が完全に『ガチ勢のそれ』になってて草】
【ここでしか作れない限定装備とか絶対あるだろ! はやくレシピを漁ってくれ!!】
リスナーたちの期待に応えるように、俺はさっそくラボの中央にあるメインコンソールへと歩み寄り、自身のアルケミスト・スキルを接続させた。
──シュィィィン……という心地よい起動音とともに、俺の視界の隅に巨大なシステムウィンドウが展開される。
そこには、このラボに眠る数々の『失われた古代錬金術レシピ』のリストがずらりと並んでいた。
> 【解放された古代錬金術レシピ】
・『アストラ・クリスタル・ブレード』(物理・魔力複合型の片手剣。硬質獣皮と高純度マナクリスタルを融合させた一品)
・『星詠みのローブ』(魔法耐性と精神力を飛躍的に高める、高位クラフター向けの防具)
・『超活性ポーション・改』(通常の回復アイテムの3倍の効果を持ち、状態異常を完全に無効化する)
「マジか……これ、全部俺の今のレベルでも、素材さえ揃えればクラフトできるぞ……!」
俺が興奮気味に声を上げると、シオンも興味深そうにその画面を覗き込み、ふふっと美しい笑みを浮かべた。
「さすがは私たちのリーダーね。どうやら、この孤島に飛ばされたのは不幸な事故なんかじゃなくて、最初から私たちをこの場所に導くための『運命のシナリオ』だったみたいね」
「ふふ、そうかもしれませんね。この場所の防衛システムと魔力回路は、私が完全に同期・管理を代行しますから、マスターは安心して最高のアイテムを作ってください」
ライムが両手を軽くかざすと、ラボ全体のホログラムが鮮やかな青色に変わり、俺たちのためのクラフト環境が完璧に整えられた。
現実世界、そしてネットの海では、この配信の話題が瞬く間に拡散され始めていた。
大手SNSのトレンドワードには『#電脳遊戯部』『#水底の神殿』『#アストラヒューマン』といった関連キーワードが次々とランクインし、大手ゲームメディアや有名なストリーマーたちも、続々とこの配信のミラー視聴や同時接続を開始し始めている。
校内においても、井ノ原先生が職員室のパソコンの前で冷や汗を流しながら、「おいおい……あいつら、本当に大ごたえを起こしやがったぞ……!」と頭を抱えている姿が目に浮かぶようだった。
しかし、そんな外界の騒がしさなど知る由もない俺たちは、今まさに目の前の巨大な錬金炉に新たな素材を投入し、記念すべき『第一回クラフトチャレンジ』の真っ最中だった。
「よし、最後の仕上げだ……! シオンの魔法戦士用の新しい武器と、俺自身の戦闘用ガジェットを同時に錬成する!」
俺が両手を青白い錬金の光で包み込み、コンソールに魔力を流し込む。
ラボ全体の天球儀が激しく回転し、無数の光の粒子が俺たちの手元へと集まっていく。
──パーンッ! と心地よい音とともに光が弾けた後、そこに現れたのは、黒曜石の重厚感と純白の魔力光を帯びた、息を呑むほどに美しい一本の複合剣と、精密なアルケミスト用ガジェットだった。
「……すごい。手に持っただけで、体の底から底知れない魔力が湧き上がってくるわ……ありがとう、ユウ。最高の相棒よ」
シオンが新しく手に入れた『アストラ・クリスタル・ブレード』を軽やかに振るい、その鋭い軌跡にうっとりと見惚れる。
ライムも満足そうに拍手を送り、配信のコメント欄は「強すぎる!」「美しすぎるだろこの武器!」という歓声の嵐に包まれた。
俺はカメラに向かって大きく手を振り、笑顔で宣言した。
「みんな、観てくれたか? これが『電脳遊戯部』の本当の力だ。この未踏の孤島で、俺たちはただ生き残るだけじゃない。この世界のすべての秘密を暴き、誰よりも高い場所へと登り詰めてみせる!」
その力強い宣言に合わせ、同時接続数のカウンターは70,000人を突破し、さらに勢いを増していく。
『LWO開拓記』の第一章は、今、まさに伝説の幕を大きく開けたのだった。




