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第1話 星屑の砂浜と、バグじみた始まり




「さあ、いよいよ始まるんだ。俺の〈LWO〉が」


 サービス開始の瞬間を告げるデジタル時計の針が重なり合うのと同時に、俺は最新型のVRヘッドセット〈マギア・リンカー〉を頭から被り、その言葉を呟いた。こめかみに走る心地よい通電の感覚と、視界の隅で明滅する起動シークエンス。


「──ダイブ、イン」


 意識が急速に高みへと引き上げられ、肉体の重力が消え去っていく。


『ニューロ・リンク、正常接続。ヴァーチャル空間へダイブします』


 機械的な電子音声が告げる。


 俺──長嶺悠人(ながみねゆうと)が今から足を踏み入れようとしているのは、〈libertas(リベルタス)world(ワールド)online(オンライン)〉、通称──〈LWO〉。

 リベルタスとはラテン語で『自由』を意味する言葉だ。

 その名に違わず、このフルダイブ型VRMMORPGは、プレイヤーの選択と行動のすべてが物語を形作るという、圧倒的な自由度の高さを売りにしていた。

 グラフィックの質感、風の匂い、気候の変化、そして五感のすべてが現実と見紛うほどのリアリティを持って構築されているとのこと。

 すごく美麗だっていうからなあ……期待できる。


 世界観はオーソドックスな剣と魔法の中世的ファンタジーだが、最大の特徴は動画配信機能が標準搭載されている点だ。

 プレイヤーはゲーム内の視点をそのまま動画サイト上で生配信したり、ダイジェスト動画を投稿したりして、世界の反応を楽しむことができる。配信者文化とVRが完全に融合した、現代の最新娯楽の最前線だった。


 しかも時間加速タイム・アクセラレーション・システムのおかげで、現実世界の八倍の速さでゲーム内の時間が進む仕様になっていた。

 そのため、現実で半日眠っている間に、ゲーム内では四日分の濃密な冒険やクラフトの時間を費やすことができる。

 この時間効率の良さもゲーマーにとっては魅力の一つだよな。


 キャラクターメイキングで、俺は自分の名前をもじってプレイヤーネームを『ユウ』と設定した。


 次に訪れたのはジョブ選択のフェーズだ。最初に選べる基本ジョブは全部で七つ用意されている。


 ・戦士系:ソードマン(剣士)

 前衛の要。高い物理攻撃力と頑丈さを誇る。


 ・回復・支援系:クレリック(聖職者)

 パーティーの生命線。治癒魔法とバフのスペシャリスト。


 ・魔法攻撃系:ソーサラー(魔術師)

 広範囲の属性魔法で敵を焼き払う火力職。


 ・隠密・機動系:ローグ(盗賊 / 斥候)

 敵の裏を突き、索敵や罠解除を行うトリックスター。


 ・遠隔・狩猟系:アーチャー(弓使い)

  遠距離からの正確な射撃と罠で敵を寄せ付けない。


 ・近接・魔導系:マジックナイト(魔法戦士)

 近接戦闘の技術と属性魔法を融合させたハイブリッド職。剣技に魔力を纏わせることで、攻守のバランスに優れ、あらゆる状況に適応する。


 ・特殊・生産系:アルケミスト(錬金術師)

 薬の調合やアイテム作成、環境解析を担うクラフター。


 それらの輝かしい選択肢の中から、俺が事前に熟考して決めていたのは、あえて戦闘の主役ではない『アルケミスト』だった。


 その理由は大きく二つある。


 一つは、単純にものづくりやクラフト要素をじっくりと楽しみたかったから。どんな世界であっても、裏から支える職人としての立ち回りにロマンを感じる性分なのだ。


 そしてもう一つの、そして最大の理由は、このLWOが採用している特殊なシステムに魅力を感じたからに他ならない。それは、『プレイヤー自身の手先の器用さ(リアルの技術や感覚)』が、そのまま製品のクオリティに直結する」という点だった。

 完全オートでボタン一つで生成が完了するようなチープなものではなく、薬草をすり潰す力加減や、液体を混ぜる比率、魔力回路を描く軌跡といった細かな手作業の妙によって、同じステータスであってもより最高品質のアイテムを生み出すことができる。

 自分の指先の精度がそのまま価値になる──これほど知的好奇心を刺激される仕様はない。


 とまあ、以上の理由からアルケミストを選択し、次に待ち受けていたのは、スタート地点を選択するフェーズだった。


 この広大な大陸には、歴史や思想の異なる四つの大国が存在している。


 ・厳格な騎士道と豊かな森林に囲まれた『ウェリアタース王国』


 ・自由貿易と技術革新を謳う近代的なか『レギウス共和国』


 ・強大な軍事力と覇権主義を掲げる武闘派の『ノーヴァ・マグヌス帝国』


 ・伝統と法治の精神を重んじる格式高い『レギリア共和国』


 ・神聖な教義と厳かな雰囲気をまとう宗教国家の『サンクトゥス神聖国』


 プレイヤーは通常、この四つの国家のうちいずれかの首都、その中心にある大聖堂や転移広場から冒険を始めることになっている。


 けれど、俺はここで深く悩んだ末、あえて運を天に任せる「ランダム選択」のボタンを押した。

 どの国から始まっても、きっとそこには自分だけの面白いドラマが待っているはずだ。


 その決断を下した瞬間、設定画面が急速に切り替わり、眩い純白の光の奔流へと溶けていく。

 数え切れないほどのデータストリームがオーロラのように頭上を駆け抜け、鼓膜の奥で微かな電子音が心地よい調べを奏でていた。


 これから始まる新しい冒険への期待感で、胸の奥の鼓動が高鳴っていくのがわかる。


 ──重力が、戻ってくる。


 冷たい静寂の中、俺はゆっくりと、しかし確かな意志を持ってまぶたを開いた。

 だが、そこに広がっていたのは、石畳の街並みでも、荘厳な大聖堂の内部でもなかった。


「え……?」


 視界いっぱいに飛び込んできたのは、どこまでも続く青く澄んだ大海原。

 そして、足元には白い砂浜が広がり、穏やかな波しぶきがサラサラと音を立てて寄せては引いていく。

 頭上には見たこともないほどの鮮やかな青い空が広がり、背後には鬱蒼とした原生林が壁のようにそびえ立っていた。


「どの国で始めても、初期スタート地点は街の教会になるはずじゃあ……?」


 冷や汗が背筋を伝うような感覚を覚えながら、俺は困惑に怪訝な表情で首を捻った。

 仕様の変更か? それとも不具合か?


 何が起きているのか把握するため、まずは深呼吸をして、目の前に仮想ウィンドウを呼び出す。俺は震える指先で、自分のステータス画面を開いてみた。


 名前: ユウ

 種族: アストラ・ヒューマン 『星詠みの民』『古代人の末裔』『忘れられた血族』

 レベル: 3

 称号: 〈未知の開拓者〉 (探索系スキル経験値15%アップ)

 職業: アルケミスト (上位職派生条件・未達成)

 HP: 128 / 128 (自然回復力・微小)

 MP: 249 / 249 (自然回復力・小)


 【能力値】

 STR (筋力): 45 (物理攻撃・装備重量に影響)

 AGI (敏捷): 90 (移動速度・回避率に影響)

 VIT (耐久): 60 (物理防御・状態異常耐性に影響)

 INT (知力): 180 (魔法威力・調合成功率に影響)

 MND (精神): 110 (魔法防御・MP回復速度に影響)

 DEX (器用): 210 (アイテム作成・精密動作に影響)

 LUK (幸運): 75 (ドロップ率・クリティカル率に影響)


 【装備品】

 右手: 《アルケミストの錬金杖》 (INT +45, DEX +30)

 左手: 《素材採取用シルバーナイフ》 (DEX +10)

 頭: 《旅人のフード》 (視界確保・耐候性)

 胴: 《アルケミストのロングコート》 (属性耐性:火・雷 +10%, ポケット拡張)

 足: 《軽快なレザーブーツ》 (移動速度 +5%)

 アクセサリー: 《調合士の指輪》 (ポーション効果 +15%)


 【スキル一覧】

 【生産・特殊スキル】

 ・魔力干渉( 自らの魔力を対象の物質や草木の内部へ直接浸透させ、強制的に干渉・コントロールする技術)

 ・圧縮変換( 〈魔力干渉〉によって引き出した素材の成分や不純物を、高速かつ極限まで凝縮・再構築する技術)

 ・成分拡散(〈魔力干渉〉によって抽出・処理した素材の成分や薬効を、目に見えないほどの微細な粒子や霧状に変化させ、空間全体や特定の方向へ一斉に放散させる技術)

 ・分子構成調整(対象となる物質(植物や果実など)の分子レベルの結合を魔力で直接操作し、不要な成分や特定の味(余分な酸味や苦味など)を自在に書き換え・除去する技術)

 ・エッセンス・エクストラクション(対象の素材から純粋なエキス分や薬効、魔力回復を促す成分だけを、熱を一切加えずに高速で抽出・分離する高度な錬金術)

 ・上級調合 Lv.4 (ポーション・薬品の品質と生産数が向上)

 ・物質解析 Lv.7 (未知の素材の成分や弱点を看破する)

 ・物質錬成 Lv.5 (物質の形態、構造、性質を魔力によって変化させ、別の物質へと再構築する)

 ・合成鍛冶 Lv.3 (簡易的な装備品・触媒の作成が可能)

 ・アイテムボックス Lv.MAX (所持枠容量:最大・時間停止)


 【戦闘・回避スキル】

 ・短剣術 Lv.3 (サブウェポン用)

 ・ステップ Lv.6 (高敏捷を活かした連続回避)

 ・危険察知 Lv.5 (敵対視線の察知範囲拡大)

 【アクティブ効果】

 ・錬金術の極意: 調合アイテムの効果時間 1.5 倍

 ・疲労軽減: 長時間ログイン時のステータス低下無効

 ・安全地帯ボーナス: HP/MPの自然回復速度 2 倍


「アストラ・ヒューマン……?」


 声に出して呟く。

 プレイヤーの種族は、このゲームの仕様上、初期段階では一律で『ヒューマン』で統一されているはずだった。

 例外的な亜人種や上位種族が存在するとしても、それは何ヶ月も先のエンドコンテンツやアップデートで解放されるはずの代物だ。

 それなのに、俺のステータスには見慣れない文字が刻まれている。


 ──『星詠みの民』『古代人の末裔』『忘れられた血族』


 腕を見ると、星の光を象ったような紋様が刻まれている。


 ざわつく胸を押さえながら、俺は視線を背後の鬱蒼としたジャングルへと向けた。

 風が吹き抜け、葉擦れの音がざわめく。

 ふと、足元に目をやると、青々とした草木のなかに、一際異彩を放つ奇妙な植物が群生しているのが目に入った。

 好奇心と、アルケミストとしての血が疼く。俺はしゃがみ込み、その草に手を伸ばして解析スキルを発動させることにした。


[ SYSTEM : ANALYZING TARGET... ]

 Target: 《アストライア島特産・路傍の薄紫色の草》

 Skill Used: 【物質解析 Lv.7】 + 【星詠みの眼】

 Processing... [████████████] 100%

 【解析レポート:植物識別結果】

 名称 (Name): パルプ・アンチドート(通称:紫蝶草)

 分類 (Classification): 薬草系 / 弱毒・中和種

 危険度 (Danger Level): ランク E (接触による軽度の麻痺・かゆみ注意)

 【詳細スキャンデータ】

 【成分構成】

 中和性アルカロイド (62%)

 葉緑素・繊維質 (30%)

 毒素分解酵素(微量) (8%)

 【生態・特徴】

  古代アストラ文明の魔力汚染や星の遺構から漏れ出す微弱なエネルギーを何代にもわたって吸収し、『アストライア島』の固有種として突然変異を遂げた薬草。通常の陸地に自生する同種よりも毒性が少し強い代わりに、高位アルケミストの固有スキルによる魔力変換や分子操作を通すことで、道具を一切使わず即座に高品質の初級解毒薬へと精製・結晶化させる性質を持つ。また、星屑成分のおかげで微量のMP回復効果も付加される。

 【抽出・加工予測(アルケミスト専用データ)】

 〈|初級解毒ポーション 《Antidote Pill》〉 × 1〜2 (※道具なしのダイレクト錬金による完成品)

 〈純化された毒素微結晶〉 (※副産物。武器塗布用の麻痺毒として流用可能)


 視界に浮かんだウィンドウの文字を読み上げながら、俺は頭の中で地理情報を必死に反芻する。


「アストライア島……四つの国があるのはグランディール大陸だ……じゃあ、ここはそのどの国でもない、完全に地図の外にある島ってことなのか……?」


 頭の中に疑問符が幾重にも渦巻く。

 これは運営の仕掛けた大型イベントの導入部なのだろうか? それとも、ランダム選択を引き当てたことで低確率のシークレットエリアを引いてしまった、いわゆる『バグ』の一種なのだろうか?


 しかし、思考の海に浸っている暇はなかった。

 その時、背後に広がる鬱蒼とした森の奥深くから、重く、そしてどこか切迫した、誰かのくぐもった呻き声のようなものが聞こえてきた。



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