63 第一部最終話
本日2本目
「コンタクトです」
「化粧は菜々さんほどうまくありあせんが一応できます」
「はい。まさか兄妹だとは思わなくてびっくりしました」
送信。
「あのさ……また、飲みに誘ってもいいかな?」
あ……。
もしかして、黙っていたことをずいぶん気にしてますか?
全然気にしてないんですが。
「はい。もちろんです」
「えっと、いつものメンバーでとか」
いつものっていうことは……和臣さんも来るんですよね。
……。
「はい。また和臣さんがお店を探してくださるんでしょうか?」
つい、探りをいれるような文面を送信してしまう。
「あー、そうだね!あいつに店を探すように伝えておくよ!うん、そっか。よかった、よかった」
菜々さんが和臣さんに伝える……か。
そうですよね。二人は仲良しなんですよね……。
もう、二人が一緒の姿を見るのはつらいけれど、でも、今このタイミングで菜々さんの誘いを断ってしまったら……。
菜々さんはきっと、隠し事をしていたから私が怒って離れていったと思うでしょう。だから、断るわけにはいきません。
「あとさ、兄貴のことなんだけど……なんか、様子が変だったのは、事実を知って気が動転していたからで」
事実を知って?
事実を知られてというのの変換ミスでしょうか。
私も時々予測変換でうっかりミスしたまま気が付かないことがあります。
「分かりました。それほど、菜々さんと兄妹だという事実を知られたことに動揺したのですね。絶対他言しません」
もしかすると……。
黒崎さん目当ての女性が、菜々さんに迷惑をかけたりした過去があるのかもしれませんね。
「ありがとう。また連絡するね!」
次の日、職員用通用口でタイムカードを押して食堂に向かう途中。
「ひゃっ!」
曲がり角から急にビニール袋を持った手が出て来て思わず小さく悲鳴を上げる。
「ごめん。驚かすつもりはなかったんだ」
この声は、和臣さん……であるわけはなく、黒崎さん?
ぬっと、まがり角から長身の男が姿を現しました。
「ひゃっ!」
思わず2度目の悲鳴を上げます。
だ、だって……。
「ど、どうしたんですか?」
グラサンにマスクにニット帽……。
まるで銀行強盗でもしそうないでたちです。
いえ、グラサンにマスクにニット帽なのに、服はいつもの仕立てのよいスーツなので、むしろ銀行強盗以上の怪しさです。
「私の顔が……」
「顔?」
「苦手だと言っていたので、嫌われないようにと……」
あー。はい。
確かに、言いました。うっかり。
「私の言い方が悪かったです。謝ります。苦手って嫌いということではないんです。えっと、黒崎さんのように容姿の良い顔を見慣れていないので、ちょっと緊張するのです」
「嫌いでは、ない?」
黒崎さんの表情は見えませんが、ほっとしているような声が聞こえました。
「えーっと、ですから、見慣れれば苦手意識も減ると思うので、顔を隠すのはむしろ逆効果……」
というか、その姿で歩いていると、大学の評判が落ちるのでは……と、心配です。怪しい人がうろうろしていると。
あ、学生相談室にこもってうろうろはしないのでしょうか?
でも、コインランドリー設置のための打ち合わせや、就活メイク講座スタートに向けてとかいろいろ人とも会うんですよね?
サングラスとマスクとニット帽を取り、いつもの眼鏡姿の黒崎さんに戻りました。
「早く、慣れてくれるといいな……。会う回数が増えれば、慣れてくれる?」
「会う回数が増える?」
それって、学生相談室への呼び出しが増えるということでしょうか……。
目いっぱい遠慮したいです。
「回数の問題ではなくて、えーっと……あの、何か私に用事でしたか?仕事に遅れてしまうので」
「ご、ごめん。これが渡したくて」
先ほど曲がり角から差し出されたビニール袋を私の前に持ち上げて見せてきます。
「え?」
「お礼……としては、その、大したものじゃないけれど、あー……っと、白井さん、知らないみたいだったから」
知らないみたい?
お礼って、別に黒崎さんからお礼をもらう必要なんてないんですけど。
化粧を教えたのは学生だし。ちゃんと残業代出るみたいですし。
「と、とにかく、受け取って!じゃぁ、また!」
手に持たされました。
えーっと、押し売りでなく、押しプレゼント?
いや、プレゼントというには、その辺のスーパーで買い物したようなビニール袋に入った品はふさわしくありませんね。
袋の中身を取り出します。
「つけて味噌?献立いろいろ味噌?」
ケチャップやマヨネーズのようなチューブが一つと、ゼリータイプドリンクが入っているような形のパウチが一つ入っていました。
……。なんで、味噌?
……あ!
「も、もしかして!これが、ご意見で置いてほしいって言っていた味噌のこと?」
いろいろな料理にかけるだけ……。
そ、そうなんだ。
食堂にはソースとマヨネーズは置いてあります。ドレッシングもあります。
味噌も置いてほしいというのは、味噌汁ではなく、マヨネーズのように使えるこういう味噌のことだったんですね……。
うわー。
……。こ、これは確かに……。
知りませんでした。
おいてあれば、カツを頼めばソースじゃなくてこれを使うと味噌カツになるんですね。冷ややっこにも使えば味噌田楽風冷ややっこ……。
おいてあれば便利そうです。
あ、もしかして黒崎さん……。
ライバル君がどうのっていうメッセージを毎日のようにご意見箱に入れていましたし、掲示板を毎日チェックしてる?
それで、私が知らないのに気が付いて教えてくれた?
でも、なんで黒崎さんは知っていたのでしょう。
出身が東海地方なのでしょうか?
黒崎さんも菜々さんも、言葉になまりはなかったと思うのですが。
今度黒崎さんに会った時に、どこ出身か尋ねてみましょうか。
「あ!」
今度会った時に……なんて、まるで、また会うのが当然みたいなことを考えてしまいました。
しかも、出身地を尋ねるなんて、黒崎さん個人に興味があるみたいなこと……。
どうしちゃったのでしょう、私。
食べ物をくれる人はいい人……って、そんな単純じゃなかったはずですが……。
って、いけません。仕事に遅れてしまいます。考えるのは後にしましょう。
速足で食堂に向かう途中、ラインの着信音が鳴りました。
スマホを確認すると菜々さんからです。
「近々みんなでまた飲みましょう。メイクは任せて!それから、慣れるまではしばらくコンタクトなしでよろしく」
慣れるって何のことでしょう?
メイクをするときに、コンタクトをはめられているとしにくいってことでしょうか?
?
「いけない!本当に仕事に遅れちゃう!」
私は食堂の白井です。
今日も食堂で働いています!
今日は学生相談室に行きませんから!
お読みくださりありがとうございました。
ひとまず第一部として完結です。
いくつか未消化部分と、恋の行方とかありますので、機会があれば続きを書きたいなぁと思っております。
機会が訪れることを願って。
少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
また、感想評価などいただけると嬉しく思います。