エレベーターもどきと128㎝
「エレン様、移動の準備が整いました」
ノックしてから部屋に入ると、エレン様はすでに着替えを終えていた。
普通、侍女や執事が付いている貴族の人間は特別な事情でもない限り一人で着替えるなどしない。
そもそも制服なんてややこしい服など自分で着ることすら出来ないだろう。
「何でもできちゃうんだからなー」
剣術の稽古の様子や魔法の授業の様子を思い出し、つの口で呟く。
なんとなく悔しかった。
エレン様の侍女である私は癒しの魔法が使えるという以外では普通のメイドより劣る。
何しろ、力がないうえに使用人であれば大体の者が使える生活魔法も使えない。
そして何より、たった十数年しかこの世界で生きておらず、その半分以上を屋敷から出ないで過ごしてきた私には知識が足りなかった。
(前世の学力がこの世界で通じれば良かったのに)
そうすればきっと、もっと頼りがいのあるメイドになれていたのではないかとがっかりする。
生憎この世界ではそんなものは通用しない。
「行くわよ。アガサ」
つの口のままそんなことを考えていた私は、エレン様に呼ばれて慌てて部屋のドアを開ける。
「こんなだからダメなのよね」
考え事をしていたせいで、エレン様に促されてから動く形になってしまった。
本来なら何か言われる前に行動するべきなのにと思わずそう漏らした。
「何か言った」
「いいえ、何でもないですよ」
どうやら今度の呟きは届いたらしくエレン様がドアを出たところで振り返る。
私はそうとぼけると自分も部屋から出てドアを閉めた。
少々長めの廊下を突き当りまで歩く。
そこには前世でいうエレベータのようなものがいくつか並んでいた。
私は首にかけていた紐を引いて服の間から認証カードを取り出す。
認証カードは学園の生徒の付き人や学園の許可を受けて学園内に入るものに渡されるものだ。
この認証カードは様々な場面で使われる。
その一つがこのエレベータもどきだ。
ちなみに生徒と教師は魔力の登録がされているらしく、カードを持つ必要はないらしい。
私がカードをかざすと音もなくドアが開く。
中はエレベータとは違い箱になっておらず、四角い空間があり床には魔法陣が書いてあった。
転移の魔法陣だ。
寮から離れた教室の近くまでこれでひとっ飛びというわけだ。
「どうぞ」
にこやかに振り返ると、なぜかエレン様は目を見開いて私を見下ろしていた。
「どうかされましたか」
何かやらかしてしまったのかと不安になりながら首を傾げる。
「アガサっ。あなた、なんてところにカードを!」
エレン様は顔を真っ赤にすると控えめに声を上げた。
その言葉を聞いて、私はなるほどと納得する。
いくらまだ子供だとは言え、胸元から物を取り出すのははしたなかったようだ。
「申し訳ありませんでした」
そう誤ってカードを服の中には入れずに首から下げたままにする。
ゆらゆらとして少し気になるが仕方ない。
「もしかして、つけ方がわからないの?」
そんな私の様子を見たエレン様が少し困ったようにそう言った。
どう見ても首から下げる仕様の認証カードだが、私のつけ方は間違えているらしい。
「仕方のない子ね」
エレン様はそう言うと私の首から紐を外す。
そして、紐の真ん中にある噛み合わせの部分を外した。
「エ、エレン様っ?」
外した紐の両端を持ったまま私の背に腕を回すエレン様に思わず名前を呼ぶ。
カチッ、っと背中で音がした。
支給された服のウエスト部分に付いていたタグの様なものは、認証カードをベルトの様につけるためにあったらしい。
エレン様が離れると、私の腰にカードがぶら下がっていた。
「これなら、近くに寄れば認証カードがかざされるからいちいち取り出す必要ないでしょ」
エレン様がそう言った時、タイミングよく転移様の部屋のドアが閉じる。
時間が経つと扉が閉まってしまうのは前世のエレベーターと同じらしい。
私は早速ドアの前に立ってみる。
しかし、ドアは開かなかった。
私は自分の顔より少し下にある認識盤を見て苦笑いする。
認識盤が付いていたのは、大人の平均的な腰辺りの位置だ。
私以外の執事や侍女なら、近づけば勝手にカードを認識してくれるだろう丁度いい位置だが、身長の低い私には高過ぎる。
結局、私は首からぶら下げる形に直してドアを開けた。
エレン様はそれを見て苦笑いしながら魔法陣の上に乗る。
私とエレン様が魔法陣に乗るとドアが閉まった。
一瞬部屋の中が光に包まれ、ドアが開くとそこはもうさっきいた場所ではなかった。
投稿しようしよう思っててもなかなか時間が取れませんm(_ _)m
亀更新ですが、これからもよろしくお願いします。