見習いDJ
本番の日に向け、
スタジオで、
トークの基礎を磨かれる、
見習いDJの笹森汐。
放送用台本を、
━「あたかも、自己の内面から、
出てきた言葉のように読んでみろ!」━
という、
プロデューサーの指示にしたがい、
音読していく、汐。
ひょっ子DJは、
乙骨Pに、
未熟なトークを徹底的にしごかれた。
「アテレコじゃねーぞ。
不自然なんだよ!
気取るな、バカ!」
ダメ出し!
ダメ出し!!
ダメ出し!!!
「気の利いたふうな、
言いまわしをするんじゃねえ。
上手くなくっていい。
心を込めろ!ひよっ子!」
フリートークのレッスンに移る。
○「おもしろエピソード」
○「仕事について」
○「好きな食べもの、飲みもの」
○「趣味」
○「将来の夢」
等々。
課題の書かれたメモを見て、
自由連想を、働かせ、
マイクに向かっての・・一人語り。
フリートークは、
想像以上に難しかった。
言いたいことは、
頭の靄の奥に、たしかにあった!
ガス状のイメージに、
うまいこと、
言葉が乗ってくれないのだ。
具象化されない。
大量の冷や汗が流れ出てくる!
ついつい、
目の前にいる構成作家や、
副調整室で見守っている、
ディレクターやマネージャーへと、
切なげな「SOS」を送ってしまう。
サングラス姿の、
乙骨プロデューサーがニヤニヤ笑う。
スタッフには、
あらかじめキツく言ってあった。
「絶対に助けるな!」と。
見かねて、
助け舟を出した構成作家は、
乙骨Pに、
本気で蹴りを入れられた。
スタジオ内外は慄然とする!
チンケな思いやりは成長を阻む。
拙くてもいい、
自分の言葉でしゃべるようになることが、
大切なのだ。
彼女自身が、
なんとしても、
乗り越えなければならない壁だ。
乙骨Pは、
独自のDJ論を持っていた。
━○━○━
数年前のことだ、
『オールナイトプラネット』が、
超人気アイドルをDJに引っぱり出したことがある。
彼女はマレにみる逸材で、
乙骨Pもひそかに絶賛していた。
彼女を起用するなんて、
たいした目利き、
そして、政治力じゃないか!
さすがは、
深夜放送の老舗だ。
ライバル局ながらエールを送った。
鳴り物入りで始まった番組は悲惨だった。
リスナーに直接語りかけるという、
基本姿勢がおろそかにされ、
極端にいえば、
アイドルは、
構成作家との、
やり取りに終始してしまっていた。
トークに、
まだ自信の持てないアイドルと、
裏方(抑揚にとぼしく華のない声)との、
やり取りは、
リスナーを見事に置き去りにした。
彼女は、
短期間で番組から消えた。
DJを、
過保護にあつかった結果なのだ。
貴重な才能(の一面)を、
育てることができなかった、
担当プロデューサーの罪は重い!
━○━○━
この番組を、
教訓=(反面教師)に、
①DJはリスナーへ直接語りかける。
②裏方の声は、
(笑い声も含め)一切マイクにいれない。
以上、
二点は揺るがせにしないと決めた。
「ひよっ子は、
オレが必ず、
一人前に育ててみせるぜ!」
ひょっ子DJの笹森汐。
もっかのところ、
トークの進歩は道半ばであった。
自動車教習所でいえば、
仮免手前の、さらに手前ぐらい。