協力者
「汐 坊!久しぶり!」
聞き覚えのある懐かしい声に、
汐は、
ハッ!として、顔を上げた。
「ゆず季!
ユッPじゃない!
いったい・・どうしたの?」
汐が、
まだ駆け出しのころの同期。
声優 仲間であった。
左近マネが割り込んだ。
「汐坊、
きみの協力者だ。
ラジオの生ドラマにも出演の承諾を得ている。
彼女に手伝ってもらって、
存分に、演技のスキルを磨くといい。
相手として・・不足はあるまい?」
汐は、
大きなジェスチャーで、2度ばかり、うなずいた。
左近は、
「よろしくね」と言い、
ゆず季の肩を叩くと、
汐に別れを告げ、
スイートルームを後にした。
ふたりは・・たがいに駆け寄り・・がっちりハグをした!
妙な違和感に・・汐は・・顔を下に向ける。
「お察しの通り・・
うちの体には、もう一つの生命が宿ってるの。
十八歳になったら入籍する」
「そーう・・それは・・おめでとう!
あの・・(ことばを濁らせて)・・○○○男な・・カレシと?」
「うん(にっこり笑って)。
あの・・チャラ男と・・結婚する」
「続いてたんだね」
「うん(強い表情)。
カレシ・・声優やめちゃった。
いま、地方公務員めざして、猛勉強してる」
「ユッP、
来春放送の深夜アニメで・・「主役」・・とったでしょう?
二重におめでたダネ!」
「うん (ためらいがちに)。
ラインしようかと思ったんだけど・・
いつしか・・うちら・・疎遠になっていたし・・
汐坊の状況も、
ひどく混み入ってて。
それで・・なんとなく・・遠慮したんだ。
とんだ災難だったね」
「天罰・・哉?」
ちょいとばかり肩を落とす・・汐。
ゆず季は、
「ちょいと、拝借」・・と・・断りを入れ。
テーブルの上に乗った、
『めんちゃも屋』と題されたラジオ台本を手に取り、
パラパラめくると、
いきなり!
仕掛けた!
━真剣をビュン!と振りおろす!━
━空気が切り裂かれる!━
「『あんた!わたしのショーツ(下着)!見たでしょう?』」
━真剣白刃取り!━
━ガッ!とリアクトする、汐!━
「『ち、ち、違うって!
落っこちて転がった釣銭を・・探してただけだよ!』」
ゆず季 演じる ・・・ 気の強い「かき氷売り」の女子高生と、
汐 扮する ・・・ 「めんちゃも屋」で売する歩とのワン・シーンである。
しばらく、
台本上の、
白熱したやり取りが続いた。
結局、
「売〈ばい〉の責任者に言いつけてやるから!」・・という、
痴漢冤罪さながら、
騒いだもん勝ちによる、
女子高生の脅しに屈し、
まんまと「マイメロ」と「アンパンマン」のお面を、かすめ取られてしまう・・歩=(汐)。
■『めんちゃも屋』
盆踊り会場の場面より■
演じながら、汐は、ビンビン来ていた!
全身に熱を感じていた!
久しぶりに味わう感覚であった!
ゆず季の演技の力に打たれたのだ。
「いかにも、こういう女子高生いるいる感」が、
見事に出ていた。
そして・・上手かった!
キャラの醸し出す、
強さとコミカルさ、
そして行間からにじみ出る可愛いらしさ。
絶妙としか言いようがない。
巧みを超えた・・上手さである。
台本では、
いささかカリカチュアの過ぎる、
人物造形の弱点が、
ゆず季によって、
血の通ったキャラへと修正確立されていた。
「(なるほど!)
(リアリズム・ベースなんだ!)」
汐は、
ヒザを打ち、
納得顔でうなずいた。
ゆず季は、
以前から演じる人物を、
詳細に掘り下げ、
そこを土台に、演技を造形していった。
想像力 ベースの汐とは、真逆なのである。
器用な汐 坊 (片や) 不器用なユッP。
という構図が、
あの頃、
業界内の片すみに、あった。
ユッPは、
自分の演技設計に自信を持っていたので、
演出家のダメ出しには応じなかった。
干されて、涙にくれることはあったが、くじけなかった。
強い人なのである(カレシもいた)。
汐は、
ダメ出しされると、さっと別の引き出しを開き、
注文に柔軟さで応じた。
好対称のふたりなのだ。
ベテラン声優の何人かの見立ては以下の通り。
「この(声の)世界では、
汐 坊より・・ユッPのほうが大物になる」
この予言に、
現時点で解答は出ていない。
汐の眼〈まなこ〉から、
リスペクト光線がリアリズム派へと、
放射されていた。
「(うーむ!)」
「(ユッPのやつめ・・たいそう・・腕を上げおって)」
「(私もうかうかしていられんゾ)」




