続・ご依頼の件
笹森 汐を見つめる、
左近マネの目じりは、
水平にまで吊り上がった (珍現象!)。
同時に、
心のなかで、
つぶやきの雫がポトリと垂れた。
「名人、名人を知る・・というやつか?」
昼行燈の異名を持つ、
聖林プロの社長の言葉が、
彼の脳裏に・・波のごとく・・寄せては返す。
◆ 「左近くん・・
一流タレントというのは、すべからく、超能力者なのだ。
その直感たるや、千里を走る。
決して、ブレーキをかけてはいけないよ。
われわれ凡人にできることは・・ただ、ふたつ。
『許諾』 と『暴走を食い止めること』・・だけなのだ。 残念ながら」 ◆
汐坊を見つめる、
左近マネの目じりが、
定位置へと・・戻った。
彼女は、相変わらず、
「『左の感覚」・・「『左の感覚』 」
そう・・つぶやきながら・・
狂気を帯びた熱視線で、
手の平を・・凝視していた。
待つこと・・おおよそ15分・・
ようやく彼女の興奮はおさまった。
マネージャーのいることなど、すっかり忘れたかのように、
テーブルに置かれた、
生放送用のラジオ台本を取りあげると、
立ち姿勢のまま、
「独り ・リハ」を始めた。
左近はソファーに寄りかかり、
スマートフォンを操作しながら、
リラックスモードで、そのようすを眺める。
「ムムム!」
力の抜けた、左近の身体が、
マリオネットみたいに、
思わず、
起き上がった。
汐の磁力のなせるワザ!
『めんちゃも屋』と題された台本の、
多彩な登場人物を、
声色を使い、
たった一人で、
生き生きと・・演じ分けてみせた。
演じている時の、
恍惚とした表情は、
見ている者の理性を、容赦なく、溶ろかしてしまう。
あらためて、
客観的に、
第三者として、
汐 坊という才能 (タレント)の素晴らしさを、
再認識させられる。
昼行燈の言わんとしたコトとは別の意味で、
彼女には・・超能力者 (エスパー)を・・感じる。
強く・・感じる。
恍惚とした表情に、
険が、
生じ始めた。
自身の役 = (歩)へのアプローチに、得心のゆかぬようすだ。
いつものナチュラルな演技からの、逸脱が顕著であった。
「(これが・・新しい演技スタイル・・ってやつか)」と左近。
流れるような独り芝居に、
障害物がプカプカ顕われ、
中断が、
頻繁に、繰り返される。
汐は、
小型恐竜みたいに 「ヒュン!」 と鼻を鳴らして、
台本をテーブルの上へ放り投げると、
その場に座りこんで、
ヒザを抱え、頭をカクンと垂らした。
「あかん!・・まったく・・あきまへん!」
変てこりんなイントネーションの関西弁で・・弱音を吐いた。
トン!トン!トン!
樵の唄を思わせるノックの音がした。
左近マネがドアを開ける。
「汐 坊!久しぶり!」
聞き覚えのある懐かしい声に、
悩める女優は、
ハッ!として、
顔を上げた。




