ご依頼の件
二人は、
草大福をもぐもぐと食べ、
ルームサービスの緑茶をすすっていた。
汐のスイートルームに、
左近が、
和菓子を手土産に、訪ねてきてくれたのだ。
ラインを使ってのやり取りはあったけれど、
顔を合わせるのは。
謹慎処分になって以来・・初めて。
左近マネの、
優しさ漂うタレ目顔を見たとたん、
汐の瞳には・・涙があふれてきた。
マネージャーに抱きついて・・
泣きじゃくりながら・・
中国進出プロジェクトがペンディングされたこと、
(結果、左近の昇進の妨げになった)
未成年飲酒、
プラス・・軽率な行動のいくつかと、
芸能人としての自覚の足りなさを・・詫びた。
左近は、
(乱れた鼓動を整えるように)
タレントの背中を継続的にユルやかに叩いた。
「汐坊、
起きてしまったことは虚心に反省する!
あとは・・キレイさっぱり忘れましょう!!
同じ失敗を繰り返さないことが大切です。
今回の事態には、不可抗力もある。
幸いにして、あなたの味方は、いるのだから!」
ひとしきり泣いたら・・(なぐさめたら)・・お腹がすいてきた。
というわけで、
二人して、
草大福を頬ばっているのであります。
左近マネは、
タレ目を心もち水平に持ち上げると、
口を開いた。
「先刻のご依頼の件。
両方ともに・・芳しからずデス。
第一希望の、
■どこかの劇団に(匿名で)加入して、
新しい演劇スタイルを研究・体得したい■
これは、ちょっとばかり無理筋だね。
その理由は・・
汐 坊は、あまりにも、顔が売れすぎているから。
劇団の側からすれば、
(客演ならともかく)
匿名で預かることにメリットはなし。
聖林プロダクションの伝手を使い、
資金援助しているいくつかの劇団のひとつへ、
強引にネジ込むことは不可能ではない。
ただし・・
乙骨さんが難色を示すだろうね。
ラジオ局のお偉方と(カラダを張って)渡り合い、
あなたの・・番組出演を、強引に、承諾させたのだから。
ラジオ番組への(ある意味)サプライズ出演以前に、
謹慎 処分中にもかかわらず、
お忍びで、劇団にいるコトをスッパ抜かれでもしたら、
彼の立場はなくなる。
マスコミが血まなこで、
あなたを追いかけている現実を、忘れないで」
汐はソファーに腰掛け、背筋をピンと伸ばし、
かしこまって、
新人のように、マネージャーの言うことを聞いていた。
「第二希望である、
■彼女との・・コンタクト■
こちらの方は、私の力不足。
いろいろ手を尽くしてみたのですがダメでした。
申し訳ない!」
「あのひとに・・コンタクトは・・取れずじまい?」
ふっと息をつき、
残念そうに肩を落とす・・汐。
向かいに腰掛けた左近は、
残りの草大福を口の中に放り込むと、
否定するように首を振った。
「(もぐもぐ)
最初は正攻法で交渉しましたが、ニベもなく断られました。
そこで物量作戦に切り替え、
女子バスケットボール部宛てに、
合宿用の食糧、
お米や缶詰・ハム・ソーセージ等々を寄贈したところ、
バスケ部の監督さんが感謝してくださって、
(なんせ、皆さん、食べ盛りですからねえ)
渋る彼女の背中を押してくれました。
彼女は会ってくれましたよ。
晶学大一年生。
名前は、
月・・ゲホ・・月・・ゲホ・・月・・ゲホゲホ・・」
大福がのどに支え、
目を白黒させて咳き込む、左近マネ。
大量のお茶を飲み、
どーにかこーにか、
大福のかたまりをグビッと流し込んだ。
咳き込みの余震おさまらぬ左近は、
スマートフォンのモニターに、彼女の、プロフィールを呼び出した。
それを・・覗きこむ・・汐。
「詩的な響きの苗字ねぇ。
名前とのコンビネーションも決まってる」
「彼女の印象を一言でいえば・・・求道者・・だろうね。
寡黙。
自分に厳しい。
澄んだ二個の瞳。
抜群の存在感。
二十歳前の娘さんといった雰囲気は・・ない」
「ちょっと、珍しいタイプね」
「高校時代(の途中まで)は、
天真爛漫・明朗闊達だったそうだが、
ある事件をきっかけとして・・人が変わってしまったという」
グイと身を乗り出して、汐。
「その事件とは?」
「いかんせん・・『全40話』・・もあるからねえ」
「はあ?」
「いやいや、こっちの話。
詳しいことは、こちらのサイトで見てもらって、」
汐にURLを渡した。
「その事件で友人を亡くし、それがトラウマとなった」
「私の質問には・・答えてくれたの?」
左近は腕を組み、眉間にシワを作り、険しい表情をした。
(しかし、タレている目は、なにげにユーモラス)
「うーむ。
彼女が試合で見せた『パス受けの極意』というか・・
『秘訣』のことだろう?」
「そう、そう」
「あれは、
彼女が苦心の末に身に付けた、
後天的なスキルだそうだよ」
汐は、
樽の急所にナイフを刺されたゲームの海賊みたいな、
首ピョーン!動作をした。
「(目を輝かせて)
天性(=先天的)ではないのね!!
その・・その・・
苦心の内容について・・
・・彼女はなんと?」
「ワンワードのみ・・『左の感覚』・・と」
汐は、
雷に打たれたような表情をして、
立ちあがった!!
「『左の感覚』 ━━ そう言ったのね?」
「ええ。
そこのところを、
詳しくたずねては・・みたのですが・・」
汐は、
マネージャーの言葉など聞いていなかった。
「・・『左の感覚』 ━ 『左の感覚』・・」
ファナティックな目つきで、
眼前につきだした・・左の手の平を・・見つめ、
熱に浮かされたように繰り返していた。
「そうか! なるほど!
・・『左の感覚』・・
・・『左の感覚』・・」




