汐坊の『哉カナ』

『小さな太陽』

　涼（りょう）は、

　おろおろ、するばかり。

　しかし・・

　汐（しおり）は・・動（どう）じない。

　有料（ゆうりょう）一般席へ、

　ボールを投（な）げるようにと、

　マネージャーの左近（さこん）さんから、

　指示（しじ）があったが・・

　無視（むし）を決（き）めこんだ。

　涼（りょう）の腕（うで）を、

　しっかりとらえて・・離（はな）さない。

　フラッシュが光（ひか）り、シャッターが切（き）られる。

　撮影（さつえい）終了。

　主演（しゅえん）女優（じょゆう）と、

　もう一度（いちど）握手（あくしゅ）をする。

〈そのときに・耳（みみ）打（う）ち・された〉

「涼（りょう）にいちゃん。

いつもの回転（かいてん）ずし店（てん）で、待（ま）っていて。

お願（ねが）いよ！」

　舞台（ぶたい）あいさつと、アトラクションは・・フィニッシュを迎（むか）えた。

　記念（きねん）の写真（しゃしん）はパネルにして、

　後日（ごじつ）宅配で送（おく）ってくれるそうで、

　涼（りょう）は・・用紙（ようし）に、

　必要（ひつよう）事項（じこう）を記入（きにゅう）させられた。

　お待ちかねの、本編（ほんぺん）上映。

　場内（じょうない）は・・暗（くら）くなり・・

　スルスルと幕（まく）が・・・開（ひら）いた。

　━イントロダクション━

　タイトル・・

◆『小（ちい）さな太陽（たいよう）』◆

　と、

　印刷（いんさつ）された脚本（きゃくほん）のアップ。

　オーバーラップしながら、

　昇（のぼ）りゆく太陽（たいよう）。

　その中心（ちゅうしん）に、

　黒（くろ）い豆粒（まめつぶ）ほどの、

　点（てん）が・・見（み）える。

　陽炎（かげろう）をゆらめかせ、

　点（てん）が、

　徐々(じょじょ)に大きくなってくる。

　黒（くろ）い点（てん）は、

　画面（がめん）奥（おく）から、

　手前（てまえ）に歩（ある）いてくる・・汐（しおり）・・であることが分（わ）かる。

　身体のラインをピッチリ見（み）せる、

　黒革（くろかわ）製（せい）の上下（じょうげ）。

　スパッツから、

　〈匂（にお）い立（た）つような〉

　しなやかな色白（いろじろ）の脚（あし）を、

　・・露出（ろしゅつ）させている。

　フルショットからバストショットへ。

　汐（しおり）の身体が放散（ほうさん）するオーラを、

　キャメラは、

　鮮明（せんめい）にとらえていた。

　愁（うれ）いを含（ふく）んだ・・

　汐（しおり）の表情（ひょうじょう）のアップ。

　□あらすじ□

　組織（そしき）の金（かね）を、

　横領（おうりょう）した父親（ちちおや）のせいで、

　家族（かぞく）全員（ぜんいん）を、

　皆殺（みなごろ）しにされてしまった・・少女（しょうじょ）。

　彼女（かのじょ）が、組織（そしき）を相手（あいて）に、

　単身（たんしん）で復讐（ふくしゅう）してゆく。

　□　□

　その復讐（ふくしゅう）者というのが・・

　汐（しおり）の役（やく）どころ。

　役名（やくめい）は━━『来栖（くるす）　汐（しおり）』

　汐（しおり）は、

　復讐（ふくしゅう）のために、

　密（ひそ）かに、

　ピストルを入手（にゅうしゅ）。

　謎（なぞ）めいた男〈ガンの達人（たつじん）〉のもとで、

　ガンプレイの修行（しゅぎょう）を積（つ）んでゆく。

　日本（にほん）という、

　銃（じゅう）規制（きせい）の厳（きび）しい国（くに）において、

　一般（いっぱん）人（じん）が、

　ピストルを手（て）に入（い）れる困難（こんなん）を、

　細部（さいぶ）にわたって描（えが）いているのには、

　好感（こうかん）が持（も）てるし、

　売人（ばいにん）と接触（せっしょく）。

　その伝手（つて）をたよりに、

　ガンの達人（たつじん）に接近（せっきん）していく段取（だんど）りもいい。

　訓練（くんれん）のシーンも、

　克明（こくめい）に描（えが）かれていた。

　ガンプレイの場面（ばめん）には、

　名作（めいさく）『タクシードライバー』の影響（えいきょう）が、

　見（み）え隠（かく）れした。

　華奢（きゃしゃ）な少女が、

　過酷（かこく）な訓練（くんれん）によって、

　戦闘（せんとう）用（よう）の筋肉（きんにく）を、

　身（み）につけていく場面（ばめん）の連続（れんぞく）は、

　重厚（じゅうこう）な描写（びょうしゃ）も手（て）伝（つだ）い、

　また・・

　汐（しおり）自身の頑張（がんば）りもあって、

　見（み）応（ごた）えのあるものになっていた。

　映像（えいぞう）は・・

　演（えん）じる、

　笹森(ささもり)　汐の、

　成長（せいちょう）記録（きろく）でも・・あった。

　まるで、

　ドキュメンタリーを見（み）ているような、

　錯覚（さっかく）を覚（おぼ）える。

　日（ひ）ごと、

　ピストル扱（あつか）いが、

　巧（たく）みになっていくようすが、

　ヴィヴィットに迫（せま）ってくる。

　スタントやＣＧではこうはいかないだろう。

　中盤（ちゅうばん）。

　組織（そしき）に潜入(せんにゅう)するも、

　捕（とら）えられてしまい、

　拷問（ごうもん）を受（う）ける。

　その際(さい) ・ ・

　鼻（はな）の一部（いちぶ）を、

　ナイフで切（き）られてしまう瞬間（しゅんかん）の汐（しおり）は、

　ホントに「痛（いた）ッ！」そう、

　痛覚（つうかく）を覚（おぼ）えるほどのリアクション描写（びょうしゃ）であった。

　傷口（きずぐち）に、

　でかでかと貼（は）られた・・絆創（ばんそう）膏（こう）。

　そのために、

　以後（いご）しばらく、

　主演（しゅえん）女優（じょゆう）の顔（かお）が、

　ほとんど、

　見（み）えない場面（ばめん）が続（つづ）くというのは、

　どーだろうか？

　リアリズムには違（ちが）いないけれど、

　興行（こうぎょう）のマイナスになるんじゃないか？

　余計（よけい）な心配（しんぱい）をしてしまう・・涼（りょう）であった。

　間隙（かんげき）を突（つ）き、

　組織（そしき）のアジトから、

　脱出（だっしゅつ）する際（さい）、

　ビルの５階（かい）から、

　窓（まど）をぶち破（やぶ）って、

　飛（と）び降（お）りるシーンは、

　キャメラが汐（しおり）に接近（せっきん）したままの、

　・・ワンカット撮影（さつえい）。

　臨場（りんじょう）感（かん）抜群（ばつぐん）！

　現実（げんじつ）に、

　汐（しおり）自身（じしん）が、

　飛（と）び降（お）りているとしか・・思えない。

　いったい、

　どうやって撮（と）ったのだろう！？

　ＣＧには見（み）えない。

　拷問（ごうもん）された怒（いか）りが、

　復讐（ふくしゅう）の炎（ほのお）に、

　油（あぶら）を注（そそ）ぐ。

　激（はげ）しさを増幅（ぞうふく）させて、

　ガンの訓練（くんれん）に臨（のぞ）む・・汐（しおり）。

　彼女（かのじょ）の扱（あつか）う、

　拳銃（ガン）には、

　ズッシリとした重量（じゅうりょう）が、感（かん）じられた！

　殺傷（さっしょう）能力（のうりょく）を持（も）つ、

　兇器（きょうき）たる、

　認識（にんしき）を、

　観客（かんきゃく）に抱（いだ）かせるコトに成功（せいこう）していた。

　三丁（さんちょう）のピストルを、

　扱（あつか）うのは、

　さぞ・・大変（たいへん）だったろう。

　見（み）せ場（ば）は、

　組織（そしき）の隠（かく）れ家（が）に、

　再度、潜入（せんにゅう）した主人公（しゅじんこう）による、

　ピストル三丁（さんちょう）を、駆使（くし）しての、

　ボスを含（ふく）めた・・七（しち）人（にん）殺（ごろ）し。

　汐（しおり）の気合（きあ）い！

　殺気（さっき）！

　すばしっこい動（うご）き！

　が、

　混然（こんぜん）一体（いったい）となり、最高潮（さいこうちょう）！

　監督（かんとく）も、

　心（こころ）得（え）たもので、

　腰（こし）をすえ、

　効果（こうか）的（てき）な構図（こうず）とライティングで、

　磨（みが）き抜（ぬ）かれたショットを創出（そうしゅつ）。

　美的（びてき）で、力（ちから）のこもった画（え）を、

　連続（れんぞく）させて叩（たた）きこんでくる。

　時（とき）おりインサートされる、

　汐 視点（してん）の、

　一人称（いちにんしょう）描写も、

　新鮮な効果（こうか）を上（あ）げていた。

　そしてクライマックス！

　汐（しおり）の師匠（ししょう）だった、

　謎（なぞ）の男（おとこ）<拳銃(ガン)の達人(たつじん)>の正体（しょうたい）が判明（はんめい）する。

　彼（かれ）こそが・・

　組織（そしき）の依頼（いらい）を受（う）け、

　汐（しおり）の家族（かぞく）全員（ぜんいん）の命（いのち）を奪（うば）った、

　張（ちょう）本人（ほんにん）だったのだ。

　いよいよ、

　二人（ふたり）の・・対決（たいけつ）！

　ガン捌（きさば）では、

　圧倒（あっとう）的（てき）に不利（ふり）な・・汐（しおり）。

　スゴ腕（うで）の元（もと）師匠（ししょう）に、

　どう・・対抗（たいこう）するのか？

　屋根（やね）裏（うら）にある、

　うす暗（ぐら）い、

　麻薬（ヤク）の仕分（しわ）け部屋（べや）で、

　双方（そうほう）が銃（じゅう）を手にして、

　一対（いったい）一（いち）の・・果（は）し合（あ）いにいたる。

　ピンチに立（た）たされる汐（しおり）！