プレミア試写会
三日後の・・日曜日。
珍しく、早起きした涼。
ふだんは仕事がら、
昼近くまで眠っているのだが、
きょうに限っては別だった。
朝6時には、
自然と目が覚めた。
午後1時から有楽町で、
笹森汐の、
初主演映画、
そのプレミア試写会があるからだ。
久しぶりに、
汐坊を、
ナマで見ることができる。
もっとも、
客席から舞台までの距離は、
遠いけれど・・
『聖林プロダクション』の寮に入って以降も、
汐は、
涼宛てに、メールや手紙をくれた。
下積みの頃は、
気がついたことを、
せっせと、アドバイスしていたが、
彼女が上昇していくにしたがって、
控えるようにした。
いつしか、
涼のなかに、
(汐坊の発見者はオレだ!)という、
グレイより濃い、
自意識が芽生えていたからである。
無意識だった観念は、
いつしか、
顕在化していた。
苦い自己嫌悪を、感じたのだ。
「発見などおこがましい。
どんな環境にあっても、
汐坊は、
有名になったことだろう。
たまたま・・
袖ふれ合ったにすぎない!」
朝のコーヒーの味が、
ふだんより、
芳醇に感じられる。
大スクリーンで、
汐坊の姿を、
見ることができる。
17歳の彼女の輝きが、
どの程度、
映像に刻みつけられているか?
期待に胸はずむ。
8階の窓から外を眺める。
カン!と、
青空が広がっていた。
きょうも、また暑くなりそうだ。
午前11時。
少し早いが、ペントハウスを出た。
エレベーターへ乗りこむ。
エレベーターの扉が開いた。
フロントには鈴木サユリがついていた。
「あら、主任!
おはようございます。
どことなく浮き浮きしたようす・・デートですか?」
「映画鑑賞だよ」
「彼女と、でしょう?」
「いいや。ダブルではなく、シングル」
「ひとりで観て、
面白いものですかね?
映画って?」
ペンの柄を、あご先に持っていき、
いたずらっぽい笑みを浮かべるサユリ。
「それは、映画にもよるさ。
フロントよろしくネ」
「気をつけて。
行ってらっしゃい、主任!」
蕎麦屋に入り、
ざる蕎麦と日本酒で、
早めの昼食をとる。
山手線で、
有楽町へ。
少し待たされたのち、
劇場へと入った。
案内嬢の、
たいそう丁寧な導きで、
席に着く。
白いカバーのかかった、
来賓用の席だった。
ちょっぴり、照れくさい気分。
受付けで、
大判の試写会用パンフレットと、
封筒を、もらった。
パンフレットは閉じたまま、
(白紙の状態で作品に接するのがポリシー)
封筒の方を開く。
数葉のスチール写真が、入っていた。
正面を向き、
ピストルを構えた、
汐の立ち姿に、
思わず・息を・のむ。
太ももを露出させている、
黒革のパンツルックのせいで、
未成熟なエロティシズムが、
仄かに、
醸し出されていたからだ。
「もう17歳か・・お年頃だ」
スチール写真を、
一枚一枚 じっくり眺める。
気が付けば、
いつの間にやら、
場内は満員になっていた。
立ち見客まで、出ている。
これには・・理由があった。
笹森汐人気は、
もちろんであったけれど・・
30年ぶりでメガホンを取る、
監督への興味が、
それ以上に・・強かったのである。
80年代当時・・
若い層を中心に、
熱狂的な支持を集めた、
二本の作品を、
発表して以降、
彼・・(監督)・・のフィルモグラフィーは、
空白であった。
『日本のシュトロハイム』
業界内では・・そう呼ばれていた。




