オンエア
とうとう・・
試金石ともいうべきオンエアの日がやって来た。
『笹森汐のラジオ哉カナ☆』
生放送、
本番開始・・一分前。
スタジオ内で、
ディレクターのキュー出しを待っている汐。
新米DJの全身に、
緊張が走る。
副調整室内を、
クマのように、
いったり来たりしている乙骨P。
「・・5、4、3、2、」
カフを上げる汐の手が、震える。
みぞおちの辺りが妙にたよりない。
「・・1、ハイ!」
オープニングトーク・・スタート。
「(えーい、ままよ!)」
カフを上げた。
「初めまして、今晩は。
汐坊こと笹森 汐です」
まずは自己紹介。
続いて・・
今までしてきた活動、
ハズレ仕事の数々をユーモラスにアドリブもまじえて語った。
話のテンポが、
いささか速めで、
二か所ほど噛んでしまった。
しかし・・
「どんどん行け!」という、
乙骨Pの、
右うでを大きく回す、力感あふれたジェスチャーに、
後押しされ、
負の感情を締め出し、
前向きに番組を進行させていった。
汐は、
「わたし」
と台本に書かれた、
一人称を、
ときおり、
「汐」
もしくは、
「汐坊」へと置きかえ、
リスナーに語りかけた。
曲紹介に続いて、
CMタイム。
まずは・・
(やや点を甘くして)
合格ライン。
無難な、すべり出しといっていいだろう。
胸をなでおろす・・乙骨P。
ディレクターやADは、
副調整室の床に、
這いつくばらんばかり。
これだけの張り詰めた時間は、
そう、ザラに体験できるものではない。
三十分経過。
番組の目玉、
ラジオドラマが電波に乗った。
スタジオでヘッドフォンをかけ、
神妙に聴き入っている汐は、
背すじをブルブルっと震わせた。
「奥行きがある!
音響効果が素晴らしい!
まるで、映画みたい!」
宇宙船内部の雰囲気、
浮遊感。
航行するときのリアルな音感。
SF世界が、
ウソっぽくなかった。
不時着した星を、
探索する隊員達。
洞窟内での反響音!
ザクッザクッというクツ音!
水のしたたる音!
声の響き!
懐中電灯でサーチしているときの効果音!
レーダーの音!
工夫を凝らしたサウンドが、
随所にちりばめられ、
作品の世界観が、
立体的に表現されていた。
ポストプロダクション。
(編集、音入れ)は、
さぞ大変だったろうな。
スタッフのがんばりには再敬礼だ。
プロデューサーの掲げた、
(原作上乗せ三割!)
をスローガンに、
脚本家チームは、
憔悴して目に隈をつくっていたっけ。
・・ご苦労さまです。
必要なとき以外、
ナレーションの使用は禁ずる!
これも、
プロデューサーの打ち出した方針だった。
ナレーションは、
話の運びを、
スムースにする利点のある一方、
多用すれば安易だ。
「描写でいけ!」
ツルの一声で、
脚本家チームは直しの作業にはいる。
第一稿を、
たたき台に、
書き直しに次ぐ書き直し。
第十二稿を重ねたところで、
ようやくオーケイが出た!
『笹森汐のラジオ哉カナ☆』は、
プロモートの力もあって、
多くのリスナーの好奇心を誘うことに、
成功した。
━○━○━
番組開始前、
汐は、
同局のベルト番組にハシゴ出演、
特番の宣伝に、
これ努めた。
同時に、
番宣スポットが、
繰り返し流された。
━○━○━
特番は好評で、
さらに、
もう一回の特番をはさんで、
レギュラー放送に格上げされた。
錨を上げてスタートを切った。
『汐丸』は、
好天の中、
順調に出帆したのである。




