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第36話 カイロスの木

「けど、良かったぁ。今日の夕ごはんはイノシシ肉になりそうだし。その点ではライムのお手柄だね?」


 のんきな様子のアリティアに、ライムは非難の目を向ける。


「今、そのことを注意された気がするんだけど、どういう事?」

「ソレはソレ。コレはコレよ。ライムが無茶をしていけないことを言ったのは腹立たしいけど、夕ごはんが豪華になるのは喜ばしいことじゃない」

「それはまあ、そうだけど……」

 

「でしょ? 今日はどんな料理になるんだろうね?

 ああ、そうだ。家に戻ったらどの料理にするかレシピから選ばなきゃ。

 旅行記の中にもイノシシ肉の料理のレシピが在ったはずだから、それに挑戦してみようかな?」


 あれやこれやと、アリティアは夕食の献立に思いを馳せる。

 そんな楽しげな少女を見ていると、ライムのモヤモヤとした不満はどこかへ消え失せてしまう。


「アリティアは、お肉料理が好きなのか?」

「うん。好きだよ。めったに食べられないけどね」

「なら私が狩りに言って肉を獲ってきた方が良いかな?」


 そう言えばとアリティアは思い出す。


「ライムは体の維持とかで、ご飯の量は足りてるの? これ以上のご飯の量を増やすのはちょっと難しいんだけど……?」


 ライムはそれほどの量を食べるわけではない。けれど、その量は健啖家でもあるアリティアとほぼ変わらない。


「ちょっと足らないかもしれない。だからここ二、三日のうちに師匠に森での狩りの許可をもらうつもりだよ。

 その時にちゃんとお土産を持って帰るよ」


「そう? なら楽しみししてるね。

 あ、けど、今日はイノシシ肉だから、鹿肉とは別なお肉の方がいいかな?」

「う……。シカ肉は……、期待しないでほしいなぁ……」


 トラウマの存在にライムは怯み、自信なさげに答える。

 アリティアは笑いながら応じた。


「大丈夫だよ。フリーズホーンと普通のシカとの違いをちゃんと習ったんでしょ? なら、今度は普通のシカを狙えるよ。

 そもそも、フリーズホーンはめったに居ないんだからまた遭うこともないよ」

「だといいんだけど……」


 ライムの不安気な様子にアリティアは慰める。


「イノシシを殴り倒しても無傷でいられるライムなら、普通のシカなんて大した相手じゃないよ。ライムは自信を持っていいんだよ?」

「まあ……、頑張ってはみるよ」


 ライムは自信なさ気な様子だが頷いた。



  ◇  ◇  ◇



 それから二人はアリティアの先導によって目的の場所へと連れて行かれた。

 そこは村外れの森の中に存在した、不自然に切り拓かれた草地だった。


「ここは?」

「木を切った後だけどね、畑にするにも家を建てるにも不便だって放置された場所だよ」

「不便?」


 ライムは首を傾げる。村外れだがそれほど離れていない。家が建ち畑が広がって居る土地と、どう違うとのか見た限りでは分からない。


「うん。なんでもこの辺の地下には水が流れてないんだって。だから井戸を掘っても水が出ないんだってさ。川からも遠いから畑とか家を建てるには不便な場所なんだって」

「へえ……」


 ライムは改めて原っぱとなっている、森の中に切り拓かれた草地を見渡す。そこで気がついたが、奥向かって高くなる緩やかな斜面になっている。


 切り拓かれた広さだけならば、畑を五面くらいは余裕で作れそうだ。

 けれどそこに生える植物は草花の高さは、背丈の高いモノでも膝ほどまでしかない。たしかに水には乏しい場所なのかもしれない。


 それらの草花が様々な色の小さな花を咲かせている。

 と、そこでライムは、原っぱの中央に巨大な切り株が残っている事に気がついた。

その切り株を指さしアリティアは言う。


「あれがね、この村近くで一番大きかったって言われてた大木の切り株だよ」


 足元に生える草花を踏まぬ様に、切り株に向かって歩きだす。


「木こりギルドはあの木を切るために、この土地に支部を作ったんだって。

 だからこの切り株はこの村の始まりなんだ」


 二人はやがて、切り株の元にたどり着く。

 近くに来るとその切り株の大きさに改めて思い知らされる。

 直径は3メートル位はあるだろうか。

 切り株の中央部分は半分朽ちて、草花の苗床になっているが、その周囲の形は今だ保っている。

 この木がそびえ立っていたころ、どれほど大きな姿をしていたのだろう。


「この木には伝説が在るんだよ。

 この木がまた切られる前には、たくさんの妖精が住んでいたんだって。

 色とりどりの光を放つ妖精たちが、大木の周りを飛び回っていて夜になると、それはそれは綺麗だったんだって」


 在りし日の姿を想像して、アリティアは微笑む。


「妖精の住む木は大きく成長するって本にあったけど、ここまで大きくなるのか……」


 切り株から木の種類を判別することは難しいが、大きさ以外は森に普通に生えている樹木と同じ種類に見える。

 そんな木も切られてしまい、今では朽ちかけた切り株がその名残を残すだけだ。


「けど、そんな妖精の住む巨木を切るなんて、反対する人は居なかったの?」

「居なかったっていうより、そもそもこの場所の近くに人は住んでなかったから。

 ただ、存在自体はうわさ程度には知られていたらしいよ?


 『森の奥底に、大量の妖精が住まう巨木が存在する。その木の名前をカイロスという』っていううわさ話はあったらしいの」


「あ、カイロスって、この村の名前?」

「そ。カイロス村はこの木の名前からとったんだって。カイロスって名前は妖精たちの言葉で『帰るべき場所』っていう意味なんだって。


 一番初めにこの木を見つけたのは木こりギルドの調査員で、この木と周辺の森の豊かさが、この土地に支部を置く決め手になったんだって」

「へえ……。そうなんだ。

 けど、もったいないな。妖精が住む大木なんて残っていたら、ひと目見ようと多くの人が集まったんじゃないかな?」

「わたしも見てみたかった。遠く離れた場所だったとしても見てみたいって思うもの。きっと多くの人が集まったと思う。


 けど、そんな多くの人が集まったら、妖精さんたちはすぐにどっかに行っちゃうと思うけどね」


「そうか……、そうだね。妖精たちは結局は人に追い払われてしまうのか……」


 自然に対する人の身勝手さは地球での事で知っていた。この世界でも人の本質に違いは無いようだ。

 そんな人がいる事に悲しくなる。けれど、自分も人である。肉体はスライムであっても。いや、肉体が人ではないからこそ、自分と同じ人の所業であると認識しなけれればならないとライムは思った。


 しんみりした空気を変えるように、アリティアは明るく声を上げる。


「さっ! 今日はここでお昼にしましょ! ライムはここに座って」


 言ってアリティアは切り株に腰掛け、隣の開いた場所を叩く。切り株の高さは腰掛けるには丁度良い高さだ。

 ライムは誘われるがまま隣に座る。


「あ。丁度、教会の尖塔が見えるんだな」


 腰掛けると、村の方向に体が向き、森の木々の上に背の高い教会の屋根の先端が見えた。この場所が村より高い位置にあるためだ。


「そ。ここはお花もいっぱい咲いていて、いい景色だからね。お弁当を食べるのは丁度いいと思って」

「たしかにいい景色だけど……」


 開けた草地に小さいが花が彩りを加えている。そして遠くには森が取り囲みその先にわずかな数とはいえ、村の建物が見て取れる。

 アリティアの言うとおり良い場所だと思うがライムは一つ心配があった。


「けど、ここって危なくないか? 森の近くだし、動物とか出てこないか?」


 つい先程、村の中なのにイノシシと遭遇したばかりだ。さらに自然に近いここは危険度は増しているのではないだろうか?

 ライムの懸念にアリティアはあっさりと頷いてしまう。


「たしかにここは危ないから一人で来ちゃいけないって言われてるけど、ライムが一緒なら大丈夫だよ。

 ライムはわたしを守ってくれるでしょ?」

「それは……。まあ」


 当然の事のように聞かれ、ライムは頷くしかない。

 荷物から取り出したお弁当箱をライムとの間に置いて、蓋を開ける。


「さあ、食べましょう。って、どうしたの、ライム?」

「い。いや……なんでもない」


 少し経ってから恥ずかしがって、顔を手で隠していたライムにアリティアは首をかしげた。


 お弁当の中はサンドイッチだった。とりとめの無いことを話しながら食べる。水筒とコップもちゃんと持ってきており、飲み水にも抜かりはない。


 本当にしっかりとしたピクニックだと、ライムはぼんやり景色を眺めながら思う。

 景色を楽しみながらアリティアの会話もおろそかにはしない。


 楽しそうな様子のアリティアときれいな景色に、美味しいお昼ごはん。


 来てよかったなとライムは思った。


「あ」


 と、不意にアリティアは声を上げた。そちらを見るとアリティアが空を見上げていた。

 その視線をたどると群れを成して飛ぶ鳥たちの姿があった。


「鳥だ……」

「そうだね……」


 お昼ごはんをほとんど食べ終わっている二人はぼんやりと、空を飛ぶ鳥を見つめる。

 アリティアはポツリとつぶやく。


「空を飛ぶって、どういう気分なんだろうね……。


 あ、そうだ。ライムが居た世界には空飛ぶ乗り物があるんだよね?」


「ああ、飛行機って乗り物があるな。大勢の人を乗せて空を飛ぶ乗り物だ」

「ライムは乗ったことがあるの?」

「うーん……。どうだろう? 乗った事があるような気がするし、そうでも無いような……」


 思い出してくれない記憶は、飛行機に乗った経験の有無すらも明らかにしてはくれない。


「けど、乗ったことのある人の言葉じゃあ、とても素晴らしい経験だったとか、鳥になったようだとか。反対に怖くてしょうがないとか、色々な意見があったね」


「うーんそっか。わたしはどんなふうに感じるだろうな……?」

「『高いところが怖くてしょうがない』『高い所にいると血の気が引く』って人じゃなければ、大抵の人はいい経験だった方になったと思う」

「あ、ならわたしは大丈夫かな? 高い所が怖いって事は感じるけど、そこまで怖いって事は感じないし」


 と、アリティアは遠くの木立で舞っている鳥を見ながら言う。


「わたしにも鳥みたいな翼があれば飛べるのかなぁ?」

 

「魔法だと無理なんだっけ?」

「魔法で空を飛ぶのは無理だよ。高等魔法になるらしいし。おじいちゃんも空を飛ぶ魔法は無理だって言ってたし」

「そうか……。翼の形だけなら、わたしは真似ができるんだけどね」

「え?」


 ライムは周囲を見回し、人が居ない事を確認する。


「大丈夫かな? ちょっとだけだからね」


 そう言ってライムは己の腕を、鳥の翼の形に変化させた。

 黒と白の二色の羽に包まれた翼だ。白い羽の部分は光が透けてわずかに薄い緑色にも見える。


「うわ……!」


 アリティアは驚いた様子だが、うれしそうに食い付いてくる。


「ライムは空を飛べるの?!」

「い、いや、それは無理だよ」


 少女の勢いに戸惑いながら否定する。


「これは形だけを似せているだけだから。体重が重すぎるから、空に羽ばたく為の力が足りてない」


 実際に鳥の姿そっくりに擬態して空を飛ぼうと試した事はあったのだが、飛ぶことは出来なかった。

 その事を素直に告げると、アリティアは心底がっかりした様子を見せた。


「あー……。そうなんだ……。

 わたしも空からの風景を見てみたかったのに……。ムリなんだ……」


 心底残念そうなアリティアにライムは罪悪感を覚える。

 しかし、無理なものは無理だ。ライムが自分一人だけ、空を飛ぶとしても難しい事だろう。ましてや二人で空を飛ぶ事など不可能だ。


 しかしライムは、落ち込むアリティアの願いを叶えてやりたいと思った。

 翼を人の腕の姿に戻しながら、少女に呼びかける。


「あー、アリティア?」

「ん、なに?」


「いつか、アリティアに空からの風景を見せられる様に成るからさ……。その時は一緒に空からの景色を見ような」


 そんな無茶な約束をした。

 アリティアはキョトンとした表情を見せた後、笑いながら答えた。


「うん。ありがとうライム。期待はしないで待ってるよ?」

「期待はして欲しいんだけどな」

「それじゃ期待して待ってる事にしてあげる」


 からかうように言ってアリティアはクスクスと楽しそうに笑った。



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