第34話 雑貨屋
「それじぁ、雑貨屋に行ってみようか。ライムも何か買いたい時があったらだいたい雑貨屋に行くことになるし」
「雑貨屋ってここから近いのか?」
「うん、近いよ。すぐそこ。ほらそこの建物だよ」
アリティアの指差す先を見ると、大きな看板がかかった建物があった。
「けど、お店に行っても私はお金なんて持ってないから何も買えないよ?」
「大丈夫だよ。ライムも分もおじいちゃんからお小遣いはもらってきたから」
はいっと小銭を渡される。銅貨が数枚だ。
お金の価値についてはすでに教えられている。日本とはそれぞれの物価が異なるから日本の金額に換算する事はできない。
しかし、銅貨三枚で普段食べているパンが買える程の価値があるようだ。
銅貨にはコレより小さい小銅貨もあり、小銅貨は十枚で銅貨一枚になる。
銅貨より上の硬貨は小銀貨があり、銅貨は十枚で銀貨一枚。
さらにその上の大銀貨は、銀貨十枚分だ。
銅貨と小銅貨。もしくは大銀貨と銀貨と小銀貨という同じ金属の硬貨の換算は常に一定だ。
しかし、銅貨と小銀貨の換算は一定ではなく、時期によって変化することもあるという。もっとも村の中ではほぼ一定だからあまり気にする必要も無いとのことだ。
村の中での買い物では、大きな買い物でも大銀貨を使う事はほとんど無いそうだ。銅貨と小銅貨と小銀貨だけで村の経済は事足りている。
大銀貨の上は金貨であり、その上が大金貨、小晶貨、晶貨と高価な貨幣となるそうだ。
ライムはグレンに金貨までは見せてもらったが、大金貨より高価な貨幣は王侯貴族や大商人の間くらいにしか流通していないそうだ。
「これだけあればお菓子とかしっかり買えるよ?」
「お菓子……」
この世界のお菓子事情をライムは知らない。どのような物があるのだろう?
疑問に思いながら手を引かれて歩くと、すぐに目的地へとたどり着いた。
「ささ、ここが雑貨屋さんだよ」
アリティアが紹介する建物は木造の建物だ。外から見た造りでは他の建物とそう変わったところはない。ただ、開きっぱなしの木の扉と、その上に取り付けられた大きな看板が周囲の民家との違いだろう。
看板には『ウォーレンの雑貨屋』と書かれており、扉の横には開店を示す掛札が掛かっていた。
二人は店の中に入る。
「いらっしゃい」
出入り口のすぐ側がカウンターになっており、そこにいた人物に声をかけられた。
若い女性だ。頬杖をついて目をつむっている。
「こんにちわ、ミリィさん」
「んー、アリティアか。いらっしゃい」
ミリィと呼ばれた女性は目を開けること無く、やる気のない返事をする。女性といっても年若く、十五歳程度だろうか。ゆるく癖のついた茶色の髪をポニーテールにしている。おしゃれとしての髪型ではなく適当にくくっただけという様子だ。店の名前が刺繍されたエプロンを身につけて居る。
そこから店員だという事は分かるが、あまりにもやる気というモノが見受けられない。
ライムは店内を見回すが、彼女以外に店員の姿はない。彼女は今現在、唯一の店員らしいが、客の姿を確認もしようとしない態度に呆れた。この店の経営は大丈夫なのだろうか?
あり得ない事だと思いながら、ライムは確認の為に聞く。
「あなたがこの店の店主ですか?」
「わたしはただの店番だよ。この店の主は親父だって事は知ってるだろ? つまらん冗談言うなよ」
ミリィは目を開き、質問を行ったライムを睨む。とそこではじめてライムとアリティアの姿を認めた彼女はパチパチと目を瞬いた。
「アリティアが二人……?」
「――アリティアはわたしだよ。今聞いたのはライムだよ」
「あ、ああ。アンタがライムかい。確かにアリティアそっくりだな」
「みんな同じこと言いますね」
「声まで似てるんだ、仕方がないだろ? にしても本当に似てるな」
感心した様子で、ミリィはしげしげとライムとアリティアと見比べる。
「親戚だから似てるのは当然です」
「ああ、だからグレンさんに引き取られたんだったか」
アリティアのライムを庇うかのような言葉に、ミリィは頷き、改めてライムへ視線を向ける。
「まあ、よろしくな。私はこの店の店主の娘でミリエリーナだ。ミリィと呼んでくれ。
ほしいものが店に無かったら注文しておきな。時間は掛かるだろうが、街から仕入れておくからさ」
「はあ……。私はライムです。師匠――グレンさんの弟子になります」
「弟子っていうと……、お前さんは将来、魔法使いなるつもりなのかい?」
ミリィは意外な事を聞いたとでも言いたげにまゆを動かす。
「ええ、そのつもりです」
「ふーん。物好きだね。魔法使いになりいだなんて」
突き放すかのような物言いだが、ミリィには嫌悪などの感情は見られない。
「モノ好き……。でしょうか?」
「ああ、人様から嫌われる職業に就こうっていうんだ。物好きだね」
「あの、わたしも将来は魔法使いになるんですけど?」
アリティアの抗議に彼女は笑い飛ばす。
「っは、魔法使いはお前さんの家の家業だろ? お前さんがつくのは普通の事だよ。
けど、そっちは違うだろ? 引き取られたとはいえ、魔法使いの弟子になる必要なんてなかっただろうに。
だから物好きだなって」
「それでも、私は魔法使いになる事を諦めるつもりなんてありませんよ」
「ん?」
その宣言に、ミリィは不思議そうな顔でライムを見やる。
「ああ。何か勘違いさせたか? 私はただお前さんの事を物好きだなって感想を言っただけで、別に魔法使い云々が悪いって言ってるわけじゃないんだ。
お前さんが魔法使いを目指そうと目指さまいと、私にとってはどっちでもいいって事さ。
別に魔法が嫌いって訳でもなし。ウチとしてもそれで稼いでいる所もあるからな。ただ他の連中は魔法が嫌いなヤツも居るから、大変だなって思っただけなのよ」
サバサバとした物言いに、ライムは毒気を抜かれる思いをする。
「ミリィさんはこういう人だよ」
苦笑と共にアリティアが言う。
「人の事を観察してるんじゃねーよ。見るなら店の商品を見てろ。そんで店の売り上げに貢献しやがれガキども」
羽虫を追い払うようにヒラヒラと手を動かし、ミリィはそのまま頬杖をついて目を閉じてしまう。
なんだこの人はと、ライムは呆れて絶句した。
「さ、色々お店の中、案内するから」
呆然とするライムの手を引っ張るのはアリティアだ。ぽそりとつけ加える。
「ミリィさんに聞いても役に立たないし」
「聞こえてるぞ。必要ないから案内しないだけで、店の商品は全部把握してるにきまってるだろ」
「はいはい」
片目だけを開き睨むミリィをアリティアは軽くあしらう。
彼女は一つため息をつくだけで、それ以上は何も言わず、再び目を閉じた。
アリティアの先導に釣られるように店の中を見て回る。
それなりに広い店の中には、雑貨屋というだけあって何でも置いてあり、どこか狭苦しく感じるほどだ。
今の時間は丁度、他の客は来てはいないようだ。
商品の内容は野菜や果物を始めとした食料品や酒類。野菜の種や苗と農機具や農業関連の資材。フライパンや鍋、包丁やナイフなどの調理器具、食器類。布地や糸などの手芸用品。本や子供のおもちゃなどの娯楽用品。釘や金具などを始めとした工具、毛皮、薬品類。剣や槍、弓矢などの武具も置いてある。
本当に色々な物が置いてある。ただ多くの種類を陳列するためだろう、種類は多いが数は少ない。
「本当に色々あるんだな……」
「雑貨屋さんだもん」
「それはそうだけど、思っていたより品揃えが良かったから」
「村の人たちは皆この店でお買い物するもん。この店で買わないのは、パン屋で買うパンと、宿屋についてる酒場での食事くらいじゃないかな。
ああ、後は時たま来る行商人のキャラバンが来た時ぐらいだね。その時は色々と珍しい物を売ってるよ。この店じゃ買えない物はその時に買うか、街まで行くしか無いね」
「ウチは地域密着型の店なんだよ。宝飾品やらの高価な代物はリスクがデカすぎるから扱ってないんだよ」
カウンター近くに居た二人の話し声が聞こえているミリィはそう言ってくる。
アリティアとライムがカウンター前に居たのは、小さくカットしたドライフルーツやナッツが種類ごとに瓶詰めされたコーナーだからだ。
その前で二人はどのお菓子を買うかの吟味を行っていたのだ。
この世界でお菓子と言えば、果物かそれを乾燥させたドライフルーツ、もしくはナッツ類だという。砂糖というのは高級品で王侯貴族くらいしか口にできない。
他には小麦粉を練って焼いたビスケット類だが、そちらは各家庭で調理するものだという。
結果として、お店で買い食いするためのお菓子はドライフルーツとナッツに限定される。
お小遣いとして渡された小銭も、それらを買い求めるのに丁度良い金額だ。
「それでガキども。どれにするか決まったかい?」
「わたしはコレとコレ。あと、コレも。ライムはどうする?」
「それじゃあ。コレとコレ、それにコレする」
アリティアが選んだのは赤い小さなベリーと、白い果肉を小さくカットしたドライフルーツ。それと白くて丸いナッツだった。
対してライムが選んだのは、黄色の果肉と、紫色の果肉を小さくカットしたドライフルーツ。それに、小さく歪な形をしたナッツだ。
アリティアはともかく、ライムにはそれらがどのような味をしているのか全く予想が付かない。一応アリティアのおすすめから選んだから大丈夫だろう。
「へい、まいど」
アリティアの渡した小さな布の袋に、ミリィは手早く大きな匙で指さされた瓶から中身を掬い取って詰めていく。
「その袋は?」
「お菓子用の袋だよ。わたしがライムの分も作ったんだよ?」
「あ、ありがとう。アリティア」
「どういたしまして」
ライムは照れながらお礼を言い、アリティアは満足気に応じた。
そんなやり取りの内にお菓子の袋詰めは終わる。アリティアは二つの袋を小銭と交換に受け取る。
「はい、こっちがライムの分ね。袋は大切にしてね」
「わかった。ありがとうアリティア」
袋の片方をライムはアリティアから受け取る。
袋自体は口に紐を通して閉じるようになった巾着袋だ。アリティアの袋には花柄の刺繍がしてあり、ライムの袋には緑色の草木の刺繍がしてある。前にどのデザインがいいかと聞かれて、好みを答えたデザインの刺繍だ。
しげしげとその袋を見ているとミリィからの説明が入る。
「ウチでナッツ類とか細かい物を買う時は、袋を持ち込まないと袋の分も料金が掛かるからな。買う時は忘れずに持って来いよ?
細かい物用の袋も売ってるから、持ってこなかったらウチの売り上げに貢献することになるぞ?」
「うっかり忘れた時位は、袋を貸してくれても良いんじゃないの? 常連なんだしさ」
アリティアの文句に、ミリィは肩をすくめてみせる。
「村の全員がウチの常連だよ。そんな事してたら、袋を買ってくれる客が居なくなるだろうが。そうなったら、アリティアの小遣い稼ぎもできなくなるぞ」
「それは困る」
「小遣い稼ぎ?」
「あ、えと……」
ライムの疑問に、アリティアは慌てた様に視線をそらす。
ミリィはニヤリと笑った。
「アリティアはな、グレンさんにヒミツで、自分で作った菓子用の袋を売ってお小遣いにしてるのさ
アリティアの裁縫の腕はまだまだ未熟だけど、それなりに商品になるからね」
「な! ミリィさん! ヒミツにしておいてって言ったじゃない!」
「ヒミツにするのはグレンさんにだろ? 私はちゃんとヒミツは守っているぜ?」
ニヤニヤ笑いながらミリィはからかい、アリティアを怒るも言い返せず睨み返す。
「ライム! おじいちゃんに言っちゃダメだからね!」
「あ、うん。わかった秘密にする」
こんな剣幕になるアリティアは珍しい。ライムは気圧されながら頷く。
元凶たるミリィは笑い顔のまま、ライムに言う。
「ライムも何か売れそうな物を作ったら、ウチに売ってくれよ。あんまり高くは買い取れないがね」
「村の人って、何か物を作っては売りに来るの?」
「そうだね。野菜とか定期的に仕入れるのは別にして、手先が器用な人とかは副業代わりに結構売りに来るね。
アリティアの巾着袋とかね」
からかうようにアリティアへ視線を向け、少女は獣の様に歯を見せて威嚇する。ミリィは気にした様子もなく続ける。
「多いのが木工製品だね。木こりギルドが有るから安く木材が手にはいるんだ。それでヒマな時間に食器とか作ってる人が副業代わりに売りにくる。
他にアリティアみたいに裁縫が得意な奥様方なんかは、服とかを作っては売りに来てるし、こっちから製作依頼をすることもある」
へえっと感心しながら、ライムは質問する。
「師匠の呪符もそれと一緒なんですか?」
「ん? いやいや。グレンさんの呪符は人気商品だ。こっちから注文して店に置かせてもらってるんだよ。
村内限定だって事で安くさせてもらってるからね、売れ行きがいいんだ。
――って、そうだ。そろそろ在庫がなるからから注文しておかないといけないんだった」
ミリィは慌てて手元の帳簿を確認し始める。そこにアリティアが言う。
「虫よけの呪符なら作っておきいたよ? とりあえず百枚」
「え、本当? それなら助かる。
じゃあグレンさんに伝えてもらえる? 虫よけの呪符百枚全部を買い取ります。足らない分は後でまた注文するって」
「分かった。伝えるよ」
「お願いねアリティア。ふう。危ない危ない。これから需要が増えるのに仕入れ忘れたら、親父にぶん殴られる所だった」
これからの季節は収穫の季節だ。虫の発生する時期でもある。作物の被害を減らす為の虫よけの呪符は需要が高まる。だが、麦に対して害を与えるのは虫だけではない、これから穂が色づく頃には鳥が狙ってやって来る。
そこの所が気になったライムが問いかける。
「鳥よけの方は足りるんですか?」
「そっちは大丈夫。前に仕入れた分が残ってるから。
虫よけの方は麦以外の野菜でも使うから売れ行きがいいんだ」
「他に必要な物はありますか?」
「あー、いや、無いね。他の呪符は在庫分でしばらくは保つから」
アリティアの質問にミリィは帳簿に目を通しつつ答える。
「じゃあ、また今度。虫よけの呪符は明日にでも持ってくると思うから。行こ、ライム」
「ああ、グレンさんによろしくね」
ヒラヒラと手を振るミリィに、アリティアは店を後にする。ライムは彼女に一つ頭を下げて、アリティアを追いかける。
「なんか、営業活動みたいになっちゃったね」
「んー、仕方ないよ、ウチの家業なんだし。それより、お菓子食べましょ。わたしが買った分も分けるから、ライムの買った分も分けてね。」
「食べたことが無いからどんな味がするのか、今から期待と不安が一杯なんだよね」
「え、食べたことないの?」
「私が食べたことの有るのは森の中とアリティアの家で食べた物位だよ」
「あーそう言えばそうだね。じゃあ、ちゃんと教えて上げるからね」
アリティアは楽しそうに笑い、買ったお菓子の説明をするのであった。