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第25話 小屋



 集糸化法の訓練の後、ライムはグレンの手伝いをすることに成った。

 手伝いに何をさせられるのかと、ある意味戦々恐々としていたライムだが、実際の手伝いは大したものではなかった。


 手伝いの内容は畑仕事だ。具体的にいうならば草むしりだ。


 グレンの持っている畑は、家の周りにある野菜を育てている畑と、それとは離れた場所にある薬草や毒草を育てている畑。

 それに加えて、家から村の中央に繋がる道の脇にある麦畑がそうだという。


 小さな鎌を手にグレンと二人で、野菜の畑の草むしりとを行っていた。

 草むしり自体もそれほど雑草が生えているようにも見えない。


「雑草はあまり多くはないんですね」

「まあ、普段から手入れはしているからな」


「忙しい日々を送る事になるって言ってましたから、手伝いの方も大変だと思ってましたよ」


 ライムは正直な感想をもらし、グレンは声を上げて笑う。


「はっはっは。師匠の手伝いで弟子を忙しくしてどうする。弟子が忙しくなるのはレポートや実験、自習に時間がとられるからじゃよ。

 おぬしがそれらに時間に取られている間、わしがするのは次の課題の本を選ぶ程度だからな。わしに関して言えば時間はある。その間に自分の仕事は自分で済ますさ」

「そうなんですか。私はてっきり、師匠につきっきりで行動するものだと思っていましたよ」

「まあ、そういう師弟関係があるのは知ってるがな。わしの好みでは無いという話だ。


 それに、畑仕事がたいした事がないのは、今の時期が繁忙期じゃないからだ。

 収穫や種まきの時期には村人総出になる。その時には容赦なく駆り出すからな。覚悟はしておきなさい。

 まあその頃にはライムも戦力になっておるだろう」


「戦力、ですか?」


 どういう意味だろう? 争いの話では無いようだが、


「ライムはわしが所有している畑が、少し広すぎないかとおもわなかったか?」

「え? いや、他の人がどれだけの広さを持っているか分からないんでなんとも……」

「そうか、ライムはそこら辺の常識も無いのか……」

「それだけじゃなくて、師匠が持ってる広い畑って、麦畑の方の事ですよね? 何処から何処までが師匠の麦畑か分かってませんから」

「ん? 言っておらんかったか?」


 グレンは不思議そうに首を傾げる。ライムは麦畑の方を実際に見てはいるが、麦畑のどの範囲まで自分のものなのか、説明を受けていない。


「まあ後で直接説明するが、わしの所有している麦畑は他の一般的な一家が持っている畑より若干広いのだ」

「はあ……?」


 一体どのような話なのだろう、話が見えない。


「一家というのは、夫に妻、それに子供が数人というのが普通なのだ。この村は開拓村だから老人というのはあまり多くはない。だから祖父母が居る例は少ないな。

 つまり、一家というは大人、二人分以上の労働力を持っているということなのだ」

「え? それならなんで――」


 グレンが何を言いたいのか気がついたライムは疑問の声を上げる。


 麦畑の広さは、その一家が持っている労働力に相応しい広さにならざるをえない。

 この世界は地球の現代日本ではない。農業機械は無いのだ。耕作可能地の広さは人数に比例することになる。

 一家の労働力が大人二人分以上が平均的だというのならば、一家が所有する麦畑の広さも平均的な広さとなる。


 けれど、それならばグレンがその平均的な一家より広い麦畑を所有しているのはおかしくないだろうか?

 グレンの家に労働力となる人員は、老人であるグレンと子供であるアリティアしかいない。


「師匠とアリティアだけでじゃ、その麦畑は維持できないんじゃ?」

「わしが魔法使いでなければな。けれど、四大魔法の使い手ならばあの程度の広さならば余裕で維持はできるようになる。

 戦力になると言ったのは、秋の収穫期ごろにはライムも四大魔法のいくつかを覚えるだろうという話だ。まあ、初夏の秋蒔き麦は間に合わないと思うがの。

 四大魔法の使い手は農作業に関して絶大な戦力なるからな。ライムも四大魔法を覚えたら、村の手伝いに駆り出されることになるぞ」


 四大魔法というのは、この世界において農業機械のかわりなのだろうか?


「それなら、他の村にも四大魔法の使い手って結構いるんですか?」


 この村には魔法使いはグレン一人だという話だが、魔法使いというのは意外に多く存在しているのだろう。

 だが、ライムの質問にグレンは首を振る。


「いや、農村部にいる魔法使いというのは少ないだろう。

 魔法使いが居るのは大体は軍か、都市部になる。そちらの方が儲かる仕事が多いからな。農村部にいる魔法使いというのは変わり者か、わしのような一線を退いた老人くらいだ」


「師匠はこの村に来るまでは何をしていたんですか?」

「わしか? わしは魔法使いのギルド員だった。

 それなりには偉い地位にはおったがな。

 小さな組織のくせして、権力闘争というヤツが長年続いておってな。魔法の研鑽に励まず、権力闘争に耽溺する奴らがやたらと増えてきたのだ。


 そんなアイツラにある時我慢の限界を超えてな、辞表を叩きつけて出てってやったのよ。

 まあ、わしが出てったあとアイツらは苦労しただろうな。いい気味じゃわい」


 呵呵と爽やかにグレンは笑う。


「かなり無茶な辞め方だったからの。引き戻されても敵わんと、息子夫婦が開拓民として参加していたこの村に転がり込んだのだ。

 事前に手紙も出さんかったからのー。息子の驚いた顔が見れた事だけでも、ギルドを辞めた甲斐があったわい」


 無茶な話の内容にライムの視線は冷たいものになった。


「師匠が農村部に居る理由は『一線を退いた老人だから』じゃなくて、『変わり者』だからじゃないんですか? ソレ」


 おもわす入れたライムのツッコミに、グレンは一瞬キョトンとした表情を見せ、すぐに面白そうに声を上げて笑った。


「はっはっは。そうかも知れんな。まあ、息子も変わり者じゃったからな。まあ、親子ということじゃな」


 笑い声を上げるグレンだが、ふいに笑い声を収めた。


 グレンは一つ深いため息をもらすと、遠い目をしてつぶやいた。


「だがまあ……。あの時にギルドを辞めておいてよかった。


 息子夫婦が死んだ時に、アリティアを一人にせずに済んだからの……」


 グレンの視線の先には、彼の家がある。


 けれど、彼が今見ているのは、自分の家なのだろうか? 今見えているのは、息子夫婦の家ではないだろうか。


 アリティアの両親の姿が無い事には、ライムも気がついていた。あえて話題を出さなかっただけだ。

 ライムという異物を家に受け入れるというのに、グレンとアリティア以外の人物の話題が登らなかったことから、薄々そうではないかと思っていた。


「……やっぱりアリティアのご両親は亡くなっていたんですね……」

「うむ。あれは事故――、いや事件じゃったんだろうな……。もっと早くにたどり着けていれば……」

「事件?」


 ライムに話すというより、自分に言い聞かせるようなつぶやきの中から聞こえた物騒な単語に、ライムは思わず聞き返す。


 グレンはハッとした様子でこちらを見る。口に出していた事に気がついていなかったようだ。


「ああ、いや。まあ、今はいいじゃろ。

 さて! 今日の草むしりはこんなもんでいいじゃろ」


 誤魔化すようにグレンは言い、むしった草を入れたバケツを手に立ち上がる。ライムに背を向け、まとめておいてあるゴミ捨て場に草を捨てる。


 ライムは何も言わず、自分の分のバケツを手に彼の行動にならう。

 そんなライムに、グレンはホッとした様子を見せる。ライムの視線が自分に向いていなかったから見せた仕草だったろうが、全身が感覚器官であるライムには見えていた。いや、見てしまった。


 ライムは気まずい思いを懐いた。

 そう言えば、自分の知覚範囲の事を言っていなかったような気がする。言って置かないとマズいかもしれないけれど、今言うのはさすがにダメだろう。

 一体何時言えばいいんだろうと、ライムは表には出さすに悩んだ。


「よし。ライム、ちょっと力仕事をしてもらうぞ? ついてきなさい」


 ライムの葛藤を知らないグレンは歩き出す。


「は、はい!」


 返事を返し、ライムは付いていく。向かう方向は家とは反対の森の中だ。


 木々の合間に隠れる様に一つの小屋があった。もしその小屋に続く獣道が無かったらその存在に気づけないだろう。

 土壁で造られ、窓もない。大きめの木の扉が据え付けられていた。


「なんの小屋ですか?」

「原材料の保管庫じゃ。中で乾燥と魔力の浸透を行っている」

「乾燥と……魔力の浸透?」


 グレンは取り出した鍵で扉に掛かっている錠を外す。


「特に高価でもない材料じゃが、中に乾燥と魔力の浸透用の魔法陣が働いてるのでな。中に長時間いると危ないので鍵をかけとるんじゃ」

「え、危ないんですか?」

「そうさな、三日ぐらいこの中で呑まず食わずでおったら渇き死ぬがな」

「――それ、この中じゃなくても死ぬと思いますが?」

「おお、騙されんかったか」

 

 嬉しそうに言いながらグレンは扉を開ける。中は光が全く差し込まず真っ暗だ。

 と、グレンが魔法の明かりを灯した。ライムが魔力の動きを見ようと考える前に発動していた早業だ。

 明かりが灯され、小屋の中がよく見える様になる。

 小屋の中には、様々な形をした木材がいくつも積み上げられていた。ただ、長さはそれほどでもない。長い物でも成人男性の身長程の丸太で、一番多くあるのが長辺が二十センチ、短辺が十センチ程の木のブロックだ。


「――木?」


 ライムは首を傾げる。もっと他の物があるのだと思った。例えば絵本の邪悪な魔女が薬を作る時に使う、カエルやトカゲの干物とかだ。ただの木材である事に拍子抜けだ。


 けれど乾燥をする小屋ならば木材でも不思議はない。伐採したばかりの生木は、事前にしっかりと乾燥させておかないと、家を作った時に歪みや割れが出ると聞いたような覚えがある。

 

 小屋の中の空気は外よりも確かに乾燥している気がする。言われなければ気がつかないレベルだろう。それよりも気になるのは小屋の中はかなり暑めの気温で、空気が循環しているようで、わずかに風を感じた。


「そうじゃ。そいつはアーフィスという種類の木でな。非常に魔力が馴染みやすい種類の木材だ。

 一度、魔力を見てみさない」

「はい。うわっ!?」 


 その言葉に従うと、ライムは小屋の中を埋め尽くす魔力の量に驚いた。魔力が多すぎて小屋の中が見えない。


「アーフィスの樹は中の水分が抜けるのと反対に、周囲の魔力を浸透させる。

 床や壁の魔法陣が、木材の乾燥と魔力の集約をさせていてな。最低でも二月程、この小屋の中で放置しておけば、良い魔法道具の素材になるのだ」


 魔力を見るスキルを解除して、小屋の床や壁を見ると確かに、積まれた木のブロックの下に魔法陣が描かれているのが見て取れた。


「あ」


 魔法陣を見てみて、ライムは気がついた事があった。昨日の夜に読んだ四大魔法の本に書いてあったものが描かれている。


「水と、風と、火?」

「ほお……」


 つぶやきに、グレンが感心した声を上げる。


「ちゃんと、本を読んでいたようだな。そう、この小屋は四大魔法の集大成と言ってもおかしくはないのだ。

 火の魔法陣で気温を上げ、風の魔法陣で空気を循環させる。水の魔法陣で湿気を外に追い出して、外の湿気を中に入れない。

 そして、基盤部分の魔力の収集部の機能を通常より強化させて、小屋の中に魔力を溢れさせる。

 むろん、必要以上に出力が高くならないようにリミッターもしっかりと施してある。それがあるから、この大量の魔力の中でも暴走をしたりはしない。


 すごかろう?」

「え、ええ」


 自慢気なグレンに、それがどれほど高度な事なのか、よくわからないままライムは頷く。が、ふと首を傾げる。


「あれ? けど、土の魔法は使っていないんですか?」


 探しても土の魔法陣は見当たらない。


「何言っとる、この小屋を作ったのが土の魔法だ。中と外の湿度と温度差に長期間耐えられる小屋を作るのは、なかなか高度なものなのだぞ?」

「あ、そうなんですか」


「ふう、まあよい。ライムに手伝ってもらいたい力仕事というのはこのブロックを家に運んでもらいたいのだ。そうだな、三十個もあれば十分だろう」


 と、グレンは木のブロックを拾い上げる。


「まずは小屋の外に運ぶ分を纏めて出してしまおう。鍵を閉めないといけないからな。

 まずはコレ、次はコレ、コレはまだ若いな、あーコレもまだだな。お、コレはしっかりと魔力が浸透してる」

「わ、わっ!?」


 グレンは木のブロックをヒョイヒョイと拾い上げながら、選別を行い、合格したものをライムの腕に押し付ける。ライムの腕にどんどん木のブロックが積み上がる。

 一つでそれなりの重さとなるそれが八個ほど、積み重なった時、ライムは限界を訴えた。


「ちょっと待って! これ以上は崩れます!」

「ん、スマン。まずは小屋の外に置いておきなさい。わしは選別があるんでな」

「は、はい」


 抱えたものを崩れ落ちないようにライムは小屋を出て、扉の脇に木のブロックを置いておく。


 それを数回繰り返すと、ブロックの山ができた。

 グレンは扉の鍵をかけている。


「師匠、結局、これは何に使うんですか?」

「言っておらんかったか? これは獣よけと、虫よけの材料になるのだ。

 村長が言っておったろう? そろそろ無くなりそうだと」

「へえ、粉末にでもするんですか? それにしては随分量が多いですけど」

「何を言っているんじゃ?」

「え? 薬の材料にするでしょ?」

「薬? 薬などこの木からは作らんぞ?


 この木から作るのは呪符だ」



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