第24話 はじめての訓練
「早速じゃが、食事が終わったら訓練を始めるぞ」
朝食の準備を手伝った後。アリティアを起こして三人で朝食をとっている席にて、グレンから今日から訓練を始めると告げられた。
グレンはライムへ確認のための質問を行う。
「水汲みの時、ちゃんと魔力を見ていたな?」
「はい」
「よろしい。ならば今日はライムの実力を調べることにしよう」
「実力?」
ライムは首を傾げる。習い始めたばかりの自分に、実力もなにもないと思うのだが。
「アリティアも今日は一緒に訓練に付き合ってもらうぞ?」
「え、わたしも? というか試験はどこいったの?」
「いつもの訓練がライムの試験になる。
その後は普通に訓練だからな、アリティアも一緒にやるように」
「えー、わたしけが人なんだけど?」
「足を怪我していてもこの訓練には何の影響もなかろう。サボりの口実にするでない」
「はーい、わかりました」
すねた口調でアリティアは了承する。
「訓練ってそんなに辛いの?」
ライムはささやくようにアリティアに尋ねる。
「つらいって言うか、魔法の訓練の方はいつも同じ事の繰り返しで、もうあきたし、つまんないもの。それに細かすぎて神経が削られるからイヤ」
「アリティアの刺繍の方が細かいだろうに」
とくに声をひそめることの無かったアリティアの返事にグレンはボヤく。
「違うよ。刺繍の方は楽しいもの。ライムもそう思うよね?」
同意を求められるがライムは困ってしまう。
「そう言われても……。どっちもやったことが無いから分からないんだけど……?」
「あ、そうか。じゃあさ、わたしが刺繍を教えてあげるね。きっと楽しいよ?」
「えっと」
挑戦してみるのもやぶさかではないとライムは思うが、アリティアにそうグイグイと迫られては答えようが無い。
「落ち着きなさいアリティア。はしたない。もっとお淑やかにならんとイカンぞ?」
興奮した様子のアリティアを遮り、たしなめるはグレンだ。
「はーい」
不満気だがアリティアは素直に矛を収める。
「それに、ライムに刺繍を教えるなんてことはできんぞ?」
「え?」
アリティアは声上げ、ライムも首を傾げた。
「ライムにはそんな時間はないからな。空いた時間にはレポートを山のように提出してもらうことになる」
「え?」
声を上げたのはライム。
「刺繍を学ぶ暇などライムにはないぞ? ライムが求めている魔法のレベルは高いからな。徹底的に仕込まなければ到底そのレベルにはたどり着けまい」
「え?」
「安心しなさいライム、レポートは週三程度にしておくわい。何せわしの手伝いもこなしてもらわねばならないからな」
「え?」
「アリティアも、ライムのことを手伝ってやりない。ライムはこれからかなり忙しい日々を過ごすことになる」
「え? 私のライムと遊ぶ時間は?」
「それは確保しておこう」
「あの、私の自由時間の方は……?」
「うむ、まあ……、少しは確保しておくわい」
孫の要求には即答で快諾するのに、弟子の要求にはしぶしぶと妥協するのはどういうことなんだと、ライムは絶望の中で憤慨した。
グレンはニッコリと笑って続ける。
「安心せい、ライム。出来る限り早く一人前の魔法使いとして育て上げてやるからの。
育成のプランをしっかりと作っている。昨夜はそのせいで就寝するのは遅くなってしまったがな。はっはっはっ」
グレンはやたらと張り切っている。
「いや、そういうことではなくて、休憩時間はあるのかということなのですが……?」
「安心せい。そこら辺のさじ加減は心得ている。
ただ、課題もできてないうちにサボろうとしたなら、徹底的な実践形式でさらに課題を増やすからの。そこのところは覚悟しておくように」
あ、これダメなヤツだ。と、ライムは悟った。
けれど同時に彼の育成プランに従っていれば確かに早く一人前の魔法使いになれそうな気がする。
「ライム、がんばってね?」
優しげ、というよりも哀れみの混じった眼差しでアリティアに励まされる。
「うん、頑張る……」
ご機嫌な様子のグレンを前にそれ以外にどう答えろというのだろう。ライムは力無く頷いた。
◇ ◇ ◇
食事が終わり、家の裏手にやって来た。井戸の近くだ。家の影になる部分なので畑もない。何もない土の地面の広場となっている。
家の壁には薪に雨がかからぬようにする薪置き場担っている。
アリティアをちょうどいい場所にあった膝の高さほどの丸木を椅子代わりに座らせる。どうやら、薪割りの用の台らしい。
ライムはその隣に立ち、グレンは二人の前で、拾った枝を手に地面にいくつかの丸を書いている。丸の大きさはそれぞれ違い、一番小さいのが直径五センチメートルほど、大きいのは六〇センチメートルほどだ。いくつもの丸が大きさ順に等間隔に並ぶ。
「さて」
とポイッと枝を放り捨て、グレンは話をする。
「ライム、魔法の行使にあたって、術者に最も必要とされる要素とはなんだと思う?」
「えっと……、魔法の知識?」
「それも重要なことだな。だが、一つの魔法を行使するだけならば、あまり必要とはされないな。
次アリティア、おぬしには前に講義したはずだ。覚えているか?」
「魔力の制御能力です」
「その通り、魔法陣の構築にも、その後の作用点指定にも、魔法陣を通過させる魔力の扱いについても、全てが魔力の制御能力によって支えられている。
それがなければ、あらゆる魔法は発動すらままならない。
到底、魔法使いと名乗れる者にはなれんわけだな」
「けど今は、魔法道具があれば、魔法を使うことはできるんでしょ?」
アリティアの質問にグレンは顔をしかめる。
「あれは魔法を使うとは言わん。『魔法道具を使う』と言うんじゃ。
戦いを生業とする者が手っ取り早い戦力の向上に使う代物だ。もしくは戦いに関わりの無い者が一時的に武力を必要とした時に手にする物だ。
一つの機能しかないから全く潰しが利かない。
魔法使いを名乗れる物であれば、対応が簡単な代物だ。わしはそんなものに頼らねば魔法を使えない者に、おぬしらをするつもりなど無い」
憤慨した様子でグレンは言う。
「ともあれ、魔力の制御能力さえ上がれば道具を使わずとも魔法を行使することができる。そうなれば、半人前だが魔法使いを名乗る事はできるのだ。
もっとも、そこから一人前になるのが長いのだかな……。
さて、すこし話がズレたが、魔力の制御能力の重要性は理解できたか?」
「なんとなく……」
「まあ、よい。ではこれから、魔力の制御訓練の説明を行う。
まずは二人共、魔力を見えるようにしなさい」
ライムはグレンの言葉に従う。アリティアからも特に異論が無い所からすると、彼女も魔力を見ることができるスキルを持ち合わせているのだろう。その事にライムは少し驚きを覚えていた。
「魔法使いの実力とは、いかに大量の魔力を緻密に扱えるか。と言っても過言ではない」
グレンの言葉と共に、何処からとも無く大量の魔力の粒が彼の周りに集まってくる。
「しかし、大量の魔力を集める事と、それを緻密に扱う事は別の能力でもある。だが、馬車の両輪のように片方だけでは意味の無い事だ。
ただ魔力の量が多ければ制御は難しくなる。しかし、少ない魔力ならば脆弱な術式になり、暴発や暴走など失敗の原因となる。
魔法陣の構築の際に、必要最低限の魔力量で魔法陣を構築した時と、大量の魔力量で魔法陣を構築した時では明らかに魔法の威力や、術式強度――干渉のされにくさが違う。
本当に速度だけが要求される場面以外は、なるべく多くの魔力で魔法陣を作るようにしなさい。
これから行う訓練の手順としては、
一つ、自分のかき集める事のできる限界まで魔力を集める事。
一つ、かき集めた全ての魔力を地面に描いた丸の中に収める事。
訓練の目的としては、かき集めるこのとのできる魔力量を増やす事。そして、集めた魔力を十全に扱うことのできる制御能力を身につける事だ」
グレンは大量に集めた魔力を地面に描いた丸の中に収めた。初めは大きな丸から、次々に小さい丸の上に魔力を移していく。
初めは太い柱のような魔力の塊が、小さな丸へと移動するたびに丸の大きさに合わせて魔力の柱の直径は細くなっていく。同時に、魔力が集まった事によって、それらの放つ光の強さも増していく。
一番小さな丸へと移った時には太めの紐のようになっていた。
だがそこで終わりでは無かった。
「最終的には一本の糸になるように更に細く収束させる」
グレンの言葉通り、魔力は一本の強い光を放つ光の糸へと変化していた。
「そしてさらに重要なのが、この状態を維持し続ける事だ。最低でも十分間は維持できないと意味がない。
最終的には、とくに意識はせずとも維持ができるようになる事が目標だ。
この訓練方法を魔力の集糸化法と呼んでいる」
そこまで言って、グレンは糸となっていた魔力を解放する。
糸から爆発のようにぶわっと大量の魔力が広がり、周囲へと拡散していく。あっという間にグレンの集めた魔力の痕跡は無くなった。
「注意点としては、複数人で行う場合は距離をとって行う事だ。
近くで複数人に行うと魔力の奪い合いになる。制御能力の訓練という点ではそれもいいのだが、初心者であるライムにはまだ早い訓練だろう。
今は何の抵抗もない状態で大量の魔力を集める事を訓練するべきだ。
さて、ではアリティアからやってみなさい。
ライムの先輩として、できる所を見せてやりなさい」
「はーい」
返事を伸ばし、やる気のない様子のアリティアだが、手を伸ばして魔力を集め始めると、その表情は真剣なものに変わった。
その横顔がグレンの真剣な顔とよく似ていることにライムは始めて気がついた。
大量の魔力がアリティアの前に集まる。けれど、その量はグレンが集めた魔力量と比べると四分の一もない。
「もう少し増やせんか? まだ少し余裕があるじゃろう?」
「うう……」
穏やかと言っていい口調のグレンの指摘に、アリティアは一瞬情けない表情を浮かべる。
アリティアはさらに力み、魔力がもう少しだけ集まる。
「では大きい丸の順から。魔力収束、始め!」
グレンの掛け声と共に、一番大きな丸の上に魔力が集まり、光の柱を整形する。
けれど、グレンの時に比べると魔力の量が少ない為にスカスカだし、輪郭がぼやけている。
「そのまま十を数えるまで維持。数え終わったら次の丸へと移動させなさい」
「いーち、にー、さーん、――」
アリティアは真剣な顔で光の柱を見つめながら声を上げて数える。
「――、きゅー。じゅう!」
「数え終えたら、速やかに次の丸へと移動!」
魔力の柱はバラバラに解け、隣の一回り小さい丸の上で再び集まる。
「アリティア、移動させる時に収束は解かない! 魔力を収束させたまま次の場所へ移動させるように」
「はい! ごー、ろくー。――」
数を数えていくアリティアに、細かい指導をしていくグレン。
そんな訓練風景を見学していて、ひょっとしてこの訓練は見た目以上に厳しい訓練なんじゃないかと、つらそうに顔を歪めるアリティアをみてライムは思う。
どんどん細くなっていく魔力の柱だが、一番小さな丸の上に来た頃には、柱の周囲には魔力の粒が舞い散り、ぼやけて見えるようになっていた。柱の形に収束しきれない魔力が漏れ出ているのだ。
「もっと集中して! 制御から外れる魔力が漏れ出ているぞ!」
「はい!」
アリティアの返事は魔力の漏れは止まらない。
十を数え終わるとグレンの掛け声がとぶ。
「最後! 糸まで収束!」
ヒモは糸の細さまで収束していく。けれどそれと同時に、それまでとは比べ物にならないほどの大量の魔力が光の粒として漏れだし周囲へと散っていく。
「収束していく時に魔力が漏れやすくなっている。
周囲から絞り込む様なイメージではない。糸と成る場所を芯にして、吸い付かせるようなイメージで収束させなさい! 吸い付く力が強くなるごとに細くなるというイメージなら、漏れでた魔力も再び収束できる」
「はい!」
アリティアの返事はいい。けれど、あまり改善した様子はない。
やがて魔力の漏れはなくなり、一本の光の糸だけが残る。その糸の光はグレンが見せた見本に比べたら明らかに光が弱い。
「うむ。そのまま耐え切れなくなるまで維持を続けなさい」
アリティアにそういって、グレンはライムへと視線をむける。
「訓練はこのような流れで行う。アリティアが耐えられなくなったら次はライムだからな。しばらく待ってなさい」
「わかりました。けど、この訓練そんなに辛いのですか?」
呼吸が荒くなって必死に維持をつつけるアリティアを見て、ライムは質問をする。
「慣れない内はこんなもんじゃな。慣れれば大したことは無いんじゃが、まあ、技術を身につけるならごく普通のことじゃよ」
グレンは苦笑と共に答え、アリティアへと視線を戻す。
アリティアは暫くの間糸の形を維持していたが、唐突に声を上げた。
「あ!?」
その声を合図にするかのように一気に糸はその形を崩し、粒の魔力として周囲へと拡散していった。
「はぁ……。あまり持たなかったなぁ……」
アリティアは疲れた表情でため息を漏らした。
「途中で制御を失う魔力も少なくなっているし、糸の形を維持する時間も伸びている。
前よりは良くなっているよ」
「そ、そうかな……」
グレンにほめられてアリティアは照れる。
そんな彼女の様子にほっこりと笑顔を浮かべるグレンだが、ライムに生暖かい目で見られている事に気がついて、咳払い一つと共に表情を引き締める。
「コホン! では続いてライムがやってみなさい」
「わかりました」
相手は師匠である、ツッコミは入れないで素直にうなずいた。
魔力を集める。自分を中心とした広い空間を漂う魔力を認識し、それらが己の前の一点に、重力に引き寄せられて集まるイメージを作る。
魔力は集まり始める。けれど、その量はグレンと比べると圧倒的に少なく、アリティアと比べても半分以下の量だ。
物理魔法の発動の際には魔力を限界以上に大量に集めるなんて意識などしていない。その時は自動的に必要な魔力は集まった。
だが、意図的に魔力を集めることがこんなにも難しいとは思わなかった。
「く……!」
ライムは思わず唸る。広い範囲から更に多くの魔力を集めようと重力が強く成るように、イメージを太陽の重力からもっと巨大な恒星の重力へとイメージを換えてみるが、上手くいかない。
手元に魔力が集中して、小さな球体になっていくだけで、集まる魔力の量は増えていかない。
「ライム、イメージが違う。今、ライムが行っているのは、収束する時に必要なイメージだ。
魔力をかき集める時のイメージは、自分の周りを魔力が漂う、一つの巨大な部屋の中であると考えなさい。
部屋の中の空間全体を、押しつぶす様に壁を動かしていく。広い空間に漂う魔力を動く壁で押し固めるようなイメージだ。
この時、どれほど大きな部屋で世界を区切れるかで魔力量が決まる」
「わかりました。やってみます」
グレンの指導にライムは恒星の重力のイメージを一度頭の中からかき消す。途端に手元の魔力は散っていくが今は気にせず、イメージを新たに作り出す。
この場所は家と木々に囲まれた、家の裏庭と言って良い場所だ。空間的にはあまり広いとも言えないし、明確な区切りが存在していない。
見えるこの場所を、そのまま一つの部屋としてイメージするには狭いし、区切るための目印がない。
そこでライムは、実際の空間でイメージする事をやめた。代わりに一つの場所を思い浮かべた。
広くて、なおかつ密閉された部屋のイメージとして、もっとも相応しいと思える場所。
それはドーム球場だ。
無人のドーム球場に一人、自分だけがマウンドに立っているイメージ。ただし観客席も無い、ただ、円形に囲む壁と球状の天井。そして地面には緑の芝が広がっているだけのシンプルすぎるドーム球場をイメージする。
そんなドーム内には、大量の魔力が誰の制御も受けること無く漂っている。
風船の空気が抜けていくかのように、ドームの天井が凹んでゆく。それと同時にドームの壁も、全方位からこちらへ向かって迫ってくる。
ドーム内の空気だけは抵抗なく抜けてゆき、漂う魔力だけが濾し取られていく。
イメージの中のドーム球場はどんどん収縮していき、やがて己の手元に全てが収まるほどに小さくなる。
そこまでイメージして、ライムはふと目の前に意識を取り戻す。すると、目の前には信じられないほどの大量の魔力が集まっていた。
グレンの集めた魔力の半分は越えているだろう。
「ほお……」
「うわ。すご……」
グレンとアリティアの感嘆の声が聞こえた。けれど、この場で一番驚いていたのはライムだ。
「え? うわ!?」
驚いたせいで、せっかく集めた魔力が散り始める。
「集めただけで満足しない! すぐに収束のためのイメージに切り替える!」
「は、はい!」
恒星の重力のイメージを作り、魔力の拡散を防ぐ。それでも僅かな漏れがあるが先ほどよりはましだ。
その様子を見て、グレンは一つ頷く。
「うむ、では大きい丸の順から、魔力収束を始めなさい」
「はい!」
ライムは一番大きな丸の上に魔力を移動させ、光の柱を整形する。
だが、ろくに柱の形とることができない上に、魔力の漏れも多くなる。
「うぐ……!」
唸りながら、柱の形を作ろうとするが上手くいかない。
「現状のまま十を数えなさい」
「う……。いーち、にー、さーん、――」
綺麗に柱の形を作ることができないまま、カウントをすることになって悔しさにライムは顔を歪めた。
光の柱からはすでに魔力が漏れ出している。アリティアが一番大きな丸の上に魔力をもってきた時には無かった現象だ。
「――、きゅー。じゅう!」
「数え終えたら、速やかに次の丸へと移動!」
隣の一回り小さい丸の上へ、柱の形のままで移動させる。と、移動時に更に多くの魔力が周囲に拡散する。
「くぅ……!」
ライムは唸り、魔力が制御からこぼれ落ちないように、必死にイメージを強化していくが、上手くいかない。
「ライムー! 頑張ってー!」
アリティアの声援が飛んでくるが、ライムに応じる余裕など無い。
十を数えて終えて、次の丸の上に移動させるたびに魔力の柱は細くなっていく。しかし、同時にどんどん魔力は漏れ出し、柱を構成する魔力密度は薄くなる、また形もいびつで輪郭は判然としない。
グレンも細かい指導をしていくが、ライムはそれを上手に反映させることが出来ない。
カウントが十を数える度に無情にも促される、移動と収束。その際に大量の魔力をこぼす。
そして、一番小さな丸の上に来た頃に限界はやって来た。
「ろーく、なー――あっ……!」
太めのヒモの細さまで魔力の柱を収束させる事はできた。だが七つまで数えた時、ライムは思わず声を上げた。
魔力の制御がスルリと己の手から逃れてしまったのだ。
魔力の柱は一気に形を崩し、粒の魔力として周囲へと拡散していった。
「あー。失敗しちゃいました……」
「初めから上手くいくなら、訓練の必要も無いだろう?」
落ち込むライムをグレンはなだめる。
「それはそうですが……最後まで持たなかったんですけど……?」
「初めてにしてはよく出来た方だ。最後の丸まで行けたのだからな」
「そうだよ、ライムは自信持っていいんだよ? わたしが初めてコレをやった時は半分くらいまでしか行かなかったし」
「それに、アレほどの量の魔力をかき集める事ができるのならば、優秀な方だろう。
もっとも、制御能力の方はしっかりとした訓練が必要なようだがな」
「そう……なんですか?」
基本が分からないからライムは戸惑うしか無い。
「そうだよ。わたしじゃあんな量の魔力は集められないし」
「アリティアは頑張らないとライムに追い越されるぞ?」
「んー、べつにいいかな。魔法はあんまり得意じゃなくても」
「そうか……」
挑発をアリティアにあっけらかんと流されて、グレンは悲しげにため息をついた。
「それよりライム。髪の色が元の色に戻ってるよ?」
「え?」
アリティアに指摘されて、ライムは己の髪が黒色から、元の薄緑色になっている事に気がついた。
「魔力を大量にかき集めた時から、色が落ちはじめていったな。集中をしていると黒髪は維持できんのか?」
「そう言えば今朝、目を覚ました時もこの色になってたな……」
ライムは髪の色を黒へと変化させる。
「多分ですけど、この姿を維持しているのと、黒髪にしているのは別のスキルを使用しているからだと思います」
黒髪の方が解けるのは人の姿を維持する方が重要だと認識しているせいだろう。
それだけではなく、無意識下で人の姿から離れなくはないと思っている事もあるのだろう。
「けど、コレ、ちょっと問題ですよね?」
黒髪で居るのはライムの正体を隠すための措置だ。集中した時に髪の色が元に戻ってしまうのは、正体がバレるきっかけになりかねない。
「まあ、大丈夫じゃろ。魔法を使う時に、時折そんな色になってしまう特殊体質だといっておけば問題は無いだろう。
村人たちの魔法に対する認識は『訳の分からない不思議な事をしている』だからな、魔法を使う時には髪の色が変わる位なら不思議には思わんだろう。
だが、魔法に詳しい者にはバレてしまうから気をつけるように」
「わかりました」
集中しても黒髪への変化が解けないようにしなければならない。
課題が増えちゃったなとライムは途方にくれた。
「さて、アリティア。訓練を続けるぞ」
「え? わたし、ライムに比べたらあんまり休憩してないんだけど?」
「一人でやっていた時はもっと短い休憩時間だったろう? 文句を言うでない。
ライムもアリティアが終わったらすぐに続けるからな。イメージの補強だけはしておきなさい」
「はい!」
「はーい」
ライムはハッキリと返事をし、アリティアはしぶしぶと返事をした。
その後、複数回の集糸化法の訓練を行ったが、ライムが魔力を糸の形に整形させることはできなかった。
幸いな事に、一度だけは髪の色が薄緑色に戻る事が無かった。
これから訓練を続けていく事で、黒髪の姿を維持できるようになるだろう。
集糸化法の訓練が上手くできなかった事に落ち込むライムは、そう自分を慰めたのだった。




