一日は何時間?
翌朝、俺のテンションはだだ下がりだった。
メイドさんと顔を合わせるのが辛い。
夜中に奇行に走る情緒不安定なお客人として担当メイド中に伝達されているんだろうか。
『朝の引き継ぎを始めます。まずは注意事項から。今度のお客人は異世界からこられて少々情緒不安定なところがあるようです。あまり刺激しないように注意して下さい』
とかな。
まったく気にされていないのも、それはそれで辛いが。
「よういちさん。ごきぶんはいかがですか」
メリルちゃんがハンモックからふよふよと飛んでくる。
「すめばみやこといいます。このせかいもさほどわるいことはないとおもいますが」
ごめん、メリルちゃん。気を遣ってもらって悪いけど、夜泣いてたのは多分そのせいじゃないから。
ベッドを下りて窓を開く。夜中にメリルちゃんが戻ったあと、メイドさんが閉めたのだろうか。
ああ、闇夜に窓の外へ向かって雄叫びをあげ、ベッドで泣きながら寝るとか。さぞや情緒不安定な人物として報告されていることだろう。
窓の外は、ようやく明るくなってきた夜明け時。
眼下には広大な庭園が広がっていた。
真っ直ぐに伸びた通路。その両脇に芝生?を敷き詰めたスペース。そのさらに外には大量の水をたたえた用水路。
草木は緑で川は透明な薄水色。地球と同じカラーリングで落ち着く。
パステルカラーだったりしたら、本当に情緒不安定になってるところだ。
だがしかし、もしかするとあの木とか芝生とか、うねうねと動き出したりする可能性はまだ否定できない。
こんな庭園に植えてあるんだから襲ってくることはないだろうけれど。
数百メートルは先だろうか、広場でストレッチや剣戟の稽古をしている人たちは、この屋敷の兵士だろう。
そのさらに先、昨日の夜中に灯りが瞬いていた辺りに町並みが見える。
石造りっぽい2-3階建てくらいの派手な色彩の建物が建ち並んでいる。結構広い。
そのさらに先に聳えているのは城壁だろうか。高さが手前の建物の倍ほどもありそうだ。
ただ城壁には派手な看板らしきモノが掛けられていたり、所々大きく切り開かれていて、今はもうその役目を終えている感じだ。
国家の単位が都市から領域に変わった名残だろうか。
てゆうか、立て看板とかあるのな。ビックリだ。
窓の前に置いたサイドテーブルの上にあるiPadを開く。時間は朝の6時40分。いつもなら仕事に出かけるために起きる時間。
俺の体内時計は地球の時間をほぼ正確に刻んでいるようだ。
ソーラーチャージャーを適当にセットして、できた影の位置を確認する。
これを日時計の針に見立てるとして、さてどうやって印をつけようか。まさかこのテーブルに傷をつけるわけにもいかないし。
とりあえず影の方向をiPadの端に合わせてみる。
これじゃあ片付けられたらおしまいか。
「*****」
扉を開く音とともに声がしたので振り返ると、メイドさんが洗面器とポットを手にして入ってくるところだった。
洗面器をサイドテーブルの上に置きたそうなので、iPadとソーラーチャージャーを片付ける。
小市民的な感覚で片付けてしまったが、ここは鷹揚に場所を空けて、片付けからメイドさんにさせるのが正解だったかも知れない。
メイドさんはそんな俺の葛藤も知らぬまま、洗面器をサイドテーブルに置くとポットから水をそそぐ。
一瞬、これで頭を冷やせってことかとおののいたが、たんに顔を洗えってことらしい。そりゃそうか。
日時計を組むのに何かいい方法が無いかと思案しながら顔を洗う。
渡されたタオルで顔を拭き、それを返しがてらダメ元で声を掛けてみた。
「妖精さんとお話しできるメイドさんは居ないですか?」
声を掛けたあと目線をわざとらしく上方へさまよわせると、俺の言葉がさっぱりわからなそうだったメイドさんが、ハッと気づいたように退室していく。
多分気がついてくれたのだろう。俺はその間に鞄からメモ帳を取り出すと一枚破り、ペンをもってサイドテーブルまで戻った。
洗面器を下ろし、代わりに破り取ったメモ用紙を敷いてソーラーチャージャーをセットする。ソーラーチャージャーの影の先端に印をつけ、日にちと時間を記入する。
ついでにiPadも充電ケーブルにつなげる。
準備が終わったところで、メイドさんが戻ってきた。
メリルちゃんの見えるメイドさんを手招きして呼び寄せ、俺のやっていることを興味深げに見ていたメリルちゃんに声を掛ける。
「よういちさんはなにおおやりですか?」
「日時計をセットしています。影の位置で時間を計る装置です」
「なるほど。いちにちのじかんがしりたいのですね」
「これを動かさないようにメイドさんに伝えて貰えますか?」
「それはかまいませんが。いちにちはにじゅうろくじかんとにじゅっぷんだそうですよ」
え? 26時間と20分? それは地球時間で?
「いぜんおいでになられたかたが、はかっておられました」
なんと!
「どうしましょう。つたえますか」
「……iPadの充電もしたいので、動かさないように伝えてください」
頽廃的な日本人としては、もうひと眠りしても良さそうな時間だけれど、朝食はどうすればいいんだろう。
また食堂へいって、侯子や侯女と一緒に食べるのか?
もしかしてルームサービス的なのもありだろうか。
誰かと一緒にということなら、どのくらい待てばいいかで時間の潰し方も代わる。
中世とか江戸時代とか灯が弱かった時代には、日が出たら起きて日が沈んだら寝るのがデフォルトだったそうだし。
そういえば、グラウンド?で騎士の人たちは稽古とかしてたけど、あれは飯前の朝練かな。
侯女ちゃんなんかは、低血圧のアンニュイキャラよりも、体育会系の元気娘って感じだったから朝とか早そう。
そういえば江戸時代以前は一日二食だったとかって話も聞いたことがある。
「朝食はどこでいつ頃食べればいいのか聞いて貰えませんか」
メイドさんと話をしているメリルちゃんの腕を指先で突っついてお願いする。
「*****」
「*****」
「しちじにしょくどうでと」
「七時? それはどこの時間で?」
「こちらのじかんですな」
そういうとメリルちゃんは俺を手招きして、ふよふよとリビングの方へ飛んでいく。
「こちらの時間で七時というのがどんな頃合いなのか、時計がないので分からないですが」
リビングに足を踏み込みながらの、俺の愚痴ともいえる質問に、メリルちゃんが壁の一角を指さした。
「とけいならあちらに」
そこには俺の良く知る12時間表示の壁掛け時計が壁に掛かっていた。
気がついていなかったのか? それともあまりに普通で気にしてなかったのか。
「むかしこられたかたの、かいちゅうどけいというのがもとになってつくられたとききおよびます」
なるほど。昔の転移者が持ち込んだ懐中時計をベースに、歯車のギア比で調整して時計を作ったというわけか。
「さいくものには、てのひらさいずのなかに、ひづけをひょうじしたり、じかんになるとかねのなるものもあるそうです」
凄いな。アラーム機構付きの携帯時計があるのか。ドワーフの親方とかいるのかも知れん。ミニッツリピーターがあったりしてな!




