領境
テーブルの上にタオルを広げてもらうと、妖精さんはその上で各々水玉を宙に浮べて飛び込んでいく。
妖精さん自身が水玉の中でクルクル回ったり、逆に水玉を回したり。
お風呂に入っているというより、洗濯槽の中で人形が洗われているみたいだ。
俺はその姿をしばらく呆れてみていたが、そんなことしてる場合じゃないと思い出し、給仕さんが持って来てくれた単眼鏡で、商都のあるという方角を覗く。
お、焦点を伸ばすのは俺の魔力でなんとかなる様だ。
あれ?戻すのはどうやるの?
結局うまくピントの調節ができず、メリルちゃんに手伝ってもらうことに。
改めて単眼鏡を覗く。
地平の果てに、高さはないが長い壁がそびえていて、その手前と奥に町が広がっているのが見えた。
侯都同様に、昔の城郭に対して町が溢れてしまっているらしい。
どことなく中東のオアシス都市を彷彿とさせる、2ー3階建ての土色をした四角い建物が並んでいる。
城門と思わしき辺りに、馬車と荷車と人が行列をなしていて、特に検問があるわけではなく、ただの自然渋滞だという。
それ程までに人や物の流れがあるということだ。
城壁の中に市場があって、他領との交易の中心となっているそうだ。
そして此処は、その交易に使う牽引用の獣をレンタルする牧場らしい。
侯女ちゃんたちがきゃっきゃという騒ぎ声をあげるので見ると、商都の方を指差している。
「のろしデスな」
単眼鏡を覗いている時は気付かなかったが、なるほど商都からカラフルな狼煙があがっている。
「貸す、獣の数、伝える、します」
商都の交易所にあるレンタル屋の窓口から、用意する巨サイとかの数を伝える狼煙らしい。
ああいうのは直に電話に置き換わるのだろうか。
「馬車、用意、しました。行く、しましょう」
ヒューさんの声に振り向くと侯家のイケメン使用人が呼びに来ていた。
馬車から展望台まで駈け登って来たのだろうに、呼吸一つ乱れていないイケメンスマイル。
この世界の人達は、相変わらずのフィジカルエリートっぷりだ。
俺なんて、歩いて降りるのを考えただけで溜息が出るのに。
6階分を歩いて降り、膝をカクカクといわせながら馬車に戻った。
1階では、俺を待ってか侯女ちゃんたちは土産物コーナーをぶらついていたが、俺にはもう覗く気力は既になかった。
これで馬車が駐車場の奥だったら、ドライブインの玄関で座り込んでいたかもしれない。
しかしそこはVIP。馬車は当然のごとく玄関前に付けられていて、ヒューさんに手を引かれるようにして馬車に乗り込み、座席に座る。
リクライニングとかどうやるの?
キョロキョロと椅子を触っているとメイドさんが飛んできて座席を倒し、オットマンを伸ばしてくれた。
しばらくは景色も変らないらしいし、ちょっとお休みなさい。
妖精さんたちに頭を揺られて目を醒すと、馬車が停っている。
身体を起そうとあたふたしていると、メイドさんが飛んできて背もたれを立ててくれた。
窓から外を見回すとあたりは真っ平らな草原のど真ん中。
天気は相変わらず快晴。
寝る前は遠くに聳えていた山が、随分と近くなっている気がする。
いつのまに馬車を出たのか、外をふよふよと飛んでいる妖精さん逹と目が合うと、妖精さんは一斉に馬車の進行方向を指差す。
頭をだして前を覗くと道の傍らに簡素な掘っ立て小屋。その小屋から道を遮る華奢な、鉄柵のような門が建っている。
「領ノ境デス」
俺が寝ている間に、隣領との領境まで来ていたらしい。
領境といっても柵らしいものは小屋の向こうに10メートルくらい延びているだけで、あとは何もない草原が広がっているだけだ。
30分歩く毎というから2キロおき位だろう、腰の高さ程の石柱が建っていて、その石柱を結ぶ線が領の境界だという。
マサイマラで見たタンザニアとケニアの国境みたいだ。
『あそこにあります』と言うのだが、2キロ先の小さな石柱なぞ見えるはずもなく。
辺りを見回している間にも、馬車は徐々に進んでいく。
渋滞しているとはいっても、空港の出入国審査程度のチェックだけらしい。
門の手前で馬車を降りるよういわれ、小屋の窓口へ向う。
俺やヒューさんもパスポート的なものは付与されているらしく、それを護衛の偉そうな人が係官に提示。
特に魔法石に手をかざす様な事もなく、顔をちょろっと確認されただけで、通行を許可された。
さすが侯家発行の査証。
残念ながらファンタジー要素は無かったが、成田の日本人出入国審査並の簡単さ。
しかしラノベでよくある冒険者証って、普通に考えたら無認可語学学校の学生証くらいの価値しか無いんじゃないか?
「お金は払うんだ」
関税手続だろうか、護衛の偉そうな人が窓口で支払いをしている。
「道使う、直すお金、払う、します」
違った。道路の通行料金を徴収しているそうだ。
関税はかからないらしい。王国内は自由貿易圏なのか?
まあ関税を無理に徴収しようとして爆裂魔法の撃ち合いになるよりは寧ろ経済的か。
まさかこの草原、魔法の撃ち合いで草原と化したわけじゃないよな。
ヒューさんが、『ここは違う』という。どうも他にはそんな地形があるらしい。
門をくぐると道路の脇にちょっと大きなコンビニの様な建物。
サービスエリア的施設らしい。
トイレいっても大丈夫?
トイレから戻り、ヒューさんたちを待つ間、土産物売場を覗く。
メダルとか焼物とか絵葉書とかが、食べ物とは分て並んでいる。
なんか綺麗な宝石みたいなものがあるなと思ったら、近くの川で取れる魔法石らしい。
あと隅に並んでいるのは魔法石に魔法を充填するお店で、草原に住む魔法の扱いにたけた子供の小遣い稼ぎの場所になっているそうだ。
丁度市場の青服の子達のような感じか。
昼食を与えることで学習の機会を与え、雇用を作ることで賃金を得る機会を与える。
ある種、良くできた児童福祉の形と思える。
魔法充填の店に並んでいる人は様々で、需要もかなりあるようだ。
「魔法が、使える方も、並んで、おられる、様ですが?」
「魔法使う、減らすします。あと、小遣い、与える、します」
メリルちゃんの疑問には、丁度戻って来たヒューさんが答えてくれた。
自分たちで魔法を充填できる様な人達も、寄付とか募金の感覚で並んでいるらしい。
「あと才能、見る、します」
ああいう場で才能を見初められて、青田買いされたりするらしい。
ヒューさん、侯女ちゃん、メイドちゃんが揃い、妖精さんを集めて馬車にもどる。
あと30分ほどで進んで昼食だそうだ。




