居る 2
でもその程度、はっきりいっていてもいなくても変わらない。無駄だった。
男がマネキンなら女は毛布、触り心地が良くてしばらくは指に絡めたりするけれど飽きたら捨てるしかない。
子どもの頃の思い出のよう。ずっと一つの毛布をしゃぶっていたがある日突然いらなくなる。汚いとか、もう子どもじゃないとかそういう思考ではなく突然興味がなくなる。
「もういいや」
同じものが見えない人間と同じ世界を生きることに意味なんてあるのか。ずっとこのままこいつと一緒に生きていって、常に何か満たされていない思いを抱えて、信じれるものもなくて、私はずっと一人なんじゃないか。
かといって精神科なんてものにかかる気にはならない。私が気にしなければいいことなんだ。青いものを理由に逃げているだけなんてとっくに気が付いている。
会社の屋上で煙草をふかしながら夕焼けに染まるビルを眺めていると涙が自然と流れる。どうして? 寂しいから? 違う、よだれのように無意識に流れ出てくるだけの話。
冷たい風はビルの間をぬって、そこら中から寂しさを運んでくるようだ。
煙草は大嫌いだった。でも私はいつしか導かれるように吸い始めた。未だに何がいいのか少しもわからない。
「いつも煙草吸ってますね」
私だって吸いたくて吸ってるわけじゃない。身体が勝手に促す。毎日歯を磨くことと何ら変わりない。ああ、冷たい風で手がかじかむ。煙草を挟む指と指にも、もう感覚はない。
私がこの会社に入って良かったことなんか一つもない。
いや、どこにいっても同じなんだ。私である以上、何も変わらない。屋上から見る街の景色、これだけはどうしても嫌いになれなかった。
暇さえあれば屋上へ行って弁当を食べたり、音楽を聴いたり、叫んでみたり、何度も飛び降りようとした。以前の私の人生、思い出せない。あの青いものが見えるようになる以前の私の人生は、思い出せない。
そんなことよりもビルのタイルの色と、その窪みに溜まった埃や土の存在を意識するほうがはるかに容易い。煙草、もう切れちゃった。
オレンジ色の夕焼け、ストーブの灯りを思い出す。
ザワザワと音を立てながら虫のように歩いている人たち。スクランブル交差点、私もその中の一匹として歩いている。
ザワザワザワザワ カツカツカツカツ
皆前を向きながらうつろな目をしている。皺一つないスーツ、英字の書かれたシャツ、履き古したスニーカー、汚らしい金髪、落ちているガム、誰かの笑い声、誰かの舌打ち、お金の落ちる音、チャイム、街頭テレビ、電線、青いもの。
もしこの交差点の真ん中に私が立ち尽くしていたのなら、どうなるのだろうか。車のクラクションがけたたましく鳴り響いて、ドライバーは罵声をあびせるだろうか。すぐ近くまで車を近づけて活舌の悪い声で「どかねーと本当にひいちまうぞ」とか私を脅すだろうか。




