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君と勇者のいらない世界へ  作者: きびだんご


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22/22

つながった、その先で

 試験場の入口には、二本の縄が張られていた。


 内側が作業する人の場所。

 外側が見学する人の場所。

 その間には、何も置かないことになっていた。


 ガレスが歩いて確かめている。

 木箱が一つはみ出しているのを見つけ、運び直した。


 僕は、生活用の配管が外されていることを、担当者と一緒に確認した。

 封の番号を読み、紙へ写す。


 街区から来た老人が、その様子を見ていた。


「そこが切れてるから、町へは行かないんだな」


「はい」

 セヴリナが答えた。

「今日動かすのは、ここへ持ち込んだ石の分だけです」


 老人は近づき、切り離した管の端を自分の目で見た。

 それから、見学の縄の外へ戻った。


 リシェは設備の前に立っていた。

 巻き布はもう薄くなり、指が動かしやすそうだった。


 目が合うと、彼女が小さく頷いた。


 僕は合図の板を持ち上げた。

 今日は、声だけに頼らない。

 誰がどの合図を見たか、記録する人もいる。


 セヴリナが全員を見渡した。


「分からなくなったら、止めます」

 そう言って、試験を始めた。


     *


 最初は、別々に動かした。


 小型の結界が二つ、薄い光を広げる。

 片方の中には空の木箱が、もう片方には重さを変えるための試験用の石が置かれている。


 人は入れなかった。


 目盛りが安定したことを確認し、連絡管の弁を開く。

 調整器の小さな歯車が動いた。


 片側の光が少し弱まり、もう片側が少し強くなった。


 僕は、ミルカの温室を思い出した。

 同じことが、少し大きな設備で起きている。


 リシェが数字を読む。

 僕が復唱する。

 記録係が書く。


「上限の内側です」

 彼女が言った。


 次に、一方へ負荷を加えた。


 結界を押すための石が光り、膜が内側へたわむ。

 調整器が動き、隣から力が流れた。


 たわみが小さくなる。


 見学者の中で、誰かが息を吐いた。

 拍手しかけた手が、途中で止まる。


 まだ、試験の途中だった。


 僕も胸の中の喜びを、少しだけ抑えた。

 ここまでは、計画どおりだった。


     *


 三つ目の試験は、負荷を移すものだった。


 片側にかけていた重さを減らし、少し遅れて、もう片側へ加える。

 実際の嵐では、いつも同じ場所だけが押されるとは限らない。


 リシェが手順を読み上げた。

 セヴリナが確認する。


「変更します」


 僕が板を上げた。


 一つ目の石が弱くなる。

 少し待って、二つ目の石が光る。


 調整器が動いた。


 そこで、音が変わった。


 低く続いていた唸りが、一度途切れ、二重になった。

 壁の目盛りが、予想と違う方向へ振れた。


 リシェの顔が上がる。


「戻ってる」


 彼女は測定棒を見る。

「逆向きです。閉じて」


 僕は停止の板を上げた。

 声でも叫ぶ。


「停止!」


 セヴリナが主弁を閉じた。

 担当者が、両端を切る。


 それでも、管の中に残った光が消えなかった。


 調整器の歯車が、速く回った。

 小さな窓の内側が白くなる。


「離れて!」


 リシェが一歩退いた。

 僕も、彼女へ手を伸ばしかけて止まる。

 決められた退路は別だった。そこへ入れば、動きを塞ぐ。


 僕は自分の側へ下がり、通路を空けた。


 次の瞬間、破裂音がした。


 保護板の内側で、細い管が割れた。

 白い光が逃がしの石へ流れ、石の表面が赤くなる。


 煙が上がった。


 ガレスが見学者を後ろへ下げた。

 誰かが叫び、椅子が倒れた。


 僕は足を止めた。

 剣へ触れなかった。


 今、刃を差し込んでも、吸い取れない。

 できないことを知っているのは、怖い。

 でも、それを忘れて近づけば、助ける人を増やすだけになる。


 煙の向こうから、リシェの声がした。


「切れてます。次を開けないで」


 その声を聞いて、ようやく息を吐けた。


     *


 誰も怪我をしていなかった。


 作業者は、決めていた範囲へ退いていた。

 割れた管の欠片は、保護板の内側で止まった。

 見学者も、転んだ人はいなかった。


 生活用の結界に変化がないことを、別の担当者が確かめた。


 準備した安全策は、働いた。


 でも、試験は失敗した。


 目の前に、焼けた調整器があった。

 昨日まで、何度も磨き、組み、確かめたものだった。


 リシェは少し離れたところに立ち、両手を見ていた。

 セヴリナが近づく。


「痛むところは」

「ありません」


「今は、触らないで。冷めるまで待ちます」


 リシェが頷いた。

 すぐに調べ始めそうな姿勢だった。


 僕は彼女の隣へ立った。

「大丈夫?」


 彼女は、僕を見なかった。


「身体は」


 それだけ答えた。


 僕は、ほかのことまで大丈夫だと言わせなかった。


     *


 見学者への説明は、その場で行われた。


 セヴリナが、確認できたことを話した。


 負荷を移した際、予測していない逆流が起きた。

 停止操作のあとも、管内に残った魔力の動きが収まらなかった。

 人や生活用の結界に被害はなかった。

 原因を調べるまで、同じ試験は再開しない。


 老人が手を上げた。


「町でやってたら、どうなってた」


 セヴリナは黙らなかった。

「この現象が大きな設備で起きれば、危険です。だから、今日の結果では移行できません」


 誰かが、やはり無理だったのだと言った。

 別の人は、小さい場所で分かってよかったと言った。


 どちらの声も、そこにあった。


 僕は、成功した最初の部分を説明したくなった。

 つながったこと自体は本当だった。

 計画のすべてが間違っていたわけではない。


 でも、今それを強調したら、目の前で怖い思いをした人に、先に納得を求めることになる。


 僕は黙って、倒れた椅子を起こした。


     *


 片づけのあと、管理官が来た。


 部品の交換を認めるか、試験を中止するか、報告を受けて判断するという。

 セヴリナは、今日中に概要を出すと答えた。


「最初の二項目は、予定どおりだったのですね」

 管理官が尋ねる。


「はい」


「そこも明記してください。失敗だけが広まると、今後の検討ができなくなる」


 その指示自体は、間違っていなかった。

 できたことも、できなかったことも書く。

 ガレスにも、そう言われた。


 けれどリシェが、顔を上げた。


「逆流した条件も、同じ場所に載せます」

 彼女が言った。

「別紙の奥ではなく、最初に分かるところに」


 管理官が彼女を見る。


「危険があると知らずに、ほかの町で真似されるかもしれません」


 声が震えていた。

 でも、最後まで言った。


 セヴリナが頷いた。

「その形で出します」


 僕はリシェの横で、焼けた部品の箱を持った。

 重さは小さかった。

 でも、持ち歩く記録が、また増えた。


     *


 夜、作業室で原因を調べた。


 壊れた箇所を並べ、試験中の記録を読む。

 最初の流れが収まるより早く、次の負荷がかかった。

 遠い側の状態が、手元の目盛りへ届くまでにも遅れがあった。


 調整器は、近くの変化だけを見て動いた。

 その結果、両側が同時に、相手へ送ろうとした時間があったらしい。


「熱だけじゃなかった」

 リシェが言った。


 レムナで焼けた接続部は、通す量の問題が大きかった。

 今回は、量を変える順番と、変化が届く時間も関わっている。


 セヴリナが図へ線を足す。


「一斉に同じように動かしても、場所が違えば揃わない」


 僕は、夜の川で見ていた灯りを思い出した。

 見えた瞬間に動いても、向こうでは、もう状況が変わっているかもしれない。


 リシェが額へ手を当てた。


「私、温室で、待てって教わったのに」


「温室と同じ時間ではありません」

 セヴリナが言った。

「ここは、私も読み違えました」


 彼女は自分の計算を消した。

 新しい数字を書く。


「二人だけで閉じないようにしましょう。他の設備の記録が要ります」


 僕は顔を上げた。

 エルナ。ミルカ。レムナ。監視所。


 旅で知った人々の手元に、まだ情報がある。


     *


 報告書の最後に、リシェが自分の名前を書いた。


 僕も、合図を担当した者として署名した。

 セヴリナと、作業した人たちの名が続く。


 失敗したことを、誰か一人の名前へ押しつけなかった。

 逆に、誰の仕事でもなかったことにもしなかった。


 窓の外では、王都の灯りがついていた。

 今日の試験を知らない人たちも、その下で夕食を食べている。


 リシェは椅子から立ち上がった。

 足が少しふらつき、机へ手をつく。


 僕はその肘を支えた。


「今日は、戻ろう」


 彼女は帳面を見た。

 まだ、書けることがあると思っている顔だった。


「明日、続けるために」

 僕が言うと、ようやく頷いた。


 外へ出ると、冷たい空気が頬に触れた。

 彼女は一度、空を見上げた。


「つながったのに」

 小さく言った。


「うん」

 僕は答えた。

「その先が、まだあった」


 明日の図面には、今日壊れた場所を描く。

 今は、それを隠さずに持って帰った。

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