第二話【選ばれし者】
巨大な宇宙船が、ゆっくりと姿勢を変える。
その先。
さらに巨大な艦が、漆黒の宇宙に浮かんでいた。
人類統合母艦。
女子教育船の船体側面から、接続アームが伸びていく。
反対側。
別の方向から、もう一隻の宇宙船が接近していた。
男子教育船。
二隻の教育船が、ノアセリアの両側へ並ぶ。
やがて──
ガコンッ。
低い振動が、船内全体へ伝わった。
ドッキング完了。
「うわぁ……。」
リョウコは窓の外を見上げた。
反対側の接続区画。
そこから、男子生徒達が次々とノアセリアへ入っていくのが見える。
カンナが隣で笑った。
「男子やで」
リョウコは、窓の外を見たまま答える。
「見れば分かるよ……。」
カンナは、次々とノアセリアへ入っていく男子生徒達を眺めた。
「いっぱい居るなぁ」
リョウコの肩が落ちる。
「帰りたい……。」
────
「男の子、いっぱいいる……。」
リョウコは、少しだけカンナの後ろへ隠れた。
カンナが振り返る。
「何で隠れるん?」
リョウコは、カンナの肩越しに男子達を覗いた。
「なんとなく……。」
カンナが笑う。
「食べられへんって」
「分かってるよぉ……。」
リョウコは、それでもカンナの後ろから出なかった。
広大な闘技場。
普段は別々の教育船で生活している男子生徒と女子生徒が、一堂に集められていた。
男子校。
女子校。
それぞれの候補生が、向かい合うように整列している。
年に一度。
男女合同で行われる模擬戦。
そして──
その直前に行われる、リットブレイカー所有者選抜。
男子生徒達の視線が、露骨に女子側へ向いていた。
男子生徒の一人が、思わず声を漏らす。
「おお……女子だ……。」
隣の少年も目を輝かせた。
「本物だ……。」
「何だよ、本物って」
「だって女子だぞ?」
「知ってるよ」
ひそひそ。
ざわざわ。
女子側から、冷たい視線が返る。
カンナが呆れた顔をした。
「男子って、いつもあんな感じなんかな」
リョウコが小声で答える。
「知らない……。」
カンナが、横目でリョウコを見る。
「リョウコ、見られてるで」
リョウコは、さらにカンナの陰へ隠れた。
「やめてよぉ……。」
リョウコは、さらに小さくなった。
その少し前。
ミカコが腕を組んで立っている。
二本のトンファーは、腰に固定されていた。
男子側から声が漏れた。
「あの子、可愛くない?」
「ああ。でも強そう」
「強そうっていうか怖そう」
ミカコの眉が動く。
男子達が、一斉に目を逸らした。
その隣。
長い髪を下ろしたカスミは、周囲などまるで気にしていない。
背の高い身体。
手には、いつもの長い棒。
男子生徒の一人が見上げる。
「でか……。」
カスミの目が、ゆっくりと動いた。
「……何?」
「何でもありません!」
そして。
女子側の最前列。
一際小さな少女が立っていた。
タカノ。
二本の剣を腰に下げ、腕を組んでいる。
男子生徒が小声で笑った。
「ちっちゃ……。」
タカノが、そちらを見る。
「聞こえてるよ」
「すみませんでした!」
リョウコは、その光景を遠くから眺めていた。
「みんな元気だなぁ……。」
カンナが横を見る。
「リョウコは元気ないなぁ」
リョウコは、情けない顔で答える。
「帰りたいもん……。」
カンナが笑った。
「まだ何も始まってへんで」
「だから帰りたいの……。」
リョウコは、本気だった。
その時。
闘技場全体に、鋭い声が響いた。
「整列!」
ざわついていた生徒達が、一斉に正面を向く。
中央。
艦長が歩いてきた。
年齢は四十代ほど。
鍛えられた身体。
短く整えられた髪。
その後ろには、男女それぞれの監督。
さらに、複数の教官と警備兵が並んでいる。
生徒達の前で足を止めた。
静寂。
艦長が、ゆっくりと全員を見渡す。
「本日、ここに集まった者を対象に、リットブレイカーの選定儀式を行う」
空気が変わった。
男子も。
女子も。
一気に表情が引き締まる。
ただ一人。
リョウコだけが、遠い目をしていた。
「選ばれる者がいれば、人類最高峰の武器を手にすることになる」
艦長が続ける。
「だが、その前に一つ聞く」
艦長は、生徒達を見渡した。
「戦うことが好きな者はいるか?」
一瞬。
誰も答えなかった。
生徒達が、互いの顔を見る。
その時だった。
男子側の後方。
一人の少年が、勢いよく拳を突き上げた。
「うおぉぉぉぉ!!」
全員の視線が集まる。
少年は、満面の笑みだった。
「大好きだぜ!!」
「俺に任せろぉぉぉ!!」
静寂。
艦長が少年を見る。
「そうか」
「お前は勇敢だな」
少年は意気揚々と返事をする。
「はいっ!」
艦長は、静かに次の言葉を放つ。
「では、お前は退場していい」
「え?」
少年だけではない。
周囲の生徒達からも、戸惑いの声が漏れた。
「えっ?」
「何で?」
「今の駄目なの?」
周囲がざわつく中。
リョウコだけは、黙って艦長を見ていた。
警備兵二人が、少年の両脇に立った。
「ちょっ」
両腕を掴まれる。
「えっ!? 何で!?」
そのまま引きずられていく。
「待って待って待って!」
「戦うの好きって聞いたじゃん!」
「正直に答えただけじゃん!」
艦長の声が、闘技場内に響き渡った。
「帰れっ!!」
扉が開く。
「俺まだ選抜受けてな──」
バタン。
扉が閉じた。
静まり返る闘技場。
カンナが、小さく呟く。
「……ほんまに帰された」
リョウコが頷く。
「かわいそう……。」
艦長が、何事もなかったように前を向く。
「勘違いするな」
その声から、先ほどまでの僅かな軽さが消えた。
「我々が教えているのは、人を傷つける楽しさではない」
誰も喋らない。
「敵を倒した数を競うためでもない」
「戦場で英雄になるためでもない」
艦長は、一人一人の顔を見るように視線を動かした。
「戦わずに済むなら、それが一番いい」
リョウコが、僅かに顔を上げた。
「だが」
艦長の声が強くなる。
「話し合いでは止まらない相手もいる」
「こちらが武器を捨てても、攻撃をやめない相手もいる」
「その時」
「自分を守る力がなければ、生き残れない」
「隣にいる者を守る力がなければ、その者も死ぬ」
静かな声だった。
だが。
闘技場の隅々まで届いた。
「だから我々は戦う」
「戦うために戦うのではない」
「戦いを終わらせるために戦う」
リョウコは、黙って艦長を見つめていた。
「強さを誇るなとは言わない」
「努力した結果だ」
「胸を張ればいい」
「だが」
艦長の目が鋭くなる。
「力を持つ者ほど、その使い道を忘れるな」
「弱い者を踏みつけるために身につけた力なら、そんなものは必要ない」
ミカコが、じっと艦長を見ている。
カスミも。
タカノは無言で頷いた。
表情は違っていたが、誰も目を逸らさなかった。
艦長が最後に言った。
「強くなれ」
「生き残るために」
「守るために」
「そして──」
「いつか、戦わなくていい日を迎えるために」
リョウコの目が、ほんの少しだけ揺れた。
その言葉だけは。
少しだけ好きだと思った。
────
訓示が終わると、
闘技場中央へ透明な台座が運び込まれた。
その左右には、
男子側の担当教官。
女子側の担当教官。
それぞれが、生徒達の前へ進み出る。
台座の上には、
小さな指輪が、一つ置かれていた。
「おお……。」
生徒達から、声が漏れた。
リョウコも思わず目を向ける。
銀色の輪。
その表面には、小さな三つの装飾が埋め込まれていた。
見た目だけなら、
驚くほど普通の指輪だった。
カンナが目を輝かせる。
「あれが……。」
リョウコが呟く。
「リットブレイカー……。」
人類に、たった一つ。
誰もが憧れる武器。
数百年前に生み出されて以来、所有者を選び続けてきた秘宝。
現在は、誰の指にも嵌まっていない。
所有者がいない期間だけ。
年に一度、候補生全員へ選抜の機会が与えられる。
艦長が台座の横へ立つ。
「説明する」
「やることは単純だ」
「一人ずつ前へ出ろ」
「利き手を差し出す」
「それだけだ」
男子側から声が上がった。
「触らないんですか?」
「触る必要はない」
艦長が答える。
「資格があれば、リットブレイカー自身が反応する」
生徒達の表情が一気に強張る。
艦長が、それぞれの担当教官へ目を向ける。
「頼む」
「「はいっ!」」
男子側、女子側。
二人の教官が同時に返事をする。
まず男子側の教官が台座へ立ち、
名簿を開いた。
「始める」
最初の男子生徒が呼ばれた。
「はい!」
勢いよく前へ出る。
台座の前に立つ。
右手を差し出す。
全員が息を呑んだ。
…………。
何も起きない。
「次」
「はい……。」
少年が肩を落とし、戻っていく。
次。
また次。
男子生徒が一人ずつ手を差し出す。
だが。
指輪は沈黙したままだった。
光らない。
動かない。
何の反応も示さない。
やがて女子側へ移る。
続いて、女子側の教官が台座へ上がった。
名簿を開き、名前を読み上げる。
なかなかリットブレイカーは反応しない。
「ミカコ」
名前を呼ばれる。
ミカコが前へ出た。
周囲がざわつく。
校内戦闘ランキング第三位。
期待する声も多い。
ミカコは台座の前に立ち、右手を差し出した。
…………。
何も起きない。
ミカコの眉が僅かに動く。
「……チッ」
そのまま戻った。
「カスミ」
カスミが前へ出る。
右手を差し出す。
…………。
無反応。
カスミは何も言わず、列へ戻る。
「タカノ」
空気が変わった。
男子側からも声が漏れる。
「来るんじゃないか?」
「女子の一位だろ?」
タカノが前へ出る。
台座の前へ立つ。
右手を差し出した。
…………。
何も起こらない。
タカノは数秒、指輪を見つめた。
僅かに歯を食いしばった。
そして、何も言わず踵を返した。
カンナが小声で呟く。
「タカノでも駄目なんや……。」
リョウコは、安心したように息を吐いた。
「じゃあ、あたしなんて絶対大丈夫だね」
カンナが横を見る。
「何が大丈夫なん?」
リョウコは真顔で答える。
「選ばれない」
カンナが呆れた。
「普通そこ安心するとこちゃうやろ」
候補生は減っていく。
一人。
また一人。
それでも、
リットブレイカーは沈黙したまま。
そして。
「カンナ」
「はい!」
カンナが前へ出た。
リョウコが期待の眼差しで、小さく手を握る。
「頑張って」
カンナが振り返る。
「こういう時だけ応援するんやな」
リョウコは、悪びれもせず答えた。
「選ばれたらすごいじゃん」
カンナは苦笑しながら台座へ向かう。
「リョウコも選ばれたいって思いぃや」
カンナが台座の前へ立った。
右手を差し出す。
…………。
何も起きない。
カンナが肩を落とす。
「駄目かぁ……。」
列へ戻ってくる。
リョウコが慰める。
「残念だったね」
カンナは、すぐに笑顔へ戻った。
「まだリョウコがおるで」
リョウコの顔が引きつる。
「やめて」
「何でやねん」
カンナが笑った。
そして。
教官が名簿を見る。
「最後」
リョウコの嫌な予感がした。
「リョウコ」
「…………。」
返事がない。
教官が顔を上げる。
「リョウコ」
カンナが肘で突く。
「呼ばれてるで」
リョウコは俯いたまま答える。
「聞こえてる……。」
カンナが背中を押す。
「行きぃや」
リョウコは踏ん張った。
「やだ……。」
「行け」
さらに強く押された。
「わっ!」
リョウコは、よろよろと列の前へ出た。
視線が集まる。
男子側から声が聞こえる。
「あの子が最下位?」
「有名な?」
「そうらしい」
リョウコの肩が、さらに小さくなる。
「帰りたい……。」
教官が言った。
「手を」
「はい……。」
リョウコは台座の前へ立った。
目の前の指輪を見る。
何とも思わなかった。
欲しくない。
英雄にもなりたくない。
強さの証なんて必要ない。
どうせ自分が選ばれるはずもない。
そう思いながら。
右手を、ゆっくりと差し出した。
その瞬間だった。
ピカッ──
「え?」
リョウコの目の前が、真っ白になった。
次の瞬間。
キィィィィーーーーン!!
「きゃあっ!」
巨大な光が、闘技場全体を包み込んだ。
生徒達が目を覆う。
艦長達も思わず身構える。
「何だ!?」
「反応したぞ!」
光が、さらに強くなる。
リョウコには、何も見えなかった。
ただ。
声だけが聞こえた。
知らない男の声。
少し気の抜けたような。
どこか楽しそうな声。
『俺の“ヘンリスペル”、この子に持ってかれるのか?』
リョウコの目が見開く。
「……誰?」
続いて。
別の男の声。
低く。
荒っぽい。
不機嫌そうな声。
『次は貴様か……。チッ……情けねー面してやがる』
「えぇ!?」
何でいきなり悪口を言われたのか。
まったく分からない。
その瞬間。
台座の上から、指輪が消えた。
「え?」
光が収束する。
静寂。
リョウコは、ゆっくりと右手を見た。
中指。
そこに。
銀色の指輪が嵌まっていた。
「…………。」
リョウコは固まった。
カンナも固まった。
艦長も。
監督も。
教官も。
男子も。
女子も。
全員が、リョウコの右手を見ていた。
数秒。
誰も喋らない。
やがて。
リョウコが小さく呟いた。
「……何で?」
カンナの目が見開かれる。
「リョウコ……。」
リョウコは、指輪を摘まんだ。
「何で?」
引っ張る。
「取れない」
もう一度。
引っ張る。
「取れない!」
さらに力を入れる。
「何で取れないのぉ!?」
カンナが駆け寄ってくる。
「ちょっと見せて!」
二人で指輪を掴む。
カンナが声を掛ける。
「せーの!」
「んんんんん!」
二人は同時に、思い切り引っ張った。
ビクともしない。
リョウコが半泣きになる。
「どうしよう……。」
カンナが真剣な顔で考える。
「しゃあないな」
リョウコが、不安そうに顔を上げる。
「何?」
カンナは、リョウコの指を見る。
「指切断してあげよか?」
リョウコが飛び退いた。
「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間。
ドゴッ!
「ぶっ!」
突然、
リョウコの後頭部に何かが飛び込んできた。
身体が前につんのめる。
「いたぁっ!」
リョウコが頭を押さえながら振り返る。
「誰!?」
そこに。
小さな女の子が浮かんでいた。
人形ほどの大きさ。
桃色の長い髪。
尖った耳。
背中には、小さな羽。
腰に手を当て、怒った顔でリョウコを睨んでいる。
「こらっ!」
リョウコは固まった。
少女が指を突きつける。
「折角選んだのに勝手に外そうとするな!」
「…………。」
リョウコが目を瞬く。
「誰……?」
小さな少女が胸を張った。
「誰だって?」
得意げに鼻を鳴らす。
「ふふん! 聞いて驚け!」
さらに胸を張った。
「ボクは、かの有名な妖精ピック様だ!」
リョウコは、きょとんと見つめる。
「知らないよ!」
ピックの顔が固まった。
「し、知らないっ!?」
すぐさまリョウコの顔へ詰め寄る。
「あんた、ボクを知らないなんて人生の90%損してるよ!」
リョウコが周囲を見る。
「カンナ……。」
だが。
カンナは、不思議そうな顔をしていた。
「どうしたん?」
リョウコが小さな少女を指差す。
「この子……。」
カンナが指先を見る。
「この子?」
「何もおらへんけど」
「え?」
リョウコがもう一度見る。
いる。
思いっきりいる。
空中で腕を組んでいる。
リョウコがピックを指差す。
「いるよ!」
カンナは、その先を目で追う。
「どこに?」
「ここ!」
カンナは何度見ても首を傾げる。
「何もないで」
リョウコが声を上げた。
「いるってば!」
ピックが、ため息をつく。
「どうやら、ボクが見えるのあんただけみたいね」
リョウコの顔が引きつる。
「怖い……。」
ピックの頬がプクッと膨れ上がる。
「失礼な!人をお化けみたいに言うな!」
リョウコは、自分の右手を見る。
「もしかして……この指輪の……。」
ピックが満足そうに頷く。
「そうそう」
リョウコは恐る恐る聞いた。
「外せないの?」
ピックの笑顔が、さらに大きくなる。
「ボクの怨念は、そう簡単に外れやしないよ」
リョウコの顔から血の気が引いた。
「怨念なのぉぉぉ!?」
ピックは、少し考える。
「愛情とも言う……多分」
リョウコが即座に突っ込んだ。
「多分って何ぃぃぃ!?」
周囲の生徒達には、
突然一人で叫び始めたリョウコしか見えていない。
男子生徒が小声で呟く。
「大丈夫か、あの子……。」
別の男子が答える。
「最下位って、そういう意味だったのか……。」
リョウコの叫び声が響く。
「違うよぉぉぉ!」
ピックは腹を抱えて笑った。
「面白いね、あんた」
「あたしは全然面白くない!」
ピックはリョウコの周りを、くるりと飛ぶ。
そして。
右手の指輪を覗き込んだ。
「でもあんたさ」
リョウコが眉を下げる。
「何……?」
ピックの表情が、少しだけ変わった。
リョウコの身体を、じっと見る。
まるで何かを測るように。
「歴代ヘンリスペルの主として、今までで最強かも」
「…………。」
リョウコが首を傾げる。
「ヘンリ……?」
ピックは、楽しそうに続けた。
「いやぁ、すごいすごい」
「あんた、とんでもないもの持ってるよ」
「前の持ち主なんてひっどい奴でさぁ~」
ピックは遠い目をした。
「ちょいとお前さん聞いとくれよ」
リョウコが、指輪をピックの前へ差し出す。
「いや、その前に」
首を傾げた。
「ヘンリスペルって何?」
ピックの動きが止まった。
「……何?」
リョウコが首を傾げる。
「これ、リットブレイカーでしょ?」
ピックはリョウコの顔を覗き込む。
「んぁ?」
「リット……?」
ゆっくりと指輪へ向く。
「…………。」
近づく。
じーっと見る。
さらに近づく。
「…………。」
ピックの顔から、血の気が引いた。
「ぬ……。」
リョウコが不安そうに見る。
「ぬ?」
ピックが震え始める。
「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「わぁっ!?」
ピックは頭を抱えた。
「ヘンリスペルがぁぁぁぁ!!」
指輪を指差す。
「こんなちっぽけな指輪になってるぅぅぅぅぅぅ!!」
「えぇ!?」
ピックは、指輪へ飛びついた。
三つの小さな装飾を見る。
「ちょっと待って!」
「これ……!」
目を見開く。
「ただの宝石だと思ったら、ヘンリスフィアじゃん!」
「削られてるぅぅぅぅぅ!!」
リョウコには、何の話なのかさっぱり分からない。
ピックは半泣きになりながら指輪へしがみついた。
「誰だぁぁぁ!」
「誰だこんな事したのはぁぁぁぁぁ!!」
リョウコが困った顔で尋ねる。
「あの……。」
ピックが振り返る。
「何よ!」
「つまり……あなたが、あたしを選んだの?」
ピックは、ふふんと胸を張る。
「そういうこと!」
リョウコを指差した。
「このボクが、あんたを選んだの!」
リョウコは、右手の指輪を見る。
「……何であたし?」
ピックは、リョウコの顔をじっと見つめた。
「魔力が異常に高かったから」
リョウコが目を瞬く。
「……魔力って何?」
ピックの笑顔が止まった。
「は?」
リョウコは、さらに首を傾げる。
「あと、魔王って何?」
「…………。」
今度は、ピックがリョウコをきょとんと見つめる。
ピックは、信じられないものを見るようにリョウコを見た。
「……あんた、魔力知らないの?」
リョウコが小さく頷く。
「知らない……。」
「魔王も?」
もう一度、頷く。
「知らない……。」
ピックは、しばらく黙ってリョウコを見つめた。
「……マジで?」
リョウコが、三度目の頷きを返す。
ピックは眉をひそめた。
「ちょっと病院に連れて……。」
「行かない」
ピックは頭を抱えた。
「ボクが眠ってる間に何があったのよぉぉぉ!!」
リョウコも負けじと叫び返す。
「知らないよぉぉぉ!」
ピックは、それでもリョウコを指差した。
「と、とにかく!」
勢いのまま言い切る。
「あんた、魔王より魔力値高いから!」
リョウコは頭を抱えた。
「だから魔王って何なのぉ!?」
リョウコの右手。
人類最高峰の秘宝。
リットブレイカー。
その上に、
小さな妖精が腰を下ろした。
「よろしく」
リョウコは、泣きそうな顔で答えた。
「よろしくしたくないよぉ……。」
ピックは、楽しそうに笑った。
こうして──
何も起きないことだけを願っていた少女は。
人類でただ一人。
リットブレイカーの所有者となった。




