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転生したのに動かない!?——でも、なぜか世界が少しずつ変わっていく【1章完結】  作者: シラフ
王都編

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門の外


「段差があります」


司祭の声に合わせて、ネアの足が少し上がった。


水盤から離れてきた歩幅が、そこで一度だけ乱れる。袋の底がネアの腰へ当たり、青い糸の挟まった口が揺れた。


「大丈夫ですか」


「平気」


「出口までは、もう少しです。外へ出る人と入る人が重なるので、門の近くでは端を歩いてください」


「うん」


司祭は普通に話す。ネアは必要な分だけ返す。


会話として成立しているのが、毎回ちょっと不思議だ。


(前世の俺なら、相手が「うん」だけで返してきた時点で説明資料を一枚足していた。たぶんその一枚も読まれない)


床から返るネアの足音が変わった。


硬く、遠くまで逃げていた振動が、門へ近づくにつれて細かく崩れていく。外から入る足が増え、内側へ向かう足とぶつかっている。


「祈りの間はこちらです」


「供え物をお持ちの方は、先に包みを開けてください」


「押さないで。順に入れます」


門の向こうから来る声は、俺たちへ向けられたものではない。


誰かを案内する声。誰かを止める声。名を聞き、荷を確かめ、次へ進ませる声。


入る時には、あの全部がネアと俺の前に立った。


出ていく今は、誰もこちらを見ていないらしい。ネアの歩幅は止められず、袋の口へ伸びる手もなかった。


門番の声が近くで落ちた。


「お帰りですか」


「うん」


「参拝の印は受け取りましたか」


「ない」


「水は?」


「飲んだ」


「それならよかった。外は混んでいますから、連れの方とはぐれないように」


ネアの指が、袋の上から俺を押した。


「いる」


門番は少し黙った。


「……失礼。お連れは、その袋の中に?」


「うん」


(そこを掘ると、たぶんお互い困るぞ)


司祭が小さく笑った。


「大切なものだそうです」


「なるほど。では、落とさないように」


「落とさない」


ネアは即答した。


門番は今度こそ、それ以上聞かなかった。


大きな門の下を通る。


ネアの肩が一瞬だけ狭くなった。左右から人が近づいたのだと思う。布越しに人の熱が重なり、靴の振動が足元を細かく叩く。


さっきまで背中側にあった大神殿の声と、外の通りの声が、袋の周りで混ざった。


「いる?」


ネアが小さく言った。


『いる』


返すと、袋を抱える腕が元へ戻った。


次の足で、門の敷石を越えた。


   ◆


「ここまでにしましょう」


司祭が立ち止まった。


門の外では、立ち止まった分だけ人が脇を通っていく。荷車の車輪が地面を押し、売り声がその上を渡る。誰かが急ぐように言い、別の誰かが値段を下げろと言っている。


「宿へ戻れますか」


「戻れる」


「道が分からなくなったら、門の者に聞きなさい。裏通りへ入る前に、水も持っておいた方がいい」


ネアは少し間を置いた。


「持ってる」


水盤で飲んだだけではない。旅用の小さな水筒も、まだ荷の中にある。


司祭は安心したように息を吐いた。


「では、気をつけて」


「うん」


足音が門の内側へ戻っていく。


司祭は、次に入ってきた誰かへ声をかけた。


「初めての参拝ですか。包みはそのままで結構ですよ」


もう俺たちへの声ではなかった。


ネアはしばらく動かなかった。


外へ出た人は、門の前からすぐに散っていく。右へ曲がる足、道を横切る足、待っていた誰かと重なる足。ネアのそばを通る時だけ少し避け、その先で元の流れへ戻る。


誰も、どこへ行くのか聞かない。


俺たちも、誰にも聞けないまま立っていた。


「休む?」


『ネアが休みたいなら』


「休む」


ネアは人の流れから外れた。


何度か肩が押されたらしい。袋が揺れ、そのたびにネアの腕が俺を引き戻す。やがて足元の振動が少し減り、背中が石壁へ触れた。


袋が地面へ下ろされた。


布一枚の下から、王都の石が届く。


大神殿の床より粗い。荷車の重さで端が沈み、何度も踏まれた場所だけが固い。道の下には細い水の通り道があり、そこへつながるはずの枝が、すぐ近くで途切れていた。


「また出ないよ」


女の声がした。


金具が何度か押される。乾いた筒の奥で、空の音だけが返った。


「朝は少し出たんだけどね。神殿の水は止まらないのに、こっちはすぐこれだ」


「向こうの井戸まで行くしかないな」


「この荷を持って?」


女はもう一度、金具を押した。


地面へ伝わった力で、すぐそばに共同の水口があると分かった。その下に、水もある。深くはない。詰まった石の隙間へ少し力を通せば、たぶん上まで戻る。


廃都なら、ネアが桶を置く前に触れていた。


ここで流れを戻せば、女は声を上げる。


門の前にいる人が集まる。止まっていた水口が、袋に入った石のそばで急に動いたと気づく者も出る。門番が来て、さっき通り過ぎた検めが外側から戻ってくる。


そうなれば、次の道へは進めない。


俺は詰まりの形を拾ったところで、意識を道の広い振動へ戻した。


力を止めた感じは、ほとんどなかった。


初めから、ここで出すものではなかったみたいに、水口の下を通り過ぎる。


「だめだね」


女が言った。


二人分の足音が離れていった。荷を持ち直す重さが、一度だけ地面へ深く落ちる。それもすぐ、ほかの足に混ざった。


ネアは袋のそばに座っている。


水口へは行かなかった。立って確かめることもしない。小袋を探る指の音だけが、近くで続いた。


「出して」


『何を?』


「糸」


袋の口が緩んだ。


指が内側へ入り、俺の角を避け、挟んであった細いものを探す。青い糸はすぐに見つからなかったらしい。布が何度か擦れ、ネアの指が俺に当たった。


『俺じゃないぞ』


「知ってる」


『よかった。青い糸と石を間違えられたら、さすがに自己認識が揺らぐ』


「うるさい」


指が離れた。


青い糸の軽い引っかかりも、袋の口から消えた。


ネアは黙って何かをしている。糸を引く小さな力が、袋の持ち手へ伝わった。途中で一度抜け、もう一度やり直す。


細すぎて、結びにくいのだと思う。


俺には手がない。


こういう時は、石であることがかなり露骨に不便だ。応援しても結び目は固くならないし、温めたら別の意味になる。


だから待った。


ネアの指が二度、持ち手を引いた。


青い糸は、袋の口を閉じる紐ではなく、擦れて細くなった持ち手の付け根に結ばれた。


結び目の余りが、袋の外で短く揺れる。


「できた」


『ほどけそうじゃないか』


ネアが結び目を強く引いた。


『訂正。丈夫そうです』


「うん」


袋が持ち上がった。


青い糸の結ばれたところへ、ネアの指がかかる。細い糸だけに重さを預けないように、少しずらして握っていた。


   ◆


通りへ戻ると、また人の熱が近くなった。


神殿へ向かう流れは、まだ門へ続いている。外へ出た人の足は、その横からいくつもの道へ散る。誰かと誰かが名を呼び合い、荷車が止まり、空いた場所へ別の足が入る。


ネアの名を呼ぶ声はない。


廃都なら、歩けば誰かの足が分かった。


市場へ向かう軽い足。水を運ぶ重い足。朝から同じ場所を行き来する足。地面に置かれれば、どこへ向かうのかまで少しずつ読めた。


王都の足は多すぎて、どれも途中で別の振動に消える。


ネアは端を歩いた。


前から来た人を避け、止まった荷を回り、空いたところへ入る。誰かの流れに乗ったと思うたび、その人は次の角でいなくなった。


『宿、分かるか』


「分かる」


『本当に?』


「たぶん」


『信用していい答えか、それ』


「歩けば分かる」


(強い。迷子が一番言ってはいけない種類の強さだ)


それでもネアの足は止まらなかった。


門から離れるほど、大神殿の床へ続く硬い振動が薄くなる。代わりに、古い壁の根や、継ぎ足された道の石が近くなる。荷車が通るたび、隙間の砂が小さく崩れた。


その底で、一度だけ、深いところへ落ちる水の震えが触れた。


細い流れではない。


水盤のように途切れず回る音とも違う。もっと間があり、落ちたあと、底から遅れて返ってくる。


朝ごとにネアが桶を下ろしていた、あの深さに少し似ていた。


次の荷車が通った。


震えは車輪の重さに埋まり、どちらから届いたのかも分からなくなった。


ネアは歩いている。


『ネア』


「なに」


聞こうとして、やめた。


今の音は、ネアには届いていない。俺にも、もう届かない。


「宿、こっち」


ネアが急に曲がった。


誰かが「危ないよ」と声を上げ、ネアは短く「ごめん」と返した。袋が大きく揺れる。青い糸の結び目が持ち手に擦れ、ネアの指がそこを押さえ直す。


曲がった先にも足音は多かった。


けれど門の前より少しだけ間があり、ネアは空いた石を選ぶように、次の一歩を置いた。


☆評価・ブックマーク、もらえると嬉しい。

次回「深い水の音」もよろしく。門の外を、もう少し歩きます。


——石より

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