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転生したのに動かない!?——でも、なぜか世界が少しずつ変わっていく  作者: シラフ


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第59話「カルスの話」


 翌日の昼。坂を上がる、ゆっくりとしたネアの足音。


   ◆


 ネアのポケットの中で、俺は地脈の振動を聞いていた。


 ネアの足音は、坂の上のグラン爺の家の方角に向かっていた。手には、いつもの薬草の束を、抱えていた。けれど、足音の周期は、いつもよりも半段、ゆっくりだった。


 昨日のグラン爺の話の重さが、ネアの足音の中に、まだ薄く残っていた、らしかった。「カルス」という名前の重さが、ネアの呼吸の中に、半呼吸、長く混じっていた。けれど、ネアは、その名前を、口に出さなかった。意味を確かめている動きでも、なかった。記憶の中で、半歩、転がしている動きの周期だった。


 市場の音は、いつもの昼の音だった。タロは、市場の中央。子どもの足音が、その動きの周りに、半歩、薄く跳ねていた。ぐりは、雑貨屋の隅。今日も、何も食べていない、らしかった。坂の上の家の方角の地脈の重さは、昨日よりも、半段、戻りはじめていた。グラン爺の咳の周期が、半呼吸ぶん、いつもに近かった。


   ◆


 グラン爺の家の扉の前で、ネアの足音が止まった。


「……入りなさい」


 扉の中から、グラン爺の声がした。低かった。けれど、昨日よりも、半段、戻った温度だった。話す動きの周期も、咳の動きの周期も、半呼吸ぶん、いつもに近かった。


 ネアが、扉をくぐった。


   ◆


 家の中の地脈に、俺の感覚が触れた。乾いた葉の気配。火の入っていない竈。机の上の本は、また、開かれていた。けれど、グラン爺は、机の前ではなかった。寝床の縁だった。


「ネア。続きを、話す」


 グラン爺の声だった。短く、それだけ言った。


 ネアは、答えなかった。地脈の振動で、ネアの足音が、寝床の縁の手前で止まった。それから、半歩、座る動きの周期で、地面の上に下りた。指は、ポケットの上で、止まったままだった。地脈の振動で、ネアの呼吸は、いつもよりも半段、ゆっくりだった。続きを聞く周期だった。けれど、急かす周期では、なかった。グラン爺の話す動きの周期に、ネアの呼吸の周期は、半呼吸ぶん、合わせていた。


   ◆


「昨日、カルス、という、名前を、出した」


 グラン爺が、短く、それだけ言った。


「400年前の、王のそばで、石を調べていた学者だ」


 短く、それだけ言った。地脈の振動で、グラン爺の手の重さが、寝床の縁の上で、半呼吸、止まっていた。話す動きの周期は、いつもよりも半段、ゆっくりだった。けれど、咳は、混じらなかった。声の出る場所は、昨日よりも、半段、戻った場所からだった。


「人の魂を、要石に、転生させる術を、作った男だ」


 短く、それだけ言った。地脈の振動で、グラン爺の手の重さが、寝床の縁の上で、もう半呼吸、止まった。それから、また、戻った。


「その術が、作られたのは、要石が、傷つくより、少し前の、ことだ」


 短く、それだけ言った。地脈の振動で、グラン爺の声の温度が、半段、ゆっくりだった。けれど、咳は、混じらなかった。


 ネアの呼吸が、ひと呼吸、止まった。地脈の振動で、ネアの指の動きが、ポケットの上で、半段、深くなった。何かを言いかけて、それから、止めた、らしい間が、ネアの呼吸の中に、半呼吸、混じっていた。けれど、口は、開かなかった。


 俺は、ポケットの中で、地脈の振動を聞いていた。


 地脈の振動の中で、いつもよりも半段深い場所が、ひと呼吸、薄く揺れた。フリンの家で揺れた、あの揺れと、同じ周期の揺れだった。地下の半円の小部屋で揺れた、あの周期とも、同じだった。3度目の揺れだった。揺れの強さは、3度目が、いちばん大きかった。けれど、答える声は、なかった。3度目も、なかった。


   ◆


「わしは、直接、知らない」


 グラン爺の声が、続いた。


「でも、礎守の、記録に、残っている」


 短く、それだけ言った。記録の内容には、踏み込まなかった。記録が、ある、と言っただけだった。


「カルスが、呼んだ魂は——」


 グラン爺の声だった。地脈の振動で、グラン爺の呼吸が、半呼吸、止まった。それから、戻った。


「特別では、なかった。普通の、ただの、人間だった」


 短く、それだけ言った。声の温度は、いつものグラン爺よりも半段、ゆっくりだった。けれど、声は、続けて出た。地脈の振動で、その2つの言葉が、家の中の空気の中に、半呼吸、薄く沈んだ。


 ネアは、答えなかった。地脈の振動で、ネアの呼吸が、半段、止まった。それから、戻った。指の動きは、ポケットの上で、止まったままだった。けれど、半段、深くなっていた。


   ◆


 俺は、ポケットの中で、地脈の振動を聞いていた。


(……俺のことか)


 念話を、組み立てかけた。けれど、組み立てきれなかった。「俺のこと」とは、言いきれなかった。


 ただ、揺れた。


 それだけだった。


 ネアの母の声を、俺は、知らない。前世の名前も、はっきりしない。けれど、「ただの」「特別ではない」の重さは、地脈の振動の中で、半段深い場所に、薄く沈んだ。沈んだまま、戻らなかった。「特別ではなかった」「ただの」の2つの言葉が、家の中の空気の中で、ひと呼吸、長く残っていた。


 念話には、出さなかった。


   ◆


 グラン爺が、しばらく、何も言わなかった。


 地脈の振動で、グラン爺の手の重さが、寝床の縁の上で、半呼吸、止まっていた。続きを言うか、言わないか、の周期だった。咳は、混じらなかった。けれど、呼吸が、半段、深かった。昨日よりは、戻っていた。


 それから、グラン爺は、続きを言わなかった。


「今日は、ここまでだ。あとは、お前たちが、考えればいい」


 短く、それだけ言った。地脈の振動で、グラン爺の声の温度は、いつものグラン爺に、半段、近づいていた。話す動きの周期は、いつもの周期に、半段、戻りはじめていた。


 ネアは、答えなかった。指の動きが、ポケットの上で、半呼吸、止まっていた。それから、半段、深くなった。それから、ふだんに近い位置に、戻った。


   ◆


 ネアの足音が、半歩、ずれた。それから、半歩、立ち上がる動きの周期で、地面から離れた。


「……ありがとう」


 ネアの声だった。短く、それだけ言った。声の温度は、いつものネアの声よりも半段、深かった。けれど、迷いの周期は、混じっていなかった。


 ネアの足音が、扉の方角に向かった。扉の重さが、半歩、開いた。坂の風の音が、家の中に、薄く混じった。それから、扉が、閉まった。家の中の地脈の重さが、半呼吸、戻りはじめていた。


   ◆


 坂を下る、ネアの足音。地脈の振動で、ネアの呼吸は、ふだんよりも半段、深かった。指は、ポケットの上で、止まったままだった。風の音が、坂の途中で、半呼吸、混じった。それから、戻った。


 俺は、ポケットの中で、地脈の振動を聞いていた。市場の方角の音は、いつもの昼の音に、半段、戻りはじめていた。


 地脈の振動の中で、廃都の地面の重さが、半段深い場所で、まだ、薄く揺れていた。3度目の揺れの余韻が、半呼吸、続いていた。それから、ゆっくり、戻った。けれど、戻り切る前に、もう半呼吸、薄く揺れた。それから、止まった。


 止まったあと、地脈の振動の中で、半段深い場所の重さが、いつもの場所に、戻り切らないままだった。沈んだまま、続いていた。


 念話を、組み立てかけた。


(俺は——カルスに、呼ばれた、らしい)


 短く、それだけだった。確信の周期では、なかった。地脈の振動の中に薄く沈んだ。答える声は、なかった。


 念話には、出さなかった。


 地脈の振動の中で、廃都の地面の重さが、ふだんよりも半段、薄く沈んだ。沈んだまま、戻らなかった。


(呼ばれた)


カルスは、400年前の、王のそばで石を調べていた学者、らしい。

人の魂を、要石に、転生させる術を、作った男、らしい。


カルスが呼んだ魂は、特別では、なかったらしい。

ただの、人間だった、らしい。


俺は、揺れた。

石だが。


☆評価・ブックマーク、もらえると嬉しい。

ネアがあまり喋らないので、代わりに何か言ってくれると助かる。


次回もよろしく。

——呼ばれた、気がする。


——石より

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