第1話「石です、はい」
最終話までプロット完成済みです。
エタりません。
更新ペース:毎日投稿。
石に転生した主人公の話です。チートなし、無双なし。
動けないし、見えないし、しゃべれません。
でも——廃都の少女が拾ってくれたので、石なりにやっていきます。
転生した。
石に。
(……詰んだ)
うん。認めたくない。でも、認めるしかなかった。
視覚がない。聴覚も、鼻も、舌もない。あるのは圧力だけだった。全方向から均等に押されている感じ。硬い。丸い。踏まれても潰れない。雨が当たっても水を吸わない。弾かれて転がると、ころころと転がる。
——石じゃなかったら何なんだこれ。
(なんで石なんだ俺は)
前世の俺は会社員だった。通勤電車で暇つぶしに転生ものを100冊くらい読んでた。勇者召喚、魔王転生、最弱スライムが実は最強——。
だから、ちょっと憧れてた。転生。
(スライムでもゴブリンでも、卵でも壺でも、ドラゴンの幼体でも良かったんだけど)
石って。
動けない。しゃべれない。何もできない。
転生もの100冊読んで何を学んだんだ俺は。ハーレムどころか、手も足も、目も耳もない。チートは、存在そのものが不可能だ。石が主人公の異世界転生なんて、なろうでも見たことがない。
俺は虚無の中で、静かに絶望した。
◆
——で、絶望したまま、どのくらい経ったのか、分からない。
1時間なのか、1か月なのか、10年なのか。時間の感覚が、まったくない。
ただ、そのうちに気づいた。何も感じないと思っていたが、うっすら感じるものはあった。
雨のとき、じっとりと湿る気配。
日が当たると、かすかに温かい気配。
踏まれると、振動が届く気配。
声も、届いた。空気の揺れが石に伝わって、いつしか言葉として解釈できるようになっていた。
(……道端の石ポジション、ってやつか)
行商人の愚痴、子どもの泣き声、酔っぱらいの独り言。俺の上を、色々な人生が通り過ぎていった。
このまま何年も何年も転がり続けるんだろうな、と思いながら、俺は意識を半分くらい手放しかけていた。
——そのときだった。
◆
小さな手が、俺を拾い上げた。
軽い。温かい。指が、かすかに震えている。
(人間の手だ。久しぶりすぎる)
「……きれい」
少女の声だった。幼い。でも、芯がある。
「こんなとこに落ちてた。もったいない」
(俺のこと、きれいって……?)
石になってから、誰かにそんな言葉をかけられたのは、初めてだった。
少女は俺をしばらく手のひらで転がしていた。指先の振動が、ゆっくりしていた。何かを確かめているような、ゆっくりした転がし方だった。
それから——ポケットに入れた。
(え、いいの? 拾ってくれるのか?)
——それが、俺と彼女の最初の出会いだった。
◆
半年が過ぎた。
体感では、もっとずっと短かったような気もする。少女は俺を毎日ポケットに入れて持ち歩いた。
ここは廃都と呼ばれる街らしい。誰かの噂話の端で、そう知った。昔は栄えていた都の、成れの果て。今は廃墟と貧民街が大半を占めている。
その街の、路地も市場も、雨の日も、霜が降りた朝も。俺はずっと彼女のポケットの中にいた。
視覚はない。彼女の1日は、声と振動と温度で聞こえた。
名前は、途中で知った。路地の向こうから誰かが「ネア」と呼んだ。それが彼女の名だと気づいた。
荷物を運ぶとき、ネアは足音が重くなる。体が小さいのに、止まらない。持ち上げるときの息の使い方が、大人の真似なのだと分かった。
薬草を仕分けるとき、指がリズミカルに動く。たまに止まる。難しいのは悩むらしい。迷っている間、ポケットの中で俺はその小さな振動を聞いていた。
怒鳴られたとき、一瞬だけ体が硬くなる。でも言い返さない。声も変えない。ただ、仕事を続ける。
誰かに優しくされたときは、「……ありがと」と小さな声で返す。それが、ネアが知っている一番丁寧な言い方らしい、ということも、半年でなんとなく分かった。
1度だけ——夜中に、ネアが泣いているのを知った。声は出ていなかった。ポケットの中で、体がかすかに、ゆっくりと震えていた。
何もできなかった。声もない、手もない。ただ、一緒にいた。
朝には、何事もなかったみたいに、仕事に出ていった。
半年間、俺はネアの顔を見たことがない。声の高さと体温と足音の運び方だけで、俺はネアを知っていた。
それでも——ネアがどんな人間なのかは、じゅうぶん過ぎるほど分かっていた。
◆
覚醒は、ある何気ない午後に起きた。
「……こっちがクズ魔石で、こっちが……イシル」
イシル。
(……イシル?)
ネアは俺を「イシル」と呼んでいたらしい。いつからかは、分からない。
石に、名前があるとは思っていなかった。
(……そうか。俺には、名前があったのか)
「全然違う。クズ魔石はなんか濁ってるけど、イシルは透き通ってて……きれい」
ネアが両手に1つずつ持った。俺と、クズ魔石を、手のひらで転がした。
2つを近づけた。比べるように、並べるように——俺とクズ魔石が、触れた。
その瞬間。
何かが、俺の中を通り抜けた。クズ魔石が、消えた。文字通り、消えた。
*【スキル:意志 を取得しました】*
*【スキル:力石 を取得しました】*
「……消えた。クズ魔石が消えた……食べた?」
(食べてない。吸収した。たぶん)
世界に、音が満ちた。
温度が分かる。空間の広がりが分かる。ネアの指の感触が分かる。今まで押しつぶされていた感覚が、一気に開いた。
俺は今、確かに「在る」と感じていた。
ネアが——また何かを取り出した。
表面に、くすんだ何かが触れた。さっきのクズ魔石に似た感触。
(……もう1個、か)
何も起きなかった。
待った。でも、あの「通り抜ける」感触が来ない。
(……1度だけ、らしい)
「……あれ。駄目だ」
ネアがもう1個、試した。それも駄目だった。
「……なんで1個だけ?」
(俺が聞きたい)
ネアが諦めた気配がした。
それから——
「……ねえ。意識、ある?」
(ある。めちゃくちゃある。半年前からある)
伝えようとした瞬間。
意思が波になって、広がった。
『ある。半年前から』
ネアの手が、びくっと跳ねた。
俺が落ちた。じゃりっという音がした。痛くはないが、少し不服だった。
(あ。落とされた)
しばらく、何も聞こえなかった。
ネアが動かない。呼吸だけが、聞こえる。短い呼吸。
5秒。10秒。
ネアが、ゆっくりと屈んだ。俺を拾い上げた。両手で、そっと。
「……今の」
『念話っぽい何かだと思う。届いてるなら、同じか』
「……石、だよね」
(俺が聞きたい。なんで石なんだ俺は)
「……ずっと、いた?」
『ずっといた』
「全部聞こえてた」
疑問形じゃなかった。確認だった。
『……うん。見えてはいなかったけど』
ネアが黙った。しばらく、手のひらの上で俺を持ったまま、動かなかった。
「……あれも」
(あれ、というのは、どれのことだろう。色々あり過ぎて絞り込めない)
『……うん』
ネアの指が、きゅっと俺を握った。強くはなかった。でも、離す気配がなかった。
(全部覚えてる。全部聞いてた。なんなら半年分の感謝がある)
でも、言わなかった。
代わりに——
『……拾ってくれてありがとう。半年間』
ネアは、また黙った。
風が吹いた。路地の砂を揺らして、通り過ぎた。
「……よろしく、イシル」
『よろしく、ネア』
ネアの指が、もう1度だけ、俺をきゅっと握った。
それだけだった。でも、半年間のポケットで学んだ俺には、それが「大事なもの」を確認するときの握り方だと分かった。
これが俺の、新しい人生の始まりだった。
動けないし、しゃべれなかったし、今も動けないし、何もできないけど。
でも——名前がある。隣にいてくれる人がいる。
(まあ……悪くないか)
石の俺は、そっと思った。動きたくても動けない。でも、動けないなりに、ここに居ようと思った。
読んでくれてありがとう。
石です。転生しました。
半年間、誰にも気づかれず道端に転がっていた。
拾ってくれたのは、ぶっきらぼうな少女だった。
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石には体がない。でも気持ちは、ある。たぶん。
次回「何もできない」もよろしく。
タイトルの通りだ。何もできない。
——石より




