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6.日報の記録

 グレネルが、王都警備騎士団の本部へ帰った後、ジェニーは書斎へ行き、歴代の執事たちの日報集を整理した棚に手を伸ばした。

 調べたい事件が発生した年に検討をつけ、何冊かの日報集を選び出した。

 一冊は、アレックスが書いたものだったが、残りの二冊は、アレックスの前にこの家の執事を務めていたゲイリーが記録したものだった。


 貴族の屋敷の執事たちは、主が就寝してから、長い時間をかけてその日の出来事を日報に綴る。家中(かちゅう)のことはもちろん、町の様子や他家の状況まで、主に伝えておくべきことを書き残す。

 彼らはそれが、主の人付き合いや領地運営、政治的な地位の向上など、いつか何かの役に立つと信じて生真面目に書き続けている。


(フフッ、わたしがちゃんと役に立ててみせるわよ、ゲイリー!)


 ジェニーは、隠居した両親と一緒に領地へ行ってしまったゲイリーの仏頂面を思い浮かべながら、選んだ中で一番古い日報の表紙を開いた。

 湿気った紙の匂いは、仕立ては良いが少し古びたゲイリーの上着の匂いを思い起こさせた。几帳面な文字は、ジェニーに十四年前の出来事を的確に伝えてくれた。


 「悲運の令嬢」ことエリアル・スタインズが、最初の婚約者を失ったのは、わずか七歳の時だった。婚約者は、彼女よりも二つ上のレイモンド・リオーダン。リオーダン侯爵家の次男である。


 いくつかの家族が集まって、川遊びに出かけた際、彼は船から落ちて亡くなった。

 昼食の後、酒盛りを続けていた大人たちを陸に残し、退屈した子どもたちと付き添いの乳母やメイドたちを載せた船が、蛇行する川をゆっくりと下っていた。

 子どもたちは異常にはしゃいでいて、船上で立ち上がったり跳びはねたりしていた。

 船頭が危険を感じて岸に戻そうとしたとき、船が大きく揺れてレイモンドが転落した。


 水音や悲鳴を聞きつけた従僕たちが、慌てて駆けつけ次々と川に飛び込んだが、淵のような場所がありすぐにはレイモンドを発見できなかった。

 ようやく見つけ出し、引き上げて手当てをしたが間に合わず、彼は絶命してしまった。

 その後、貴族たちが、川遊びに幼い子どもを連れて行くことはなくなった。


(ゲイリーの日報だけだと、ただの不幸な事故としか思えないわね。乳母やメイドが何人同乗していたのかわからないけれど、興奮した子どもたちが一斉に騒いでいたのなら、彼女たちに責任を問うわけにもいかないし――。かわいそうに、エリアル嬢は、目の前で婚約者が川に落ちるのを見てしまったのよね)


 ジェニーは、もう少し先まで日報に目を通したが、レイモンドの事故死に関わる記述は、それですべてだった。リオーダン侯爵家では、レイモンドの死を悼み喪に服しはしたが、彼のほかにも三人の男の子がいたので、後継者で悩むことはなかったことがわかった。

 まだ幼くて、婚約の意味もよくわからなかったエリアルは、深い心の瑕を負うこともなかったようで、レイモンドの葬儀でも涙は見せなかったと記録されていた。

 ジェニーは、日報の表紙を閉じると、別の一冊を手に取った。



 それは、八年ほど前の日報で、こちらもゲイリーが作成したものだ。

 その頃、エリアル・スタインズは、最初の婚約者を失うという不幸を乗り越え、新たにスティーブ・セヴァリーと婚約していた。スティーブは、セヴァリー伯爵家の三男だ。

 最初の婚約が、事故がらみで破綻したので、格下の家との縁談でも侯爵は渋々承知した。二人は同い年で、婚約から一年たった十三歳の時に悲劇に見舞われた。


 スティーブが、馬車の事故に巻き込まれ、亡くなったのである。

 犠牲者は、彼一人ではすまなかった。

 同乗していた従僕まで、命を落としてしまった。

 御者は馬の異常に気づいたが、あっという間に馬車から振り落とされ、馬を切り離すことができなかった。興奮した馬は、馬車を横倒しにして路肩の大木にぶっつけたのだった。


 領地から戻ってくる途中の王都郊外での出来事だったため、怪我を負った御者がなんとか人家にたどり着いたのは、事故からずいぶん時間がたってからだった。

 救援の者が現場にたどり着いたときは、スティーブも従僕もすでに事切れていた。


(またもや不幸な事故――。今度は子どもではなく、馬が興奮したようね。二度あることは三度ある――、次はその五年後ということね)


 続けて二度も婚約者を事故で失ったエリアルは、この後「悲運の令嬢」と呼ばれるようになった。その辺りからは、ジェニーにも記憶がある。

 エリアルは社交界にデビューしたが、社交場でも壁の花に甘んずる時間が長く続いた。「三人目」は誰なのかを不埒にも賭けの対象にする者まで現れ、怪しげな噂が飛びかいはじめた頃、とうとう三人目の婚約者として名乗りをあげる者が登場した――。



 ジェニーは、最後の一冊――ゲイリーよりも勢いのある字で書き留められたアレックスの日報に目を通した。そこには、エリアルとノエル・ハドルストンの婚約が決まったことが書かれていた。

 ノエル・ハドルストンは、子爵家の後継者が亡くなり遠縁から養子に入った男だった。

 ジェニーは、二人が連れ立って夜会へ現れたのを見かけたことがある。


(ノエル・ハドルストンは、なかなか紳士的な人物だったわ。エリアル嬢より歳はだいぶ上で、遠縁から迎えられた養子といっても、貴族らしい振る舞いを十分身につけていた。半年後には婚姻の儀を執り行うという時期に、あの事件が起きたのよね――)


 ジェニーは、日報のページをめくり、「事件」に関する記述を探した。

 三人目の婚約者は、事故ではなく、ある「事件」に巻き込まれて亡くなったのだ。


 ノエルは、夜道で女に刺された。女は、同じナイフで自分の命も絶とうとした。

 いわゆる、無理心中事件である。たいそう外聞が悪い話なので、ハドルストン子爵家は、女が金品を奪おうとしてノエルを襲ったという説明をしていた。

 だが、アレックスの日報には、その夜のことがかなり正確に書かれていた。

 王都警備騎士団の要請で、ジェレミーが事件に対応することになったからだ――。


(お兄様は、二人を見て、女の方に招魂術を施したのよね。『二人とも瀕死の状態だったが、子爵よりも女の魂の方が、生への未練が強かった。そういう者の方が、確実に助命できる』とおっしゃっていたわ)


 ジェレミーの働きで、女の方は助かったが、ノエル・ハドルストンは亡くなった。

 ハドルストン家は、不運な跡取りの葬儀をしめやかに執り行った。

 そして、喪が明けてまもなく、遠縁から新たな跡取りを迎えた。


 命を取り留めた女は、王都大神殿付設の医療院に運ばれ、警備騎士団の取り調べを受けながら、完全に回復するまでそこで過ごすことになった。

 女は、モニーク・ロセターといって、ノエルがハドルストン家に養子に入る前、王都の隣のローヴェットという町の役場で働いていたときの知り合いだった。ノエルが王都へ去り、しばらくしてから、モニークは、女の子を産んでいた。

 

(アレックスったら、相当詳しく調べあげたようね。まあ、お兄様が直接関わったからには、小さなことも曖昧にしておきたくなかったのでしょうけれど――。要するに女の子はノエルの子で、彼はモニークに、『爵位を継いだら、晴れて二人を迎え入れる』とか約束していたってことかしら? それなのに、ノエルはエリアル嬢と婚約してしまったのだから、それを知ったモニークが自棄(やけ)を起こしても仕方がないわよね)


 モニークは、回復後、親戚に預けていた娘を引き取り、大神殿の下働きとなった。

 事件をさっさと忘れたかったハドルストン子爵家の要望もあって、彼女が罪に問われることはなく、娘共々大神殿で生涯をかけてノエルの魂の安寧を祈ることで許された。

 ノエルは、いつのまにかハドルストン子爵家とは無関係とされ、元の名前の「ノエル・アスカム」として一般墓地へ埋葬された。


 一番割を食ったのは、エリアルである。

 「悲運の令嬢」は、またもや婚約者を失い、三回目の喪に服すことになった。

 喪が明けて、社交の場に姿を見せるようになっても、エリアルが華やかなドレスをまとうことはなかった。未亡人が良く着るような灰青色のドレスが、彼女の定番となった。

 昨年ジェニーが会ったときに着ていたのも、そんな色のドレスだった――。


(でも、不思議と打ちひしがれている様子はなかったわ。灰青色のドレスでも、一人ぼっちの壁の花でも、誰からもダンスに誘われなくても、エリアル嬢は穏やかに微笑んでいたのよね――)





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― 新着の感想 ―
不穏ー! 不穏ー! ヤバみしかありません…なにこれ呪いとかそういうアレ…?(震)
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